1話
風が吹けば波紋の様に拡がる木々の騒めき。それは止まる術を知らないようで、光が届かない程、木で覆われた暗闇の中で佇む僕に不安を煽る。
帰りたい。何度もそう思った。
今、僕が立っているこの地は【迷いの森】と呼ばれており、立ち寄った者は誰一人として帰っては来なかった。
それでも人々は、この地へと向かう。なぜなら誰もが欲しがる物がそこにはあるのだ。
震える足を一歩二歩と差し出す。大丈夫だ、と自分に言い聞かせながら深く地を踏む。
幾分かすると、ぽつんと建った小さな家に辿り着いた。まるで絵本の世界から飛び出してきたかのようなログハウスの扉が、ぎこちない音をたてながら開く。こちらを覗き込むように顔を出したのは、花のような少女だった。
少女は長い黄金色の髪を靡かせながら、こちらにゆっくりと近づいて来る。小さな体が僕の前に立ちはだかるやいなや、胸ぐらを掴まれぐっと引き寄せられた。
「誰、あんた」
「ぅえっ?」
急の出来事に頭が処理しきれず、間抜けな返事になってしまった。目の前の鋭い眼差しに僕は反射的に顔を逸らす。彼女のぎゅっと掴まれた右手に恐怖心を感じた。
「僕は…その、きゅっ…【究極のお菓子】を求めて来たんです…だから」
見逃して欲しい、という言葉は少女の睨みによって呑み込むことにした。
「ふぅん、あんたも…ね」
付いてこいと言わんばかりに家の中へと誘導される。おどおどとした足取りでぬかるんだ地を一歩一歩踏み締めた。