一章第10節 深淵
大隊は中隊規模に分けられ、それぞれが段階的に拠点から出発した。ギィルはあいかわず幹部クラスの集まる最終のグループに属している。
まだ少年とはいえ彼の名を知らぬものはほとんどいなかった。それだけ彼が導いたとされるオアシス発見の功績は大きかったと言える。
ギィルが出発に向けて準備をしている中、ギフトが話しかけてきた。
(どうやらアイツも決心がついたようだな)
「?」
(ウォンのことだ。どうやら君の正体、その謎を知りたがっているようだ)
「...まぁ仕方ないか。なんの取り柄もない子供が敵の動きを先読みしたり、砂漠の真ん中で水場を発見でもしてりゃあな」
(それでどうする?本当のことを言うのか?)
「言ったところで信じてもらえるかどうか...ギフト、お前はどうなんだよ?」
(...あの男が優秀なのはともかく、欠点として軟弱さが目立つ。それを考えると無下に我々をみ見放すなどと言った事は無いだろう)
「信じてくれると思うか?」
(さぁな、私もさすがに人の思考回路までは読めん)
ギフトとの会話中はその重要性もあいまってか度々ギィルも行動を停止してしまう。それを周りからはぼーっと突っ立っているようにしか見えない為、多少ながら皆呆れていた。
「おい、ギィル!準備は終わったのか?」
「はっ!もう少しかかります!」
「全く、戦場でもそんなぼうっとしてたらお前だけじゃなく大隊全員の士気に関わるぞ」
「すみません」
「まぁいい。準備が済んだら中尉のところへ行ってくれ」
「はっ!」
(いよいよか...)
当然ギィルはウォンの事は信頼しているし、彼の性格上これから始まる話し合いもそれほどギクシャクするものではないと考えている。ただ悩むべきとするならば...
(言われた事だけに答えるべきか?)
(それとも全てを打ち明けるべきか?)
その2点だけである。どちらになったとしても誤魔化したり嘘をつく気はなかった。
支度を終えギィルはウォンの元へ向かう。相変わらずこの場には隔離された空間などなく、今では殆どの者が居なくなってしまった広場にある丁度良い岩肌に、ウォンは腰掛けて前髪を弄っていた。
ウォンにしてもこの面談は少しやりづらいではある。信頼し、助け合った仲間に対し疑問を投げかけるなど野暮な事だと痛感しているからだ。だが、これ以上事が運べば大隊は解体され、それぞれが配置された収容所へと連行されるだろう。当然己自身もどうなるかは分からない。アーレを説得出来なければ、ベドウィンに語った計画も夢物語に終わってしまう。
その場合においてギィルはある種の保険になり得るとウォンは考えている。それだけに、限りある時間でもっと彼の事を知ってなければならない。
ウォンにとってギィル・コールマイナーと言う人物の評価は、周りが思うそれよりも遥かに高かった。
「やぁ、昨日はよく寝れたかい?」
「いえ、緊張してあまり..」
「うん、まぁ誰だってそんなところだろう」
そこから会話が途絶え、沈黙になる。
(さて、どう切り出せばいいものか)
少し考えた末、最初に話しかけたのはウォンだった。
「ある有名な歌手が言った言葉がすごく頭に残っていてさ」
「歌が上手く歌えるように必死になって頑張り、色々考えたりもしたけどいざ大舞台に出て大勢いる観客の前で歌う時というのは...」
「頭の中は驚くほど空っぽらしい」
「......」
「不思議だろう?そこには不安も自信も、培ってきた努力さえもまるでない、そこにあるのは目の前にいる大勢の観客と、それに向かって歌う自分だけ。それ以外は何もない」
「それを聞いた時、行動している時ってのは誰しもそう言う状態なんじゃないかと思っているんだ」
「人は誰しも考える生き物だ、でも行動と同時に考えを巡らせられる人ってのはなかなかいるものじゃない。考えた先にあるもの、それはある意味集大成でもあって、同時に空っぽなのかもしれない」
「はぁ」
ギィルはウォンの言わんとする意図が図れず、曖昧な相槌を打つ。
「矛盾しているだろう?だが実際のところそんなものさ、正直に言ってしまえば、今言った事も思いついたままに言っただけ、何も考えちゃいない」
ウォンは少しおどけて見せる。
「楽しければそれでいい、僕はそうなるように常々生きている」
「いい生き方ですね」
「こんな人間を周りは英雄だの知将だなど囃し立てるんだからさ、笑わずにはいられないよ」
ギフトはこれが彼なりの処世術だ理解したと同時に、その不器用さに呆れていた。
(なんとも回りくどいな、どうやら彼なりに君のことを懐柔しようとしているようだ)
(核心に触れて気を煩わせまいとしているんじゃないかな)
相槌を打ちながら脳内でギフトともやり取りを交わす。
「それに君には何回も助けられている、でも同時にこうも思うんだ」
「何故なんだろうと?ってね」
ウォンの疑問はそのままギィルへの核心へと迫った。だがそのあまりの自然の流れにギィルは特に顔を強張せることもなく、自然でいられた。
「中尉は、中尉は僕の事を信じてくれますか?」
「ん?」
「これから話す事は全部誰もまともに信じてくれないような話です」
「なるほど、何となくそんな気がしていた」
ウォンは改めて姿勢を正すとまっすぐギィルに向き合い、ニヤリと笑った。
「それで、どんな面白い話が聞けるんだい?」
..........
それからギィルは自分に関わる全てをウォンに話した。自分が転生者である事、それも全く別の『異世界』からの生まれ変わりである事、戦争での混乱の中で自分の中にもう一つの人格が生まれた事、そしてそれが自らを『病毒』であると名乗り、またその仲間が存在する事、その仲間がディアナイン神聖国に存在していると言う事、そしてその『病毒』のおかげで皆の窮地、ウォンの危機を回避してみせた事。
ウォンは軽く相槌を打ちながら何も聞き返す事なく、ギィルの話に耳を傾けていた。
「だから僕自身は何もしてないんです。頭の中にいるコイツが僕に教えてくれただけで」
「なるほど、聞けば聞くほど信じられない事ばかりだな」
「分かる範囲でしたらなんでも答えます」
「ふむ、それじゃ君の他にも異世界から来た転生者と言うのは存在するのかな?」
「それは、前にも話したことがあるのですが、おそらく居るだろうととの事です」
「『話した』と言うのはもう一人の自分、
いや、ウィルスだっけ?」
「はい、ギフトって言うんですけどコイツが言うには帝国の急激な発展にも影響しているんじゃないかって...」
「...君のように異世界から来た人間にそのウィルスが寄生する。つまりそれは...」
(いや、必ずしもそこに同一性があるとも限らん。なにせ私としても自分以外の者と対峙したことがないからな)
ウォンが話を続ける前を予測したギフトが割に入って脳内で言葉を放す。少し間をおいてギィルがそれをウォンに伝えた。
「なるほど、じゃあただ異世界から転生した者とウィルスに寄生された者とは分けて考えた方がいいのか」
「そうした方がいいと思います」
「それで、そのウィルス...いやギフト君だっけ?」
「彼の目的は一体何なんだ?」
ウォンが口にしたのも当然である。何故ならそれはギィルにしても人ごとでは済まされないからだ。
ギフトはあの時、長い沈黙の中で「分からない」と答えた。果たして今でもそうなのだろうか?
(フン、逆に聞きたいもんだな。君達人間の目的とやらを)
(おい、さすがにそれは失礼だろうが。前から思っていたんだがお前中尉にちょっとキツくないか?)
(私は誰に対しても対応は変わらんさ。いいからそう答えろ)
ギィルは言いにくそうにウォンに代弁した。
「なるほど、これは一本取られたな。確かにそうだ」
ウォンは納得したように笑みを浮かべた。
「目的を言いたくないのならまぁ別にそれでもいい。でもなんとなく分かった気はする」
(....チッ)
ギィルはギフトが舌打ちした事に少し驚く。おそらくこんなにも感情を露わにしたのは初めてなのではないだろうか?
「ではギフト君。率直に僕の頼みを聞いて欲しい」
「これまでと同様、僕らの仲間として協力してくれないか?」
(.....くだらんな。私の生殺与奪を握っているのはギィル・コールマイナーにおいて他はいない)
(つまり、君の中で答えが出てるならそれが返事という事だ)
そして、ギィル、ギフトは改めてウォンと堅い握手を交わした。これによりウォン・リオンは未知の生命体である病毒、ギフトと協力関係を結ぶ。それらが今後どのような運命を辿るかなど、まだ誰も知る由もなく...。
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最終組が拠点を出発した時の快晴は完全な凪であった。砂嵐の危険は無いが、その静寂な灼熱はウォンたちの肌をじりじりと焼き尽くす。そして、いよいよ目的地であるアーレブランドン共和国の国境付近になる集合ポイントまであと数時間程となったその時、それは現れた。
激しく風を切る音が最初に聞こえ、一瞬だけ大きな影が、部隊をなぞるように離れていく。それ影だと気づき誰かが空に指を差し大声で叫んだ。
それは銀色に輝く鉄塊であった。
ウェスタニア帝国海軍が試運転させた新型複葉戦闘機が、ウェスタニアとガルバギアを横断する無着陸有視界飛行の軌道であった。
その日、ガルバギアにとっての震撼と絶望が英雄の頭上を通り抜け、砂塵と共にそれが呼び寄せた風で戦慄を覚える。
翌日のガルバギア歴1290年3月11日。
人類初の有視界飛行無着陸横断に成功したという方が帝国全土に報された。
一章 完




