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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

かみさまみたいな男に愛されすぎてどんなにひどい目に遭っても全然死なせてもらえない不運な大学生くんの話

作者: 春道累

蜘蛛の話

 最初に言いたいことがある。

 雉も鳴かずば撃たれまいということわざがあるが、あれは嘘だ。完全に嘘だ。

 夜は出歩かない。トンネルも通らない。肝試しなんてもってのほかだ。

 それなのに、どんなに気を付けてどんなに避けていても、奴らは全く関係なしに俺のことを見つける。近寄ってくる。そして殺す。

 ――今みたいに。


「ひ、ぐっ、ふ、ふーっ、うぐ」


 脚の長さだけで2mはありそうな蜘蛛にのしかかられて正気を保てる人は少ないと思うけれど、俺はその少ない側の人間だ。もう慣れた。それでも痛いものは痛い、特に身体の太いところをちぎられるのはいつだって新鮮に痛い。まっすぐ顔に向かって降りてきた太くて鋭い脚の先を止めようとした俺の腕が、口器から生えたうじゅうじゅの触手に簡単に掴まれてもぎ取られたのはついさっきのことだし、何ならその腕は今は奴の口器に放り込まれてぐっちゃぐっちゃと汚い音で噛み砕かれていた。顔にぼたぼた血まみれの脂肪の塊が落ちてくる。選り好みしてんじゃねーよと思うけど、逃げるのに必死で上がった息が全然戻らない。引き攣って掠れた声もどきばっかりが喉から逃げ出していく。


 腕がおいしかったのか、それとも怯える俺の顔がよかったのか、どちらかはわからないけど蜘蛛野郎は次にもう片方の腕に目を付けたみたいで、気持ち悪い汁をまとった触手が伸びてくる。じゅ、と音を立てて汁の垂れたところが赤くなって、数秒後に猛烈な痛痒さが走った。みるみるうちに肌の深いところまで感覚が伝わってくる。多分溶けている――溶かされている。今度こそ本当に泣きたくなった。化学的な傷は物理的なそれよりもっと苦しいのを、俺は実地で知っている。


 こうなったらもう全部終わるまで動かないほうがいいのも知っているからそうしようと頑張ったけれど、とうとう汁が直接神経に触れるところまで達したみたいで思わず身体を捻ってしまった。悪手だったと気付いたのは腹までめちゃめちゃに熱くなったあとで、気づいたらぶっすり刺さっていた。蜘蛛の脚が。俺の腹に。


「あっ、? が、う、うわ、あああああ!」


 蜘蛛の化け物は無造作に俺の腹の中をかき回していく。窒息したくはないから横隔膜あたりの引き攣れるのをこらえて横を向いて、胃からこみあげてくるものをえづきながら吐き出したら真っ赤な汁とどろどろの塊が出てきた。本格的に死にそうになってきた。というか早く死にたい、殺してほしい、頭でも潰してくれればまだ楽なのに、化け物は半分千切れた俺の腕をぶらぶらさせて遊ぶのに夢中のようで全然とどめを刺してくれない。そもそも話が通じるとは思えない。骨が夕日を受けると場所によってはきらきら光るなんて一生知らなくていい知識だったはずなのに。


 結局、腹から引きずり出された内臓に直接触手がまとわりついて口器に運んでいって、すっかりからっぽになったような感じがしたところで化け物はどこかに消えた。脚がずるずる抜ける感じがしたから多分歩いていったんだと思う。ここまで来たらもう、俺にできることは待つだけだ。静かに待つ。間違っても他の化け物に見つかったりしないように。近寄ってこないように。殺されないように。


「はーるひさくん」


 ほら、来た。


 辺りが暗くなって、地面に頬が当たっている側の目の前にぴかぴかのエナメルのスニーカーがやってくる。


「今日もまた、随分ひどくやられたね」


 そう言いながら、その人はしゃがみこんで俺の頭をゆっくり撫でた。血を失いすぎて寝そべっているのにぐらぐらした感じが消えないから、少しでも動かさないようにしてほしいんだけど言うだけ無駄だから言わない。それに――治してもらえなかったら困る。


 白縫さんは俺のことが好きらしい。

 

 多分俺のことが好きだから、こうしてめちゃくちゃになっている俺を抱き起こす。頭を撫でて甘い声でなんだかわからない子守唄みたいなのを歌う。そうされているうちに身体がどんどん治っていく。これももう慣れたけど、客観的に見るとかなり気持ち悪いことになってるんじゃないかと思う。そして多分俺のことが好きだから、俺がめちゃくちゃにされている間は助けに来ない。自分ではさせられないような顔が見たいのかなと思っているけど、聞いてみたことはない。それで治してもらえなくなったら困るから。


 ぼんやりしているうちに手足が生えて腹の穴が埋まった。せっかくだったら千切れた袖も一緒に直してほしいと思うし、多分この人はできると思うけれど、この人はそういうことはしない。このまま俺をスニーカーと同じように黒くてぴかぴかした車に乗せて、すごく高級な服屋に連れて行って、テーラーに選ばせた服を全部買うのがお決まりのコースだ。俺のなけなしのプライドがせめてみすぼらしい格好を他の人に見られたくはないと言っているのに、何度頼んでも全然聞いてくれなかった。


 よいしょ、と掛け声を上げて白縫さんが俺の身体を持ちあげる。

「そうだ、明日暇? デートしようよ、ご飯もおごったげるし日用品も買ってあげるから」

 それに返事をする前に、今度こそ俺は気絶した。白縫さんの腕の中が安心できるから、なんてことではないと信じたい。


 そういえば、白縫さんが来るときはいつも夜だ。


------


 目が覚めたら自分の部屋の自分のベッドだった。慣れ親しんだ7.5帖。着せ替えられていた服はネットで調べたら俺の居酒屋バイト3ヶ月分を優に超える値段で軽く絶望した、信じられないくらいでかくて青いパイナップルのワッペンが付いているくせに。

 

 白縫さんが治してくれたなら身体に過不足はないはずだけれど、気分的には血が足りない。「こう」なってから買い置くようにしていたポカリスエットもちょうど切れていたので、コンビニに買いに行こうと思って起き上がって玄関のドアを開けた。


 ら、白縫さんがいた。普通にセンスのいい私服で、何なら隣の部屋の櫻井さんと話し込んで盛り上がっていた。俺だって彼女とは挨拶しか交わしたことがないのに。盛り上がる内容が競馬の勝ち筋なことがあるか? でも俺が一番気になったのは。


「いや、昼間も普通にいるのかよ」

「あれ、おはよう春久くん。……何か言った?」

「なんでもないです」

「そう、じゃあいいや。それよりデートしよって言ったの覚えてる? 今から行こうね」

「今日は午後から授業あるから無理です」

「え!?」


 じゃあ授業終わった後! ご飯だけでいいから! と、白縫さんは必死に絡みついてくる。櫻井さんがなんとも微妙な顔で微妙な挨拶を残して部屋に引っ込んでいった。最悪だ。最悪の目覚めだ。


 それでも今日も生きていられてよかった、これも白縫さんのおかげだよな。そう思うと、食事くらいなら付き合ってあげてもいい気がしてくるものだ。

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