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【短編版】Z世代の部下が俺にだけうざい

 2024年。秋。

 Z世代と呼ばれる幼少期からインターネットに触れて育ったデジタルネイティブ達の社会進出が始まり、早くも数年が経過した。


 俺みたいなおっさんに言わせれば、呼吸をするようにスマホなどの「デジタル」を操る今の若者達は、まるで宇宙人だ。


 使う言葉や文化もまるで違う。

 例えば、こんな出来事があった。


「何がパワハラだ! こっちは指導してやってるんだぞ!? お前それ、人としてどうなんだ!?」


 と騒いだ課長が、


「人としてどうなんだって発言、ただの人格攻撃だと思うんすけど、どの辺が指導なんすか? うちの管理職やばいっすね」


 このように、俺の感覚からすればありえない口答えを受けた。そして、降格処分のうえ異動となった。上司の方が、である。


 あまりにも理不尽な処罰だ。

 多くの社員が納得できる説明を求めたが、上層部から得られた回答は「時代が変わったンダわ(要約)」の一点張りだった。


 その若者は知っていたのだ。

 どういう発言がハラスメントになるのか、知っていた。逆におっさんは知らなかった。ただそれだけの話だ。


 俺が若い頃、インターネットなんて一般に広まっていなかった。情報は近所の図書館で調べるか、詳しい人に聞くしかなかった。


 しかし今の若者は、スマホひとつで、当然のように最新の情報を得ている。


 特別な技能だ。俺達おっさんがスマホを持っても同じようにはならない。


 だから恐ろしい。

 彼らはまるで宇宙人だ。


 俺は空気になることにした。

 触らぬ神にたたりなし。若者は神。お客様対応を心掛けるべし。


 結果、新人から部内で最も高い評価を受ける。

 そして、重要な任務を任されることになった。


 ──我が部で初となる女性社員の教育係(エルダー)である。


 我が部は、なんちゃってIT部である。

 社内の「パソコンとか好きそうな人」が集められ誕生した部で、アナログな業務のデジタル化を任務としている。


 女性比率は驚異のゼロ。

 新卒を取っても必ず男性が雇用された。


 しかし昨今の女性活躍ブームを受け、そのスタイルが見直されることになった。


 俺は知っている。

 今の若い女は、挨拶をしただけでセクハラ扱いしてくる。ならばと無視すればパワハラ扱い。要するに関わった時点で詰み。ネットに書いてあった。


 そんなモンスターの教育係?

 絶対に嫌だ。断固として拒否したい。


「まぁ、やってみなよ。君独身でしょ? 何ならワンチャンあるかもよ?」


 ねぇよ! そんなの!

 てか部長(あんた)がやれよ! 若者言葉! 使えてんじゃん!


「いや、ほんと、勘弁してください。それこそセクハラになりますよ」


 本音は口が裂けても言えない。

 無駄に年を重ねた平社員の辛いところだ。


 結局、俺の要望は却下され、春を迎えた。


 真新しいスーツを着て現れた彼女の名は須賀(すが)海華(みけ)。猫みたいなキラキラネームをした地味な見た目の子だった。


 挨拶はこんな感じ。


「……須賀(すが)です。よろしくお願いします」


 第一印象は、とても大人しい子だった。

 本当に……最初の半年くらいは……本当に……とても、大人しい子、だったのだ。


 あれから一年と半年。

 俺に対する彼女の態度は、こんな感じだ。


「うわー、先輩ざっこ。それ手動でやってるんですかー? きも。だから残業ばっかなんですよ。ざーこ」


 ありえなくない?

 俺、上司。こいつ、部下。しかも十歳くらい年下。


 なる? 普通?

 俺メッチャ丁寧に仕事教えたよ? それがどうしてこうなる?


 外見も変わりまくり。

 最初は長い黒髪で眼鏡だったのに、最近では短髪茶染めで眼鏡も外している。量産型の女子大生って感じだ。なんでだよ。大学デビューにしとけよ。社会人デビューはメンタル強過ぎだろマジで。詐欺だわ。


「それどんな業務なんですかー?」


 横から小馬鹿にしたような声。

 俺はパソコン画面を見ながら、グッと腹に力を込め、柔らかい声で返事をする。


「アカウント登録ですよ。下期から入った業務委託さん達の分」


 どうよこの言葉遣い。

 偉くない? この無礼な部下に敬語使えるおっさんいる? 


 でも仕方がない。

 彼女は初の女性社員なのだ。


 会社は「三年後離職率」を大事にしているから少なくとも三年は辞められたら困る。


 それは管理職の評価に響く。

 つまり俺の賞与査定に関わる。

 

 俺にとってこいつは、部下であると同時に大事なお客様なのだ。


 ……世知辛い。どうしてこんな世の中に。


「何件くらいあるんですか?」

「残り、200件くらいですね」


 うわぁ、という声が聞こえた。

 いや聞こえなかったけど、雰囲気がね、もうほんと「うわぁ」って感じだった。辛い。


 俺も嫌だよ。せめて一人ワンクリック……いや贅沢は言わない。ワンシステムで終わらせて欲しい。なんで沢山あるの? 泣くよ?


「それだとまた残業ですね。お疲れ様です。そんなに会社が好きなんですか?」


 こいつ本当にムカつく。

 言ってること普通かもしれないけどね? 声がね? 嘲笑ってるのよ。ずっと。心の底から下に見られてることが伝わってくるわけよ。──我慢するしかないですけどね!?


 俺は作業を中断して彼女に身体を向ける。


「……えっと、何か用事でしたか?」

「べつにー? 私は先輩と違って優秀なので、今日の仕事は終わりました。だから定時まで暇なので、見てるだけでーす」


 忘れてた。

 これも我慢する理由のひとつだ。


 こいつ優秀なのよ。

 俺の教え方が良いから。


 ……冗談。最初から優秀だった。

 最近の子すごいわ。だって息を吸うようにプログラミングするもん。


 俺の感覚からすれば、パソコンはおっさんが触るものだ。しかし今の若い子は女子でも普通にプログラムを書ける。ほんと、宇宙人って感じ。


 さておき、俺は人目があると集中できないタイプなんだよね……。


「あの、暇なら一緒にやってみますか?」

「えー、嫌ですよそんなの。パソコン使った作業を手動でやっても許されるのはー、幼稚園までじゃないですかー? 私、大卒なので? プライドが許さないですね」


 俺も大卒ですが?

 何なら院卒ですが? 修士持ってますが?


 ……文系ですけどね!


「だからー、哀れな先輩を嘲笑っててあげますよ。先輩も、近くに若くて可愛い子が居ると、テンション上がりますよね?」

「……あ、あはは。そうね。ありがとね」


 こいつ嘲笑うって言わなかったか?

 言う? 普通? いくら俺が温厚だからってHP無限じゃないからね? そのうちブチ切れるからね? 


 ──などと思ったことは一度や二度ではない。

 しかし俺は今日まで一度も彼女を怒鳴りつけたりしていない。


 それは俺が大人だから……

 ではなく、きちんとした理由がある。



 * 翌日 *



「うわぁ、先輩ざっこ。まだその仕事やってるんですか?」


 昨日と同様にマウスをポチポチしていた俺は、朝一番の煽りを受けて手を止めた。


 ……いやほんと、目が覚めるよ。


 怒りを堪え、作業を再開する。

 そんな俺からマウスを奪い取って、彼女はPCを操作した。


「ちょっと待ってくださいね」


 彼女は素早く共有フォルダを開くと、何かを俺のデスクトップに移動させた。


「はいこれ、ツールです。動作確認付き合ってください」

「……いつ作ったの?」


 俺は思わず素の言葉遣いで言った。


「今朝です。たまたま早起きしたので? ちょっと早く来て作りました」


 これだよこれ。

 こいつ朝食作るくらいの感覚でツールとか作っちゃうんすよ。本当に同じ人間なの?


「先輩、集中してください」

「……はい」


 彼女はフォルダを開き「run.bat」というファイルをダブルクリックした。


 するとブラウザが立ち上がり、アカウント登録用の画面に遷移して、俺のIDでログインした。


「俺のIDとパスワードいつ知ったの?」

「先輩、分かりやすいので」


 画面を見ながら質問すると、彼女は少し低い声で言った。なんて恐ろしい奴だ。


「……」


 急に静かになった。

 気になって目を向ける。


 彼女は真剣な表情をして、睨むような目で画面を見ていた。


 ……いつもこういう感じなら最高なのに。


 内心で呟いて、俺も画面を見る。

 彼女の作ったツールの動作は完璧だった。


「どうですか?」


 上機嫌な声。

 俺は気持ちを整理してから顔を向ける。


 すっごいドヤ顔だった。ほら褒めろ。さあ褒めろ。そんな声が聞こえてくる。


「……完璧です」

「それほどでもあります。因みに、こっちがバックグランドバージョンです。一度起動して放置すれば、二度とアカウント作成業務なんてやらなくていいですよ」

「……流石です」

「先輩、これで早く帰れますね」


 こんな具合に、俺が仕事で困っていると、神の如き技術力で助けてくれる。


 その効果は数字にも出ており、彼女が入社する前と比較して、俺の残業時間は八割ほど減っている。正直、長時間労働が辛いと感じていたから、かなり助かっている。みなし残業だから給料も変わらない。最高だ。

 

 お客様は神様なんて言うけれど、彼女の場合、本当に神様的な存在である。無論、彼女が助けているのは俺の業務だけではない。


 だから……どれだけ嘲笑われても、怒ったりできないのだ。もしも俺の失態で彼女が転職することに……嫌だ。想像したくない。


「私ー、お寿司が食べたいなー」


 ……これさえ無ければなぁ。


「おやー? 私のおかげで暇になった人がいるぞー?」


 ……あのね? わざとらしい演技いらないからね? 普通に言ってね?


「先輩、お礼に回らない寿司とか連れてってくれてもいいんですよ?」

「……回るお寿司じゃダメ?」

「嫌です」


 今日一番の笑顔。

 だが俺はめげない。


「でもほら、最近の回転寿司って美味しいですよ」

「味じゃなくてー、煩いじゃないですか。私ー、騒がしい場所は嫌いなんですよねー」


 そうだった、こいつ自分は煩いクセに他人の騒音は嫌うタイプだった。


「……じゃあ、焼肉とかどうかな?」

「個室ならいいですよ」

「それは無いけど、静かなところ知ってるから」

「でもそれ先輩の主観ですよねー? どうしようかなー?」


 君よりは静かだと思うよ。


「あ、こうしましょう。もしも煩かったら、明日また別の店ということで」

「……分かりました。それで行きましょう」


 心の中で拳を握り締める。

 俺が行こうとしている焼肉店ならば、一人当たり二千円未満で済む。


 安くはない。だが寿司に比べればマシだ。

 こいつの言う回らない寿司は、確実に一万円を超える。


「先輩、言い忘れてましたけど、今回の貸しは利息があります」

「……利息?」

「はい。今日一回で決めないとー、今後は、ずっと、私を養うために働くことになるかもですよ? ……私はそれでもいいですけど」

「……あはは、大丈夫、良いところ紹介するから。ほんと」


 俺は脳内でプランを切り替える。

 苦しいがワンランク上の焼肉店に……いや待て、今の発言これが狙いか?


「じゃ、仕事に戻ります。今日はちゃんと、定時で終わってくださいね」

「……ああ、うん。ありがとね。助かりました」


 最近、丁寧語とタメ口が混ざる。

 なんというか、彼女のペースに乗せられているような気がする。


 そんなことを思いながら、上機嫌な背中を見送った。


 ……まあ、見送るって、ほんの数メートルの移動なんですけどね。


 彼女の席は、俺の正面にある。

 この座席はオフィスによくある横長のアレで、中央に仕切りがある。だから、同じ机を使っていても向こう側の様子は見えない。


 しかし声だけはバッチリ聞こえる。


「須賀さん、これちょっと聞いてもいいですか?」


 この声は同僚の宮崎さんだ。

 なんて恐れ知らずなのだろう。

 もしも俺が同じことを質問したら……


『先輩ざっこ。まだ二年目の私に質問するとか、どうしようもないですね』


 などと嫌味を言われるだろう。

 ああ、想像しただけでも腹が立つ。


 しかし、


「このフォルダに資料がありますよ」

「あー、ちゃんと資料あるのね。知らなかった」

「はい。メールで送りますね。分からないことがあったら、また聞いてください」

「ありがとう。助かるよ」

「いえいえ、お役に立てて嬉しいです」


 なんで?

 それが俺の第一声。


 こんなこと一度や二度ではない。

 俺以外の社員に対しては、常識人なのだ。


 つまり俺にだけ辛辣なわけ。

 なんで? 何がダメだったの? 


 俺は今世紀最大の謎を胸に、その日の仕事を定時で終わらせた。



 *  海華(みけ)  *



 憐れな中年男性が悩んでいた頃、海華は反省していた。

 

(……流石に、あの発言はやばかったかな?)


 もちろん、直前に行っていた会話のこと。

 この心の声が彼に聞こえたならば「あの発言ってどれだ。全部やばかったぞ?」と首を傾げそうなところだが、彼女が気にしている発言は、ひとつだけである。


 ──今日一回で決めないとー、今後は、ずっと、私を養うために働くことになるかもですよ? ……私はそれでもいいですけど


(……こんなのもうプロポーズじゃん!)


 違う。


(……流石の先輩でも気付くよね? どうしよう、この後どんな顔して話せばいいの!?)


 気付いていない。


(……私のバカ! まだ付き合ってもいないのに「一生養って」とか、重すぎるよそんなの!)


 重い。


(……今日の私、髪型とか変じゃないよね? 後で鏡見よう)


 要するに、彼女は先輩のことが大好きなのである。

 外見を変えたのも、漫画の中にしか存在しないような口調で話しているのも、先輩の好みを調査して、それに合わせた結果である。ひとつ残念だったのは、調査に大きな誤りがあったことだ。


(……あーもー! 先輩もその気になっちゃったらどうしよう!? まだ貯金足りないよ!)


 彼女の想いが伝わるのが先か。

 それとも先輩が我慢の限界を迎えるのが先か。


 それはまだ、誰にも分からない。


 こういうの好き!

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[一言] メスガキキャラを20代越えてやるっていい大人が黄色い帽子被ってランドセルしょうくらいの痛々しさだぞ…
[一言] ツンデレキャラは創作だから可愛いというのに……
[一言] い・・・いや。 普通に嫌われるわW 多分W
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