01
23の歳から、人間らしい事をした覚えが無い。
正確を期するともっと前、高校に入った辺りからそうではあるのだが、それはまあ、置いておこう。
俗に言う進学校に入り、文系ながら国立大を出て、面白みも無く地方公務員になった。
口や頭がもっと回ったなら国家公務員で何処かの省庁勤めも有り得たのかもしれないが――
自分は如何せん、勉学にだけ勤しむ様な面白味も何も無い青春を送った人間だ。
司書資格やらを折角取ったのに、人の飽和した場所への採用の門は狭く、弾かれる事の連続。
『大学は出たけれど』なんてのは、別段昔の事でも無いのだと思い知らされた。
俺には、夢と呼べる夢は無かったし、今更『自分探し』に向かえる程の熱量も無かった。
――『自己啓発本』位は漁ったが、そもそも、実現したい自己も希薄だった。
何時までも就職浪人してる訳にもいかず、田舎へ帰り、その足で公務員に。
これもある種、夢破れる、といえばそうだし――何処にでもある事と言えばそれまでだ。
それでもまあ――生きている以上は食わなければならず。
それ故、気軽に――とさえ言い得ない『自動性』で、『安定』に飛び付いた。
――そこから七年。
ずっと、ブラックな職に噛り付いた。
……公務員を『公僕』と呼ぶ。
それは本来、『心意気』とか『心構え』の問題であって、上司や窓口に来た人間の罵倒に晒される事では無い筈だ。
――盥回しに成るのは確かに気の毒だが、それは下っ端の俺に言っても改善を見る事では無い。
まして、直属の上司が――いや、言っても仕方在るまい。
それだけ厭な職場なら、辞めてしまえばいい――本来なら、そうだ。
だが――田舎のコミュニティ内で、『公務員を辞める』者が出ると言うのは、皆の想像以上に肩身の狭い事だ。
それは、一つの森の様に似ている。
閉じたエリア内で、幾百幾千と繰り返されてきた繰り返し――
その中で、より日当たりの良く見える位置から枝が落ちると言うのは、幹である一族にとっては、ダメな事なのだ。
密集し、密閉された森で、日当たりが悪くなると言うのは、たちまちに勢いを失うと言う事でもある。
『定年まで勤める』のは兎も角――
『強風で折れ落ちる』のは、想像以上の損傷と看做される。
無論、全ての田舎がそうな訳では無いだろうが、逆を言えば『閉じたコミュニティ』では、何処でも起こりうる。
人が『安定』を志向し、信仰する限りは、それは変わらない。
――ともあれ、最近では『移住者』も増えた、という意見もあるだろう。
だが、それとこれは、また別の問題と考えるべきだ。
……『三代続かなければ江戸っ子では無い』と言うが、現代の田舎は、まだそんな風潮もある。
閉じ切ったコミュニティに、途中から入って来る者はまだいい。
はっきり言って――『お客さん』――『お客さん』はもてなされて当然だ。
そればかりでも無いが――凡そ、一族で根付いていける方が稀だろうと思う。
凡その『田舎移住者』というのは、その世代は骨を埋め得る。
――だが、その子供達の代が、そう成れるかと成れば――
・ ・ ・ ・ ・ ・
……話が大きく逸れてしまったが、俺は、そんな――『クソ田舎』の『地方公務員』だった。
『クソ田舎』、というのも、今だからこそ思える事。
全ては終わってしまったから考えられる事。
溺れ掛けているものが、冷静に成れないのと同じ。
苦しみに馴染んでしまって、それが当然に成っている者には、それ以外など思いも寄らない。
……だからと言って、死んでから気が付く、というのは、流石に無いだろう。
――そう、自分は死んだ。
仕事を終えて、泥の様に疲れた体を引き摺り、何処の舞台だという様な、庁舎の大階段から転げ落ちて死んだ。
痛みを感じる間も無く、首をやられたのは、運が良かったのか悪かったのか。
それらを考えたのは、次に意識を得た、病院の霊安室の自分の枕元だった。
・ ・ ・ ・ ・ ・
粛々と葬儀が進んでいく。
三十三の男が勤め先の大階段から転げ落ちて死んだら、通常は不審死も疑われようが、そうはならなかった。
これは別に揉み消しとかそう言った事では無い。
単純に、衆目が有ったから、自分が一人で転げ落ちたのが証言された為だ。
では『自殺』か? これは逆に、そんな場所で? という疑いが向けられた。
同時に、身内からも『疲れては居た様だが……』という証言が出るに留まり、単なる『事故死』で片付けられた。
もっと後になって、報道が独自に事の裏を探ろうが、それは俺の与り知らない事だ。
――何故なら、俺の意識が其処に残っていたのは、『火葬場の竈』の蓋が閉まるその時までで――
その光景から目を閉じ、顔を逸らした次の瞬間――
俺の意識は、妙なものを見た。
それは、『神』と呼ばれる者でもなければ――『仏』と形容し得るものでも無い。
『死神』とか『悪魔』とか断定し得る様なモノでも無い。
……判読出来ない文字列と、理解の及ばない数字の羅列。
そして、その端の方で点滅する[Y/N]の表記――
……それが、セピア色に染まり止まった景色に、浮いている。
――近い物を上げるとすれば、PCの『コマンドプロンプト』って例のアレだ。
「……ここまで、『夢落ち』、って事無いよな?」
例えばそう、残業してて途中で気絶して、取り留めの無い夢を見ている――
――であれば、気が楽なのだが、恐らくは違う。
と言うより、ここまでリアルに自分の死から葬儀までを想定する夢を見てるなら、逆に怖い。
起きたと同時に、病院に担ぎ込まれてる、まである。
……[N]の方に触れてみる。
「……いや、何だ、読めないっつうの……」
更に文字列が走る――何と言うか――
最初の字列と少し違うので、内容は若干違うと分かるのだが――それでも理解出来ない。
理解出来るのは、さっき迄と違い――時間制限と思しき[0334]が着々と数を減らして行っている。
「……ああ、と……」
……分からない。
決断すべきとは分かる。だが、判断材料が何も無い。
そんなのは何時もの事だが――何故、死んでまで決断に追われなければ成らない?
「……[N]」
再度、そちらをタップする。
「……[N]」
もう一度。
「――[N]」
もう一度。
「[N]!!」
――[Y]を選択しない限り先に進まないのかも知れないが――
はっきり言って、せめて意味の分かる文章が出る位まで粘る位――
――ガコッ
――不意に、後ろの方で、何か鈍い音がした。
ギッ――ギギギギィイ――
……まるで、何十年も開かなかった鉄扉が開くかの様な音を立て――
――今正に、自分の死体が焼かれている筈の、その『扉』が、開いて行き――
「――――」
其処から、ずるり、と、『何か』が出てきた。
「……jutxkdige……」
――それを、何と言ったら良いのか。
現代造形めいた方面に明るくない自分には、上手く言えない。
――近い物、を挙げるならば――ヒトデの様な――両棲類の様な――そんな皮膚感をした――
それでいて、人間のフォルムをしているが――首のところには、『動物の頭蓋骨』が載っている。
――これすらも、或いは、何処かの『MV』とかで見かけたもの。
そう思い込みたい自分と、しかし、余りに生々しい『実在』の感じ――
――ガパッ
不意に、その頭蓋骨が口を開いた――
――其処には、塗りつぶされた様な、真っ黒の中に、目玉が幾つか固まって浮いて――
――そんな異常事態と、異常な存在に――
「――frksema」
「――――チッ」
我知らず、舌打ちをしていた。
相手は、どう考えたって、真っ当な代物じゃないのに。
地獄か何かの獄卒か何かなのに。
「――せめて解る言語使ったらどうだよ……」
――何か、得体の知れない、腹立ちが――
生きている間には、只管に抑えていた『怒り』が、じわじわと……
「――是後軍修羅悪刀理言月――?」
「小首傾げてんじゃないよ……」
「……ワカルカ?」
不意に、相手の言葉が理解出来る様になった。
「……分か、る――」
「……この、言語系か」
――どう見ても化け物にしか見えない存在が、流暢にこちらの言葉を話し始める。
「――残念だが、お前は、死んだ」
「……見れば、分かる」
んな事は、見ていたら分かる。
「――それで、何故呼んだ?」
……何言ってる?
「――呼んだ覚えなんて、無いぞ?」
「……なんだと?」
「というか、何だよ、この状況――そもそも、この表示――って、ん?」
ふと見ると、数字が止まっている――さっきより桁数も何もかも多い――カウントダウンじゃ、無かったのか?
「――ちっ。面倒な――無意識に呼んだのか」
相手は、そういうと、いきなり自分の手を掴んだ。
「――まあ、いい。
他の誰も取りに来ないなら、こんな素材は滅多に無い――」
「なんの、話――」
「案ずるな――」
その、暗闇の中の目が、ニヤリと笑った気がした。
「こんな世界よりは、余程に有意義な『地獄』へ行こうじゃないか」
そういうと、相手は――有無を言わさず、俺を――
燃え盛る業火の中へと引き摺り込んだ。
――それが、始まり。
其処からに意味があるのかは――これから語る事の中で、考えて欲しい。
――さて、語ろう。
これから語るのは――不眠と強迫観念の、バケモノのお話。




