後編
クマさんはびっくりして、ふろしきのはしっこをネコさんの顔にあてました。
ネコさんのガラス玉のような目から、ぽろぽろと涙がこぼれています。
「お星さまがいなくなったにゃぁ〜」
クマさんはどうしていいのかわかりません。
とりあえず、外のベンチにネコさんを座らせました。
お日さまがぽかぽかとあたためてくれると思ったのです。
ぽろぽろと泣くネコさんにふろしきごと蒸しパンをわたしました。
「あったかい蒸しパンをもってて」
クマさんは、ぽてぽてと足音を立てながら家にもどると、いそいでお茶を作りました。
あつあつのヤカンと木のコップをふたつ持って、ベンチにいるネコさんのところへ、もどりました。
ネコさんはまだぽろぽろと泣いています。
クマさんは、ネコさんから蒸しパンの入ったふろしきを受けとると、かわりに木のコップを持たせました。
そして、あつあつのお茶をそそいで、ネコさんにすすめました。
日のあたるベンチで、あつあつのお茶を飲んで、蒸しパンをちょびちょび食べながら、ネコさんが話しだしました。
ネコさんは、お友だちとみんなでお星さまに会いに行ったそうです。
そして、お星さまから降る光をあびて、お星さまとお友だちとみんなで遊ぶつもりだったそうです。
けれど、なぜかお星さまがいませんでした。
きっとまん丸いお月さまがまぶしくて、隠れてしまったんだ。
ネコさんもお友だちもみんなそう思いました。
けれど、何度行ってもお星さまはいませんでした。
ゆうべもみんなでお星さまを探しました。
細くなったお月さまに聞くと、「ここにはいないよ」と言われたそうです。
ネコさんは、それが悲しくて泣いていたのです。
お茶を飲みながら、ふんふんとネコさんの話を聞いていたクマさんは、困ってしまいました。
クマさんは、ネコさんのお友だちのお星さまを知りません。
きっとまた会えるよ、と言ってしまうとウソになると思いました。
クマさんが知っているのは、ネコさんがお星さまのことを好きで、とても楽しそうにお星さまのことを話すネコさんのことだけでした。
クマさんは、ふんふんと言いながら空を見上げました。
森の葉っぱにかこまれた青い空が見えました。
その青い空のまん中に、まぶしいお日さまがいます。
クマさんは、思いついたままに、ネコさんに話します。
「ねぇ、ネコさん。今、空は青くて、お日さまがまぶしいよね」
ネコさんがふろしきを涙でぐしゃぐしゃにしながら、クマさんの方を見ました。
「おひるにゃんだもの。それがどうしたんだにゃ?」
「お月さまも、お星さまも、お日さまも同じ空にいつもいるよね」
「そうにゃけど…」
「お日さまがお空にいるとき、お月さまはどこにいるのかな?」
「お月さまは、どこにゃ…」
「ネコさんに聞いたお月さまは、とてもひかえめな方だから、お日さまのうしろにいるんじゃないかな」
「そうかもしれないにゃあ…」
「うん。だから、お月さまが見えないくらいお日さまがまぶしいんだと思うんだ」
「うん…」
「お月さまよりも、やさしい光のお星さまは、お日さまが前にいたら、もっと見えないと思うんだ」
「うん…」
ネコさんがふしぎそうにクマさんを見ます。
クマさんは、空を見たまま、言いました。
「だから、お星さまは、今、お日さまのうしろにいるだけなんじゃないかな」
「お日さまの、うしろ?」
ネコさんの涙が止まりました。
「ネコさんも、ネコさんのお友だちも、お日さまにあたると元気になるよね」
「うん」
「森の葉っぱも、お日さまがあたると元気になるよね」
「うん」
「じゃあ、お星さまも、元気になるためにひなたぼっこしてるんじゃないかな」
ネコさんも、クマさんと同じ空を見上げました。
青い空は、お日さまがまぶしく見えるだけです。
ネコさんの目には、まぶしいお日さましか見えません。
お日さまのうしろには、何も見えません。
けれど、クマさんの言うとおりに、お日さまにあたると元気になります。
ネコさんからは見えないお日さまのうしろで、お星さまもひなたぼっこをしているのでしょうか。
ネコさんは、お日さまのうしろで、のんびりとお茶を飲むお星さまをかんがえてみました。
とてもあたたかそうです。
「…ひなたぽっこしてるのかにゃ」
ぐすぐすと涙をこぼしながら、ネコさんが言いました。
「ひなたぽっこ」
「…いいまちがえたにゃ」
「ひなたぽっこ」
「…ひなたぽっこ」
「とてもあたたかそうだね。ひなたぽっこ」
「…うん。ひなたぽっこ。ぬくぬくにゃあ」
クマさんとネコさんは、しばらく「ひなたぽっこ」と言いあいながら、お茶を飲んで、蒸しパンを食べました。
ヤカンも蒸しパンの皿もからっぽになってから、クマさんが思い出したように言いました。
「蒸しパンも温かくすると、ほこほこになるから、きっとお星さまも、今ごろほこほこになっていると思うよ」
「ほこほこのお星さま。とてもあたたかそうにゃ…」
ネコさんは涙の止まったガラス玉のような目で、にっこりと笑いました。
クマさんはにっこりしたネコさんを見て、ふんふんとうなずくと、にっこりと笑いました。
お日さまに、ほこほこにされて、お茶と蒸しパンでおなかいっぱいになったネコさんは、その夜、もこもこのお布団でぐっすりと眠りました。
ネコさんの夢の中では、ほこほこの雲の上で、ぬくぬくの毛布にくるまったお星さまがぽかぽかと温かいお茶を飲んで、ほっこりしていました。
ネコさんは夢の中で、にっこりと笑いました。
ネコさんがまだ夢の中にいる朝のことです。
クマさんは家で一番小さいなべにまっ白いシチューを入れて、こっそりネコさんの毛糸のおうちの中において帰りました。
なべの横には、木の実で目と鼻を、葉っぱで耳をつくった黒糖たっぷりの茶色のクマさんの蒸しパンがあります。
「げんきになってね」
クマさんは小さな声でつぶやいて、毛糸のドアをそっと閉めました。
まっ白の温かいシチューは、ネコさんをほかほかにしてくれることでしょう。
クマさんは、またネコさんのお話が聞けるといいなぁと思いながら、ぽてぽてと家に帰りました。
そのクマさんの背中を照らすお日さまも、にっこりと笑ったようでした。
〜おしまい〜