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人間狩り  作者: ネモト君
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第4話「救世主」

NATO軍と旧ワルシャワ条約機構軍の継戦は困難になり、2045年9月2日に星間戦争と第三次世界大戦を正式に終わらせる目的でセルカッド=ミシア、及びアーヤン=モハメド=アリの両者による国連演説が行われた。セルカッドの巧みな演説に心を動かされたというヒトは多いだろう。彼女はまず札幌・大連の戦没者に哀悼を示し、その際大粒の涙を流して泣いてみせた。トカゲは普通泣かないので、セルカッドの映像を見ると「気持ちが悪い」という印象を受けるトカゲもいるらしい。(トカゲが全く泣かないという訳ではない。しかしPTSDや重篤な精神疾患を持つのでない限り、普通トカゲは一生をヒトのように泣くことはなく終える。最も地球からミサイルを受け続けた挙句、5年間に渡って彼らの争いを傍観し続けていたら気を病むトカゲも相当いたことだろう。)


セルカッドは次にトカゲの隠密部隊が殺害したアメリカ・日本、中国の核ミサイル関係者の遺族たちに哀悼の意と心からの謝罪の意志を示した。トカゲたちが核ミサイル関係者を殺したことに異議を唱える者などもう殆どいなくなっていたが、そうすることで思慮深く「人間」らしいトカゲの一面を演出する狙いがあったのだろう。


セルカッドはドラゴンスレイヤー号の出現が星間戦争や第三次世界大戦の引き金となったこと、これまでに数万のトカゲと数千万人の人類が犠牲となったことにも言及した。ここでまた彼女は大粒の涙を流す。次に彼女はこれまで人類には知られていなかったドラゴンスレイヤー号の建造の経緯、そして統一戦争について歴史上初めて言及し自らも戦争難民であることを公にした。人類に最大限の同情を示し、これまでにないほど共感を集める人物となったセルカッドがそれと同じ分だけの同情をドラゴンスレイヤー号のトカゲ達に向けさせるのは容易であったことだろう。


「多くの尊い人命が失われました。しかし不幸な誤解と争いの時代は過ぎ、戦争は終わりました。私達トカゲとヒトの共通の敵とは何だったのでしょうか?それは「許せない」という怒りの心、「遠ざけたい」という恐れの心です。私もまたこの怒りと恐れの心と無関係ではありません。核ミサイル攻撃によって第7居住区が破壊され母が亡くなって以来、私はヒトを憎んでいました。ドラゴンスレイヤー号がIPBMの攻撃を受けている間、私はできることなら地球から遠ざかりたいとヒトを恐れていました。しかし時が過ぎ私の最大の友人、アーヤン=モハメド=アリが私の心を開いてくれました。地球の皆さん、見てください。人類とトカゲが手を取り共に歩いています。私は皆さんがこのセルカッド=ミシア、そしてアーヤン国連事務総長の様に怒りと恐れの心を克服し、友人となれると信じています。我々トカゲの移民船の機能が限界を迎え、そして人類が資源の枯渇に苦しむ中広大な宇宙で巡り合うことができたのは運命に違いありません。共に緑の大地の上を、黄金色の太陽の下を歩みましょう」


セルカッドの演説はこの言葉で締め括られている。セルカッド=ミシアは種族の壁を超えキング牧師やマハトマ・ガンジー、グレタ=トゥーンベリをも越える究極の平和思想の体現者として地球上に君臨した。彼女とアーヤン国連事務総長の感動的なスピーチのおかげで星間戦争・第三次世界大戦を正式に終了する調印文書に全世界の代表が署名し、国連人権宣言や各国の憲法には即刻修正が加えられ「人間」という表記は「人間とトカゲ」という文言に置き換えられた。こうしてバカバカしい戦いはようやく終わり、晴れてトカゲたちはヒトと同じ地位を手にすることができたのである。


トカゲが有り難がられたのは何もセルカッドの「君臨」や核戦争の阻止があったからではない。人類が喉から手が出るほど欲してやまない定常核融合反応と恒星間飛行の技術、そしてドラゴンスレイヤー号に嫌というほど積まれたまだ見ぬ新素材、それが本来のヒトの狙いだったのだから。ドラゴンスレイヤー号は再びL1への逗留を始め、人類が送ってきた支援物資を元にコロニー内の食糧不足や循環装置の不調を改善することができた。人類はその見返りとしてドラゴンスレイヤー号の移民の先遣隊を受け入れ、太陽の力を手にした。


人類が水素爆弾と原理的には同じ技術を再び手にすることに否定的な意見を持つトカゲも当然いたが(寧ろ今でもその見解のトカゲの方が多い位だ)、今回ばかりはトカゲはヒトをハナから信用しなかった。彼らはトカゲの技術者が居なければ反応炉を起動できないよう装置を設計した。トカゲはヒトに頼らなければドラゴンスレイヤー号の人口問題を解決できず、そして人類はトカゲの技術者に頼らなければほぼ資源が枯渇したこれからの地球を支えていくことができないという両者共に絶妙なバランスの関係が始まったのである。


トカゲの技術提供を複雑にしたのは、広島、長崎、札幌と3度もの核攻撃を経験した日本、水素爆弾によって大連が壊滅した中国、そしてチェルノブイリ原発事故で過去に大きな被害を被ったウクライナやベラルーシの国民の中には核融合反応炉の新規建造に少なからず反対する者もいたということである。また反応炉が生み出す核汚染物質をどう処理するのかという問題もあった。彼らが危険な核技術の拙速すぎる平和利用の再開に反対したのも無理はない。


ウランやプルトニウムを利用する核分裂程ではないが、核融合反応の過程ではα線の影響で必ず危険な核汚染物質が発生する。ドラゴンスレイヤー号であれば太陽の方向にでも棄ててしまえば良いのだが、地球上だと核汚染物質をどこに保管するかが問題になる。驚くべきことに、核汚染物質をどう処理するべきかという問題を人類は100年以上に渡って先送りにしていたのである。ほぼすべての国がウランとプルトニウムの恩恵を受けていたにも拘わらず、核汚染物質の最終処分場を責任を持って運営していたのは人口500万人余りのフィンランド1国だけであった。


核汚染物質の問題は従来の核分裂炉を核融合炉に代替した方が汚染物質は減るという説明をすることで一部は解決された。それでも将来核汚染物質をどうにかしなければならない事には変わりがないので、各国が責任を持って最終処分場の設立、もしくは将来打ち上げコストが低くなることを見込んだ核汚染物質宇宙投棄計画の実施を行うことを約束した。投棄計画の一環として地球の低軌道にテザー推進のステーションを設けること、もしくはドラゴンスレイヤー号に用いられている新素材を応用して軌道エレベーターを建造することが現在検討されている。


核に関して言えば、私は実際に日本の原子力事故の遺構である元福島第一原子力発電所を修学旅行で見に行ったことがある。皮肉にもこの事故処理で培われた技術が日本の核武装と大連を攻撃した水素爆弾の起爆装置の開発、そして戦後はトカゲの技術者と協力した核融合炉の建造に活用されたのだとパネルで紹介されていた。チェルノブイリの第4反応炉と同様、福島の第3号機は未だに撤去が困難なレベルの放射能を石棺の内部で放っているという。なぜチェルノブイリの事故を経験した人類が福島の事故を防げなかったのか不思議に思っていたが、この事故は地震に津波、そして想定外の電源消失という大失敗の本質である僅かな可能性の想定外の失敗の連続が重なったことによって発生した事故であるということがパネルを読むうちに伝わってきた。(それらの「想定外」とされる事象をあくまで想定の範疇とし事故に備えることが今後の核研究の在り方と、ひいては失敗学全般の役割であるとも補足がされていた。)大失敗の本質という失敗学のパネルを受け、私はファーストコンタクトの事を思い返さずにはいられなかった。

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