第3話「大失敗」
人類とトカゲのファーストコンタクトは両者が戦争状態になるという大失敗から始まった。大失敗の原因は、トカゲが自分たちの要求や思考体系をいち早く人類に通達しなかったこと、人類がトカゲに悪印象を与えてはならないと自らの負の歴史をひた隠しにしてきたこと、そもそもファーストコンタクトが軟着陸に終わるほど人類とトカゲの文明が成熟しきっていなかった事など様々な要因が重なっていたためと人類・トカゲの失敗学の泰斗達は分析している。
また、人類が資源枯渇の危機、トカゲの側はコロニーの機能停止の危機という切迫した状態にあったことからファーストコンタクトの実現を急ぎすぎたという事情もあっただろう。交通事故が数100分の1の確率で起こるような極めて確率の低い事象の同時発生によって起こるのと同様、2040年の人類とトカゲの間には友好的なファーストコンタクトを阻む要因が多く重なりすぎてしまったのである。
人類とトカゲの間に起こったさらなる不幸は星間戦争だけではない。トカゲの技術供与が停止させられたことにより、今度は地球上でどの国がいち早くドラゴンスレイヤー号の「残骸」から資源を獲得するのかという問題が再燃した。この問題は海中資源をめぐる問題で領海紛争に陥っていた日本と中国の軍事衝突を機に、NATO加盟国と旧ワルシャワ条約機構加盟国がお互い宣戦布告し戦争状態に入る第三次世界大戦へと発展してしまった。トカゲの評議会は自分たちの移民問題、コロニー内の食糧不足や内紛だけではなく、地球中から打ち上げられてくるIPBM(Inter Planet Ballistic Missile、惑星間弾道ミサイル)を叩き落としつついかにしてヒト同士の愚かな大戦を終わらせるかを考えなくてはならなかった。
ドラゴンスレイヤー号はアメリカやロシア、中国の発射してきた100発あまりのIPBMを打ち落とした後L2(※月の裏側)へと退避した。その間に地球中の軍事転用可能なロケット発射施設、及びIPBMを発射可能なサイロを全て破壊する「対物作戦」を実施した。地球の各国軍隊は月の裏側から発射された高速の飛翔体に対処できず、IPBMを発射することができる国は一つも無くなった。
日本軍によりIPBMの発射施設に転用されていたことから、種子島宇宙センターのロケット関連施設も飛翔体によって破壊された。日本人はこうした自国の負の歴史を手をかけずにそのまま残しておくというのが得意で、実際私も修学旅行で元は宇宙センターであった星間戦争の歴史博物館を見学しに行ったことがある。歴史博物館にはロケットの架体に使われていた巨大な鉄塔の残骸、そして飛翔体が着弾した後に残った深さ50m余りの円錐状のクレーターが手付かずで保存されていた。星間戦争を終わらせるため他の手段はなかったのだが、自民党やARDなどは今だにこの宇宙センター破壊事件を自国民の反トカゲ感情を煽るのにしばしば利用している。
技術力の差を身をもって思い知ったのと、ドラゴンスレイヤー号を攻撃する手段が1つも無くなったことから各国の政府はドラゴンスレイヤー号の評議会に降伏宣言を通達する。こうして星間戦争は2041年に休戦するが、第三次世界大戦はその後も続いた。トカゲは星間戦争が終われば地球の大戦も終結すると見込んでいたが、そうはいかないのが人間という物である。さっさと移民を開始したいというのに、さぞウンザリしたことだろう。
その後ドラゴンスレイヤー号は2041年から2044年に渡って地球との音信を絶つ。一説によるとこの間に人間について緻密な研究を進めていたとか、国連上層部との密会があったとされているが、私たちトカゲにも詳しいことは教えられていない。人類とトカゲの直接的なファーストコンタクトは公式にはソマリア人女性の国連事務総長・アーヤン=モハメド=アリとトカゲの少女・セルカッド=ミシアが2045年9月2日スイスにて握手したのがそれであるとされているが、実際には名もなき国連職員とトカゲ達がいち早くファーストコンタクトを果たしていたのかもしれない。あるいは、ー もうすでに死んでいるが ー トカゲの隠密部隊によって殺されたアメリカ海軍・日本海軍、及び中国の第二砲兵師団の幹部達がそうであるかもしれない。
2045年、トカゲ達が月の裏側から捕捉できないのをいいことに第三次世界大戦は主に潜水艦から発射されるIRBM (Intermediate-Range Ballistic Missile、中距離弾道ミサイル)によって継続されていた。特に8月になるとアメリカ軍と日本軍・中国軍の戦闘がエスカレートし両主要都市への核攻撃が始まり、水素爆弾による攻撃で札幌・大連が壊滅する。100万人余りの人命が失われ、後には巨大なクレーターが残った。
業を煮やしたトカゲ達は4年間の沈黙を破って再び地球への干渉を始めた。ドラゴンスレイヤー号の評議会はアメリカ・日本と中国の核攻撃を全面的に阻止する目的で両陣営の核攻撃に関わる軍幹部を全員殺害する「対人作戦」を発表し、これを10日以内に実行すると宣言した。両陣営の軍はトカゲ達が生身の人間相手にそんな強硬策を取るはずがないと無視したが、作戦は宣言通り実行された。3 国の軍首脳部は1日で壊滅し、核戦争による人類の滅亡は防がれた。残留放射能による被害と長年続いた戦争に苦しんでいた地球の各国市民は、核戦争の拡大を防いだトカゲを英雄視し始めた。