表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
人間狩り  作者: ネモト君
2/4

第2話「ドラゴンスレイヤー」

30名のトカゲのそれぞれがナイフを机から取り終えると、今度はトゥーラン先生と生徒たちとの質疑応答の時間が始まった。特別区の内ダムの南東にあるトカゲ人口が多い地帯 ー通称“トカゲ特区”ー を我らの解放区とすること、ARDや軍隊ではない限りヒトは捕虜とし狩りの対象から外すこと、L1(※ 重力の均衡により宇宙船が低エネルギーで逗留できる地点)に逗留中の移民船・ドラゴンスレイヤー号や国連からの増援があるまで持ち堪えなければならないこと等々具体的なことが決められた。ドラゴンスレイヤー号には100万の同胞達が待ち構えている。この国がトカゲの人権剥奪を合法化して彼らが黙っているはずがない。すぐに国連へ働きかけ、日本国を制裁の対象とするよう進言することだろう。


ドラゴンスレイヤー号と国連について触れたので、今度は移民船と国連がトカゲの人権を認めるまでの経緯も解説しておきたい。ドラゴンスレイヤー号は人口約100万人が居住可能なトカゲの移民船で、直径約100kmの小惑星に5機の大出力核融合パルスロケットエンジン、及び水素原子を吸引するためのラムスクープ機構等を備えた完全に自立可能な閉鎖環境の移民船である。人類初の無人宇宙船、「スプートニク」の形を想像してもらうとわかりやすい。


ドラゴンスレイヤー号が建造された経緯については諸説あるが、セリスや先生の話によるとかつてトカゲの母星は「論理学派」と呼ばれる一派、そして「プラグマティシズム学派」と呼ばれる二大学派に分かれていたそうだ。論理学派は格差の是正や限られた資源の活用よりも科学の発展を重視し、過激派にもなると「大統一理論が実証されるのならば人身供養が行われても構わない」と主張するものもいたという。(普段は冷静沈着なのに、こういう理屈をこね始めると途端に強情になるのが我々トカゲの思考の特徴である。)


当然そのような主張に全員が納得するはずなく、現代の諸問題を重視するプラグマティシズム学派は惑星資源の消費の制限、そして母星の文化的な統一と経済格差の均整化を進めるべきと考えていた。論理学派とプラグマティシズム学派の対立は最終的に資源の奪い合いに発展し、必然的に戦争となった。この戦争はトカゲの母星がどの思想下において統一されるべきかという争いであったことから、「統一戦争」と呼ばれている。ヒトとの戦争とは違い、両学派ともに具体的な目標の達成のために資源の争奪が行われたというのがこの戦争の特徴だ。(ヒトの戦争というのは時折極めて非合理的な理由で勃発し、拡大してしまう。そのような具体的な取り決めもなさずに争うということは通常トカゲはしない。人間というのは私に言わせれば意識と思考の内、感情や情動が占める割合が大きすぎるのである。)


統一戦争の結果、論理学派は母星の領地を失いプラグマティシズム学派の評議会が惑星政府の樹立に成功する。論理学派は星系外に主権コロニー群という居住空間を作り、星系内の資源に手出ししないことを条件に惑星政府からの独立を認められた。その後主権コロニー群の一部は小惑星帯の資源を活用し、ハビタブルゾーンにある惑星への移民を目指して数世代にわたって持続可能な巨大移民船を多く建造したとされている。ハビタブル惑星の一つである太陽系第三惑星・地球はその内の一つであり、そこにドラゴンスレイヤー号が目をつけたというわけだ。


ドラゴンスレイヤー号の旅路には多くの困難が待ち受けていた。ラムスクープ機構は思った以上の性能を発揮できず、トカゲの星系から太陽系までの旅路には120年間以上を費やしてしまった。3世代の間に移民は完了するという楽観的な見込みがあったことから人口増加が始まってしまい、当初80万人だった人口は太陽系到達時には160万人余りまで増えていた。これはコロニーの収容想定人数である100万人を越していて、食糧不足と機能停止の危機にコロニーは陥っていた。人口抑制と来るべきファーストコンタクトに備えるためコロニー内では政変が起き、軍事独裁に近い体制だったコロニーはより民主的な(かつ官僚的な側面も合わせ持つ)評議院制へと移行した。奇しくも、これは論理学派の不倶戴天の政敵であったプラグマティシズム学派の理想に近い政体であった。


西暦2038年、海王星に水素の補給に立ち寄ったドラゴンスレイヤー号はヒトからの電波信号をキャッチし、その際初めてトカゲ以外の知的生命体が宇宙に存在することを知ったという。広大な宇宙の中で孤独でなかったことを知ったトカゲは喜ぶ反面、これから植民する予定であった惑星にすでに先住民がいたという事実に一抹の不安を抱いた。1年間の人類との相互交流を経てトカゲは人類の文化と科学のレベルを知ることができ、こうしてトカゲは海王星から地球と月のL1へと移動し人類へ新たな科学技術を供与すること、そしてその見返りとしてコロニーの収容可能人数を超えた分だけ地球への移民を行うことが国連との間でとり決められた。

(※天体と天体の重力で釣り合いが取れる点がL1~5。月の表側にある逗留点はL1、裏側にある逗留点はL2と呼ばれている。L3は地球と太陽の反側、L4・L5は太陽・地球を結ぶ直線の側面側に位置している。)


しかし2040年、ドラゴンスレイヤー号がL1へ到達し移民を開始しようとしたその直前事件が起こった。北半球の某所から核ミサイルが発射され、ドラゴンスレイヤー号が攻撃を受けたのである。この核攻撃によって居住区の一部が破壊され、約5万人のトカゲが死亡した。


何故友好的なメッセージを送っておきながらトカゲを攻撃するのか、トカゲは人類の意図が理解できなかった。友好的メッセージは偽装で、トカゲから全て搾取するのが目的ではないかと評議会で発言する議員も現れた。さらなる攻撃を受ける前にパルスエンジンを地球へ向け、いっそヒトを殲滅するべきだという意見も上がった。その後国連から再度メッセージが届き、犠牲となったトカゲへの哀悼と核攻撃は人類の総意ではないことが明言された。


人類がこれまで送ってきたメッセージはトカゲとの友好関係を表面上築くためのプロパガンダであり、自らの体裁を取り繕いドラゴンスレイヤー号を地球に招くためのやせがまんであったことをトカゲ達はこの際初めて知った。国連というのは地球の主権者の代表機関ではなくただ仲裁を勤める生半可な機関に過ぎないこと、超資本主義社会により地球の億万長者と貧乏人とでは数万倍もの格差があること、中東圏ではいまだに女性や少数民族の参政権がシャーリア法により禁じられている国が存在すること、第二次世界大戦下のファシズム国家群及び旧共産圏の国々では容赦ない民族浄化と粛清が行われ数千万人もの人々が命を落としたこと…


人類の不可解な思考体系、そして国連がひた隠しにしていた地球の負の歴史にトカゲ達は戦慄した。論理学派やプラグマティシズム学派に見られるような合理的な思考体系を持って各々の国や国連のような重要機関を支配している者は、おおよそ地球上に存在しないのである ー


人類の多くは集団狂気に陥っており、ファーストコンタクト実現の前に自分たちが積極的にこれを改善していかなければならないとトカゲの評議会は結論した。トカゲは人類に科学技術供与の開始の延長を宣言し、国連との音信を停止した。ドラゴンスレイヤー号から地球中へ発信された新たなメッセージは論理学派やプラグマティシズム学派のような合理的な思考体系へと移行するよう人類に勧告するという内容だったが、多くの人間にはこれが理解できなかった。(人類全員がバートランド=ラッセルやリチャード=ドーキンズのような気高い合理主義者になれる訳ではない。トカゲはヒトの能力を高く見積もりすぎていたのである。)トカゲが一方的にプロパガンダを行なっていると判断した各国首脳はドラゴンスレイヤー号を脅威と見做し、反トカゲの軍事連盟を結成してしまう。こうして2040年、人類とトカゲが初めて経験する「星間戦争」が勃発したのであった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ