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人間狩り  作者: ネモト君
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第1話 「真夏の終わり」


私は”人間狩り”。誇り高き”トカゲ”の一員。

人類が最も恐れた地を這い影を縫うケモノの子...



「皆さんに大変残念なお知らせがあります。これが最後だと思って、心して聴いてください」


長野県某所、8月15日ー真夏のさなか、私たちは体育館に集合する様学校の先生ー学校唯一の”トカゲ”の教師、トゥーラン先生に命じられた。私たちは言われた通り午後の授業を中断し、30名全員が制服姿でバッグを持って蒸し暑い体育館の中に集った。生徒たちも勿論、全員が先生と同じ”トカゲ”の姿をしている。


“トカゲ”とは何なのかをこの書を手に取ってくれた方々の為に説明しておかなくてはならない。私たちは勿論動物のトカゲではなく、そう呼ばれている知的種族の一員である。地球にトカゲから進化した知的種族がいたのか?それも事実ではない。我々は深宇宙の彼方からやってきた新たな知的生命... いわばエイリアンである。


我らエイリアンが地球にたどり着くまでの過程も簡潔に説明しておかなくてはならない。母星を出発し移民船に大挙して乗り込んだ我々は数々の難局を乗り越え、つい30年前ほど前にようやく太陽系にたどり着いたのだ。ヒトとのファーストコンタクトは我々トカゲとヒト双方の不幸な誤解の為うまく行かず、人類とトカゲが初めて経験した「星間戦争」は約5年にわたって続いた。時を経て不幸な誤解は解け、ようやく一世代前の私たちの親がここ日本の長野、および北米・欧米諸国でのヒトと対等の地位を認められ移民を開始することができたのだ。しかし、生態そのものとこれまで培ってきた思想が根本的に異なるトカゲとヒトとが仲良くできるはずがなく、今こうして我々は存亡の危機に瀕している。トカゲとヒトのファーストコンタクト、争いと平和の歴史に関しては語るべきことが多く、しかるべき時にまた説明させていただきたい。


「8月より始まった臨時国会にて審議されていた目玉法案の一つ、『人間種保護法案』が先ほど衆議院の本会議にて可決しました。人間種の保護という聞こえはいいのですが...これは法律の保護の対象をヒト科ヒト族のみに限定し、我々トカゲを実質動物と同じ存在とみなす内容です。同法案は参議院に送られ、こちらも大多数の賛成票で可決することになるでしょう」


現在の日本 ー 2068年 ー の政府は自由民主党に公明党、それにARD(Anti-Reptilian Defence、反トカゲ防衛連盟)と呼ばれる極右政党の連立政権によって成り立っている。ARDは人間種保護法案を可決するべくして結成された危険な政党で、元は我々が太陽系にやってきて以来から反トカゲを主張し続けてきた政界・財界の連中を源流とする組織である。ARDの主張は星間戦争が終結し、トカゲの核融合科学研究・移民船からもたらされる新素材といった科学技術が人類に貢献するようになって以来狂人の戯言として長らく無視され続けてきた。しかし、近年になって技術委供に関する問題とトカゲに関する陰謀論が再燃し、ARDの議席数と主張は日本の与党にとって無視できない存在となってしまったのである。


それでもマトモな識者は人間種保護法案が本気で衆院を通過するとは思っていなかった。日本の政治家の多くはトカゲの技術者の恩恵を受けているし、ARDの主張はトカゲの分 - この国のトカゲ人口は約20万人ほど - の食い扶持が僅かに減るという点を除いてはこの国の何の得にもならないからである。だからマスコミも政治が専門の学者らも、日本の議会が人間種保護法案を通過させるとは誰も予測ができなかった ー だが、これが現実らしい。


体育館がどよめいた。そんなバカな、ありえない。そんな言葉が口々に聞こえた。


「これからは私は皆さんの教師ではありません。皆さんもこれから生徒という立場を失うことになるでしょう」


「じゃあ...これから私たちはどうしたら良いんですか、トゥーラン先生?」


3年F組、通称”トカゲ学級”の委員長 ーセリス=ルレズー が質問した。彼女は成績優秀で(我々トガケの基準で)容姿端麗、性格もいい子だ。 典型的な大人と子供両方に慕われるタイプの少女だ。


「どうしようもできません。ARDの自警団が私たちを殺しても、あるいは日本の軍隊が我々を宇宙に投げ捨てようと、それはもはや法律で罰せられないのですから。しかし... この国で教師になることを選んだ者としてせめて皆さんに正しく道理を教え、導く役割を果たしたいと考えています。それは... 」


トゥーラン先生の後ろには白いベールで被われた折りたたみ式の机があった。使われていない教室にしまってあって、行事の際にせわしなく引っ張り出したり戻したりするアレだ。そのベールの下にあったのは...


「このナイフを見なさい。我々に与えられた武器はたったこれだけ。しかし他に手段はありません。これこそがヒトがトカゲに望んだこと。我々は自らの権利と自由を法の保護によってではなく、刃と謀略によって勝ち取るしかないのです」


トカゲたち伝統のナイフ... 黒光りする荒々しい柄。刃は白く研ぎ澄まされている。刃の形はヒトの心臓や頸を一刺しするのに適した形で、星間戦争以来”マンハント”とヒトに呼ばれ恐れられてきた。それがきっかり30個、今私たちの前に整然と並んでいる。これを武器に我々トカゲは日本の国家権力、そしてARDの野盗どもを相手に戦わなくてはならないのだ。


2068年8月15日、午後1時36分... トカゲとヒトの新たな戦いが火蓋を切って落とされた。


「戦いなさい、最後の一人になるまで。地を這い影を縫うトカゲ達の底力を見せてあげましょう。さあ、”人間狩り”の始まりです。」


トゥーラン先生が鮮血の様な真っ赤なネクタイをしていたのが印象的だった。今思うと、あのネクタイが我々の運命を暗に示していたのかもしれない...

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