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友達の好きな人

 三好幸雄(みよしゆきお)には谷崎汐(たにざきうしお)という友人がいる。汐は神戸梓(かんべあずさ)が好きだった。好きだと思う。


 ある夏の暑い日、幸雄と汐は幸雄の部屋で特にやることもなくダラダラと過ごしていた。今流行りの週刊少年漫画の単行本を読み終わった幸雄は、それを雑に床に放り投げると、ベッドに寝転んで次巻を読んでいる汐の方へと顔を向ける。


「暇だな」

「……ん-、だな」


 漫画から視線を外さずに汐が気のない相槌を打つ。幸雄はもたれていたベッドに頭を預けるように汐を見やると、込み上げてきた生あくびを噛み殺し窓の外へ視線をやる。雲一つない、海日和だ。


「あー、やっぱ彼女欲しいよなー」

「……んー、だな」

「……」


 夏を感じさせる空に誘われて最近もっぱら口癖になっている言葉を吐くと、汐が先程と同じ姿勢で同じ相槌を打った。幸雄はその態度がなんだか面白くなくて、グーを握った右手をそのまま汐の背中に打ち付ける。


「ってー!! おい、いきなり何すんだよっ!」


 反射的に上げた声と共に幸雄が思い切り拳を打ち付けた場所を摩りながら汐が幸雄を睨みつける。読みかけのページに挟んでいる汐の指を幸雄は目敏く見つけると、じとりとそれを見やる。


「おまえ自分は余裕だからって、なんかムカつく」

「はあ? なんで俺が余裕なんだよ。彼女いないのおまえだって知ってるだろ」

「今は、だろ。だからまだ続き読もうとしてんじゃん」


それ、と幸雄が視線で漫画本に挟まった指を指摘すると、汐は溜息と共にその指を抜き取った。


「暑いからって、めっちゃ絡むじゃん」


 汐は鬱陶しそうに言いながら体を起こしベッドの上に胡坐をかいた。


「暑いからじゃねーって。だっておまえあれじゃん。梓と良い感じだからさ、どーせもうちょっとしたら付き合うんだろ?」


 そう言って幸雄はニヤりと笑ってみせた。神戸梓は幸雄たち二人と同じサークルで、幸雄自身も仲が良かった。明るくてノリも良く、男女ともに人気が高い彼女と、汐は良く一緒にいた。汐と一緒にいる梓もいつも楽しそうで、ああこれはもう秒読みだな、と幸雄は密かに思っていたのだ。


「は? 違うし。別に梓とはそーゆーんじゃないし」


 脊髄反射のように汐の口から飛び出した、こういう時の返しのテンプレートのようなセリフに幸雄はじとりとした視線を向ける。


「おまえと俺の仲だろー? なんでごまかそーとすんだよっ」


 邪魔するとでも思われたのだろうか? だとしたら心外だ、と幸雄はむっと唇をへの字に曲げる。いくら自分に彼女候補すらいないとしても、友人の幸せを壊そうとするほど腐ってはいないのだ。微妙にムカついた心境に落ちた沈黙に、汐が気まずげに視線を泳がせながら口を開く。


「……梓は、恋愛相談? のってるだけだから」


 ボソリと吐き出した汐の言葉に、幸雄はそれほど大きくない目を丸く見開く。なんとなくバツが悪そうな汐の表情に、やっぱり自分の読みが当たっていたんじゃないか、と思わず口元がニヤけてしまう。


「マジで? 相手誰だよー? 俺の知ってるやつ?」


 なんだか嬉しくなって弾むような声で問うと、つい今しがたまであったぎこちない沈黙はあっという間に消えてしまった。汐の座るベッドに身を乗り出すように上半身を乗せると、鬱陶しそうに汐が眉を顰める。


「言うかよ。梓に悪いだろ」

「えー、とか言って、その相手おまえってオチじゃねーの?」

「ちげーよ」

「ええーっ?! じゃあ誰だよ。ぜってー言わねーから教えろよー」

「言うかよっ!」


 頑なに口を割らない汐に幸雄は口では文句を言いながら、だがその汐の態度にニヤけそうになる口元をどうにか抑えるのに必死だった。汐は平静を装おうとしていたが、梓の名前を出してからどこかソワソワしているのが手に取るように分かった。その様子に、幸雄は名案を思いついたと言わんばかりにその辺に放っておいた自分のスマホに手を伸ばす。


「あっそ……じゃあ梓に聞くからいいわ」

「はっ?! って、おいっ!!」


 スマホの画面をスルスルとスクロールし梓の名前をタップすると、汐がバっとこちらを向いた。大きく目を剥いて一瞬固まった後、焦ったようにスマホを奪い取ろうとこちらへ手を伸ばしてきたが、幸雄はその姿を面白そうに笑いながらヒラリと躱す。床に座っていた幸雄の方がベッドの上の汐よりアドバンテージがある分素早く立ち上がると、部屋の隅まで退避しコール音の向こうに梓の声が聞こえるのを今か今かと待つ。


「おい」

『もしもし?』


 汐の手がスマホに触るより先に、梓の声がスピーカーの向こうから聞こえた。汐はその瞬間切ることが出来ないと分かったのか複雑な表情で顔をしかめ、幸雄は空いている手でガッツポーズをしてみせた。


『もしもし? 間違い?』

「もしもしっ! 間違いじゃないから切らないでっ」


 汐との攻防の末少し遅れた返答に怪訝な声を出した梓に慌てて弁明すると、


『声デカっ。そんなに大きくなくても聞こえるよ』


と、梓の楽しそうな声が響き幸雄も釣られて笑う。いつ電話しても楽しそうに答えてくれる梓の対応を、幸雄は密かに好ましく思っていた。


「ごめんごめん。今汐と一緒にいてさ、俺が梓に電話するって言ったら電話取ろうとしてきたから汐から逃げててっ……!」


 言い終える前にドンっと思い切り背中をグーで叩かれ思わずぐっと言葉に詰まった。反射的に振り返ると、汐の口が、おいっ! と音なく形作った。


『また汐と一緒なの? ほんと仲いいねー』

「そうそう。俺も汐も暇だからさー。梓は? 何してんの?」


 汐を恨みがましく睨みつけ背中を摩りながら幸雄は会話を続ける。それとなく予定を伺うのは幸雄へのプレゼントのつもりだ。


『別に特に何もしてないけど、今から出かけるから支度してるー』


 出かけるという言葉に汐がぴくりと反応したのを幸雄は見逃さなかった。スピーカーホンにしてはいないが、無音の室内に響く梓の声に汐がじっと耳を澄ましているのはわかっていた。


「出かけるって誰と?」

『ん? 地元の友達。暇だしかき氷食べに行こーって話になって』


 おまえは彼氏か? とでも言わんばかりの追及を特に気にした様子もない梓にほっと胸を撫でおろすと、図らずして引き出した暇という言葉に幸雄は思わずにんまりと笑う。そして先程頭に浮かんだ名案を、満を持して発表すべく口を開く。


「梓さー、そんな暇だったら今度汐とデートしてやってよ。汐、梓とデートしたいんだって」

『え? 汐とデート?』

「ちょっ、お前何言ってんだよっ!!」


 スピーカーの向こうから聞こえる梓のきょとんとした声に被さるように、押し殺した声で汐がそう呻いて幸雄からスマホをひったくった。幸雄は今度は抵抗することなく汐にそれを奪わせると、良いことをした満足感とこんなに焦った汐の姿を見れたことが楽しくて、その達成感から込み上げる喜びを、だが幸雄の邪魔をしないように声を殺して笑う。


「もしもし梓? 今幸雄が言ったこと忘れてっ! あいつが勝手に言っただけだからっ!!」


 さっきまであんなにダラけていたくせに、梓に姿が見えるわけでもないのにピンと背筋を伸ばしスマホを両手で持って弁明している汐の姿が微笑ましくて、幸雄は無意識にニヤニヤとしてしまう。今はそんなに焦っていても、あと数分後には汐から感謝を述べられている自分の姿を想像し、幸雄は満更でもなかった。


『デートって、どういうこと?』

「いやっ、どうもこうもなくてっ、幸雄が勝手に言いだしただけだからほんと無視して」


 少し驚いたような梓の言葉に、汐は困り果てた顔で溜息を吐いた。何を弱気になってるんだ? と幸雄はすうっと息を吸い込む。


「嘘じゃないから汐とデートしてやってよー」


 あと一押しの援護射撃のつもりで幸雄はスピーカーの向こうの梓にも届くような大声でそう言った。汐だって照れて否定しているだけで実際はデートしたいのは分かっているのだ。だから、幸雄の少しデリカシーのない行為に多少怒りはしても、困ったような嬉しいような、それでいって感謝の気持ちのこもった目が向けられると思ったのだ。


「……」


 だが、実際は違った。

 囃し立てた幸雄の声に振り向いた汐の瞳は、なぜか絶望の色に濡れていた。


「え?」


 想像もしなかったその表情に無意識に口から言葉が漏れた瞬間、幸雄の心臓がドクリと嫌な音を立てて大きく脈打った。たった今まで数分後に送る祝福の言葉を考えていた脳が一瞬にして思考停止し、足下から猛烈な勢いで駆け上がってくる得体の知れない焦りに脈拍が急上昇する。

 逸らされない汐の瞳は先程と少しも変わらず、だからこそ、幸雄は取り返しのつかない何かをしでかしてしまったような気持ちが胸を襲った。


「うし……」

『あはは。何それ。良くわかんないけど、いーよ、別に』


 幸雄が汐の名前を呼び終わる前に、スピーカーの向こうから梓の朗らかな笑い声が聞こえた。その瞬間、幸雄は自分がしでかした大きな過ちにようやく気付いた。


「……」


 ああ、やってしまった。夏の暑さに浮かれて良かれと思った行動が、友人がそっと秘めていたものを無理やり暴き出し、無邪気にそれを踏みにじってしまった。

 幸雄はただ、汐が次の言葉を発するより前にスマホを取り戻さねば、と手を伸ばした。


二話目は明日の同時刻頃にアップ予定です。

よろしくお願いいたします。

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