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生徒会長滴里君

作者: 森 千

大分前に連載しようとしたものを、一話だけ短編として投稿してみました。

暇つぶしに読んでやってください。

 生徒会長とは何だろうか?


 真夏の鋭い日差しにさらされながら、僕はふと疑問に思った。

 ――生徒会長。

 それは学校内において、絶大な権力と能力を持つ全生徒最強の存在である。

 魔法学園においては、生徒はもちろん、全教員よりもはるかに強力な魔法を操る、天才魔術師。

 金持ち学園においては、国を背負う大きな家柄の子であり、試験ではいつも学年一位、どころか、通常ではありえない満点を叩きだしたりする。

 国の特別カリキュラムを受けるエリート学園においては、勉学はもちろん、なぜか運動も抜群にできて、剣道や空手といった、武術にも精通しているのが通例らしい。

 いずれにしても、学園ものフィクションの主人公たちは、学園入学以来、魔法やら剣術やら勉学やらに必死になって、学園内の地位向上に努めるわけだけれども、その地位向上の第一段階が生徒会に入ることであり、その地位の頂点が、生徒会長なのである。

 生徒会長。

 他生徒とは一線を画する超人的な能力を持つ、完全無欠の存在。

「生徒会を執行する」の一言で、学園内のあらゆる問題をねじふせることもできる。

 生徒会の対極には、同様に絶大な権力を誇る風紀委員会というものも存在するが、やはり、どちらかと言えば生徒会の方が権力は上のようだ。

 学園内最強機関、生徒会。

 その中の最強の存在、生徒会長。


「生徒会を執行する」


 僕は一言つぶやくと、頑固な雑草を、ふんっと根っこから引き抜いた。


 しかし、生徒会長が最強だというのは、残念ながら幻想である。

 幻想、というより、生徒会が最強で、その対極に存在する風紀委員と共に、学園の圧倒的上位者であり、そして生徒会長が学園最強なのは、漫画や小説、アニメ、つまるところ、フィクションの中だけなのだ。

 僕の友人に、超次元サッカーに憧れてサッカーを始めた少年がいたけれど、それと同じ感覚で、超人生徒会長に憧れて生徒会長になろうとしている友人が君の近くにいたら、どうか止めてあげてほしい。

 生徒会長が最強でも何でもない、ただの凡人であるということは、この僕、滴里(したたり) (かたる)が一番よく知っている。


「おっ、草むしりの人、今日もありがとなっ」


 元気よく僕に声をかけてくれたのは、この学校の生徒の一人。

 僕は無言で会釈だけ返しておいた。

 彼は知らない。

 僕が草むしりの人ではなく、生徒会長だということを。


 僕は別に、変装していたわけではない。

 まるで物語の中で貴族になった主人公がするように、変装して生徒会長だと分からないようにして、そして何か問題を見つけた時に、変装のまま解決しようとし、無礼を働いた悪役に向って、「実は私は――」なんてことをしようとしたわけではない。


 僕は別に、普段から顔を隠しているわけではない。

 まるで物語の中で社長になった主人公がするように、普段は顔を見せずに会社の前を清掃しているおじさん、けれど実はその正体は――なんてことをしようとしたわけでもない。

 ただ単に、顔を覚えられていないだけである。


 僕はこの学校、国立薔薇ヶ咲(ばらがさき)学園の生徒会長だ。

 けれど、影が薄いので僕が生徒会長だと知っている人は少ない。

 生徒会長なんて、そんなものだ。

 学期の始まりや終わりに、少しばかり壇上に上がり、校長先生より短めの挨拶を加えて、壇上を降りる。

 それが生徒から見た生徒会長だ。

 そんなものだ。

 生徒会長なんて、少なくともこの学校の生徒会長なんて、そんなものだ。


 事実、僕の生徒会活動の大半は草むしりであり、その他は簡単な挨拶と、草むしりでない雑用が占めている。

 僕に生徒会長らしき権力などというものはない。

 気に入らない生徒を退学に追い込むことなどできるわけがなく、できるのはせいぜい、気に入らない雑草を引き抜くことぐらいなものだ。

 ちなみに、勘違いしないでもらいたいのだけれど、僕は綺麗好きで、雑草がこの学園の景観を乱していることに耐えられないから、草むしりをしているわけではない。

 単に、ある教員に、面倒な仕事を押し付けられただけである。

 そう。この事実が、僕という生徒会長の権力を物語っている。

 生徒会長に憧れを抱いている人には悪いけれど、生徒会長に絶大な権力などない。


 それでも、生徒会室に備品という名のテレビやゲームを置いて、ある程度自由にする権利ぐらいはある、なんて、素敵な勘違いしている人もいるかもしれないから、薔薇ヶ咲学園の生徒会室の実情について説明をしておくと、それは一言で言えば、物置部屋である。

 どこに置けばいいのか分からない、というようなものを、とりあえずあそこでいいか!みたいなノリで、突っ込まれる場所、それがこの学園の生徒会室だ。

 秘密基地のような、と言えば聞こえはいいけれど、ぱっと見ただの小汚い倉庫であり、実際ただの小汚い倉庫である。

 電子機器の類もほとんど存在せず、あるのは、この日本という国において、もはや絶滅の危機に瀕していると言ってもいいような、ノートパソコン十台以上の大きさを誇るワードプロセッサーと、壊れかけのレディオだけだ。

 生徒会長が優雅に座る社長椅子などあるわけもなく、あるのは、アンティークと言えば聞こえはいいが、要はただただぼろいだけの、座るとキィキィ音が鳴る椅子だけだ。


 ぶちっ


 草むしりをしすぎて、もはや考え事をしながらでも自動で草をむしるようになった僕の手が、草を引きちぎった後、空中を彷徨い、地面に停滞した。

 おっと、頭の中で見知らぬ誰かに生徒会長の悲惨さを語っているうちに、僕はここら一帯の草むしりを終えていたようだ。


 さて、今日の生徒会活動はこんなものかな。


 僕は草を集めて焼却炉に捨てに行った。



 ◇



「おっ、滴里(したたり)君、滴里(かたる)生徒会長君じゃないか! いいところに来たね」


 どうやら僕は、最悪のタイミングで廊下を歩行してしまったらしい。

 雑草を焼却炉に捨てた後、僕は鞄を取りに行くべく、生徒会室に向かったのだけれど、その途中で、僕に草むしりを押し付けた張本人であるところの、至楽寺(しらくじ)先生に遭遇してしまった。

 至楽寺(しらくじ) (さち)

 生徒からは、らくちゃんだの、サッチーだの、さっちゃんだのと呼ばれている。

 その名前の通り、先生はいつも楽しそうで幸せそうな明るい人なのだけれど、光があれば影があるように、幸せがあれば不幸があるものだ。

 この人の幸せの犠牲になっているのはすなわち僕であり、この人は僕に不幸をもたらすさながら悪魔のような存在なのである。


「どうも。

 ちょうど今、草むしりを終えて帰宅するところです」


「おお! そうかいそうかい。滴里君にはいつも、本当に感謝しているよ。ありがとう」


「はぁ、どういたしまして」


「君はまた、無気力というか無表情というか、無機質というべきか、…………なんというか、つまんない顔をしているよね。

 あっハハハハハハハハ!」


 僕のつまんない顔を見て、先生はとても楽しそうだった。


 この程度の心的ダメージで他人をそこまで喜ばせることができるなら、僕のつまんない顔も捨てた物じゃないかもしれない。


「それでは、失礼します」


「あっ、ちょっと待った!」


「拒否します」


 慌てて呼び止めた先生の言葉を、すかさず拒否して僕は生徒会室に向かう。

 至楽寺先生が『いいところに来たね』なんて言った時点で、僕にとっては最悪のところに来てしまったに違いない。

 先生との会話の隙に、さながらカバディの如き華麗な動きで、僕は先生の横を通り抜けることに成功していたのだった。

 先生は『しまった!』というように目を見開くけれど、時すでに遅し。

 僕は先生から既に五メートルの距離を取っており、ここから追いつくことは――


 ガシッ


 ――僕の右腕に、恐怖の感覚が走った。


 妖怪がしゃどくろ!?


「ちょっと待ちなよ、滴里君」


 僕の右腕をつかんだのは、妖怪ではなく、至楽寺先生だった。

 馬鹿な。

 あの距離を詰めることは不可能なはず――


「まさか! 廊下を走ったんですか、至楽寺先生!?」


「さぁて、何のことかな?」


 とうとうやりやがったこの教員。


「これはれっきとした校則違反ですよ。

 至楽寺先生、生徒会長の名において、あなたをこの学校から解雇します」


「残念ながら生徒会長にそんな権限はない」


 無念!


「それより滴里君、先生ちょこーっと君にお願いがあるんだけれど」


「断固拒否します。

 僕は草むしりという生徒会活動を終えたばかりで、体力の損耗が激しいのです。

 何か頼みごとがあるのなら、僕ではなく副会長にお願いします」


「いやぁ、それがさ、彼女はもう帰っちゃったみたいなんだよね。ほら、だから彼女の分の草むしりも、いつも通り君がやってくれたんだろう?」


 なんだか分量が多いと思っていたら、どうやら僕はいつも副会長に仕事を押し付けられていたようだ。

 無心の草むしり技術が、悪用される日が来るとは思ってもいなかった。


「だからと言って、僕がその頼みごとを受ける理由がありません」


「まあそこはさ、君は生徒会長だから」


「生徒会長は、どんな雑用でも押し付けられる魔法の言葉じゃありませんよ」


「そんなバカな!」


 馬鹿はあなたです。


「冗談だよ。じゃ、生徒会活動の一貫ということで。」


 顔面パーンチ!

 を、本気でぶち込みそうになった右手を、僕の左手がゼロコンマ一秒早く抑えた。


「ダイジョブダイジョブ。ダイジョーブ博士だよ。簡単なお仕事だからさ」


 大丈夫そうな気配が一切感じられない。

 この先生が僕に頼み事をしてくる時点で、それは大きな厄介事に決まっているのだ。

 はぁ。でも、もう断れないんだろう。

 元々、この先生の頼みごとをバッサリと切り捨てられるような性格ならば、僕は生徒会長になんてなってはいない。


「分かりました。観念します。この滴里語、本日も観念して至楽寺先生の頼みごとをお受けしますとも。

 それで、どんな厄介事を持ち込んできたんですか?」


 いつも通り、最後には観念した僕に、先生はアラサーとは思えない花咲くような笑みを浮かべて、ピンと人差し指を立てて言った。


「不登校の生徒を一人、学校に来させてほしい」


 なるほど。

 どうやら思っていた以上に、面倒な仕事になりそうだ。


 僕はため息を吐いて、天井を見上げた。

 天井の蛍光灯が、憂鬱そうに、ジーーーっと小さな音を立てていた。



 ◇



 頼みごとの詳細を聞くべく、そして僕の鞄を取るべく、僕と先生は生徒会室に来ていた。

 相変わらず物置のような部屋だけれど、広さだけはあるので、部屋の中にいくつものゴミが置いてあっても、部屋の真ん中に長テーブルを置いて、粗末な椅子を並べる空間ぐらいはある。

 ガタガタの椅子に腰かけて、僕は先生の話を聞いた。


「さーて、君の今回のお仕事だけど、不登校の生徒は女の子だ。

 おーっと、ちょっと待って。帰ろうとしないで滴里君」


「先生、不登校の生徒が他生徒と会話するのは、ただでさえ心理的ハードルが高いのです。それなのに、相手が男の僕では、その不登校の少女とは会話すら成立しませんよ」


 まったく何を考えているのか、いや、何も考えていないんだろうな。

 と、思った時。

 ふっふっふ、と至楽寺先生から不気味な笑い声が漏れ出た。


「大丈夫。その辺はもう手を打ってあるとも」


 不安で仕方がない。


「流々峰ちゃん、かもーん!」


「はーい!」


 一体どのタイミングでこの部屋の外に待機していたのか、まったく疑問だけれど、部屋の外から声が聞こえて、ガラガラと戸を開けて生徒会室に入ってきたのは、果たして、今どき珍しいツインテールの女の子だった。


「呼ばれて飛び出てジャジャジャジャーン! みんなのピンチに、流々峰(るるみね) 夏麟(かりん)! 夏の麒麟が、ここに見参!」


 彼女は流々峰夏麟さんというらしい。

 信じられないかもしれないけれど、彼女の登場シーンは、この薔薇ヶ咲学園ではさほど珍しいものではない。

 薔薇ヶ咲学園には、()()な生徒が集められているため、個性的なキャラクターというのは、少なくないのだ。

 まあそれでも、彼女が厄介事を倍増させてくれそうなポテンシャルを秘めていることは、心にとめておいた方がいいだろう。


「うむ。よく来てくれた。

 どうだね滴里君、彼女が君の、女の子と話せないという欠陥を埋めてくれるスケットさんなのさ!」


 僕にそんな欠点はない。というか、今欠陥って言ったかこの人。

 僕が女の子と話せないのではなく、向こうが男の僕と話したがらないから必要なスケットだろうに。

 まあ、実際スケットはこの仕事に必要不可欠だろうから、彼女は自己紹介からも分かるように、少し変わった子のようだが、それでもいないよりはマシだろう。


「さあ! これからあなたの旅の最初の仲間になります、流々峰夏麟です」


「そうだね。よろし――」


「まずは、水タイプか炎タイプ、草タイプの三つから決めてくださいね」


 前言撤回。こいつはやばそうだ。

 水タイプって何?

 僕は特殊な生徒集まる薔薇ヶ咲学園で、数少ないノーマルな生徒だ。

 その上、生徒会長だ。

 だから、アブノーマルな生徒と関わる(すべ)はある程度習得している。

 その一貫として、僕は変人をその属性によって分類して、属性ごとに対処方法を考えていた。

 その分類によると、彼女は宇宙人属性を備えている可能性が極めて高い。

 ――宇宙人属性。

 すなわち、意思疎通の不可能性である。


「じゃあ、草タイプで」


 とりあえず相手の世界に合わせることで、波長を合わせる努力をしよう。


「草タイプを選んだあなたは、足の折れたバッタのような人です。

 運動するとすぐに怪我をする上に、幸運の女神に蛇蝎のように嫌われるあなたの運勢は、一生最低レベル。そんなあなたのハッピーポイントは、惨めなあなたを見る周囲の人に小さな安心感を与えてあげるところ。バッドポイントはそれ以外の全部だよっ。

 ラッキーアイテムは結婚指輪。

 ヘタレで一生結婚できないあなたは、せめて薬指に偽物の指輪をはめることで、見栄を張ることができるでしょう」


 草タイプを選んだだけで、どうやら僕の人生は全否定されたらしい。

 僕が何かしただろうか?

 水タイプや炎タイプを選んでいたら、どうなっていたのかが気になる所だ。


「ま、これはただの占いですから、そんな顔しなくても、大丈夫ですよ、生徒会長」


 落ち込んでいるように見えたのだろうか?

 流々峰さんが僕の肩をポンと叩いて慰めてくれた。

 けれど今のは占いじゃなくて、君の独断と偏見だと僕は思うのだけれど。


「なんだ、いきなり仲が良さそうじゃないか。意外と女慣れしているのか、このっこのっ」


 先生がそんなことを言いながら僕の脇腹を肘でついてきた。

 痛い。

 今のが仲良さそうに見えたのなら、先生の眼球には重大な欠陥があるようだから、早急に眼科に行った方がいい。


「えっへへー、もう私と滴里会長は友達ですから」


 速すぎて見えなかった。

 一体彼女はいつの間に僕と友達になったのだろう?



 ◇



 かくして、僕は放課後の草むしりの後、約一名の問題児を連れて、不登校児を学校に来させるというミッションを果たすべく、学校を出発した。

 改めて考えるまでもなく、やはりこれは僕の仕事ではない。

 まあ、学園の生徒の悩みを解消するのは、生徒会長としてやぶさかではないけれど、むしろ、僕が普段から積極的にしていることだけれど、担任教師は一体何をしているのだろうか?

 何度か行ってみたものの、うまくいかなかったのだろうか?


「そんなことをいくら考えても、仕方ないじゃありませんか。前向きに行きましょう、滴里会長」


 僕の横でツインテールをぴょこぴょこと動かしながら、流々峰さんは言う。

 そういえば、紹介されるままに流々峰さんと一緒に来ることになったけれど、彼女と不登校児とは、どういう関係なのだろうか?

 スケットとして登場する以上、それなりに良好な関係であると考えられる。

 けれど、本当に良好なら、不登校児は不登校になっていないだろう。

 さしずめ、今は疎遠になってしまった幼馴染、と言ったところだろうか?


「あ、そういえば滴里会長、不登校の子って、なんて名前でしたっけ?」


「そんなレベル!?」


 僕の推理は今日もキレ味が最悪だ。

 それじゃあ一体、どうしてこの子がスケットに選ばれたのだろうか?

 同じクラスの、委員長だとか、そんなところか?


「いや、違いますよ。暇そうだという理由で、至楽寺先生に呼ばれたんです。ま、アルバイトですね」


 つまり特に意味はないわけだ。

 僕は至楽寺先生の評価を大幅に下方修正する必要があるようだ。

 しかも聞き捨てならないことに、彼女はアルバイトのお金をもらえるらしい。

 僕はそんなもの、一度ももらったことがないぞ。


「それで、なんて名前でしたっけ?」


「…………」


 不登校児の名前を紹介する前に、前振りとして最近のブームについて触れておく必要があると思う。


 きらきらネーム。

 そう呼ばれるものが、最近、(ちまた)で流行しているらしい。

 きらきらネームの語源は諸説あるが、やはり、名前がきらきらしているから、というのが、最も有力だと思う。

 では、きらきらしている名前とは何か?

 きらきらネームの定義について考えよう。

 僕の聞いたことのあるきらきらネームを列挙してみる。

 黄熊(ぷう)七音(どれみ)姫星(きてぃ)泡姫(ありえる)皇帝(しいざあ)などなど。

 共通点として、一般的な読み方から大きく外れていることが分かる。

 また、僕のイメージとして、きらきらネームは、カタカナで書くとしっくり来るというものがある。

 列挙したものを見る限り、これは正しいように思われる。


 さて、どうして僕がこんな話題を持ち出したのかというと、もう勘の良い人はお分かりのように、不登校児は、きらきらネームらしき名前なのだ。

『らしき』とわざわざ言ったのは、僕には彼女の名前が、きらきらネームなのかどうか、判断に困ったからである。

 けれど、『一般的な読みとは大きく異なる読みをする』『その読みはカタカナで読むとしっくり来る』の二つがきらきらネームの定義であると仮定すると、なるほど、やはり彼女の名前はきらきらネームなのだろう。

 いや、本当にそうだろうか?

 二つ目はともかく、一つ目の条件に関しては、少し議論の余地があるかもしれない。

 それは確かに一般的な読みから大きく外れていたけれども、やはり、そう読むこともあると言えばあるからだ。

 至楽寺先生に見せられた紙には、彼女の名前とその読みが、雑な筆跡で書いてあった。


 紫木ムラサキ ハム


 公と書いて、ハムと読む。


 それが、彼女の名前だった。


 なるほど。と、僕はその紙を見て納得した。

 人の名前を見て笑うなんて、そんな非常識なことを僕はしないけれど、馬鹿にする人もいることが想像される名前だ。

 おそらくこれが、彼女の不登校の理由なのではないだろうか?


「流々峰さん、一応先に確認だけしておくけれど、君は人の名前を笑ったりはしないよね?」


「え? 当たり前じゃないですか。ひょっとして、不登校の子って、名前が変わってるんですか?」


「うん、まあきらきらネームっていうのかな」


「ああ、なるほど、なるほど。そういうことですか。

 名前が変わっているから、それを馬鹿にしていじめが起きて、彼女は不登校になったと」


「そこまでは分からないけどね」


「私、これでもいじめには厳しい子なんですよ。

 その人がご両親からもらった大切なお名前をダシに人を馬鹿にするなんて、許せませんね。本当、低俗な輩もいたものです。

 人の名前を笑うなんて、最低です。人間じゃありません」


 そこまで言うとは、僕も思わなかった。

 流々峰さんは、いじめにかかわった過去でもあるのだろうか?

 まあ、今は余計な詮索をするつもりはない。

 彼女がそう言うのなら、紫木さんの名前を言ったくらいで笑うはずがないだろう。

 むしろ、そんな心配をした僕は反省するべきかもしれない。


「紫木ハムさんって言うんだけどさ。公って漢字を、『ハム』と読む」


「…………ぷふぅっ! ふ、ふふふ、あっははははははあっはははははははは、ひぃ、おかしい、ひ、ふぅう、あははははははは、は、ハムって、あっハハハハハハ爆笑!」


 流々峰さんは人間じゃなかった。


 絶対に笑わないという約束を取り付けた後に、流々峰さんに彼女の名前を告げたところ、帰ってきた反応がそれだった。

 僕は本気で、この子を連れてきたことを後悔した。


「い、いやだって、ぷふぅっ! 仕方ないじゃないですか、だって、ぷっ、は、ハムって。滴里会長だって、初め聞いた時は笑ったでしょう?」


「いや。僕が初めて彼女の名前を知ったのは、君も同席していた生徒会室で、先生に紙を渡された時だよ。僕、笑ってなかっただろ?」


「え! ……そういえば、確かに。すごいですね、滴里会長」


 すごいのは君だ。

 あれだけ真剣な顔で『当たり前じゃないですか』『人の名前を笑うなんて、最低です。人間じゃありません』なんて言っておいて、これだけ大爆笑するのだから。

 たとえいつか、僕が誰かに言いたくない自分の秘密を話すような時が来ても、流々峰さんにだけは言わないと、僕は誓った。


 流々峰さんを連れてきたのは本当に失敗だったけれど、まあこれで、彼女が不登校になった原因は確定したと言ってもいいだろう。

 流々峰さんみたいに、自分の名前を爆笑する人がいる学校に、行きたいわけがない。

 ともすると、彼女を不登校にさせるような名前を付けた彼女のご両親に、文句の一つも言ってしまいたくなるけれど、ご両親にはその名前を付けた何らかの理由というものがあるはずで、そこに部外者である僕が口を挟むべきではない。

 名前が原因で不登校になったというのなら、どうすれば彼女を学校に来させることができるのか。

 そもそも、本当に彼女を学校に来させることが、必要なことなのか。

 ぐるぐる回る思考のまま、僕は紫木さんの家を目指した。



 ◇



 紫木。

 という表札の前に到着した時、サンサンと晴れていた青空は、曇天へと姿を変えていた。

 紫木家に近づくほどに悪くなっていった天気は、学校に行きたくない誰かの心のうちを反映しているかのように、もしくは、その誰かを連れ戻す仕事を与えられた僕の心のうちを反映しているかのように、僕には思われた。


 ピンポーン


「ごめんくださーい!」


 そんな僕の心のうちを少しも考慮しないスケットは、躊躇なくインターホンを鳴らした。

 返事はない。

 ピンポーンピンポーンと、近所迷惑甚だしいピンポン連打を始めたスケットを尻目に、僕は窓の明かりを伺った。

 その結果、現在紫木家の窓のある部屋は、すべてカーテンが閉められているということだけが分かった。

 これでは、中に人がいるのかどうか、判断がつかない。

 さて、どうするか。

 僕は早くも挫折を感じたのだけれど、ここでスケットに考えがあるようだった。


「ここは、私の出番のようですね。こんなこともあろうかと、持ってきておいて正解でしたよ」


 何か考えがあるのか。

 そう思って彼女を見ると、彼女は先端が異なる細長い金属の棒を五本の指の間にいくつも挟んで、両腕を自慢げにクロスしていた。

 僕はその道具の名前を知っている。

 ピッキングツール。


「おい、一体それで何をする気だ君は」


「決まってるじゃないですか」


 流々峰さんはピッキングツールを器用に回して動かしながら、決めポーズと共に宣言した。


「扉の鍵は、私のハート。鉄の扉も心の扉も、どんな扉もいとわないっ! 鍵っ子夏麟に、お任せなーのだっ♪」


「おまわりさーん」


 110番通報をしようとする僕を無視して、鍵っ子夏麟(空き巣犯)は扉と格闘し始めた。

 こんな高校二年生が現実に存在するなど、誰が信じるだろう。

 彼女は、常識という言葉を知っているのだろうか?


「常識という言葉は知っていますよ? むしろそれ以外の言葉を知りません」


「君大分やばい奴だろ」


 今までどうやって会話してきたんだ? 

 まあ、それ以外の言葉を知らないは冗談にしても、彼女は非常識という言葉は知らないようだった。

 流々峰さんは常習犯と思しき手際の良さで鍵を開けると、躊躇なく扉を開いた。


「失礼しまーす」


「おそらく歴史上初めて、今その言葉が真の意味を発揮した」


 流々峰さんのモンスター加減は仕方ないとして、扉を開いてしまった以上、僕も入らないわけにはいかない。

 いや、そんなことは全くないのだけれど。

 流々峰さんが既に玄関で靴を脱ぎ終え、中に入ってしまったので、ここで彼女を置いて僕だけ帰るというのは、さすがに酷いチキン南蛮野郎だろう。

 自分でも何を言っているのか分からなかったが、とりあえず僕は自分にそんな言い訳をして、紫木さんの家に足を踏み入れた。


 家の中は、暗い。

 電気はついておらず、窓もすべて閉まっているため、一寸先も見えないというほどではないにしろ、入り口のドアを閉じてしまえば、すぐ前にいるはずの流々峰さんすら見えなかった。


「滴里会長、気を付けてください。何が出るか分かりませんから」


「失礼にも程があるだろ。ここは他人(ひと)の家だぞ」


 自分が不法侵入者だということを、忘れているんじゃないだろうか?


「安心してください。そのために、事前に失礼を断っておきましたから」


「やっぱり確信犯だったか!」


 安心できる要素が皆無だった。

 失礼しまーすと言えば、失礼がまかり通る世の中なら、警察はいらないんだよ。

 流々峰さんに続いて、僕も玄関から廊下を歩いていく。

 やがて、リビングに到着した。


「さーて、鬼が出るか蛇が出るか……」


 流々峰さんは、お化け屋敷にでも来たつもりなのだろうか?

 もう一度確認するが、ここは紫木さんの家である。

 僕はすっかり当初の目的を忘れてしまったと思われる自称スケット流々峰さんの目を覚ますためにも、手探りで見つけたリビングの電気のスイッチをパチリと押した。


 しかし、明かりは、つかなかった。


「あれ?」


 困惑した僕は何度かパチパチとスイッチを切り替えるが、電気は消えたままだ。

 これはリビングの電気のスイッチじゃなかったのだろうか?

 けれど、廊下からリビングに出る所にある、四つのスイッチが集まったそこは、普通に考えればどれかがリビングのスイッチのはずである。

 けれど、どれを押しても、明かりはつかなかった。

 僕はなんとなく、不穏な空気を感じ取る。


「どうかしましたか? 滴里会長」


「あ、ああ、電気が……流々峰さん、窓のカーテンを開けて明かりを取り入れてくれないかな」


「分かりましたよぉっと!?」


 バタンと、流々峰さんがこけた。


「いてて、こんなところに何ですか、もう」


 どうやら何かに躓いたらしいが、それを触って確認するなり、流々峰さんは「……まさか」と、らしくない程に真剣な声を出し、すぐにカーテンを開いた。

 リビングの窓のカーテンを二つ開き、明かりは入ったけれど、外も曇天の空と落ちかけの太陽のせいで暗く、部屋の中はよく見えない。

 しかし。


 ピカッ


 と、雷の光が部屋の中に差し込んだ。

 それにより、部屋の中の光景が網膜に映し出される。

 それを見て、僕は自分の嫌な予感が当たっていたことを確信した。

 数秒後、ゴロゴロと大きな雷の音が鳴った。


「な……そんな、一体……」


 流々峰さんが途切れ途切れ、酷く怯えた声を出す。

 雷が怖かったからでは、ないだろう。


 ピカッ


 もう一度、稲光が部屋の中を照らし出した。


 部屋の中には、二人の人間が、まるで誰かに殺されたかのように、不自然に倒れ伏していた。





「い、一体これは……滴里会長!」


「うん、これは明らかに、異常事態だ」


 俺は倒れ伏している人に近づき、手探りで手首を取ると、脈を確認した。

 幸い、二人とも脈はあるようだった。


「これって、もう引きこもりがどうとかいうレベルの話じゃ……警察呼んだ方がいいんじゃ」


「さあ、それは、果たしてどうかな?」


「え? それってどういう――」


 その先を、流々峰さんが続けることはなかった。

 ヴーー、バチバチと、音を立てて、先ほどまで沈黙していた電気が怪しく点滅し始めたのだ。


「か、雷のせいでしょうか?」


 普通はそう考える。

 でも――


「薔薇ヶ咲学園には特殊な人間が集まる」


「え? そうですけど、それが何か――って、まさか!」


「行こうか。おそらく()()は、二階にいる」



 ◇



 学園最強の生徒会長なんて、フィクションの中にしかいないと、僕は言ったけれど、生徒会長以外において、薔薇ヶ咲学園にはフィクションの中にしかいないと信じられているものが、者が、存在する。


 例えば、見えるはずのないものが見える人がいる。彼は、生まれつき可視光の波長が通常の人間よりも広く、平たく言えば、赤外線と紫外線が見えた。

 例えば、体臭が眠気を誘う少女がいる。彼女とすれ違った人は皆、その場で崩れ落ちて爆睡した。

 例えば、消化能力が度を越した少年がいる。彼は木片でもプラスチックでも金属でも食べてしまえば分解できた。けれど、何でも食べたせいで、五歳で味覚を失った。


 超能力と言えば、聞こえはいい。

 けれど、実際のところ、超能力なんていい迷惑だ。

 彼らの人生を、彼らの視点に寄り添って見てみれば、羨ましいなんて思える人はごく稀だろう。

 薔薇ヶ咲学園にいる全生徒が()()ではないけれど、薔薇ヶ咲学園にはそういう人が多くいる。集められている。

 僕らは彼らを、異常体質、あるいはタガが外れた者(オーバーリミット)と呼んだ。


「うわっ、髪が」


 二階。

 階段を上った先に、扉の閉まった部屋があり、そこから青白い光が漏れ出ていた。

 二階に上がってから、全身の毛が逆立ち、髪の毛もふわりと浮き上がっている。

 プラスチック製の下敷き頭にこすりつければ、そうなるように。

 そう、この現象の正体は、静電気だ。


 紫木公。

 おそらく異常体質で、その異常性は、電気にかかわっているものと思われる。

 その電気にやられて、一階で、おそらく彼女の両親が気絶した。

 事情は分からないけれど、今までの経験から言って、彼女の意思に反して両親を傷つけてしまったという可能性も高い。


「ふぅ、さて」


 青白い光の洩れる扉の前に来た。

 バチバチと、放電の音が中から聞こえる。

 ……放電までしているとは、想像以上にやばそうだ。

 本当、至楽寺先生はいつも僕に厄介事を持ってきてくれる。


「あ、あの、どうするんですか? ここから声をかけて――」


 流々峰さんが、明らかに危険なレベルで帯電しているドアノブを見ながら言う。

 このドアノブに触れれば、ただでは済まないことがありありと分かるからだ。けれど、


「そういうわけにはいかないでしょ」


 不登校の理由が、名前ではなくこの異常体質にあるのだとすれば、名前の問題よりも根は深い。

 扉の外から呼びかけただけでは、どうにもならない。

 それに。

 それに今の状況は、もしかすると一刻を争うかもしれない。

 僕は今までも、危険な異常体質を持つ人と関わってきたけれど、今扉の向こうから感じる圧力ほどに、危険を感じることは珍しい。

 如何に異常体質と言えど、今まで生活してきて、そして今も生きている以上、大事故につながるような事件はそれほど起きていないはずだ。

 毎日のように両親を気絶させ、扉のノブですら感電死が危ぶまれるほどに帯電させるなんて、あり得ない。

 これは異常体質の暴走だ。

 今すぐに止めないと、彼女自身の命まで危ないかもしれない。

 だから、外から声をかけるなんて、安全圏から届きもしない救助ロープを投げるような真似なんて、僕にはできない。


「え? ちょ、ちょっと、滴里会長、何して――」


 僕はこれでも、生徒会長だから。


 バチィ!!

 青い閃光。鋭い雷音。


「きゃあ!」


 ドアノブに手をかけ、僕は離さないように思いきり握りしめた。

 強烈な破壊の電撃が、ドアノブから右腕、そして全身を伝って僕の細胞という細胞を蹂躙する。

 そして目の前が真っ白になって、何も考えられないまま意識が飛び――


 ガチャリ


 ――一瞬見えかけた三途の川から舞い戻り、僕は彼女の部屋に入った。

 部屋の隅で、膝を抱えて座り、ふわりと舞い踊る髪からバチバチバチバチッと放電の音をかき鳴らす少女が、髪の隙間から紫色に光る目が僕を睨んでいた。


「僕は薔薇ヶ咲学園生徒会長、滴里(したたり) (かたる)だ。

 無断欠席を繰り返す不良生徒を、更生させに来た」



 ◇



 所変わって薔薇ヶ咲学園。

 とある教室で、二名の教員が向かい合っていた。


 バンッ!と机を叩いたのは頭部が薄めの男性教員。

 浜際(はまぎわ) (ただし)。三十六歳。通称:生え際ヤバし


「一体これはどういうことですか! 至楽寺先生!」


 別称:ハゲっしー


「これとは一体何のことでしょうかな? 生え、浜際先生」


 相対するのは生徒の()に座って足を組む、常識が薄めの女性教員。

 至楽寺(しらくじ) (さち)。二十九歳。通称:らくちゃん


 別称(滴里称):悪魔の右手


「あなたのクラスの滴里語に、紫木(ほたる)の家に行かせたそうじゃないですか!」


 ヒステリックに大声を出す様子から、狂気に満ちたゆるキャラと重ねられ、彼の第二のあだ名は生まれた歴史がある。

 至楽寺は浜際の頭部で揺れる髪に視線を固定しながら、薄く笑って肩をすくめた。


「ああ、そのことですか。さすが浜際先生。お耳が早い。

(あれ? ああ、紫木『蛍』だったか。生え際先生、字が汚いから、(ハム)って書いてあるんだと思った。滴里君に嘘教えちゃったよ)」


「どういうつもりかと聞いているんです! あなたは紫木蛍がどんな生徒か知っているはずです!」


 言いながら、浜際は至楽寺の眼前に一枚の紙を叩きつけるように掲げた。

 紙の上部は強く握りしめられており、今にも破れそうだ。


「近すぎて何も見えませんよ浜際先生。その紙を私の目と鼻の先から少し下げてください」


 浜際は紙から手を放すことで、紙を至楽寺に渡した。

 そこには、紫木蛍の詳細な情報が載っていた。


 紫木ムラサキ ホタル

 異常体質:雷電(ライデン)…体内及び体表に著しく帯電する性質がある。


 中でも、赤いペンでぐるぐると何重にも協調されている項目が一つ。


「危険性:S、ですか」


「そうです! 危険性Sクラスは、ちょっとの刺激で人を大怪我させることもあるんです! まして、暴走なんてした日には、死人は一人では済みません! あんな危険なオーバーリミットの元に、生徒を行かせるなんて、正気ですか!?」


 ますます声を大きくして怒鳴り散らす浜際に対し、至楽寺が、初めて感情らしき感情を見せる。


「だから――」


 スゥっと目を細め、至楽寺は浜際を射抜いた。


「だから、家庭訪問もせずに、紫木蛍を放置したんですか? 担任の、浜際先生」


「うぐっ、そ、それは――」


「本来なら、これは担任であるあなたの仕事ですよね。教員の学園則でも決められているはずです。

『担任の教員は受け持った生徒の異常体質について責任を持つべし。他のクラスを受け持つ教員が、自クラス以外の生徒の異常体質に関わりを持つことは避けるべし』

 ま、こんな面倒な学園則がなければ私が出向いてもいいのですがね」


「うっ、そ、その通りです。もとはと言えば、すべて私が悪い……」


 至楽寺は、思わず鋭さを増していた自分の表情に気づき、失態に気づいたように表情を柔らかくした。

 本当はここまで、本気で浜際を責めるつもりはなかった。


「少し、言いすぎましたね。失礼しました、浜際先生。

 浜際先生が、うちの滴里君のことを本気で心配してくださっていたことは、分かっていますよ」


 あなたが、本当は良い先生だということもね、と至楽寺は付け加えた。

 浜際が、過去に自分の生徒を三人、異常体質の者によって亡くしていたことを、至楽寺は知っていた。

 浜際には、それがトラウマになっているということも。


「いえ、私が、もっとちゃんとするべきでした。滴里君が無事に帰ってきたら、私も紫木君と話してみようと思います」


「ええ、それがいいでしょう(もう、その時にはあなたの出番はなくなっているでしょうがね)」


「あー、ところで、実は滴里君の他にも生徒がついていったと聞いたんですが……」


「ん、ああ。流々峰ちゃんのことですか。

 彼女のことは心配いりませんよ。いざとなったら、滴里君を盾にするように言い含めてありますので」


「あなたは滴里君に何か恨みでもあるんですか!?」


「いえ、いえ」


 至楽寺はいつもお気に入りの生徒(滴里 語)をからかうときのようにニヤニヤと笑って、自信満々に言った。


「御心配には及びませんよ。

 彼はあれでも、薔薇ヶ咲の生徒会長ですから」



 ◇



「ぐあああああああああああ!!!!」


 紫電が舞い踊る。

 轟音を響かせながら、僕の身体に激しく絡みつく青い雷の龍。

 少女から発せられた青い雷が、僕の身体を崩壊へ導く。


 かみなりしょうじょ の らいでん。

 ぼく に 530000 の だめーじ。


 僕は息絶えた。


「滴里かいちょぉおおおおおおおおお!!!!」


 時は少し巻き戻る。



 ◇



「僕は薔薇ヶ咲学園生徒会長、滴里(したたり) (かたる)だ。

 無断欠席を繰り返す不良生徒を、更生させに来た」


 そんな風に格好つけて僕が部屋に登場した時、部屋の隅にいた少女は、さながら雷のように、青白く強い光を放っていた。

 彼女の身体を細く青い雷がほとばしり、バチバチバチ、ジジッジジッと暴力的な放電音を鳴らしている。

 その上、彼女の身体は、ボロボロだった。

 帯電したドアノブを握ったことで、僕の身体も大概ボロボロだったけれど、それに比べても、彼女の身体は見ているのもつらいほどに、傷だらけだった。


 極度の帯電体質。

 おそらくそれが彼女の異常体質。

 通常以上に帯電するからには、当然、何らかの方法で身体が電気に強くなっているはずだ。

 常人が耐えられない電圧と電流の電気が身体に流れても、彼女は何の痛痒も感じないに違いない。

 けれど、それでも限界は確かにあり、例外という事態はいつもある。

 それが、暴走。

 異常体質が普段かけられている枷を引きちぎって、暴走を始めた時、体質は主人の抵抗力を無視して際限なく暴れ出す。


 その結果、彼女は、表皮が至る所でぺらぺらとめくれ、その下の赤いはずの真皮が、真っ黒にコゲていた。

 元々かは知らないが、髪は真っ白に染まり、青い雷と相まって神秘的な様相を呈しているけれど、その向こうに覗く二つのアメジストの目は、暗い絶望に彩られていた。

 その様相は、さながら、おとぎ話に出てくる鬼の姿をした“かみなりさま”のようだった。


「……ぅ……」


 彼女は何か言おうと口を開いては、何も言えずにそのまま閉じるというようなこと数度繰り返した。


「僕は君を学校に来させるようにお願いされていてね。でもそのためには、まずはそのびりびりを何とかしないといけないみたいだ」


 僕は努めて平静を装って、彼女の方へ一歩踏み出した。

 瞬間。

「来ないでっ!」

 バチィッ!

 僕の首の一寸先を、青白い雷光が走った。

 僕は強制的に足を止められる。数センチでも前にいたら、僕は確実に死んでいただろう。


「来ないで、近づかないで……」


 彼女は怯えたように首を縮こまらせて、僕に懇願した。


「どういう、つもりで、ここに来たのか、知らないけど。

 もう、放っておいて。じゃないと、あなた死ぬよ?」


 ゴクリ。

 僕のすぐ横で、喉を鳴らす音が聞こえた。

 流々峰さんだ。

 暴走時の異常体質者が発する独特のプレッシャーに気圧されたのだろう。

 流々峰さんの反応は、初めて暴走を見る人にしては随分落ち着いている。

 常人なら、発狂して逃げ出してもおかしくない。

 ここは今、とてつもなく危険な空間なのだ。

 彼女は僕に『死ぬよ』と言ったけれど、それは冗談でも何でもなく、事実、この部屋にいるというだけで、ちょっとした拍子に雷電に襲われて死んでしまうのだ。

 そして危険度は、彼女に近づくほど飛躍的に上昇する。

 だから彼女は、僕たちを遠ざけようとするのだ。

 しかし。


「それは、君も同じだろう?」


 そう。

 今この部屋で最も命の危機が迫っているのは、僕でも流々峰さんでもなく、紫木さん自身である。

 暴走した青い雷は、今も彼女の身体をむしばんでいる。

 彼女の言う通りに、彼女を放っておけば、彼女は死ぬ。

 そして、それは彼女が一番よく分かっているはずだ。

 すべてわかった上で、彼女は放っておいてほしいと、そう言っている。


「知ってたんだ。なら、話は早い。そう、私はもう死ぬ。だから、最後くらいはそっとしておいて。私は誰も、傷つけたくない」


 もう、疲れちゃったと、彼女は呟いた。

 異常体質者は、その体質を制御するためという名目で、研究対象になる。

 実験のために体中至る所に機器を取り付けられて、無理矢理異常体質を発現させられる。

 何度も。何度も。

 それは、被験者にとって激しい苦痛を伴うものであり、大きなストレスとなる。

 それでも、他人に迷惑をかけないように、体質を制御するために、耐えて、耐えて、耐えて、――そして、結局成果は上がらない。

 それが、異常体質者の研究の実情だ。

 実のところ、研究者にとっては異常体質の利用が重要であって、その制御は、二の次三の次にされてしまうのだ。

 そのことをなんとなく察していても、異常体質者の中には藁にも縋るような気持ちで、それに頼るほかない人たちがいる。

 そういう人たちが、今の彼女のように、諦めたように言うのだ。


 ――もう迷惑はかけないから、一人で死なせてほしい。化け物で生まれてきて、ごめんなさい。


 本当、どこまでもふざけた話だ。


「甘く見ないでほしい」


「え?」


 僕は、草むしりで鍛えた拳を固く握りしめて、困惑する紫木さんへと踏み出した。


「ちょっ、あなた何して!」


 バチィ!


 雷光が唸り声を上げて僕の頬をかすめた。


「生まれた時から化け物で?」


 また一歩。


 バチバチバチッ


「他人に迷惑をかけるから学校に来なくなって?」


 もう一歩。


 ジジッジジジーーー!!!


「研究所で痛みに叫んで?」


 さらに一歩。


 バッチィ!!


「家で一人で泣いているって?」


「……あ」


 僕は紫木さんの目の前までやってきた。

 バチバチとほとばしる紫電は、まるで僕を避けるかのようにして当たらない。


「ふざけるなっ! 

 悩みがあるなら辛みがあるなら痛みがあるなら苦しみがあるなら自分の身体が怖いなら!

 どうして僕を頼らない!!?」


 僕は叫んだ。

 紫木さんの、目の前で。

 思いのたけを思いきり。


「一人で悩むな勝手に死ぬな! こんな狭くて冷たい寂しい部屋の中で、孤独に人生諦めてるんじゃないっ! 

何のために僕がいるっ!!?

答えは簡単単純当然至極!

痛いも辛いも苦しいも、怖いも寒いも寂しいも、全部まとめて僕を頼ればいい!

解決するまでいつまでも! 僕が付き合ってやるから一人で泣くなっ!

そのために僕がいるっ!!」


「へ、え……?」


 紫木さんは困惑したように表情を固め、しかしそのまま、涙が頬を伝った。

 その涙を指で触れ、彼女は戸惑いに瞳を揺らす。


「僕は生徒会長だ! 学園最強の男だぞ!?

 生徒会室の扉だけでなく、初等部一年の教室から、高等部三年の教室まで、すべての教室に張り紙をしたはずだ!

『異常体質・特異性格・人間関係エトセトラ、すべての悩みを受け付けます。生徒会長滴里(したたり) (かたる)』!」


「あ、あの汚い字、滴里会長だったんですね……」


「研究所なんて怪しい連中に頼る前に、どうして僕を頼らない!

 そんなに僕の影が薄いのか!?

 おかげで僕は、毎日毎日草むしり三昧だよ!」


「あ、あ」


 紫木さんの口が開く。

 けれど言葉は紡がれない。

 滂沱と涙が流れるのみだ。


「誰かが迷惑をかけるなと言ったか?

 誰かが怖いから近寄らないでと言ったか?

 誰かが傷つけないでと怯えたか?

 誰かが死んでほしいとでも言ったのか!?」


「う、うぅ」


 雷電駆け巡る空間で、僕は不敵に両腕を広げた。

 雷が当たったら死ぬ?

 だからどうした関係ない!


「だったら! 生徒会長の権限で、それらの記憶の忘却を命ずる!

 ()()()()()()に迷惑をかけるのが怖いなら! いくらでも僕に迷惑をかけてみろ!

 安心しなさい! 僕は誰かに迷惑をかけられることに関しては! 世界でもトップクラスの自負がある!」


「し、滴里会長不憫すぎる……」


「あ、あなたは……けれど、私はもう――」


 僕に心を開きかけた彼女に、僕は最後のダメ押しをした。

 膝の上で組まれた白い手を、僕は自分の両手で――包む。


「あ! あなた何してっ!?」


 ゾッと顔を青くして焦る紫木さん。

 彼女自身の身体は今一番強い電気を持っている。

 それが僕に流れれば、死は避けられない。

 しかし。


「え……な、なんで……?」


 僕は無傷だった。


「滴里会長の、異常体質、ですか?」


 流々峰さんが的外れなことを聞いてくる。


「違うよ。

 紫木さんが、僕に電流が流れないようにしているんだ」


「なっ!? 私、そんなことできない」


「できるんだよ。

 研究者たちは、異常体質をどんな機械を使って制御するか、なんてことを考える。

 でも、それはそもそも間違いだ。

 異常体質のことは異常体質者自身が一番よく分かっているはずだろう?

 どうして、自らの意思で制御しようとしない?」


「そ、そんなことができるわけ……」


「できないなんて、誰が決めたんだ?

 異常体質は、現在の科学では解明できない。

 いつの時代だって、科学で解明できないことを人は意思でどうにかしてきたじゃないか。

 もっと、自分の力を信じるべきなんだよ。

 その証拠に、ほら、君が僕を傷つけたくないと願うから、暴走したはずの雷電が、君の意思に従ってるじゃないか」


 彼女は目を見開いて、僕に握られた自分の手を見た。

 そうして、おそるおそる自分から僕の手を握った。

 バチバチと弾ける紫電が、僕を避けるように動くのを見て、彼女は両手に額をつけて、むせび泣いた。


 僕は彼女の暖かい涙が手に流れるのを感じながら、今彼女が纏う雷電の処理方法を考え、事件の解決を見た。



「――いやぁ、お見事でした、滴里会長。

 私、出番がまったくありませんでしたよ」


「いやいや、流々峰さんが鍵を開けてくれなかったら間に合わなかったと思うよ」


「それもそうですね。手柄は半々ぐらいでしょう」


「それはさすがに図々しいだろ」


「あはは、冗談です」


 流々峰さんと談笑していると、泣き止んだ紫木さんが顔を上げた。


「あ、あの、滴里さん、本当に、ありがとう。

 それで、その、これからも頼っていいのかな?」


そう言った彼女の目は、もう絶望に彩られてはおらず、珍しいアメジストの瞳がきらきらと輝いていた。


「もちろんだ。まずは、その電気を外に流すことから始めよう」


「そんなことも……すごい。さすが、生徒会長。

 じゃあ、その、これからもよろしくね」


「ああ、よろしく、紫木ハムさん」


 僕はさわやかに彼女に笑いかけた。


「―――」


 そこで、紫木さんの表情が硬直した。

 なんだ? なにか変なこと言ったかな?


「あなたも、私をそう呼ぶんですか……」


 それはひどく低い声音だった。


「え?」


 そう呼ぶも何もあなたの名前は――


「私の名前は紫木蛍! ハムじゃないっ!」


 彼女の(僕からすると)理不尽な激高に合わせて、青白い雷光が激しく光った。


「え?」

「あ」


 バチバチバチバチバチィ!!!!


「ぐあああああああああああ!!!!」


 僕は息絶えた。



 ◇



「滴里かいちょぉおおおおおおおおお!!!!」


 謎の急展開により、滴里会長が死んでしまいました。

 紫木さんがどうして怒ったのかというと、彼女の名前は紫木蛍であり、どうやら(ハム)と言うのは勘違いだった上、ハムは、紫木さんが初等部で太っていた時につけられたあだ名でもあったからでした。

 滴里会長は律儀にもハムという名前を笑わないようにしていたようですが、普通に考えて、そんな名前の人いないでしょう。


 滴里会長がハムと呼んだ事情については既に紫木さんに話し、誤解は解けましたが、滴里会長は黒焦げになっており、どこからどう見ても息絶えていました。


「滴里さん! 滴里さん! どうすれば! どうしよう!」


 紫木さんが滴里会長に縋り付いています。

 私は、呆然と立ち尽くしていました。


 こんな展開は聞いていませんよ、らくちゃん。


『いいかい? 流々峰ちゃん、もし君が危ないと思ったら、それがどんな状況でも、滴里君を盾にすること』

『え、大丈夫なんですか、そんなことして』

『大丈夫だよ。彼は生徒会長だからね』

(それとどんな関係が?)

『え、ええと、とにかく、私は滴里会長についていけばいいんですね?』

『そう。なんだかんだ、彼が解決してくれると思うけれど、流々峰ちゃんも彼に協力してあげてほしい。重要なのは、君自身の身を心配することだ。滴里君の心配は、一切要らないから』

『分かりました! 滴里会長はどうなっても大丈夫なんですね!』

『ザッツライト!!』


「滴里さん! 滴里さん!」


 いや、あのう、らくちゃん?

 どう見ても滴里会長黒焦げなんですけど。

 細胞一つ一つに至るまで、こんがり焼けちゃってるんですけど。

 これ大丈夫なんですか?

 大丈夫ってことでいいんですよね! ね!


「落ち着いてください、紫木さん」


 バッとこちらに顔を向け、紫木さんは鋭い視線を私に向けます。


「落ち着いてって、落ち着いていられるわけないでしょう!」


 ちなみに、電気はすべて滴里会長が受け止めてくれたようで、もう紫木さんは帯電していません。

 目に涙を溜めて怒る紫木さんは、このままだと滴里会長の後を追うとか言い出しかねないので、私が何とか抑えなければいけません。


「大丈夫です。紫木さん。これは滴里会長の作戦です」


「ええ!? 作戦!?」


 そんなわけないと思いますが、実際、彼女の身に纏う電気を払うことは出来たのですから、筋は通っているはずです。

 んなわけないか。


「いや、でも、え? これ、滴里さん死んで――」


「滴里会長は生きていますよ?」


「ええ!? そうなの!?」


 努めて冷静に、平静に、私は何でもないことのように言いました。


「え? むしろこのぐらいで滴里会長が死ぬとお思いで?

 おやおやあなた、滴里会長を分かってない」


「あなた口調変わってない?」


「そんな事実はありません」


「それにさっきあなた、『滴里かいちょぉおおおおおおおおお!!!!』って」


「言ってません」


「えぇ、でも」


「こんなぐらいで――」


 私は滴里会長を見て――黒く塗りつぶしたマネキンがそこにはいました――即刻視線を逸らしました。


「――滴里会長を殺せると思ったら、大間違いですよ」


「滴里さんって何者なの!?」


「おやおや、知らなかったんですか? 彼は――」


 私の中で『おやおや』という言葉が胡散臭い言葉ランキング一位に浮上するのを感じながら、私は説得の言葉は考えます。


「彼は?」


 しかし、何も思いつきませんでした。


「彼は生徒会長ですよ?」


「それと何の関係が!?」


 このままごり押しするのは難しそうです。

 ここは、三十六計逃げるにしかず。

 後のことは未来に任せてこの場を切り抜けるとしましょう。


「では、私は滴里会長を連れて帰りますね」


「え!? 大丈夫なの?」


「はい。大丈夫です。生きてますから」


「とてもそうは思えないけれど」


「このフォルムになると、戻るのに少し時間がかかるんですよ」


「フォルム!?」


「ええ。水をかければ戻りますから」


「そんな仕組みなんだ!?」


「また後日、滴里会長と一緒に来ますから。では、また」


「え、あ、はい。もど、滴里さんが戻ったら、すぐに連絡してね!」


「りょーかーい!」


 私は何とか、黒焦げの会長を持って紫木家を出ることができました。

 めでたしめでたし。



 ◇



「――と、いうわけなんですけれど」


 薔薇ヶ咲学園に帰ってきた私は、寝袋に入れて引きずってきた滴里会長をおいて、らくちゃんに報告していました。


「なるほど、なるほど。うん、ご苦労様、流々峰ちゃん」


「いや、それはいいんですけど、これ! これ大丈夫なんですか!?」


 私は寝袋を開けて黒焦げの滴里会長をらくちゃんに見せた。


「ははあ、これはまた派手にやったねえ、滴里君」


「また!? またって言いました今!?」


 らくちゃんの衝撃発言はともかく、滴里会長を見せても冷静でいるらくちゃんに少しだけ私は安心します。


「でもこれ、どう見ても死んでますよね。どうするんですか?」


「ん? 馬鹿言っちゃいけないよ流々峰ちゃん。これぐらいで滴里君が死ぬわけないだろう?」


「嘘でしょう!? 生きてるんですかこれ! いや、私も今さっき紫木さんにそう説明してきたんですけどね!?」


「ダイジョブダイジョブ。ダイジョーブ博士だよ。

 水かけとけば治るさ」


「そんな仕組みなんですか!?」


 でもこれで、私は紫木さんに嘘吐きのレッテルを貼られずに済むんでしょうか。

 って、あれ? らくちゃん、さっきから滴里会長から目を逸らしてませんか?


「あの、らくちゃん?」


「なにかな?」


「もう少しちゃんと、しっかり、滴里会長を見てくれませんか?」


「どうして私がそんなことを――」


「いやだってさっきから目を逸らしてるじゃないですか!」


「そんな……言いがかりだよ(プイッ)」


「めっちゃ図星な反応!」


「わーかった。分かったって、心配性だなあ流々峰ちゃんは」


 そんなことを言いながら、らくちゃんは床で寝袋に包まれる滴里会長の横で膝を曲げた。

 寝袋のファスナーをしっかり開き、滴里会長をしっかり見る。


「・・・うん。問題なしっと」


「ちょっと! 今の間は何ですか! どうしてファスナーを閉めようとするんですか!」


「大丈夫。大丈夫だって。大丈夫さ」


「なに自分に言い聞かせてるんですか! ダイジョーブ博士はどこに行ったんですか! もはやギャグを言う余裕もなくなったんですか!」


「どうどう、落ち着いて流々峰ちゃん。彼は生徒会長だよ? 死ぬわけないじゃない」


「らくちゃんの中で、生徒会長って一体どんな生命体なんですか!?」


「おやおや、これは手厳しい」


「うさんくさっ!」


「まあまあ、今日はとりあえず滴里君に水をやってから帰る。これでいいね?」


「何がいいのか分かりませんよっ!」


 えぇ、本当に大丈夫なんですか?

 もしこれで滴里会長が永遠にこのままだったら、私は紫木さんになんて言えばいいんですか?


 そんな悩みに頭を抱えながら、私は滴里会長に水をかけて帰った。



 ――後日談――


 紫木ハム、改め、紫木蛍さんの暴走事件には、一応の解決がついた。

 最後の最後で、僕のミス(というか99%至楽寺先生のミス)で僕が全身に強烈な雷撃を浴び、生死を彷徨ったというちょっぴりアンハッピーな出来事はあったけれど、終わり良ければ総て良し。

 僕は見ての通り、放課後に草むしりができるほどに回復しているし、紫木さんの暴走も収まったというのだから、何も問題はない。


 ちなみに、今日の朝、草むしりをしている時に登校中の流々峰さんに挨拶したら物凄く驚かれた。

『あ、おはよう、流々峰さん』

『ああはい、おはようございます、した――滴里会長!!?』

 あの流々峰さんがあそこまで動揺するなんて、僕はそんなにひどい怪我を負っていたのだろうか?


 紫木さんは、いきなりクラスに混ざって授業を受けるというのは難しいかもしれないけれど、スケジュールを合わせて僕が雷電の制御の練習に付き合うつもりだ。

 これまでも意思の力で異常体質を抑えた人は何人か見てきたし、たぶん紫木さんも大丈夫だろう。

 彼女の場合、既にある程度自分で制御出来ていたしね。


 そんなわけで、また僕の日常が始まったわけだけれども、その日常にほんの少し変化というか、加わったものがある。


「滴里会長、また草むしりですか?

 生徒会って、草むしりしかしないんですか?」


「失礼だな。確かに草むしりのウェイトが高いのは確かだけれど、それだけってことはないだろう?」


「ウェイトとか言い方だけ格好良くしても無駄です。というか、生徒会のメンバーって他にもいるんでしょう? どうして滴里会長だけが草むしりをしてるんですか?」


「いやだって、『会長は草むしりの天才ですよね』『まさに草むしりをするために生まれてきた男!』とかおだてられたら、断りずらくってさあ」


「それ絶対褒められてませんよ。いじめられてる疑いまでありますよ。どんだけチョロいんですか」


 と、まあなんだかんだ言いながら僕に付き合って草むしりをしているのは、新しい生徒会のメンバーだ。

 夏に麒麟が舞い降りた。その名も流々峰夏麟。

 どういうわけか、紫木さんの一件の後、彼女が生徒会室を尋ねてきて、生徒会に入ったと宣言したのだ。

『今さっき、入会届を出してきたところです』

『生徒会ってそんな感じで入れるのか。それは知らなかったな。僕の許可は不要?』

『許可してくれないんですか?』

『いや、許可するけども』

『そうだ。滴里会長、新しい生徒会の仲間は水タイプ、炎タイプ、草タイプのどれがいいですか?』

『おっ、出たね占い。じゃあ炎タイプかな』

『炎タイプを選んだあなたは、燃え尽きたひよこのような人です。

 あなたが何かをするたびに物事が悪い方向に動く上に、幸運の女神に蛇蝎のように嫌われたあなたの運勢は一生最低レベル。そんなあなたのハッピーポイントは、いつもいつまでも伸びしろしかないところ。バッドポイントはそれ以外の全部だよっ!

 ラッキーアイテムは一本のわら。

 いつもわらを握りしめておくことで、わらしべ長者のような展開に希望を持って生きることができるでしょう』


 なるほど。どうやら彼女の占いは、水タイプが正解だったようだ。

 今度聞かれたら水タイプにしようっと。

 結婚指輪を左手の薬指にはめ、右手には一本のわら。さあ、準備は万端だ。

 次回、『○○○』絶対見てね!



(続きの予定は今のところありません)

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