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ナイア国物語  作者: 無節操
4/5

第一章 出(4)

「やられたらやり返せといつも言っておろうが」


鼻に無理やり脱脂綿を詰め込まれ、おえ、と声が出た。

ふん、と言いながらロドフ神父は立ち上がり、壁伝いに歩きながら古い棚に救急箱を片付ける。

二脚の椅子とテーブル、そして古い棚しかない質素なリビングのそばに小さなキッチン。

そして窓辺にはベッドがひとつ。ロドフ神父の寝床だ。

僕は2階の屋根裏を部屋にもらった。

2人で住むには十分なほどの家だ。


「やり返せないですよ」


椅子に座り俯きながらそう言えば、杖で足の先を突かれる。

弱きになるな、と言われているようで顔を上げられない。


だって、半端者なのは間違ってない。僕を忌み嫌うのは仕方のないことだ。

気持ち悪いと思うのも、それを排除しようとする気持ちも、間違ってないと思う。

間違っているのは僕の方だってことは、新暦書にだって書かれているのだから。


ロドフ神父は杖をテーブルに立てかけ、僕の手を握る。


「イル、大切なのは自分だ。他人じゃない。自分があるからこそ他人があるのだ。神は我々を見守っておられるが、いざという時に自分を救ってくれるのは自身の心の強さだ。神は必ずしも救ってくれるわけではない」

「……」

「はっきりいうとな、あのガキどもにお前は心の強さで負けてるんだ。だから私はやり返せと言っておろうに」

「やり返して心は勝てるんですか」

「勝てる、少なくとも肉体でな」


ふふん、と鼻を鳴らしながら僕の手をぎゅっと握る。

こんな暴力推奨なことをいうのはロドフ神父だけじゃないのか。他の神父に会ったことがないのでなんとも言えないが、少なくとも新暦書にはやられたらやり返せなんて書いてなかった。


「こんなに立派な拳があるんだ、あの丸々太ったクソガキの腹にぶち込まんでどうする」


シワシワの手で僕の手を撫でる。

本当に、神父らしからぬことばかり言ってくる。

おかしくて、ふふふ、と笑ってしまった。


「新暦書にも書かれてないのに」


そういえばロドフ神父は神妙な顔をした。


「イル、この世には新暦書に書かれていない大切なことがたくさんある。もちろん新暦書は大切かもしれんがな、全てを信じればいいというものではない。もちろん私も全てを信じていない」

「じゃあ何を信じればいいのですか」

「自分自身だ、そして自分の目に映るものだ。自分で見たものしか信じるな」


真っ直ぐと目を見て言われる。

ロドフ神父の緑色の目が西日が反射して輝いている。僕の灰色の瞳とは似ても似つかない綺麗な色。


「わかったら洗濯物をしまってこい」


指さされた窓の向こうには洗濯物がはためいている。

わかりました、と立ち上がり僕は外に出た。


洗濯物をカゴに入れながら、夕日を眺める。

遠い向こう側に月が見え隠れしていて、今日は満月なのだな、と思う。



新暦聖書では三神はまず太陽と月と星を創ったとされている。

真直を司るセシーヌ神が生命の源を創り、彎曲を司るパドラマ神は姿形を創り、そしてナイア神が生命の流れを創ったとされている。


三神はそうして男と女を創った、と記されている。

どの種族にも男と女があり、そうでないものは生命の輪から外れているという認識になる。



つまり僕は、男性器も女性器も持たない僕は、生命の輪から外れた神の失敗作ということだ。




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