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美形外交官はロリコン疑惑を黙殺する

作者: 藤宮 綺奈


あらすじでも書きましたが、相変わらず勢いで書いているので、設定はガタガタです。

軽い暇潰しにゆるっとお楽しみ下さい。



 我が一族は呪われている。……そうとしか思えないほど伴侶に対しての執着が激しい。厳密に言えば『この人は自分のだ』と認識してしまえば後先考えず(なのに用意周到に)その人を妻に、夫にする。一族の皆が押並べて麗しいと評される容姿なのはその為じゃないのか、そんな疑惑が話を聞く度に浮かんだものだったが。


「カルセイン様、あれは流石にロリコンですって」

「………言われなくても分かってる。自分が自分で信じられん。でも、セレーナは可愛い」


 大熊の様に縦にも横にも幅がありのんびりとした動きをする、茶の髪と翠の瞳をした青年は、漆黒の髪の細身の青年を呆れたように眺めている。バルコニーの手すりにほぼ身体を預けて項垂れている『カルセイン』と呼ばれた漆黒の髪の青年の面は、冷悧な印象はあるが人とは思えない程に整っている。


 ――――よりによって、五歳児に求婚するとは思わなかった…。いや、可愛いんだ。薄茶の髪は艶やかで、子供らしいふっくりとした頬は仄かにピンクで、ぱっちりとした大きな瞳は不思議な銀の光彩の散る翡翠色だった。緊張しながら一生懸命に挨拶する声も何もかもが愛しくて、気付いたら五歳の女の子に跪いて求婚していた。

 

 妹の隣で様子を伺っていたシモンという女の子のような顔の弟が、指を鳴らして強制的に眠らせた愛らしい少女はバルコニーの部屋の長椅子で兄達の上着を掛けられすやすや眠っている。


「――――そんな衝動的に『伴侶』を見分けるのですか」


 13だというレオナルドの弟は、随分と魔術師の才に恵まれているらしい。純粋に妹と求婚してきた相手を判断しようとする兄とは対照的に、研究者のような目をしている。


「……よく、分からない。18年間生きてきてコレが初めてだから。だが、父の話では『会えば分かる』と言っていたからまず間違いない」


 『どうせ王都で休めないなら家に来ますか?』……そう、長期休暇を誘ってくれたレオナルドには心底申し訳ない。王都も領地も婚約者の座を狙うギラギラした親類縁者だらけ。荒んだ気持ちで到着した先で兄妹を紹介され、キラキラとした瞳で此方へ懐いてきた愛らしい存在を抱き上げた次の瞬間には『結婚する?』と聞いていた。


「――――レオナルド、俺はどうしたらいい?」

「どうもなにも、『いたいけな妹に求婚しやがって』って言うのが一番ですけど……あの子が成人するまで接触禁止です」

「――――――その『ヒュードラントの血』研究させてくれるなら僕は別にいいですよ。先祖には求婚を退けられて廃人になった人物もいたのでしょう?楽しそうですよね…あぁ、でも『精霊の祝福』なら研究対象にはならないか…」

「お前は妹を実験対象にするな」


 事の重大性が半分も分かっていないだろう彼らの妹は、『けっこんしたらずっといっしょですね』と普段の兄達にも滅多に見せない天使のような笑顔で微笑んでいた。いや、天使だった。


 突然眠ってしまったので今は傍にいない。いや、魔術で眠らされ部屋の中にはいる。


「……生憎、そこまで理性がガタガタではないのだが」


 ありとあらゆる手段を使って甘やかして傍に置いておきたいとは思うが、さすがに五歳児を相手に盛る訳にはいかない。


「それでもダメです―――そもそもあなた、妹にかまける暇あるんですか」

「…ないな。無いんだが――――」

「俺たちより弱いやつに妹を嫁がせると思います?」

「………それはありえんな」

「ならよろしい―――まったく、『ヒュードラントの呪い』なんてまやかしだと思ってたのに」

「……だから言ったんだ。『セレーナを隠そう』って」

「お前なぁ…」


 いや、俺も思ってたよ。うちの人間頭おかしいって。なのにさ。『呪い』と対外的に言われる『精霊の祝福』―――確かに成就すれば『祝福』だが、玉砕したり相手を拐われた側からすれば『呪い』だろうよ。


「……俺、呪い殺されるかも」

「それは阻止しますけど、気持ちも分からなくもないので」

「いや、ほんとにごめん…後悔してないけど」

「―――親父が気を失いそうな事案ですがね」

「……」


 うん。まぁ、避暑にお邪魔した先の娘さんに求婚した俺が悪いんだけどな。五歳だし。まだ幼女だ。妹に求婚した不届き者認識されてしまったので、シモンの対応は冷たい。


 言葉もないカルセインに代わりレオナルドは、とりあえず弟を嗜めた。


「……とりあえず俺は領地の事もありますし、主要なお手伝い出来ませんけど」

「いや、此処は貿易の要になるだろうから、その辺しっかりしてくれさえすれば……まぁ。うん…」


 とりあえず成人まで12年だろ。12年間も俺、接触禁止なのか。仕事に打ち込めばとりあえず……あぁ、でもなぁ。


「…セレーナに悪い虫が付くのは嫌だなぁ」

「貴方が害虫以外の何者でもないでしょう」

「おまっ」

「……………一応、君ん家より大分爵位高いんだけど俺が悪いからいいよ。公の場でいわなきゃ」


 父に頼めばそのくらい外国にいても問題ないだろう。もともと伴侶を探すために外交関係に強い家系でもある。


「カルセイン様」

「…なんだ」

「――――妹は」

「どうもならない。―――俺らの一族達は、見出だされた伴侶を否定しない。行動も生き方もその人がしたいように、なりたいように。だから」

「『せめて健やかに』。か――――全く当たり前だ。オレたちの妹だ」


 軽く絶望してるけどな。年の差に。人としての常識と理性で何とか生きていけるだろう。


 公爵家の生まれでも飾らず、驕らず成り上がりと言われる子爵家の己らを友と呼び対等に扱う人形の様に整った人。自分の身に起こった『求婚事件』に泣かば呆然としている様子に、レオナルドは溜飲を下げた。


 とりあえず、両親の説得と誕生日くらいはやり取りを許して上げてもいいかもしれない。






「――――ちょっと待て。マジか…」


 陰に日向に友人達から『ロリコンストーカー』のあだ名まで付けられて待ちに待ったあの子のデビュタントの夜会の日。同じ国の中にいるとどうしても会いに行きたくなってしまうので、一応の地位にいる父のコネで担当したいた外交関係の仕事を意地で抑え込みやっとの思いで帰国したのに。


「君にこの花を」


 純白のドレスに淡い青と紫のリボン、キラキラと髪を彩る飾り。どーしてもこのドレスで!とレオナルドにデザイン画を送りつけたままのドレス。使う素材も宝飾品も全て俺由来の色のみ。全身俺が(本人に内緒で)着飾ったのに、何故横槍が入るかなぁ…


「―――――申し訳ございません。わたくし心に決めたお方がおりますの」

「デビュタントで熊のような兄にエスコートされていた君に婚約者は居ないだろう?」

「……いえ、相手の方は仕事の都合で間に合わなかったのです」


 まぁ、事実。とりあえず本人とも年に一度のやり取りを続け、ちゃんとご両親の許可もとってある。とったのに!オレの仕事が終わらないせいで12年も公言できなかったんだよ!!


「嘘を吐くな!『隠し姫』に婚約者はいないはずだろう?」

「……わたくし、領地内で仕事が山積しておりましたもので。ですが嘘は吐いておりません」

「殿下、その前に名前も言えないような女に求婚してはなりませんわ。わたくしが他国のスパイだったらどうするのです。申し訳ありませんが、そのお花しまってくださいます?」

「………っ、ぶ、無礼だぞ」


 王家からの求婚という訳でもなく、今なら戯れで終わらせられるというのに、顔を赤くした三番目の王子にあの子は冷ややかに対応し続ける。……踵のある靴をを考慮しても女性としては高い立ち姿は、凛として麗しい。


「でしたら、そのように無礼な娘は放っておいてくださいませ」

「…き、さま!」

「―――――殿下、私の妹が何か?」


 一歩踏み出したのを見ていたのか、魔術師団のローブ姿のシモンが王子とセレーナの間に現れる。立ち並ぶと見目麗しい兄妹だし、その横で飾りのように大人しい長兄は、思考するのが面倒なのだろうな。『俺は置物です』と言わんばかりに巨躯を縮めようとしている。……無理だろう。


「……ニクス第二団長の妹か」


 そんな長兄を無視して三番目の王子と対峙するシモンもなかなか出世したんだなぁ。魔術団の最年少団長だったか。


 薄茶の髪とやや長めの髪に隠されるアーモンド形の涼やかな瞳が優しげに細められるとセレーナに似ている。


「ええ。この度一年遅れですが、デビュタントの運びとなりました。可愛いでしょう?ですが愚妹は10年以上前から売約済みなので諦めてくれますか」

「バカなことを。そこのニクス子爵がエスコートしてきたのを、見たぞ。たかが子爵家の風情が私をバカにし…………」


 颯爽と助けるという見せ場を取られたが、とりあえずシモンも嫌々ながら認めてくれていると見て良いだろう。


「―――――殿下、その娘は私の婚約者ですよ?」





 ……私には、五歳の時に『結婚しよう』と言ってくれた人がいた。当時の私に言ってくれたその人は長兄の友人で、避暑地で遊んでもらった記憶もあるのにそのすぐ後から全く会えなくなってしまった。毎年誕生日の日にだけ、カードとプレゼントを各地から贈ってくれるとても綺麗で優しい(と思う)人。


 昨年は領地から出るに出れず、デビュタントが決まって王城に行けば会えるかと長兄の仲介を期待したのに、何故かよく分からないうちに王子殿下から花を受け取らなきゃならない場面になっていた。しかも長兄は脳筋のせいか、黙り込んでるし。


 ……求婚してくる相手の名すら言えない状態で何を言うのかと苦言を呈させて貰ったが、ヒールを履いた自分とあまり変わらない身長に金髪碧眼の見目麗しい王子殿下の激昂したその姿に、『やらかした』のは理解した瞬間、漆黒のローブを着た次兄の背中に隠された。


「子爵家の娘風情が私をバカに――――」

「―――殿下、その娘は私の婚約者ですよ?」


 背後から響いて来た声に、全身が反応した。……この声。


「………カルセイン、さま?」


 カルセイン・ヒュードラント。凄腕の外交官で、諸外国にも爵位を与えられていると聞いた。条約の確定や家が行ってる貿易の監督なんかもしている、ヒュードラント公爵家の次男様。


 振り返ってガン見しました。艶やかな黒い髪に紫と水色の左右色違いの瞳。高い身長にひ弱さは全くない均衡の取れた立ち姿に藍色の夜会服が滅茶苦茶かっこいい…。


「丁度いい!お前、コイツらを会場の外に……」


 私の背後に立つその方に声を掛けた王子殿下は、カルセイン様に命じているようだったれけど、声は聞いていなかった。


 無表情だと精巧な人形のよう、と揶揄される美貌の外交官様。微笑みが麗しく、けれど女性には冷徹に対応なさると聞いたことがある。……なぜあの人が大熊か海賊の様な長兄と仲良く避暑地にいらしたのか未だに謎なのだけれど、手伝っている仕事の中に署名は見たことがある。


 わめきたてる王子殿下に一瞥くれただけで、すぐに此方へ優しく微笑んで下さる。……出会ったときに見た、とても優しいお顔。


「――――やっと正面から会えるね。贈ったドレスもよく似合っているよセレーナ」


 喚く殿下を丸無視したカルセイン様が結っていない髪を一房長い指ですくった。その行方を目で追うと麗しいお顔が近付いて来て、その髪に口付けられた。王子殿下と同じように未婚を示す白い花を持っていたカルセイン様が、耳のすぐ横に手ずから飾ってくれる。


「あぁ…とても綺麗だ。今度はパールで耳飾りでも贈ろうか?きっと似合う」

「〜〜〜っ」

「…恥じらうと途端に愛らしくなるね。先ほどまで女神のように凛としていたのに」


 ほんの僅に上気させて、恍惚と微笑まれました。その破壊力。身長が伸びて昔より間近に見えるその美貌を直視できずに俯いてしまった。次の瞬間、頭頂部に何やら温かい感触が一瞬あったのですが、なんでしょうか。……っ、というか良い香りに包まれてますが!!






「―――やることキザだね。流石『呪われたヒュードラント』の直系」

「大丈夫です。第三王子殿下がやらかした辺りから隠密の結界の中ですから―――カルセインさま、早く早く妹を離してください」

「……いっそそこの阿呆に見せつけてやれば?」


 楽しげな声と共に現れたのは、王太子殿下。本人も魔術師でホイホイと人の魔術を掻い潜ってくる。今は『阿呆』と称した同母弟の首根っこを掴み上げている。……カルセインと従兄弟同士でもあり交流もそこそこあったが、表面上なかなかにフランクな性格をしている。反対に第三王子は、何故か古典的ワガママ王子になってしまった。


 それはもう愛しくて愛しくて仕方ないと無表情の欠片も残さず甘い笑みをセレーナただ一人に向けて抱き締めているカルセインと、その腕の中に囲われて頬を染める『ニクスの隠し姫』を楽しげに見やる。己の決めたただ一人を愛し抜くという『呪われたヒュードラント』は、辿れば王家にも連なる。……公爵位を得た理由が王女に惚れたから、という逸話もあるくらいだが。


「――――カルセインの婚約者ならそう言えよ…」

「ここまで色を纏わせているのに気付かなかったのかい?」

「普通、婚約者の色なら髪と瞳で二色ですよ!?一色か三色なんて『相手待ち』だと思うでしょう!?」

「………オッドアイの弊害…」


 自分より頭一つ大きな兄に首根っこ捕まれた王子がうんざりして呟く。その弟に言い聞かせるように説明しても、きゃんきゃん喚きだす。横で聞いていたシモンの呟きが、憐れな王子には聞こえていなかった。


「……王太子殿下。見ていたのなら弟君を止めてくださっても良いのでは?」

「いや、まさかお前の婚約殿に求婚するなんて思わなかったよ。レオナルドが連れているからそうなのかな、とは思ったけど」


 言外に、『デビュタントの相手から逃げて弟に回したせいだ』という非難も含まれている。既婚の王太子ならファーストダンスの相手でも大丈夫だろうと高をくくっていたのに。

 

「すぐにこの周りにシモンが防音と隠密をこの辺に張ったから見えていないし大丈夫だよ?」

「いえ、そうではなく」

「……それにしても『隠し姫』とはね。レオナルドから聞いていてもまだ信じがたいな――――何歳差?」

「俺が18歳の時5歳でしたから…13歳差でしょうか?」

「うわ!ロリコンじゃん!!」


 王子殿下の言葉に、セレーナのこめかみがひくついた。ずっと一年に一回のやり取りしか出来ない恋い焦がれた相手をそう言われては大人しくできない。セレーナが動く前に止めろ、と様子を見ていたシモンが視線でカルセインを促した。


「意図的に馬鹿ども(・・・・)から隠してもらってた訳ですが……色々と本当に間に合ってよかったですよ」


 ――――ねぇ、可愛いセレーナ?あんな器も身長も小さな王子見なくていいよ?


 王子に対して冷ややかに告げた後、低音を甘く響かせて第三王子に視線を向けたセレーナの顎を長い指ですくい、あと数センチで唇が触れあう位置まで顔を近づける。突然目の前が麗しい顔でいっぱいになったセレーナは言葉を失い、驚きに見開かれたセレーナの銀の散る翡翠色の瞳にカルセインはうっとりした。


「……っ」

「ダメですよー。人前ですからねー」


 ツイ、と冷たい杖の先でカルセインの顔を横から押しやったのはシモン。


「ちっ不粋な」

「……ねぇセレーナ、この顔に騙されてない?」


 呆れと共に『この顔』と示されるカルセインの横顔。……確かに、見れば見るほどどこぞの芸術家が精魂込めて造り出した彫刻の様に美しく、人離れているけれど。


「見た目だけなら我が家でさんざん見慣れておりますし、カルセイン様お優しいのですよ?――――人を賊の餌にした長兄や魔術師の実験台にした次兄などよりも遥かに」

「――――――ほぅ…」


 気のせいでなければ、周囲の空気が凍てついた。ついでにニクス兄弟の顔色も心なしか褪せていく。今までの人生、全てにおいて領地にいる妹達を『構う』前提が、そもそも世間とは異なっていたらしい。―――そう気付いたのは成人後なので、世の中様の『構う・遊ぶ』は三番目のセレーナには適用されなかった。


「…大丈夫ですわ。その都度やり返してきましたもの」


 何となくカルセインに仕返しの類いをさせてはいけない気がして、一生懸命言葉を募る。……いくら妹から見て優しくない兄達でも居なくなられたら困るのだ。カルセインから距離をとろうと腕を突っぱねながら言葉を選ぶが、じゃれ合うようにしかならなかった。


「ーーとなると、ますますこの愚弟が申し訳ないことをした」


 『ヒュードラントが定めた伴侶を奪ってはならない』…王家に絶対的な約定として真っ先に教えられる物だ。謝罪してきたのは王太子殿下。デビュタントのこむすめにすぎないセレーナはたちまち恐縮してしまう。


「いえ、わたくしも……逆に不敬罪とかには…」

「ならないよ。あれはどう見てもこの愚弟が悪い……まぁ、シモンが魔術で隠して誰も見ていない訳だし?」

「―――殿下方、それもそろそろ限界です」


 王太子の言葉に、次兄が迷惑そうに答える。


「そろそろ解きますよ……とりあえずカルセイン様、その花」

「あぁ、分かったよ。セレーナ、ちょっとだけじっとしていね?」


 セレーナの耳に飾られた花をカルセインが引き抜いてやや距離を置いた瞬間に結界は解かれ、騒動の五名はつい今しがた向き合ったように周囲に思わせた。


 不思議そうに辺りを見回したセレーナをシモンが促し、カルセインが彼女の前に跪く。普段の『人形』ぶりが嘘のように甘い表情で愛を囁かれ、セレーナはその場でカルセインの求婚を受けた。―――と、周囲にいた人々は思った訳だが。


 『ヒュードラントの人形』が、求婚したと会場にいた貴族一同は戦慄した。


 相手の令嬢は子爵家ではあるが、領地にはここ十数年で貿易の要となりつつある港町を有し、細々と海産物で生活していた頃の面影をやや残しつつも栄えている。元は港の荒くれ者だった領民を上手くまとめ力仕事以外の働き口を提供して、有名な職人を国内外から講師として技術者を育てており、これからの経済成長度合いによっては更に上の爵位が与えられるとも言われているニクスの姫。―――セレーナ達の両親は、たまたま縁があって、語学に困ることなく書類と力仕事に埋もれていただけという認識しかないが。


 爵位は低く金はあり、将来的に婿入りか嫁入りどちらでも親戚になりさえすれば金に困らないお手頃な家。そんな見方をされているニクス家唯一の姫は、ずっと領地に隠されていた。余程の不細工だと噂されていたが、悩ましい腰とふっくらとした曲線を描く胸元に、やや高めの身長は全体的に華奢で儚げな印象を受ける。薄い茶の艶やかな髪に不思議な光彩の翡翠色の瞳は大きく、ともすれば冷たい印象を与えそうな面立ちに愛らしさを加えていた。


 純白のドレスの生地も最近輸入し始めたばかりの逸品で、裾や襟、悩ましい腰やデコルテを飾るリボンも同じくまだ国内にはあまり流通していない物ばかりだった。


 『美麗の魔術師』と『大熊子爵』が兄弟だと知っている面々もその二人に挟まれるすらりとした立ち姿が美しい華奢な少女――それにしては色香が漂う――が、その二人の妹だとにわかには信じられない。


「……それにしてもシモンとセレーナ嬢は面立ちが似ておるが、レオナルドは誰に似たのだ?」


 ヒュードラントの求婚を肴にしようと現れた国王陛下までもが三人並んだ兄弟をしげしげと眺めた。


 長身である家系なのはまず間違いない。セレーナも女性にしては背が高い。けれど骨格は華奢でそこはシモンにも共通している。セレーナの場合、華奢ではあるが女性らしい柔らかそうな曲線は魅惑的だし、シモンも上背にしては全体的に細くこの二人に関して言えば『目元の雰囲気』がよく似ているように見える。


「確か…『大叔父に似ている』、とレオナルドか誰かが言っておりましたね」

「――――あぁ、『海の猛者』どのか」


 貴族嫡男なのに軍人のような男で、地元で漁の邪魔をする海賊達を締め上げ、締め上げた彼の漢気に惚れ込んだ稼ぐ気があるのならまっとうな道を進めと今のニクス子爵領の在り方を変えた人でもある。その人は結婚せずに生涯独身を貫いたので、跡取りとして親戚の中で唯一、大叔父の姿に泣かない子供だった父が養子に入ったと聞いた。……養子の基準を聞いたときなかなか我が家もクレージーだなと思ったけど。


 その大叔父もセレーナの生まれた年に亡くなっている。老後は病床に伏していたらしいが、最期まで自分が他国から連れてきた職人達の事を心配し、荒くれていた者達の行く末を父に託して逝ったとか。


「陛下は大叔父上をご存じですの?」

「――――大昔に、ちょっとな。でも確かに、言われてみればレオナルドは猛者…アレンシードに似ている」

「…………ニクス兄弟は色彩以外に共通点があまりないですよね」


 これで同父母から全員生まれているので、遺伝子の不思議は尽きないといったところか。王陛下、王太子殿下の呟きにたかが子爵家にすぎない面々は何とも言い難い表情を浮かべてカルセインを見る。……この場で唯一、言い返せるとしたら彼だけだろう。


「……男女の差はあれど、シモンとセレーナは似ているな」

「―――わたくし、あのように陰険な顔してますか」

「造作の話だよ。愚妹。―――それより何より、おまえカルセイン様を婚約者だとよく認識していたな?」

「?だって、プレゼントと一緒に下さるカードに書かれてましたし」

「「!?」」


 ……熊と麗人の驚きかたは一緒なのですね。流石、兄弟。王太子は、極端な造作の兄弟の共通点に感心した。


 従兄弟であるカルセインが長年『あの子しかいない』と取り憑かれたように仕事に没していたのを知っているから『生きている相手』であってくれて良かったと王太子は思った。


 経済力なら侯爵家にも引けをとらない次期ニクス子爵のレオナルド。普段は港で輸出入品の不正監督をしたり、違法入国を取り締まったりしている肉体労働が主であるが、周辺諸国の言語はだいたい会話に困らず税関の書類も綺麗にまとめ上げているので領主としても優秀だろう。……あと少しで爵位を上げることも可能だろうから、カルセインの相手としての身分差は対して気にならない。……ヒュードラントの時点で身分差など些末な問題であるし、カルセインは次男だ。己の身を立てて隣国に爵位も持たされているらしいがどちらの姓で生きていくのやら。


「兄上のせいですよ?」

「だが、カードまでチェックしたら母に殺される」


 母方の血が濃く出たのか魔力はずば抜けていたので早々に王都の魔術学園へ入学したシモンは、帰還する度に様々な書物を買い漁っていた成果なのか魔術師団で翻訳家もどきをすることもある。


 色々な思惑の面々からセレーナを隠すように立つニクス兄弟は目立っていた。礼服に身を包んでいても日頃から弟妹達に『大熊か海賊』と言われるレオナルドの巨躯(きょく)は軍属の猛者達に引けをとらないし、魔術師団のローブを纏う長身のシモンは兄と対照的に細く知的な雰囲気に何とも言えない色香がある麗人だった。


 会場の隅に移動して、隠密の結界を再び張ったシモンは、兄の呟きに非難轟々の視線を向けている。普段は快活に笑い本人の性格も温厚なレオナルドは、困ったように頭を掻いた。


「いや、あの魔性の顔が悪い」


 すぐ下の弟の何処に似たのか不明な麗しい顔を見慣れている筈が、あのカルセインの冷悧な美貌には頬を染めて年頃の娘のような(事実お年頃なのだが)反応をする。


「……カルセイン様ほど優しくしてくださった年上の男性(・・・・・)居なかったですしね」


 求婚からずっとカルセインに抱き込まれて片時も離れる様子のないセレーナは、事も無げに言った。『あの魔性の顔』と妹の目の前で呟く二人の兄の話を聞いていたのだが、辟易とした様子話し出す。


 レオナルドの場合、『面白いものを見せてやる』と、まだ3つのセレーナを海賊顔負けの顔面の男達の乗る船に乗せ、荒波の中を駆け回り遭難しかけたらそのまま野営なんて事もあった。

 シモンもシモンで、『隠れ鬼ごっこ』と称して魔術で追いかけ回した挙げ句に罠に掛けられる。……泣くと益々たのしげに次の事をしかけられるので。早々に『愚兄対策』を執事のじぃやとばぁやの手を借りて練っていた。


 ――――若気の至りか、妹()遊んだツケが今、此処に。


「「……………」」

「10才の頃から長兄とお父様が溜めた書類仕事を代わって処理したり、次兄がやらかすとんでも魔術の後片付けをしたりして……私16なのに軽く5年は余計に年取ってるような濃厚人生だったのだけど?」


 まぁ、お陰さまで言葉には全く困りませんし?その辺の令嬢より逞しく成長しましたけども?……一般の港のおばさま方に『嫁入り先あるのかい?』なんて真顔でご心配掛けるくらい私は異端ってことかしら?


「―――――あの二人に何をされたかより…俺は君の事が知りたいけれど」

「……これ以上妹に触れないで貰えますか。まだ婚約式も終えておりませんし!」


 純白のドレスは華美な飾りなどなく、胸元や細い腰のラインを綺麗に魅せすらりとした立ち姿は些かデビュタントのあどけなさが皆無である。何ならこのまま教会に行ってもいいかな。―――カルセインの不埒な思考は兄二人が完璧に読んでいる。


「『ヒュードラント』で婚約式を行って、結婚まで一年以上開いたのは数代前の王女様くらいか……あぁ確か兄上も十ヶ月で披露宴をしていたな」

「「………」」


 ……爵位を馬鹿上げして王女を迎えた代しかないのか。婚約期間一年以上なカップルは。サラリとしたとんでもカミングアウトに頭痛がしてくる。熊だ海賊だと言われても本来は穏やかなレオナルドは言葉を失くした。


「……輸入品の中から良い品質の布とレースを母が厳選しているのです。せめて一年以上時間を頂けないと結婚させません(・・・・・・・・)が?」


 兄の様子からおおよそを察した次男が助け船をだす。大きく頷いた旧友を前にして、カルセインはその美貌を歪ませて舌打ちする。


「……ちっ。子爵夫人の楽しみは奪えんな」

「母と面識が?」


 びっくりです。カルセイン様のお顔だと舌打ちすら魅力になるのですね。……セレーナは長兄と婚約者の顔を見比べ、改めて『美しいに限る』という言葉の真意を噛み締めていた。


「わたしの海沿いの知人には絶大な御方だからね」


 母強し。……のほほんとお茶会して、書類整理に鬼のような形相なさってるだけじゃないのね。感心するセレーナの横で、ニクス家の長兄は、暢気に爆弾を投下する。


「というか、ウチでここ数年カルセイン様と直接会えてないのってセレーナだけだよな?」

「馬鹿兄貴っ」


 血相変えた次男と何が起こったか分からない王太子を他所に、セレーナは可憐ながら恐ろしい雰囲気の微笑を浮かべる。


「………愚兄ども?」


 低いセレーナの声とただならぬ様子に、兄弟が固まった。余波で王太子まで怯えだした。……それでいいのか。この国の次世代。


「………セレーナ、バカな兄どもは放っておいて私の屋敷においで?」

「「ば!馬鹿か!!」」

「馬鹿はお前らだ。―――カルセイン、披露目を楽しみにしているぞ」


 そそくさと逃げた王太子はともかく、兄二人は妹の視線から逃れたくてソワソワしている。……きっとそれを鎮められるのはカルセインだけ。父の絡み酒に付き合うか、妹からの半殺しで済めばいい攻撃に耐えるかの二択なら二日酔いになろうとも父の方が安全に決まっている。


「………婚前交渉は認めんぞ」


 熊のような見た目相応に低く唸ったセレーナの長兄へ、カルセインはそれはそれは麗しい微笑のみで応えたのだった。





**〜〜〜***




 あれから。

 

 カルセインの婚約者への溺愛ぶりは国内外に広く知れ渡る事になる。何せ、『婚約者と離れるのは成人前だけで十分ですよね?』と言わんばかりに義両親にあたるセレーナ含め兄弟の父母を懐柔して仕事先へ連れ回した。


 セレーナもセレーナで、仕事の半分は海賊退治のような長兄と強面で口の悪い周囲に揉まれ、次兄の魔術に付き合わされていたある意味経験豊富な娘なので、行く先々での波乱には対処可能だった。


 第一に、どんな強面の国王やら武将やらが相手でも笑顔を崩さず、表面上は穏やかに話し合いが出来る。……何処かの阿呆な国のせいで、ヒュードラント外交官の連れに『肝が据わっているな嫁に来い』的な会話をしてはならないという不問律が周辺諸国で出来上がった。


 第二に、ほぼ身辺を自衛できる上に、会話ではカルセインと並ぶ語学力を発揮する。その上兄達の影響で魔術も武術も本職並み。不測の事態に拉致誘拐されても自力で制圧した挙げ句、会話も証拠も持って帰ってくる。……外交問題にされたくない国は、おおよそ大人しくなる。


 第三に、強運が強すぎてカルセインをも驚かす。……たまたま街で意気投合したのが交渉相手のご隠居やご婦人(影響力抜群)だったりしてカルセインの仕事がスムーズになった。


 『ニクスの隠し姫』は、その姿を自国の社交界にあまり出さない。……多忙な夫に付き従っているからなのだが、まぁ、仕方ない。久しぶりに戻ればさまざまな所からお呼びがかかる。




「…やぁ、元気かい?」

「―――お陰さまで」


 久しぶりに母国の地を踏んだカルセインに、昔から変わらぬ気さくさで声をかける既に王位を継いでいるその人は、年を重ねる毎に貫禄が増した。カルセインは、人形と揶揄される美貌は相変わらず健在なので同年代としては憎らしい。…ハゲても腹が出てもいないなんて。他の外交官達は、やつれるかハゲになるのが定番なのに。あげく年若い妻と並んで『初々しい夫婦』等と誤解されるその若作りさに、人離れした何かを感じる。


「…帰国するなり『侯爵位』を元老院が薦めたのには驚いたけど、まぁ君達の功績は大きいし、大元を辿れば王家があげた君の実家の爵位だし問題ないか」

「誰かさんが面倒な国外任務ばかり寄越すからですよ……おかげでセレーナまで」

「いやー、砂漠の王には困ったもんだったけど、おかげで関税は半永久的になくなるし、戦争は起こらないし、良いことずくめだね!」

「……シモンに禿の呪いでも掛けられてしまえ」

「やめて。まだ」


 おどおどしい呟きに反応してデコを押さえた王太子に、『心当たりがあるのか』と溜飲を下げる。……それくらいしてもバチは当たらない。


「最初の数年は行く先々で『ロリコン外交官』と言われたぞ。くそが」

「事実じゃん?13も歳の離れた娘に求婚してものにしてるんだから」


 だが、年の差と変わらない年数を清く正しく外交官の仕事だけしてきたのに。……妻だと紹介すると『ロリコンじゃなかったのか?』と遠回しに聞かれてセレーナも苦笑していた。


「……限度がありますわ。王太子殿下――また妃殿下に『おしおき』をお願いしておかなければなりませんかしら?」

「…ひっ、ごめんなさい。それだけは勘弁してください」


 婚約期間約1年で結婚し、その翌年には夫と共に外国を飛び回る敏腕夫人になっていたセレーナ。必要とあらば女騎士の姿で馬を駆り、剣や魔術をふるい自らが伝令役まで務めるあらゆる意味で規格外の女性だった。……『呪われたヒュードラント』は、定めた人間を愛し抜く性質があるが、普通の男なら妻が男らしすぎて自信喪失しているだろう。


 そして、帰国すると社交界で話題に事欠かない外交官夫人として才能を遺憾なく発揮し、『凛々しくて素敵なセレーナ様が大好きな会』というファンクラブまで設立されていた。その筆頭が王妃で、下手すると夫よりもセレーナの『お願い』にほぼ無条件で頷く。……妻に勝てない王は、必然的にセレーナにも勝てなくなるのだった。これだけは、長年『身分差』で無理難題を押し付けられて来たカルセインが胸のすく想いがするので、妻が強気に出ても止める気も起きない。


「あれだよね、5歳児に求婚しても、手をだしたのは成人してからだがら……もが」

「貴方はその無駄口を減らしてくださいね。そろそろ子供達とも過ごしたいんですから」


 この主のせいで何度余計な仕事が増えたことか。……隣国最凶の宰相にまで睨まれるところだったんだからな。せっかく酒飲み友達として色々と融通してもらっていたのに。逆に面白がった彼の人が爵位をくれたわけだが。


 妊娠・出産時には厳戒体制を敷いていたが、子供が動き回り始めると誘拐未遂が多発したので、今はニクスの首都別邸に子供たちを預けている。次兄の子供達とも遊べるし。

 ヒュードラントの祖父母たちもよく顔を出しては仲良く出掛けているらしい。


 長い腕で自国の主の口を塞いだカルセインは、妻に促されてその手を離した。……自由になっても無駄口を叩く気には到底なれない。何故なら、セレーナがデビュタントの日、王太子が見た恐ろしい微笑を浮かべているのだから。


「殿下?妃殿下が、お待ちですわ」

 

 ……あぁ。今日もセレーナは美しい。


 翡翠色の瞳を冷徹に輝かせ、美しい顔に笑みを浮かべる時のセレーナが一番美しい。二人きりの時に見せる表情は格別だが、他者を威圧するその凛々しい姿もまたゾクゾクする。


 ーーー募る愛しさをどうすれば良いのだろうか。


 強く、美しく、賢い妻。子を産み育てながらも離れたくないという我が儘を聞き入れてくれる愛しい妻。……既に子供達は下も10を越えたし、幼少期に構えなかった分を補填しても良いだろうか。


「……愛しているよ、セレーナ」


 愛を囁くと恥ずかしがるその姿も。







 『呪われたヒュードラント公爵家』から枝分かれした『ヴァールハイト侯爵家』の初代当主は、友好国に『ファークト子爵』という爵位を持っていた事で有名だった。それぞれの家名を子供達が継ぎ両国の絆をより強固なものにした事も彼の人が注目を集める一因である。


 ……なによりこの初代侯爵は、珍しいオッドアイを持つ美貌の外交官としても名を馳せており、その傍らには『最愛の翡翠』と呼ぶ歳の離れた妻がいた。美しい外交官と並んでも見劣りしないその妻は、才媛であり武に優れ常に夫を支え、時には剣を取ることさえ厭わなかったという。ーーただ、その妻が剣を取ったという記載は争乱の多い地域にのみ伝わるので、妻を溺愛する侯爵が腕の立つ護衛を傍に配していた説が近年有力視されている。


 ファークト子爵と名乗った次男も友好国で身をたて、生涯をその地で過ごした。それもまた、ヒュードラントに与えられた人成らざる者達からの『祝福』の賜物ではないか、という学説を唱える魔術師達も大勢いる。ーーー真実は、当人達にも分からない。遠い遠い昔からの伝承であった。






…fin.

友好国の最凶さまがわかった方は藤宮マスター(笑)

ふたり揃って酒呑むと嫁溺愛同盟を結成する勢いだったとか何とか。


様々にストレスが重なる時期ですから、気持ちだけでも愉快にいきましょう。

『ちょっと落ち着いてください』メンバーもお暇潰しに役立てば幸いです。

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