第8話 過去編3~ヒヒの魔物と魔素の封じ込め~
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第8話 ~ヒヒの魔物と魔素の封じ込め~
蔵光達は、エブーダの森の北側にある森の入り口と称される場所へやって来た。
天候は快晴で、青空が広がっていたが、森の入り口周辺は、シーンとして、鳥の鳴き声すら全く聞こえない。
正面の森は、大昔に地殻変動により陥没したと思われる巨大なすり鉢状の場所に、高さが200mを超えるような巨大な木が無数に生い茂り、森全体の全容を隠すように重なりあっている。
右手には標高3000mを超す巨大な龍火山の山脈が連なり、遠くの山頂付近からは黒煙が上がり、今だ火山活動が衰えていないことが見てとれる。
森の入り口はすり鉢状の森からつき出すような格好で、ハーフパイプのような形の道が来る者を誘うが、その実、来訪者を逃がさないようにとその両端には巨大な木々が立ち並ぶ。
また、その枝には、速贄であろうか、動物の死骸が漁村で干される魚の干物のようにいくつも吊り下がり、陰惨なイメージを醸し出している。
「いた!」
この頃の蔵光は魔力による生体感知はまだ苦手ではあったが、数㎞先の生き物の動きは感知できていた。
森の入り口、つまり木々が繁っている部分が途切れている比較的開けた場所付近にやや大きめのヒヒが数匹確認できる。
蔵光らのいる場所から距離にして約2㎞といったところか?
確認できたヒヒは魔素を多少なりとも取り込んでいるのか、通常の個体(約60cm位)よりもはるかに大きく約2~3mはあろうかと思われる。
魔物化した獣は巨大化狂暴化とともに腕力や脚力、俊敏性なども飛躍的に向上する。
従って、攻撃力、防御力なども上昇するため、通常個体の動きなどは参考にならない。
そして、奴等のボスであるキングドリルに至ってはこのようなものではない、恐るべき力を持っていると考えられる。
そして、それは予測どおり、更に森の奥から巨大な個体の存在がおぼろげに感知される。
蔵光達は魔物化が進行しているヒヒに気づかれないように、ヒヒと自分達との間にある岩影に潜んだ。
彼らとの間の距離は約2㎞、今、隠れている大きな岩の他は、間を遮る遮蔽物はない。
気付かれれば多くの仲間を呼ばれ、それらの相手をすれば、キングドリルに辿り着くまでに無駄な体力を消費してしまう。
魔力もできるだけ温存したい。
なのでできるだけ無駄な戦いは避けたい。
「あやつらに仲間を呼ばれたら厄介ですな。」
誠三郎が蔵光に耳打ちした。
「うーん、この距離なら大丈夫かな。」
「はっ?」
誠三郎は蔵光の言葉の意味がよく理解出来ていなかった。
この距離では魔法の到達も難しいし、魔力温存を考えれば、ここは武器等による物理的な攻撃が最善な方法なのに…ただこの距離はあまりにも遠すぎる…
『何を言っているのだ、若は?』
と考えていた矢先のことであった。
一瞬にして蔵光の姿が誠三郎の前から消えた。
というか一陣の風が吹き抜けるかのごとく、蔵光は2㎞という距離を走るというか、ほぼ飛んでいるようなスピードでヒヒまでの距離を一瞬にして詰めた。
弾丸のような恐ろしい程のスピードである。
スキル『超剛力』による肉体の強化である、このスキルは単に筋力を強くするだけでなく、身体全ての能力を変化させ、異質の肉体にする。
さっきのものは、脚力の能力を上げるだけでなく、さらに空気抵抗を軽減するための体表皮硬化で全身を鋼鉄のように硬くする。
蔵光はヒヒに近づき様、手にした金属の棒で、魔物化ヒヒの頭部を打つ。
あまりの高速で反応すらできないほどであろう。
全部でヒヒは5匹、全てのヒヒが壁に勢いよく投げつけられたトマトのような状態に頭がグシャグシャに潰れている。
ちなみにこれら魔物化したヒヒは、普通に人間が剣などで切りつけても、魔素の影響で皮膚が硬化しているため刃が通らない。
またこのレベルのヒヒでも、力は人間の10倍以上ある。キングドリルならば100倍以上は下らないであろうと考えられる。
しかし、その強化されたヒヒの体を破壊するとは、さすがは免許皆伝と言いたいところだが、肝心の水魔神拳の魔法は使われていない。
しかし、誠三郎は楽しそうであった。
「さすがですな、若。それを楽々と扱えるとは。」
と言って誠三郎は蔵光の手にしている金属の棒をチラリと見た。
それはただの棒ではなかった。
如意金箍棒
それは、自由自在に長さ、太さ、重さ、を変えられる魔法金属の棒で、水無月家がジパングに渡った約2000年前、反則級の加護とともに水神様から頂いた、ありがたいギフトである。
重さは長さに比例するが、だいたい人の身長位で500~800kg(大体軽四よりはちょっと軽い)程度で最大100t。
元々は天界の宝物で、海の水の重さを測るための錘であったと言われている。
棒の両端に金色の装飾があるのが「金箍」といわれるたが部分で特殊な魔法が組み込まれている。
現在は水無月家の棒術専用の武具として、蔵光が使用している。
そんな普通でない超重量の金属の棒を事も無げに振り回すという、10歳児はまあ普通はいない。
自分も掛かっていって、コテンパンにされた。
そんな存在が活躍する姿を見ると、何やら誇らしげになり、知らぬ間に、顔がにやけているのだ。
蔵光は誠三郎の言葉に、
「じいちゃんと父さんは、棒術はあまり得意じゃなかったみたいだから、俺にくれたんだと思う。」
と言ってニヤリと笑った。
誠三郎は、
『得意じゃないというか、重すぎだからでしょ』
と突っ込みを入れたくなるレベルの重さである。
蔵光達は討伐したヒヒを横目に暗い森の中へと入っていった。
生体感知で森の奥を探ったところ、200匹以上の魔物化した獣がいることがわかった。
かなりの量の獣が魔物化していることから、『負の魔素』が大量に吹き出す場所が存在することが推測される。
今回は、蔵光の免許皆伝のための討伐であるため、多人数での討伐ではない。
蔵光と誠三郎の二人だけであった。
これは、祖父の水無月王鎧が水魔神拳免許皆伝のための最終試験として向かわせたからだ。
また今回、誠三郎は王鎧から、
『八鬼誠三郎は、キングドリルの面前までは従者として付き添うことはいいが、討伐に手出しは禁物。蔵光一人で討伐させること。』
との絶対命令が下っていた。
そういった情勢から誠三郎以外の従者や兵士の従軍は全くない状態であった。
今回の目的は『キングドリル討伐、魔素封じ込め、地脈正常化』の三点のため、誠三郎の手伝えることは手下のヒヒを倒すことぐらいであったが、2km先にいる敵を弾丸のような速さで先に倒されたら彼の出る幕は全くない。
なので誠三郎は、
『若一人で十分だな。』
と思っていたが、さすがに木々が繁っている森の中で200匹からの魔物を倒すには無理があるというか、少し難しい条件があった。
というのは、魔物の討伐に関して、
『魔物化していないヒヒの討伐は厳禁、その他の生態系を乱す行為は厳に慎むこと。』
との王鎧殿からの指示があったからだ。
というのも、ヒヒは元々、この森にす住む普通の獣であり、魔物のように森の生態系や人間の生活を乱す存在ではないため、むやみに殺傷していては、森の生態系を崩してしまうことになり、ヒヒに限らず蔵光の魔法でこの森一帯を潰してしまえば確かにキングドリル以下の魔物は討伐されるが、他の生き物や植物なども全滅してしまって、結局『森が死ぬ』という事となり、このような討伐を続けていては、ジパングはそこに住む住人にとって、『死の大陸』となってしまい、住むことができなくなってしまうからだった。
従って、魔物化したヒヒは一匹ずつ、倒していかなければならず、そのためには、しっかりと個体を魔物化しているかどうか確認して駆除する必要があるのだ。
なので蔵光だけでなく、誠三郎も森の中で、自分を襲ってくる魔物化した個体を中心に討伐をしていくこととなった。
そういう状況なので、魔物化しているのとそうでない、いわゆる討伐対象でない、少しだけ魔素に当てられただけの微妙な個体もあって、そのような状況の中で、蔵光は魔物化しているヒヒが自分を襲ってくる速度に合わせて討伐しなければならず、蔵光にはスローモーションで向かってくる敵を倒すような奇妙な感覚の中で森を進んでいかなければならなかった。
「セイさん、これって結構面倒くさいんですけど。」
さすがの蔵光も他の生き物を気にしながら魔物を討伐、移動を繰り返さなければならないこの試練の厳しさに気づき始めたようであった。
「王鎧殿もなかなかやりますな。」
と誠三郎がボソリと独り言をつぶやいたが、蔵光がそれに反応する。
「セイさん何か言った?」
「いえ…」
誠三郎はちょっと寒気がした。
『いくら声に出したからといえ、小声で言った独り言だぞ!?それを10m以上離れたところで、しかも魔物を倒しながら聞こえるって、どんだけ地獄耳なんだ?』
蔵光の身体能力は聴力も凄かった。
こうして森のなかを進む彼らの後にはおびただしい数の魔物化したヒヒや猛獣の死骸が山のように残されていた。
「あっ、ここから魔素が漏れてる。」
蔵光がそういって大きな岩の裂け目を指差した。
そこは森の入り口からおおよそ10kmくらい中に入った場所で、そこは森の木々もほとんど生えておらず、大体200m四方に開けた場所となっていた。
そこの真ん中くらいに高さが約20mはあろうかと思われる巨大な岩があり、その中腹部に約4~5m四方の裂け目が出来ていた。
そして、その中から、陽炎のようにゆらめく、『負の魔素』と呼ばれるドス黒い蒸気のようなものが溢れだしていた。
「あれが負の魔素」
誠三郎はこの時、負の魔素というものを初めて見た。
見るからに胸焼けがしてきそうな嫌な空気が漂っている。
蔵光はこれら『負の魔素』の封じ込めを水魔神拳の修行の中で教え込まれていたので、特に驚く様子もなく、淡々と作業をするかのように、水魔神拳の一部を見せた。
「水化月!」
蔵光が片手を前に出して叫ぶと、蔵光の出した手の前に、長さが約5mくらいの三日月型の薄い水の膜が現れた。
そして、それは魔素が溢れている巨大な岩とは別の、その隣にあった岩の方へ猛スピードで飛んでいき、その岩をまるで豆腐を包丁で切るかのように、簡単に切り裂き、いくつかのブロック状の岩を作っていた。
そして更に、
「水球!」
蔵光がそう言うと、今度は、大きな球形の水の塊が、それらブロックが地面に落ちる前に、それぞれを包み込み、空中で静止させた。
次に、
「水恵・膜!」
蔵光がそう叫ぶと、今度は魔素が溢れ出る岩の吹き出し口に水の薄い膜が張られた。
そして、その上から先程の水球で包まれていたブロックがオートメーション化した工場の機械のように順序良く、次々と積み重なり裂け目の間を隙間なく塞いでいった。
そして、裂け目が全て塞ぎ終わる頃、最後には塞がれた岩のブロックの表面に封印の結界魔法をかけた。
「とりあえず、これでここの魔素の封じ込めと地脈の正常化はできたよ。」
と蔵光が何事もなかったかのように言った。
「え?地脈の正常化もですか?」
誠三郎は驚いて聞き返す。
「うん、地脈が乱れると地層がずれたりして、亀裂が入り、そこから負の魔素が溢れるようになるんだ。だから魔素の流出を膜で塞ぎ、地脈のズレを岩のブロックで補修して、元の正常な地脈に戻したんだ。」
「はーなるほど、魔素の封じ込めと地脈の正常化は一対のものだったのですか。」
「そういうこと。それで最後はそれを誰かに壊されないように…」
「結界魔法で封印したと…」
「正解!ちなみにこの結界魔法は、術者が亡くなっても500年以上は消えない。」
「ほぉ、そんなにですか?」
と誠三郎は蔵光の魔法の技術に感心した。
普通、魔法使いといえば一つの呪文をある程度時間をかけて詠唱して行使するのが一般的である。
高位の魔法使いでも複数の魔法を行使する者は非常に少ないと言われているのにも関わらず、蔵光は、切断、空中捕獲、漏洩停止、封印といった4種類の魔法をほぼ同時にしかも一瞬で展開し行使していたからだ。
『さすがは水魔神拳の免許皆伝者』
と誠三郎、今度は、聞かれないように口には出さなかった。
はー、投稿前の文章チェック面倒くさいんですけど
ゼ「面倒くさいんか?」
え?あ、うん
ゼ「おもろーっ」
全っ然、おもろないわ!