第32話 表の肩書き
ヘルメスらが初めて蔵光の力の一端を見てしまいました。
もう、後には引けません。
第32話 ~表の肩書き~
『龍を狩る一族』は水無月家の裏の肩書きである。
それぞれの国において発生した厄災は本来、自分達の国で対応するのが当たり前である。
だが、それが出来ない場合がある。
ドラゴンの襲来や魔物の大群が溢れ街を襲う『魔海嘯』等、人間の手では手に負えない事案がそれにあたる。
そういった時に、水無月家が立ち上がる。
それぞれの国からジパング王国へ極秘裏に要請が入る。
表に出ないのには理由がある。
国情などが絡み合っているためだ。
本来、水無月家がドラゴンを狩ることに対し対価を要求することはない。
というのも、ドラゴンを狩るのは彼らの宿命であり、そのために与えられた力なのだ。
ただ、各国から要請がある場合、国は自分達の体面を保つため、それに見合う対価を、お礼として渡す。
それが国家を揺るがす事案となれば相当な額になる。
ただ、国にも色々あり、貧しい国には、そのようなお礼を支払う力がない場合がある。
その時はお礼を拒否することもある。
それを利用する悪い奴がいる。
ある独裁者が国を支配し、重い税や悪政等で国民に貧しい生活を強いている国などから依頼があったとしよう、その場合において、水無月家に魔物などを討伐させた後、そのような国は大体といっていいほどお礼をしない。
そんな場合でも、水無月家は当然、お礼の要求はしないが、その国には、その後、何故か不思議とその独裁者は死亡し、人望厚き、良い人物が国を治めるようになるという。
このような事案となれば水無月家が裏で絡んでいるのは自明之理である。
蔵光の父、航夜が他国から依頼を受けて、色々な仕事を片付けていたことは、前述(過去編1~水無月家の資格者~参照)のとおりであるが、これはその国と航夜との裏の世界、地下世界での取引であるため公には知られていない。
知っているのは依頼をした国の中心となる人物、王や王族、またその側近、国の警備隊長など、上層部のみで、貴族であっても一部の者しか知り得ない。
あと、ギルドの支部長クラス(ギルドマスターとか)は事案によれば、魔物の討伐に関わるため事情を知ることは多々ある。
これらの情報を知られると国家間の均衡が乱れ戦争に発展する場合もあるため、極秘事項となるのだ。
例えば国の滅亡を左右する事案が発生したとしよう。
その国の力ではどうすることも出来ないことであったとしても、ドラゴンの類いの関係であれば、余程の場合を除き、水無月家の力、水魔神拳の伝承者の力があればその問題は解決、若しくは回避することは可能である。
では、その件で、某国が疲弊し、国力が低下していたとして、それらの情報が各国に公となり、その情報を頼りに他国がこれ幸いとばかりにその国に攻め入ればどうなるであろうか?
水無月家は戦争には関与しない。
例え、自分達が先程、魔物から救った国であったとしても戦争から、その国を救うことはない。
そういった事が起きないために極秘事項とされるのだ。
従って、情報を漏らした国には未来はない。
そういったようなことで、水無月家は裏の肩書きでの仕事は隠密裏で動くことが多く、逆に表立った事は出来ないのである。
では、表向きの肩書きとかはどうすればいいのかという話なのである。
水無月家には表向きの肩書きとしては、ジパング王国での肩書きとなり、王鎧などは『老中』、航夜であれば『武術指南役』といった肩書きがある。
表には表向きの、裏には裏側の仕事がある。
彼らは表向きの仕事があるため、裏の仕事は中々出来ない。
蔵光の表の肩書きは『水無月家の坊っちゃん』という肩書きがあるが、これでは依頼がこない。
世界には、水無月家の力を欲している国もある。
だが、国務で忙しい王鎧や航夜に裏の仕事は頼みにくい、そのために、蔵光が国外に出た。
歴代の伝承者もそうしていた。
というか、裏の肩書きだけでの仕事では誰も内容が分からず、不透明なため、評価出来ず、表だろうが、裏だろうが仕事が頼みにくい。
また、旅をするだけでは実績も明らかにならないし、依頼者も依頼に躊躇するだろう。
だが、冒険者となり、クエストをこなせば、その実績とともに実力も示され、評価される。
そうなれば、他の国も裏の仕事が依頼しやすいという訳である。
まあ、これまでの蔵光には、表の世界での肩書きが「坊っちゃん」以外に全く無いため、実際、裏の仕事も全くなかった。
名を売るために『冒険者』となったのだ。
そのための肩書きという訳である。
だから、ヘルメスがそんな事情が蔵光にあるとは知るはずもなく、もし、知っていたとしても他の者に口外はできない。
国家警備隊タスパ支部支部長ハスパラ・トーマにもその話が来ていたのはそのためだ。(~タスパの街の警備隊~参照)
もし、うかつにしゃべれば命はないからだ……(多分だけど…)
ゴブリンの片付けが終了した。
ゴブリンの死骸や、その痕跡となる血や肉片に至るまで、全てゼリーが処理した。
「主ぃ~ゴブリン掃除終わったで~。」
ゼリーが村長宅に戻っている蔵光に終了報告をした。
既にその姿は元の2頭身のネコ型に戻っている。
「ああ、ありがとうゼリー、お疲れ様。」
そう言って蔵光はゼリーに自分が作った特製魔素水をコップに入れて手渡した。
ゼリーはそれを受け取り、一気に飲み干すと、一言、
「プハー、やっぱり主の魔素水は最高やわ。生き返るでぇ~!」
何か、居酒屋で生中を飲む、会社帰りのおっさんみたいだ。
傍にいるカキノタ村の村長モルドも、蔵光らの力を目の当たりにし、驚嘆していた一人であり、水無月一族の起こす奇跡に感動していた。
「さっ…さすがは水無月様、話には伝え聞いてはおりましたが、これほどとは、全く想像だにしませんでした。村を救って頂き、本当にありがとうございました。」
と感謝の言葉を述べた。
「若、恐らくこれは魔族の仕業、くれぐれもお気をつけなさいますように。」
こっそりと耳打ちする誠三郎も蔵光と同じ答えに至っている様子であった。
「わかっている。ありがとう。」
蔵光は誠三郎の忠告を受け取る。
ヘルメスとヴィスコも一応、冒険者ギルドの冒険者であり、ゴブリンを相手にしたことはあったが、このような一万匹を越える大量のゴブリンに出くわしたことなどはない。
そして、それらを討伐していく蔵光の恐るべき魔法、水魔神拳を見たのもこれが初めてであった。
最凶最悪のエンペラースライムを従魔にし、底の見えない実力を持つ侍を従者に従える。
何もかもが、自分達の常識を根底から覆すような感覚を覚える。
それとともに、踏み入ってはいけない領域、知ってはいけない何か地雷源に踏み込んだような気持ちになった。
恐ろしい何かに関わってしまったのではないかという後悔の念が頭をもたげる。
ヘルメスは、
『何でこんな人達を誘ったんだろう?』
とクエストを受ける時の記憶を遡ったが、今は気持ちが落ち着かず、それどころではなかった。
また、ヴィスコも、
『蔵光さんて、一体何者?人間?ゼリーちゃんもエンペラースライムって意味わかんない。ヘルメスも一体この訳のわからない人達を何で誘ったんだろう?』
と二人とも最初の興奮状態から、ややおさまって、放心状態へ変化した。
「では、皆さん、朝食にしましょう。」
村長婦人のラズベリから声をかけられ、正気に戻る。
村長宅の一階にある広間で食事をとる。
村のパン職人が作った焼きたてのパンに、村の猟師が捕った鹿の燻製肉のシチューと村の畑で採れた野菜のサラダ、メトナ牛の牛乳とチーズ。
用意された食事は質素ではあるが栄養面ではしっかりとしたものであった。
食事を始めて落ち着いてきたのだろう、村長ら皆にも笑顔が戻って来た。
ヘルメスもだいぶ緊張がほぐれてきたみたいであり、蔵光達に聞きたいことが色々とできたようであるが、ヤバそうな質問は避けて、なるべく当たり障りのない質問を考えた。
「こんなことって度々あることなんでしょうか?」
ヘルメスが誠三郎に聞く、最初にしては、なかなかいい質問だ。
確かに、こんなことが頻繁に起こるというのはおかしい。
蔵光が引き寄せているのではないかと思われるくらいだ。
誠三郎も流石に魔族の仕業ではとは言えないので、
「いやぁ、我々も冒険者に成り立ての身、これが普通なのか異常なのかと言われても、比較することすらできんのだよ。」
と答えた。
「あ、そ、そうですよね。でも、私達が今まで扱ったゴブリンといえば、普通のゴブリンで、今回現れたゴブリンの種類は全部初めて見ました。」
とヘルメスが言うと、今度はヴィスコが、
「多分だけどあれは上位のゴブリンで、以前、首都ヨーグの魔法学校の図書館で見たことがあります。確か、剣を持った個体がハイゴブリン、体格の大きなゴブリンはホブゴブリン、大きな魔法を使っていたのがゴブリンウィザード、あと、大きな剣を持ち、魔法も使っていたのがゴブリンロードといわれていたと思います。」
と説明した。
「だとすると、私達が今まで見てきていたゴブリンは下位のゴブリンということかしら?」
ヘルメスがヴィスコに確認した。
「恐らくそういうことね、だとしても私達が今までに討伐したゴブリンは、多くても集落を作っていた30体から50体くらいの数が相場で、これほどの数の上位種が集まるとは過去の記録でもなかったと思います。」
とさすがの知識人ヴィスコも知らない様子であった。
「一万匹を越えることは無いと…」
「はい…今までにそのような事例はないと…。」
「ふーん、若、やっぱり、これは異常ですな。」
「そうだね、あれだけの数を一瞬で出現させるなんて、魔族かなやっぱり…」
誠三郎が遠慮して言わなかった魔族のことをあっさりと話す。
「えっ、?魔族って…昨日の?」
ヘルメスらが固まる、昨日の目撃だけでも、かなりトラウマになっているみたいである。
「うーん、それはどうかわからないけど確率は高いかな?」
蔵光はそう言っていたが、十中八九間違いないと思っていた。
「まあ、何にしても、主とワイが全部片付けたんやから、もう大丈夫や。ワイは掃除だけやけどな!」
とゼリーがドヤる。
蔵光のことが誇らしいのかどうかはわからないが…自分の掃除は自慢したいみたいだった。
ヴィスコちゃん、驚いてたね。
ゼ「あんなことで、驚いてたらこの後、大変やで!」
そうなん?
ゼ「そらそうや、なんせ次は魔ぞ……」
どうした?
ゼ「いや、極秘事項や。」
またですか?
ゼ「そうや、まあ見たらわかる。」
ということで、また見てくださいね。




