第30話 伝説の龍
魔族の計画と古龍がどう繋がっているのか?
とりあえずスタートです。
第30話 ~伝説の龍~
蔵光とゼリーが、ヘルメス達が張っているテントまで帰ってきた。
既に日は暮れて、空には月と星が輝いている。
周囲は静寂に包まれていて、時々、虫の鳴き声が聞こえる程度である。
ヘルメス達はまだ、起きていた、というかまだ寝るには早い時間だった。
テントは街道から少し中へ入った場所に張られていた。
さすがノースヨーグの森の一部というか、生い茂る木々は砦の南側には及ばないが、それでも結構な巨木であり、馬車を隠すには都合がいい、またテントを張っている場所の周辺には腰辺りまで延びている低木が群生していて、姿を隠せる程度には葉が繁っている。
要は街道からは一見しても見えない場所で、安全を確保出来る場所であるということである。
盗賊避けの基本だ。
「お帰りなさい、大丈夫でしたか?」
と ヘルメスが尋ねた。
「ああ、奴等はノースヨーグ砦の中に入っていた。」
「何ですと!?」
蔵光が見てきた状況を説明すると誠三郎が驚いた。
「うーむ、結界の破壊ですか…奴等は結界を破壊して一体何をしようとしているんでしょうか?」
誠三郎も魔族の行動には少し疑問点があるようだ。
「ところでセイさん、ギルガンダって名前に何か聞き覚えはないかな?」
「ギルガンダですか?はて、私は聞いたことはありませんが、それが何か?」
「いや、わからない、奴等が言っていたんだけど、あと『ノウムリュウ』とかも言ってたかな?」
「ノウムリュウですか?」
「うん。」
蔵光と誠三郎の会話を聞いていたヴィスコが呟く。
「濃霧龍ギルガンダ…」
「え?な、のうむりゅ……ぎるがんだ?」
蔵光がヴィスコの言葉を聞き直す。
「濃霧龍ギルガンダ…濃い霧を発生させるという伝説の古龍です。」
「それって…?」
蔵光は初めて耳にするドラゴンの名前にちょっと興奮する。
「昔からこのメトナプトラ地方に伝説として語り継がれている龍の一体で、その存在については伝説のみで謎に包まれています。目撃例も無く、誰も見たことがないと言われる幻の龍なのです。」
「幻の龍…」
小さなテント内に4人と1匹が入るとかなり狭く、暑苦しい。
「伝説では自分が作る濃い霧の中にいつも潜んでいて、ほとんど姿を見せず、その姿を見たが最後、その龍の前では誰も生き残れないといわれています。」
「ふーん、濃霧龍ギルガンダねぇ…」
蔵光がそれを聞いて何か考え込むように横になる。
「しかし、蔵光さんの話では魔族がギルガンダを見つけて利用しようと考えているみたいですが、元々、龍と魔族は相容れない存在ですし、そもそも、伝説の龍を自分達の手駒にできるとでも思っているのでしょうか?」
ヴィスコは魔族を間近に見たことで危機感を募らせている。
だが、確かにヴィスコの言うことにも一理ある。
下位魔族の魔力値平均が3万Mで、上位魔族は12万M~50万Mくらい、魔王でも、150万Mである。
対してドラゴンは、通常種で200万M~1000万M、古龍クラスとなると1億M以上にもなるとも言われている。
つまり、魔力値の桁が違うのだ。
到底、魔族程度がどうこう出来る相手ではない。
『負の魔素、実験、伝説の龍』
蔵光は魔族が言っていた言葉を頼りに色々と推理した。
『伝説の龍で実験?それは現実的ではない、実際、実験する前に捕まえられるのか?負の魔素での実験が進んでるとか?何のだ?凶暴化か?ギルガンダを凶暴化させるのか?その前に魔素をどうやってギルガンダの体内に吸収させるんだ?結局それで何をするつもりなんだ?』
蔵光は色々と考えてみたが明確な答えは出なかった。
「うーんわからない!」
蔵光が頭を抱えて叫ぶ。
「ただ、奴等が何かを企んでいるのは確かだ。だが、今の俺達では判断できないし、未だに実行されていない行為に裁定は出来ないし…うーん。」
「まあ、若、まだ焦らずとも、もしまた、彼らに会うことがあれば何か分かりますでしょう。」
考え込んでいる蔵光に誠三郎がこれ以上考えすぎないように促す。
「そうですよ蔵光さん、これ以上魔族に関わったら絶対いいことありませんよ!」
とヴィスコもさらに後押しをする。
少し間が空いて、頭を切り替えた蔵光が口を開く。
「うん、そうだね、俺達にはまだクリアしていないクエストがあるし、とりあえずはそれを何とかしないと。もし、ギルガンダが奴等の手に落ちて、我々の脅威になったり、危害を加えることになれば、その時は俺が何とかすることにしよう。」
と蔵光が言ったが、この時、ヘルメスとヴィスコは蔵光が言葉の最後に言った、
『俺が何とかする』
という部分については、ちょっと意味がわからなかったというか、二人とも心の中で、
『いやいや、それは何とかできないでしょ!』
と突っ込みを入れていた。
ヘルメスがここまでの重い話題を変えるため、口を開いた。
「でも、ここまで来て、魔族に遭遇したのには凄く驚いたけど、今のところ道中特に何も無くて良かったですね。」
とヘルメスが言うと、それを聞いた、ゼリーと誠三郎が反応した。
「あ~あ、ヘルメスがフラグ立てよったで。」
「仕方ありませんな。本当に知らぬが仏ですかな。」
「え?え?フラグ?仏?」
ヘルメスは自分の言葉に対するみんなの反応がおかしいため、オロオロしている。
ここまでの道中、何もなかった訳ではない。
夜間など、蔵光達は、テントや馬車に近付いてきていた魔物や盗賊を全て片っ端から討伐していた。
ただ、生体感知の範囲がかなり広いのと感知してからの対応が余りにも早すぎて、ヘルメスらが気付くまでに全て終わっていたのだった。
次の日の朝、馬車はピータバの村を目指して再び出発した。
明日の夕方くらいにはピータバへ到着したいところだが、ここまで来ると、さすがに人の往き来が少ないのか、街道の荒れが酷く、馬車を進めることがかなり困難になっていた。
だが、夕刻くらいに街道沿いにあるカキノタという小さな村に着いた。
村は、魔の大森林地帯から近くにあるにも関わらず、非常に平和な村であった。
というのも、この村には広範囲に渡り、巨大な結界魔法が施されていて、そのお陰もあり、村では魔物や盗賊に襲われる事もなく、また、広い土地で農作物を作り、家畜を育てるなどして、ほぼ自給自足の生活を可能にしていた。
この村の結界のことなど、村の事情を聞いてみたが村の者はあまり詳しくは知らなかったが、その日、泊めてもらうことになったこ村長の家で話を聞いたところ、その村長がかなり事情を知っていることが判明した。
「おお、なんと、水無月家の方でございましたか。」
村長名前はモルド、年齢は65歳、髪は白髪で、口髭も白い。
体つきは痩せ型で、服は麻で作った簡素な服を着ていた。
最初は、警戒している様子で中々話をしてもらえなかったが、蔵光が、水無月家の者と分かると話を始めだした。
実は、この村に施された結界は水無月家の先祖が施したものであった。
この村は、その昔、この地を治める領主が、ノースヨーグ砦の建設計画を立てたとき、建設の拠点として作られた村で、その時に魔物避けとしてかけられた結界であるとのことであった。
「この砦の建設には、水無月家の第56代の水魔神拳伝承者、水無月水覇様と魔法使いチョッコ・クリム様のお二人が中心となって、携わられました。」
「え?チョッコ・クリム様が?」
ヴィスコが急に話に食い付く。
「ええ、約300年程前に建設が始まりましたが、砦がほぼ完成しかけた時、それは起こりました。元々、この砦は砦としてではなく、魔物や盗賊、魔族の脅威に怯えること無く、この周囲の人間が無事に安心して暮らせるようにするための建物として防御魔法を施して建設されたものでした。」
「ということは、この砦は本来は街として使用される予定だったと…」
「はい、その通りです。街には住民が住み始め、順調に街化は進んでいました。ですが、そこへ魔族の侵攻が始まったのです。」
「なんでや?」
ゼリーが尋ねるとモルドが答えた。
「元々、この地は負の魔素が大量に噴出していた場所で、人間にとっては大変危険な場所でした。それを砦の建設に平行して、全て水覇様が封印していた訳なのですが、負の魔素を好む魔族は、この地に噴出する負の魔素を手に入れるために多くの魔族が魔物を従えて、ノースヨーグの砦を襲いました。それに対して水覇様とチョッコ・クリム様は先陣を切って戦われました。結果は水覇様達の圧勝でしたが、多くの犠牲者が出ました。この時の被害は街の住民だけではなく、この地に移り住もうとした人々にも及びました。確かに水覇様は凄まじい力を見せましたが、ノースヨーグのように広範囲に渡って攻撃してくる全ての魔物、全ての魔族を相手にするには一人二人では到底時間がかかり過ぎ、全ての人を救うことは出来ませんでした。」
「それでどうなったんですか?」
今度はヘルメスがモルドに続きを尋ねる。
「はい、その後砦は段々と住民が減り、人は全て街からいなくなりました。そのため、ここに駐留していた兵士も撤収となりました。」
「かーなんちゅうこっちゃ!救えん話やのぉー。」
ゼリーが苦い顔をする。
「ですが、結局この村に残っていた住民は水覇様の結界のお陰で助かったため、その後も、再び砦に住民が戻る日のため、何代にも渡り、ここへ止まっているという訳なのです。でも、もう誰もそんな昔の事情なんて知らないんですがね。」
とモルドは寂しく笑った。
「そうだったんですか。」
蔵光もこのご先祖様の辛い話にはちょっと悔しい気持ちがした。
しかし、モルドがこの後にすごい話をしてくれた。
「まあ、これは余談というか、話に続きがありまして…」
「続き?」
「はい、実は、魔族の侵攻の後は魔族がこの地に現れることは全くなかったのですが、砦の住民が全員いなくなった日、水覇様はお一人で魔族の住む魔の大森林地帯へ行かれ、そしてそこで水覇様は侵攻に関わった魔族の全てを皆殺しにされました。」
「えー!」
これにはみんな驚いた。
「全てって?」
「全てです。侵攻に関わる魔王の配下となる全てを絶滅に追い込みました。」
「そ。そんな、裁定者のスキルとか、関係なしで?」
「ええ、侵攻に対する撃退だけでは水覇様の怒りと悲しみは収まってはいなかったようです。」
蔵光は水覇の怒りと悲しみの深さを感じるとともに、魔族を絶滅させる程の水無月一族の力の凄さを再認識した。
「その後、魔の大森林地帯からの魔族の侵攻は完全に無くなったと聞いております。」
「まあ、確かにそれだけやられたら、恐ろしくて誰も近づきたがらんわな。」
ゼリー自身が水無月家の恐ろしさを身をもって体験しているだけに実感がこもる。
「ですが、最近、付近で魔族の姿を見たという者が何人か出てきたのです。地脈も荒れてきたみたいで、ノースヨーグの森で負の魔素が出ている場所が出てきているとも聞いています。それと何か関係があるのでしょうか?」
とモルドが身を竦ませた。
村長の話も終わり、蔵光は少し家の外へ出て、外の空気を吸った。
『やはりこの村も魔族の姿が確認されているのか。』
蔵光はちらつく魔族の影に、自分と水覇とを重ね合わせ、
「俺に皆殺しはできないでしょ。」
と呟いた。
この日、見上げたカキノタの空も星空が綺麗であった。
魔族ヤバイよね。
ゼ「ヤバいな」
蔵光より、ヤバい?
ゼ「そんなん主のほうがもっとヤバいに決まってるやん。」
確かに…




