第111話 新たな道 大魔法使いとして
チョッコ・クリムの話です。
第111話 ~新たな道 大魔法使いとして~
深い森の中に建っていた一件の家。
家というよりも小屋に近かった。
木造のログハウスに近い構造のその家は、その周囲を蔦が巻き付きパッと見たときはそこに家があるとはわからないくらいだった。
建物の中に飛び込んだチョッコは力が抜けたように、その場で座り込んでいた。
建物の中は薄暗く、しばらくするの目が慣れてくる。
その時、
「誰だね?」
皺枯れたような女の声だった。
「あ、あの、」
チョッコは、人の家に勝手に入ってしまっていたのだ。
このまま警備隊に連絡されても何も言えない。
また、あの恐ろしい日々が自分に戻ってくるのではないかと、ビクビクしていた。
「なんだ、子供かい?それも、こんなに小さいのに…一人でこの森を抜けてきたってのかい?」
蝋燭の明かりで照らされたのは、老女だった。
かなりの高齢のようで、顔は声と同じく皺枯れていた。
こんな恐ろしい森で一人で暮らしているのだろうか?
「お前さん、名前は?」
その老女に尋ねられた。
チョッコは、マーリックで名付けられた名前があったが、それを名乗る気はなかった。
「………チョッコ……チョッコ・クリム」
前世の名前をもじって付けた名前を名乗る。
チョッコは生前の自分が呼ばれていたあだ名だった。
「そうかい、チョッコと言うのかい、あたしゃ、マグローシャという婆さんだよ。他の者からは、『森の美魔女』と呼ばれているよ。」
「何でやねん!」
「えっ?!」
「はっ!しまった。」
チョッコは
つい、ツッコミを入れていた。
「おやおや、あたしのジョークにツッコミを入れてくるとは、チョッコは中々見込みがあるね。」
「何の見込みや!……はっ!」
再びツッコミを入れてしまう。
「あっはっはっはっ!面白い子だね。まあ、冗談はさておき、お前さんみたいな小さな子供がここまでやって来るとは、どう言った訳なんだい?親にでも捨てられたのかい?」
「………」
初めて会った人に、ペラペラと身の上をしゃべるほどチョッコは頭は悪くはない。
「ああ、そうかい、それは喋れないんだね。まあ、それは仕方がないことだよね。ただ、理由もわからないまま、お前さんみたいな小さな子供を預かっていることが分かれば、あたしが警備隊に捕まっちまうからねぇ、通報しないとダメかねぇ…」
と意地悪そうにマグローシャはチョッコを見る。
「そ、それは…や、やめて下さい。」
「ふーん、ダメかね?じゃあ訳を言ってみな、場合によっちゃ、お前さんを助けてやらないこともないからねぇ。」
とマグローシャが言うと、チョッコはこれまでの経緯を話し出した。
魔法が使えること、そのために両親からは見世物にされ、虐待を続けられていたこと、最後に両親を魔法で仕返しをして、ここまで逃げてきたこと…そして魔物に囲まれながらも、何とか魔法を使って逃げたが、魔力が尽きてしまい、もう、終わりだと思ったときにこの家を見つけて逃げ込んだことを話した。
「おやおや、それは大変だったねぇ、それにしても酷い親がいたもんだ、それは逃げたくもなるわさ、まあ、お前さんが名乗った名前も本当は違うんだろ?」
とマグローシャは確認する。
チョッコは黙って頭を縦に振る。
「まあ、チョッコ、お前さんの親は恐らくもう、お前さんを探そうとはしないよ。何故なら、お前さんが、出ていく前に魔法でこっ酷くやられているからね、だから、今度お前さんを連れ戻したりして、暴力を振るおうとでもしたら、魔法で殺されるかも知れないと思っているはずだよ。」
とマグローシャは話した。
実際、チョッコの両親は警備隊にチョッコの事を通報していなかった。
マグローシャの言う通り、チョッコの事を恐れ、届け出なかったようであった。
この日から、チョッコはこのマグローシャの元で暮らすことになった。
マグローシャは確かに美魔女ではなかったが、有名な魔法使いとして、この森に住んでいた。
そのため、かなり魔法に関しても精通していて、全属性の魔法に関しては全てを行使できていた。
また、伝説の古代魔法や、今まで仮説でしかなかった空間魔法についても研究をしていた。
ここへは時々、ここへやって来る冒険者ギルドの冒険者がパーティーを組んで、生活必需品を持ってやって来ていた。
そして、マグローシャが作った薬品や、森の中で討伐した魔物の素材などと交換して生計を立てていた。
冒険者達も、この森の中までやって来れるのだから相当な実力を持っていたと思われた。
チョッコはこのマグローシャの弟子として、修行をすることになったが、魔法の修行の他に、掃除や洗濯等、それまでマグローシャが一人でやってきていたことを代わりにすることになった。
料理はしたことがなかったので、マグローシャに教えてもらいながら作った。
マグローシャは見た目よりとても優しかった。
今までは、両親から怒鳴られて殴られる毎日であったが、マグローシャは違った。
魔法を失敗しても怒られないし、逆に、『失敗は成功の元だよ』と言って慰めてくれた。
だから、掃除や洗濯なども辛いとは思わなかった。
毎日が楽しかった。
チョッコが10歳になる頃には、マグローシャが教えてくれた、全ての魔法を習得していた。
チョッコはいわゆる天才という部類の人間だった。
全ての呪文など、そんなに直ぐには覚えられるものではない、普通なら数年かかって一つの呪文を覚えるといったペースなので、いかにチョッコが凄いかということが解るであろう。
それに、チョッコはマグローシャに秘密にしていた事がひとつだけあった。
それは、空間魔法のことであった。
この魔法は、チョッコが転生する際に神からギフトとしてもらった魔法であり、普通の人間は持ち得ない魔法であった。
空間魔法は、知られているだけでは、龍の体内にある『収納胃袋』とか『大容量の器官』と呼ばれる物でしか確認されていない。
研究はマグローシャだけでなく、世界中の魔法使いが研究の対象としていた。
ある日、チョッコは意を決して、この事をマグローシャに伝えた。
どんな結果になろうとも、チョッコはマグローシャを信じていた。
そして、その魔法を見たマグローシャは、
「そ、そんな、チョッコ、お前、こんな魔法が使えることを、今まで黙っていたのかい?」
「ごめんなさい、マグローシャさんが空間魔法を研究していることは知っていました。でも、私が、それをしゃべってしまったら、私の両親に魔法を見せた時と同じように、急に私に対する態度が変わってしまって酷い扱いをされてしまうんじゃないかと思ってしまって……」
と、涙を流して話す。
チョッコは、恐れていた。
マグローシャも、両親のようになるのではと…
だが、違った。
「はあ、そんなことを気にしていたのかい。バカだね、お前は。」
マグローシャはそう言うとチョッコの頭を優しく撫でる。
チョッコは思わずマグローシャに抱きつく。
薬品の臭いがちょっと臭かったが、何だか、不思議と落ち着いた。
だが、その直後、チョッコはマグローシャから信じられない言葉を聞く。
「チョッコや、私は考えたんだがね、お前の魔法の力は強い。それだけに、もっともっと伸びる可能性を秘めている。だからこそ、今、この森を出ていった方がいいと私は思うんだよ。」
「え?どういうこと?」
チョッコが信じられないというような表情になる。
どんな結果になろうとも、マグローシャを信じると思っていたが、流石に出ていったらいいと言われると全然違った。
「お前は優秀だ、だから、このままここにいては成長が止まってしまうだろう。魔法を極めるためにも、ここから出て都の魔法学校に通う方が良いと思うんだよ。だから…」
「私を捨てるの?」
チョッコの目から涙が溢れてくる。
「いや、そうじゃない…」
「嘘、自分が研究していた魔法を私が使えるから、私の魔法が気に入らないからなんでしょ?」
「そんなことはない!」
マグローシャも少し苛立ってきている。
「嘘だ!マグローシャさんは私を嫌いなんだ!私をここから追い出そうとしているんだ!」
チョッコは前世の記憶があるはずなのだが、思考が子供のようになっていた。
うまく、感情が制御出来ない。
マグローシャの気持ちがわかっているのに、嫌な言葉が口を突く。
「チョッコ…」
マグローシャも次の言葉が出てこない。
チョッコの為を思って言ったのだが、チョッコは両親に虐待され、逃げ出したことがトラウマになっていた。
唯一の安らぎの場所であったマグローシャに捨てられたら、行くところがない。
森から出ていけと言われたら、捨てられると思ってしまうのも無理はなかった。
「外の空気吸ってくる。」
チョッコは出ていった。
マグローシャはチョッコが以前から何かを隠していたことは薄々感じていた。
まさか、空間魔法だとは思わなかったが…
ただ、前からチョッコを魔法学校に入れさせようと考えていたのは事実だった。
チョッコの能力は、そのまま埋もれさせるには非常にもったいない事だと感じていたからだった。
なので、都の魔法学校には、数ヶ月前から手紙を出して、入学の手続きを進めていたのだった。
まあ、少しは抵抗はされるかと思っていたのだが、まさか、こんなに拒絶されるとは思っても見なかった。
「やれやれ、困ったもんじゃて…」
マグローシャは眉間のあたりを指先で揉む。
魔の森は、昼の強い日差しを受け止めていた。
ト「チョッコさん、幸せだったのに…」
マ「また、幸せから追い出されるんですか?」
ヴ「可哀想ですぅ」
まあ、今後の展開はどうなるのかわからないけど、まだ、もう少しチョッコ・クリム編は続きます。
では、次回もよろしく。ヾ(´▽`*)ゝ