竜の始まり
『ふぅ……落ち着いた』
あれから俺はあの場所から逃げ出したあと、とても大きな山の上に居座っていた。
白くて森林もなく、山なのか?と思えるような山だったが、俺としてはあの鉄の街よりははるかにマシだし、何より似たような山を知っているので驚くようなこともない。
『しかし、なんだったんだあそこは……いや、そもそも何処なんだここは』
先程は混乱してばかりでロクに考えることも出来なかったが……いや、本当に何処なんだここ。
それに───
『俺は、何処からあそこに出たんだ……?』
ここに来る前は、迷宮に潜ったわけでもなく未開の地に行ったわけでもない。ただ突然、空を飛んでいたらいつの間にかあそこにいたのだ。
『……空間転移か?』
まず考えたのはそれだった。が、すぐに除外した。
自慢ではないが、俺はそれなりにあの大陸を飛び回ってはいたのだ。そんな俺だから言うが、このような街は見たことも聞いたこともない。
空間転移というのは、転移させる距離によって魔力消費量が増減する魔法だ。大陸の端から端に転移するのにも、それこそ父並みの魔力が必要だ。
とてもではないが、何処にあるのかも分からないこの場所に転移させるのには、魔力が足りないだろう。勿論距離にもよるのだが……
『やはり現実的ではない』
という結論になる。それを考えれば……
『……まさかとは思うが……ここは異世界、か……?』
考えが飛躍し過ぎではあるが、俺はとある昔話を思い出していた。
確かそれは、かつては異種族同士が交流し全ての種が栄えていた時代の話で───その昔話に、異世界から来たという異邦者の話があったはずだ。
父も、叔父にその話を聞いたらしいので、信憑性は高い。
それを考えるなら……この状況も、不思議ではない。
では一体どうやって呼び出したのかという疑問が浮かぶが……
『流石にそこまでは考えられないな』
転移には膨大な魔力が必要だ。それも世界を渡るだから、使われる魔力は膨大では済まされないだろう。
なら考えるだけ意味はない。なにせ規模が違いすぎるのだから。当然、俺を呼び込んだやつの力も規格外のものだろう。
────しかし。
『なぜ俺なんだ?』
そう、そこだ。そこが気になる。
俺はいたって普通……ではないが、通常の竜よりも弱い存在だ。そんな俺を、ここに連れてきたのはどういう理由からなのか……
『……一度、戻ってみるか?』
俺が転移させられたのは、あの街の上空。なら、あの街に何かあるのかもしれない。
それに俺は、あそこに現れてから一度も攻撃されていない。
刺激しないようにするためなのか、もしくは武器を持っていないかのどちらかだろう。
つまりもう一度行っても、いきなり攻撃される可能性は低い。勿論、攻撃される可能性は少なからず存在するのだが。
『…やっぱりやめとこう』
なんかんや言って、臆病なのが俺なのだ。何か分かるかもしれない可能性よりも、攻撃される可能性の方が高い。
しばらくここにいたほうが良いだろう。あちらにとっても、俺にとっても。
【───】
『……?』
小さく、ほんの僅かに音が聞こえた。周りを見渡してみるが、誰かが近くにいる様子はない。
聞き間違いだろうか?それとも幻聴か?もしくは念話でもされたのか……?
最初はそう思ったが、すぐにそれは違うことがわかった。
【確認。システムへの適合により、パラメーターが付与されました】
【確認。世界への適合により、肉体が最適化されました】
【『先駆者』を達成しました。ギフト『取得権限:ジョブ』を獲得しました】
【『初めての異世界転移』を達成しました。アビリティ『対干渉』を獲得しました】
【『ファースト・モンスター』を達成しました。ギフト『取得権限:アビリティ』を獲得しました】
『ぐっ…!?』
突如聞こえた声と共に、俺は自分が作り替えられていく感覚が体全体を走った。
痛みはない。だが、何処か違和感のようなものが大きくなった。
この世界に来たときから、違和感を抱いていた。それは認識だとか、そういう類いのものではなく、もっと物理的な……つまりは肉体に感じる違和感だった。
だが、大きくなった違和感はすぐに消え去り、先程まで確かにあった違和感も、共に消え去った。
『なんだったんだ…?』
先程の声……あれは、知らない言語だったはずだ。だが、不思議と言葉を理解できた。知らない言葉であったので、その内容までは分からなかったが……肉体の最適化とやらが関係しているのか?
意味がわからないのは、システム、パラメーター、ギフト、アビリティ、ジョブ……この五つだ。
この言葉が、一体何を意味しているのか……それが分かればいいのだが───そう思った時だった。
【確認。該当するアビリティを検索……該当結果を表示します】
【該当結果:『叡智』『知識』】
【アビリティを選択してください】
『……随分、都合の良いな』
本当に、都合の良い場面で出てきた。正直、怪しいどころの話ではないし、出来れば選びたくもない。
……だが、このまま何も知らない状態でいる、というのも危険すぎる。多少の危険は、仕方ないものとしよう。
『……では『叡智』を』
俺は『叡智』を選択した。理由は、知識よりも叡智の方が得られる情報量が多そうだからだった。
……まぁ、どちらを選べばいいか分からないのだし、今回はこれでいいだろう。
さて、これが俺の欲しいものだといいのだが……
【『叡智』を獲得しました】
【『パラメーター表示』が『叡智』に統合されました】
【『取得権限:アビリティ』が消滅しました】
……少しの間待ってみたが、続きはなかった。あまりにもあっさりとしていて、何かあるのではないかと思ったのだが……どうやら検討違いだったらしい。
『……で、どうやって使うんだこれは』
俺がまず始めなくてはならないことは、この『叡智』の使い方のようであった。




