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5,少女の困惑その②


 このコンビニは2階部分が住居になっていて、道護はその2階で暮らしている。

 階段は外階段と店内のバックルームから直接登れる2箇所あり、外に出られない諷は初めて道護の居住スペースである2階へとやって来ていた。

 コンビニと同じだけの広さがある2階の内装は意外にもログハウスのように床も壁も木材だった。

 

 「わぁ…。」

 

 諷の第一声はそれだった。バックルームからの内階段を登り、扉を開ければ別の世界。そんな印象だ。

 広いリビングの端にキッチンカウンターがあり、その脇には外階段側の玄関がある。明かり取り用の窓が上の方に付いてる壁は一面に作り付けの棚があり、色々な物が詰め込まれ、テレビもその棚の中に収まっていた。諷が上がってきた内階段の扉がある並びはトイレとお風呂があった。リビングには扉が2つあり、その内の1つの扉を開けて道護が諷に言った。

 

 「こっちは客間で、今は使ってないから、ふうちゃんの部屋として、好きに使って。一応カギも付いてるし…まぁ、シェアハウスだと思って、気を楽にね。」

 

 「…分かった。…ありがとう、ミチくん。」

 

 諷は一先ず寝る場所は確保できると知って少し落ち着いた。道護とは施設で一緒に暮らしていたせいか同じ家に住む事には抵抗がない。

 

 「うん。困ったことがあったら何でも言ってね。」

 

 「………」

 

 言われて、はたと諷は思った。…重要な物がない。

 

 「どうしたの?」

 

 「…着替えがない。食と住が満たされても衣服がなきゃ、困る…。」

 

 諷が言うと、道護もやっと気付いたようだった。

 

 「…あー、そうだね…。うちの店、服は無いか…。…今日は僕の服を貸してあげるから、それ着て寝る?」

 

 「……それだけじゃ、足りないよ…。」

 

 諷は涙目になりながら道護を見れば、何を言おうとしているのか分かったのか、明らかに動揺していた。

 

 「…そ、そうだね…。………………ふうちゃんの家に取りに行ってこようか?」

 

 道護がものすごく悩んだ末の顔でそう言ってくるが、それはつまり、衣服…だけでなく下着類も見られるという事ではないだろうか…。

 

 「…それもちょっと困る…。」

 

 諷の顔は半泣きだ。

 

 「……そりゃそうだよね………。」

 

 2人の間にしばし沈黙が落ちる。どうするのが一番いい方法なのか思いつかない。

 そんな状態の2人の耳にきゅるるっと鳴き声が届く。諷が鳴き声の方を向くと、あの白いマリモのようなもふもふした何かが機嫌良さそうに浮いていた。

 

 「あ…。」

 

 諷がそう言うと、白マリモが嬉しそうに諷の周りを回る。諷が両手の平を広げてみると、白マリモは諷の手の中に収まってきた。見た目通り触り心地もふわふわでなんだか安心できる温もりを持っていた。

 

 「…かわいい…。」

 

 諷が呟くと道護が答えた。

 

 「シュシュって言う名前だよ。…そっか諷ちゃん見えるようになったんだね…。…良かったな、シュシュ。」

 

 道護がそう言うとシュシュは機嫌よく諷の手の平の中を一回りした。

 

 「シュシュ。」

 

 諷が呼べば今度はぽふぽふと諷の手の平の上で跳ねる。

 

 「一応、妖獣に分類されるんだけど、ずっと諷ちゃんに懐いてて、諷ちゃんに絡んでくるあっちの存在を追い払ったりもしてたんだよ。」

 

 「そうなんだ…。知らなかった。…ありがとう、シュシュ。」

 

 諷がそう言うと、シュシュは本当に嬉しそうにくるくるっと回りながら、なんだか少し大きくなってきた。

 諷がそれを不思議に思いながら見ていれば、くるくるっと回るのをやめたシュシュがぷぅーっと膨らんだかと思うと、道護に向かってその口から息と一緒に沢山の布のような何かを吐き出した。

 

 「うわっ?!」

 

 「えっ?!…ちょっ!…何で?!」

 

 諷はその布のような何かが自分の家のタンスにしまってある筈の自分の衣服類だと気が付いて驚いた声をあげる。

 諷の服を勢いよく当てられた道護はその中で尻餅をついていたが、道護の頭の上に下着が乗っている事に気付いた諷が悲鳴をあげた。

 

 「いやー!!ミチくん、目つぶってー!!」

 

 諷のあまりの剣幕に道護は素直に目を閉じていた。

 

 諷は部屋に散らばっていた衣類をあてがわれた部屋へしまいこんでから大きく息を吐き出した。

 

 「……ふうちゃん、そろそろ目を開けてもいい?」

 

 諷に叫ばれてそのまま素直に目を閉じていた道護が聞いてくる。

 

 「…うん、大丈夫。」

 

 部屋を見渡してから諷が答えると道護は目を開けた。

 

 「何事かと思ったよ。…でも、服の心配はしなくてもよくなったみたいだね。」

 

 道護がそう言ったのを聞いて、諷は少し怒ったように道護を睨む。

 

 「見たのっ?!」

 

 「えっ?!…服が飛び出て来たのは少しだけ見えたかな…。」

 

 怒ったように睨んでくる諷に道護は焦ったように答えた。実は白くて可愛らしい下着が一瞬見えました、とは言わない方がいいだろうと思う。諷はしばらくそんな道護を見てから納得してくれたのか、睨むのをやめた。

 

 「…なんでいきなり私の服が飛び出てきたんだろう…?」

 

 諷の周りをきゅるきゅる鳴きながら飛び回るシュシュを見ながら諷は疑問を口にした。

 

 「シュシュはふうちゃんの希望を叶えようと頑張ったんだよ。…まさかあんなにたくさんの服を一辺に移動させてくるとは思わなかったけどね。」

 

 道護があまり驚いていない様子に諷は疑問を覚えて尋ねていた。

 

 「…シュシュは魔法でも使えるの?」

 

 「あっちの世界はね、みんな何かしらの魔法が使えるんだよ。強い、弱いはあるし、全く役に立たない魔法から最強って言われてしまうもの、様々だけどね。大体が生まれた時に決まるんだ。シュシュができるのは物の移動。近くの物を遠くに遠くにある物を近くに、みたいにね。」

 

 「へぇ、すごいね。…あれ?でも、シュシュはあっちの存在なんだよね?私の服ってこっちので…。触る事も認識もできないんじゃ…。」

 

 「そうだね。シュシュはあっちの存在だから、ふうちゃんの服は認識できない。…でも、ふうちゃんは今、自分の服がここに欲しいって強くイメージしてたでしょ?」

 

 道護の問いかけに諷は頷く。住むところも食べるものにも困らないと分かっても、衣類がない、というのは物凄く不安だったのを思い出す。家にある服がこれほど恋しいと思えるものかというぐらい1つ1つを鮮明に思い出していた。

 

 「シュシュはふうちゃんのそのイメージにある物を移動させたんだよ。…今までも全く経験ない訳じゃないんじゃない?」

 

 「え?…まさか、忘れ物した時に入れた覚えもないのにカバンに入ってたりしたのって…。」

 

 「実はふうちゃんがちゃんと持って行ってたって事もあると思うけど、シュシュが移動させてた事も多かっただろうね。」

 

 「そうだったんだ…シュシュ、ありがとう。」

 

 きゅるんと鳴きながらシュシュが空中を一回りする。諷はそれを見て自分がすごく和んでるな、と思った。

 普通なら考えられないような事の連続なはずなのに、どこかで腑に落ちていた。あっさりとという訳ではないけれど、完全に受け入れている。それは、やはり子どもの頃から信頼してきた道護がいるから、なのだろうか…。

 

 「…さてと、ふうちゃん明日は休みだっけ?」

 

 「あ、うん。明日は登子さんだね。」

 

 「そっか。…明日からも色々と大変だと思うから、今日はもうゆっくり休んで。お風呂とか、ここにあるものは好きに使ってもらって構わないからね。」

 

 「…分かった。」

 

 何が大変なのか知りたい気もしたが、これ以上何かを言われても右から左に通り抜けてしまいそうだったから、その提案を受けることにした。

 

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