2-12.決着
長い間止まって書けなくなっていましたが、どういう形でもいいから完結させようと思いました。
ここからは早送り気味です。色々と飛ばして書いたので意味が分からなくなっているところもあるかもしれません。
『祈りの祠』までの行程は順調に進んだ。
その間には村や町に立ち寄ったりもした。
諷は初めは誰かにトトの時と同じようにすぐに何者なのかバレてしまうのではないかと心配していたが、魔力が外に出ないようにする術を輔から教わり、誰かに使者だと気付かれる事もなく、町人や村人達とそれなりの交流をすることもできた。
輔のぎこちなかった態度もどんどん柔らかくなり、時々は諷をからかったりもするようになっていた。
諷もすっかり輔といることに慣れて…というよりも輔を知っていくにつれて、諷の中に温かくてくすぐったい感情が生まれはじめていた。けれど、同時に輔に管理者の役割があることを思い出すと胸がぎゅっと押し潰されたような感覚にも陥ってしまうようになる。
ずっと側にいた道護に対してはそんな気持ちは生まれなかった。
いて当たり前、とまでは思っていなかった筈だけれど、道護は諷を決して見捨てる事はできないと気付いていたのかもしれない。…多分、今も彼等は諷を必死に探していると思う。なのに、彼等の所へ戻った方がいいとは思えなかった。
戻れば諷はまたとても大事にしてもらえると思う。何もしなくても何でも彼等は諷に与えようとしてくれるだろう。
…でも、そうじゃない。
諷がずっと抱えていたモヤモヤ。彼等を見ていると彼等の思った通りでいなきゃいけない、と感じてしまう目に見えない圧迫感。
常にそれらにさらされていた諷は今はあの頃よりも満たされている。
輔は諷を彼等のように甘やかしたりはしない。だからって冷たいわけじゃない。いつもそばで温かく見守られている。諷が興味を持った事に困った顔をせず、一緒に考えたり、やってみたり、ずっと寄り添ってくれていた。
それは諷にとって初めての感覚に近かった。
そして、守護者達が諷を甘やかしはするけれど、寄り添っていてはくれていなかった事に気付いてしまった。
諷は自分の手首と首に鎖のように深く食い込んでいる紋様に気付いていた。それが何であるかも同時に理解してしまっていたけれど、輔やシュシュには何も言わなかった。
輔とシュシュが、諷にこの鎖を消してほしいと思っていると感じ取れてはいたけれど、諷はそれも知らないフリを続けた。
*
*
予想通り彼等は『祈りの祠』の前で待っていた。
諷は静かに彼等…守護者達と対峙した。輔はそんな諷の隣で少し緊張した面持ちでいた。
「…ふうちゃん、随分探したよ。」
道護が穏やかに諷にそう話しかけてきた。
「勝手にいなくなって、ごめんね。」
「それは、いいんだ。ふうちゃん、帰ろう。」
諷はそれには首を横に振る。道護の後ろで黙っていたディーフェとオベールはそんな諷に動揺していたけれど、道護は動じない。
「…ふうちゃん、外は危険なんだ。あまり心配させないでほしいんだよ。…もっと安全になれば、俺達とならいくらでも、どこにでも連れていくから、だから、今は1度戻ろう。」
道護が諷へと手を差し出す。けれど、近付こうとはしない。否、近付けないのだと諷は思う。彼等は必要以上に諷に近付けないのだ。本来なら。守る為なら近付ける。けれど、諷がそれを望んでいない今は彼等は諷に近付けない。
「ミチ君、私は『祈りの祠』に行くところだから、今は戻らない。…それに、何も危ないことはここまで無かったよ。」
「それはたまたま今まで大丈夫だっただけだよ。」
諷は輔にお願いして事前に目に魔法をかけてもらっていた。小さな魔法も見逃さないように。
その諷の目には道護が諷に対して言葉を発する度に細い細い鎖を出しているのが見えてしまっていた。
「…ミチ君、その魔法、使うのやめよう…もうね、私には効かなくしてあるの。気付いてるでしょう?」
諷が道護の目を見てそう言えば、今まではあまり動じなかった道護が僅かに動揺した。
「…何の事だろう?」
「ね、ミチ君。…私の首にね、鎖を付けたよね?ディーフェにもオベールにもそうするように言ったんじゃない?…私と契約するように。…私の許可無く。」
「それは、…そんな事は、してないよ。」
道護は慌てたように取り繕うけれど、後ろにいるオベールもディーフェも蒼白でガクガクと震え始めていた。
「…ミチ君は、昔から私に嘘をつくの上手だけど、知らないわけじゃないんだよ。ミチ君、筒井さんと2人の時と私と話す時と全然態度変わるの。…本当のミチ君は筒井さんと、ううん、私以外と話す時の方が本当なんでしょう?」
「ふうちゃん、違うんだ。」
道護は絞り出すように声を出す。
「何も違わない。…ミチ君、相当無理させてきたよね。…何もかも、私の里親が決まらなかったのも、学校で仲良い子ができなかったのも、旅館での仕事が上手くいかなかったのも、…ミチ君、裏で何をしてたの?」
「…………」
道護は俯いて震えているようにも見えた。別に道護を責めたいわけではない。そんな道護を見れば諷だって心がいたたまれなくなる。
…結局は何がどうあっても嫌いにはなれない。ただ、申し訳なさでいっぱいになるだけだった。
「…ミチ君、私は別に責めようと思った訳じゃないんだよ。ただ、気付いちゃったの。…それでね、どうしたらいいのか凄く考えた。…私が出した答えが合ってるなんて少しも思ってない。思ってないけど、こうするしかないんじゃないかって思うの。」
諷は隣に立つ輔を見た。輔は何も言わずに頷いて手を差し出してくる。
「ふうちゃん、何する気?」
「まず、この鎖を消すの…。必要ないから。」
諷は真っ直ぐに道護を見てそう言い、掌で手首を撫でる。
「…っ!」
瞬間、ディーフェが膝を地面につけていた。
構わずに諷は反対の手首を撫でる。
今度はオベールが膝をつき、そしてすすり泣いた。
「…ふ、うちゃん」
力なく道護も首を横に振っている。
「…ミチ君は私を信じてなかった。」
「そうじゃないんだ。」
「これがなきゃ私がいなくなるって思ってたんでしょう?」
「ち、ちが…」
「契約、なんて私はミチ君達と結んだ覚えはないよ。…今までとはもう違うの。…戻ることはもうないよ。もっと前に消すこともできたけど、これは1つのけじめかなって思ったの。…ごめんね、ミチ君。」
そして諷は首を撫でる。それだけで、鎖は解けるように消えた。
道護はそれを呆然として見ていた。
諷はそれ以上彼等を見ていることが辛くなり、『祈りの祠』へと足を進める。
「大丈夫か?」
輔に声をかけられ諷は顔を上げた。
「…うん。多分…」
「無理はするなよ。」
「大丈夫。輔君は見えたりする?」
祠、と言っても、つるっとした白い石でできた巨大な円柱が1つあるだけの場所だった。
けれど、前に来た時に道護達にはそれが見えないと言っていた。こんなに巨大で天高くそびえ、目立つのにも関わらず。
結界でそうなっているのかもしれないので諷は輔にも確認したのだ。
「さっきまでは見えなかったけど、今は見えてるな。…にしても、でかいな。」
輔は今は諷と手を繋いでいる。それで見えるようになったのかもしれない。
「そうだね。多分これが世界の中心なんだと思う。」
そう言うと諷は深呼吸をしてから目を閉じる。
輔も諷に倣って同じようにしていた。
そして、気付けば諷は情報の奔流の中に放り出されていた。
それは諷が今まで何度もこの世界に生まれてここに辿り着くまでの記憶だった。
最初はエルフ。長命でこの世界を安定させる為にこの近くに住んでいた。
沢山の人が次から次に訪れては自分の欲ばかりを口にする事に辟易して、結界でこの場所を分からなくしたり、争いは誤解からも起こると言葉を統一したりと、この世界の基本はこの時に作ったようだ。
その次に生まれた時もその次も基本は崩さずに維持していた。
その傍らに常に守護者を従わせていた。けれど、守護者の献身を当然として彼等が何を想っていたかに気を配ることは殆ど無かった。
どんな種族に生まれようと早い段階で囲われ丁重に扱われる。そこに守護者が加わるのも早く、彼等がこの種族はダメだと見限られれば権力などからもさっさと切り離されていた。
そうやって表立っては何者の干渉もほぼ受けず、この『祈りの祠』へと来ては全てを知り、結界を張り直し、そしてすぐに天に帰ることを希望する。
当然、守護者はもう少しいてほしいと言うのだが、首を縦に振ることはなかった。
…次も守護者になることを希望する青年がいて、その願いは毎回叶えてきた。守護者となれば次も断片的に前の守護者の記憶を受け継ぐ。それが、本人ともなれば記憶は全部受け継げるのだと気付いた。
そして、それが道護であると。
それでも何故そんなにも何回も守護者になりたかったのか、過去の諷は深く考えたりはしなかった。それよりも大仕事な結界の強化に意識が向いてしまう。
そして、前々回、この脈々と続いてきた事が完全に壊された。
種族はゴブリン。
生まれた直後に彼等に使者と知れてしまう。そして、彼等は守護者から隠す為に強力な結界内に使者を閉じ込めた。そうされてしまった使者は役割をうまく思い出せず、けれど世界に変革を与えられるだけの力は使えてしまった。
ゴブリンは大事にけれどどこかへ行くという考えを使者に与えずに最終的には自身を閉じ込める結界も作らせ、試しに魔道具を作るために必要不可欠になる炭酸水の独占を望んでみた。
それは容易に叶えられてしまい、次は世界の覇権を望もうとした時、使者は役目続行不可として強制的に神代行によって天に戻された。
守護者は使者に辿り着く事なく守るべき存在を失った事になる。
そして、前回。
種族は鬼族。
生まれた直後に使者とは分からないようにしてあった。けれど、この時には星見が浸透していた。結局は直ぐに使者と知られてしまい、鬼族は大々的に使者の御披露目をした。その結果、守護者があと1歩というところで前回甘い汁を吸ったゴブリンによって使者は暗殺されてしまう。
神の代行者曰く、それもこれも最初に張った結界が弱くなっているからだという。このままだと2つの世界が1つになって大混乱が起きてしまう為、早急に結界を修復しなければならない。
そこで、今度は使者から“真名”を切り離し、それを核にして体を与える事にした。…それが輔。
“真名”を切り離した事により使者の力の悪用を防ぐのが目的だ。
生まれた直後の使者は無防備で弱いため、今回の守護者は身内…兄に与えられていた。…それが道護。
道護が昔言っていた兄は道護だったのだ。けれど、道護は兄は兄でも母違いにあたる。母と道護の仲は良好とは言えないもので、そのために道護は遠ざけられていた。母は道護が守護者であることを知っていたけれど、お腹の子が使者である事には気付いていなかったから。
道護はその時点で使者が生まれる事に気付いて、このままでは母に使者に近付けなくされてしまうと危機感を持ってしまった。そしてそれは、家族への不信に繋がってしまう。
母が眠っている時に近付き、お腹の中にいた使者と一方的に契約し隷属させた。成功はしないと考えていたけれど、“真名”のない赤子であったから見事に成功してしまった。道護はこれで小さい内は母より自分に懐くように仕向ける事も可能だと考えた。
そして諷は使者として生まれた。
膨大な力はあるのにそれを1人では使えないという立場で、しかも前代未聞の守護者に隷属させられている状態で。
そして、やはり現れるゴブリン。どうも使者がどこにいるか分かる物を持っているようで、それでピンポイントに特定しているようなのだ。この道具もどうにかしないと何度使者として生まれても、結界を張り直す前に邪魔をされてしまう。
皆が油断する星見の儀式中に使者へと攻撃を行い、それを道護が守り、そしてその瞬間に代行者が介入し、もう1つの世界へ使者である諷を移動させた。そうすることで神も代行者も使者も介入しない世界がどうなっているかを知る手掛かりをも得られる。
あとは諷も知っている記憶。
道護と共に施設で育った。元々あの世界の人間でなかったせいで馴染めなかった。それでも緩やかに受け入れられる筈ではあった。それができなかったのは道護が毎朝かける認識を阻害させる魔法。とは言っても殆ど魔力が無くなってしまう場所での効果はそこまで強くない。それよりも、暗示の方が強かった。
そうして、諷は不自然に家族というものに不信を抱き、いつしか恐れるようにすらなっていた。…それは元の家族と再会しても守護者である道護の方を信頼させるための布石でもあった。
諷はぼんやりと記憶を吟味していく。膨大な記憶に耐えられないということもなく、心は冷えて凪いでいく。一時の感情に流されないように備わっている元々の神の使者としての気質がそうさせる。
『思い出せた?』
凛とした声が響く。そちらへ目を向け、そして頭を垂れる。
「はい。」
『役割は果たせそうで良かったよ。』
中世的であり、無機質でもある。
顔立ちも同じでとても綺麗に整っているけれど、誰にも性別は分からないだろう。諷ですらそれを知らない。もしかしたら、そんなものすら超越しているのだろうと思える。
代行者。この方は自らそう名乗るけれど、実質は既に神だ。この方の言う神がこの地を去ってかなり永い時が経った。その間この方は1人で神の言い付けを忠実に守りここまできている。そして、これからも戻ってくるかも分からない神を待ち続ける。
『あの方は、1つは手厚く介入し、1つは放置せよ、と仰った。』
それが元々どんな意図で発せられた物なのか諷には想像もできない。けれど代行者がそれを守ると決め、使者である諷に命じるのなら、否はない。
「はい。今より1つの世界の安寧と維持のため、役割を果たしに戻ります。」
『それでいい。では、頼みました。それと、今回は修復後しばらく様子をみなさい。あまりに綻びが激しい。』
確かに1度ではとても直しきれない。それほどに綻びは酷い。もう1つの世界との境界もあちこちに開いている。…だからこそそれを利用して諷はある程度向こうに隔離された訳でもあるけれど。
問題は1度修復をすれば暫く力を溜めなければならない。それは10年ほどかかってしまうのだ。
「分かりました。ですが、今回の私は人間です。あまり寿命は…」
『白蛇でしょう?』
言われた意味を諷は瞬時に掴み取れたが戸惑いもまた多い。
「いえ、私は…」
『白蛇と番になるのだから問題も無いでしょう。守護者についてもあなたに任せます。しっかり励みなさい。』
「……はい。」
諷の返事を聞いてか代行者は溶けるように姿を隠してしまった。




