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2-11.少年と少女の再会


 

 「起こせって…さっきから叫んだりしも起きないけど、どうすればいいんだよ…。」

 

 輔はさっき怒りのままに叫んだりしたのに、彼女は起きる気配が無い。

 肩を叩くとか、揺するとか、彼女に触れて起こすのは難易度が高いと思われる。

 声をかけるのも畏れ多いと今でも思ってしまうところがある。

 フラれた事を思い出せば、起きた彼女の反応も怖い。

 

 『どうするって、決まってるじゃないか!昔から眠る人を起こすのは古今東西、口付けじゃないか!』

 

 シュシュが何故か嬉しそうにそう宣言した。

 

 「なっ?!…そ、そ、それ、それ、は…無理……」

 

 輔は真っ赤になって彼女の横に座り込んでしまう。

 けれど、ちゃっかりその間に彼女の唇を見てしまった。

 薄桃色で瑞々しく、形の良いとてもかわいいと思ってしまう唇…。それはもう、役得だと思う。思うけれど…

 

 「……他には無いのか?」

 

 頭を抱えながら問うけれど、シュシュからの返事はあっさりしている。

 

 『ない!』

 

 「……シュシュは彼女を眠らせてその後どうするつもりでここに来たんだよ!」

 

 『決まってる。お前がいるんだからボクが起こす事なんて考えてないよ。なんて言ったってお前がお嬢の“真名”持ってるんだし。起こすのなんてお嬢が“真名”に触れさえすればいいんだからな!』

 

 シュシュの声は弾んでいて明らかに今の状況を楽しんでいる。

 

 「………はぁ、あのな、シュシュは知らないないかもしれないけど、俺としては彼女に近付くのもやっとだったんだぞ…。…なのに、いきなり彼女の了承も無しに、キ、…キ………とか、無理だろう…。」

 

 『知ってるぞ。ボクはお嬢の傍にずっといたからな。大体お前がお嬢に近付けなかったのは守護者が毎日かける魔法のせいだったんだ。…それでもお嬢を見付けてくれたのは良かったと思ってるよ。お嬢の方はあんまりにも毎日かけられる魔法のせいで何も分からなくなってたからな。』

 

 シュシュの言葉をどこか上の空で聞き流していた輔はふと、さっきシュシュが言った言葉を思い出す。

 

 「………そういえば、シュシュお前、“真名”に触れさえすればいいって言ったよな?…それって俺が肩を揺すったりするだけでもいいって事じゃないか…?」

 

 『あ…ばれちゃった?』

 

 どこかおどけた声であっさりとそう言うシュシュに若干苛立ってしまう。

 

 「………おい…」

 

 『まぁ、良いじゃないか。再会はドラマチックな方がいいんだろ?』

 

 「…何なんだよ、シュシュのその知識は…。」

 

 『ふふん。地上に降りてみたけど面白いモンいっぱいだよなー。特にあっち側ってあんまり眺める事も無かったしさ。』

 

 誇らしげなシュシュの声に輔は諦めに似た感情を抱く。確かに向こうは色々な情報が溢れかえっていた。

 

 「……そうかい、良かったな。」

 

 輔は立ち上がり、改めて彼女…諷を見た。

 眠っているのに、輔に諷は輝いて見える。どこまでも遠くに感じていたのに、今は誰よりも近いとすら思う。

 肩を揺すろうと手を伸ばすけれど、その手が止まってしまう。

 ずっと、ずっと追いかけていた。世界すら越えて…。

 いつか兄弟に言われた、重すぎるの言葉が頭をよぎる。

 

 そもそも目を覚ました諷に自分は何と声をかけるべきなのか…。

 

 『あ~!もう!じれったいんだよ!』

 

 その声と共に壁の一部が輔の背中を思い切り押してきた。不意の事に輔は前のめりになり、伸ばしかけていた手は諷の肩に触れた。どうにか踏ん張って諷に覆い被さる事は避けたが…。

 たったそれだけで諷は身動ぎをしてゆっくりと目を開けた。

 

 輔は呆然とその様子に至近距離でみとれてしまう。

 

 「……え?…お、とせ君…?」

 

 形の良い諷の口から疑問の声で呼ばれて輔は思わず飛びずさる。

 

 「…あ、と、そ、そうだけど、…あ、これには…あれだ、じ、事情…そう!事情があって…!追いかけてきたとか、そんなんじゃ、全っ然ない、からっ…!」

 

 しどろもどろに叫ぶ輔を諷は不思議そうな顔で見ている。

 

 「え?あ、うん。確かに何で音瀬君がいるんだろうとは思うけど…。……ここ、どこ?」

 

 周囲のふわふわの空間に諷は視線を巡らしていた。

 

 「部屋にいたはずなんだけど…。」

 

 『お嬢!おはよう!』

 

 シュシュの声と共に空間は溶けるように消えていく。

 

 「え…?」

 

 諷が目を丸くして驚いている間に手の平位の大きさになったシュシュが諷目掛けて飛んできた。

 諷はそんなシュシュをいつものように手の平の上で受け止める。

 

 『お嬢!おはよう!』

 

 「…………え?…シュシュ、喋れるの?」

 

 『そうだぞ。あいつらの前で話したく無かったからずーっと黙ってただけだ!』

 

 「…あいつらって…ミチくん達の事?」

 

 『他に居なかっただろ?お嬢だって窮屈そうにしてたし。』

 

 「確かに過保護だな、とは思ってたけど…。それよりも、シュシュ、ここどこ?」

 

 『あいつらに見付からないところだな。』

 

 シュシュがなんだかふんぞり返って言っているように見えて諷は少し呆れてしまう。

 

 「……説明になってないよ。…それにどうして音瀬君がいるの?」

 

 諷は輔に目を向ける。

 もう会う事はないと思っていた。相変わらず真っ赤な顔の彼は、あの時とあまり変わったようには見えない。…いや、少し野性味が出てきたのだろうか…。

 ただ、言い切れるほど諷は輔を知らない。

 

 「それは、その。事情があって…と、いうか、俺、元々こっち側の存在だったらしくて、それで、まぁ、色々とあって…筒井さんとよく居た白蛇と交代した、みたいな、感じかな…。」

 

 懐かしい名前を聞いた気がして諷は首を傾げた。

 

 「筒井さんってあの筒井さん?」

 

 「そう、あ、貴女と同じところで働いてた筒井さん。」

 

 輔の言葉に諷はいつも白蛇をまとわりつかせていた筒井を思い出す。白蛇を結構大事にしていたな、とも。

 

 「確かに白蛇いたよね…。あの白蛇と交代したっていうことは、白蛇が音瀬君になって、音瀬君が白蛇に成っちゃったって事?」

 

 諷にしてみれば何でもアリなこの世界ならば何が起こってもそこまで不思議ではないのだが、自分で言った言葉は到底信じがたかった。

 なのに、輔は嬉しそうに頷く。

 

 「そう!そういうことなんだよ。…それでまぁ、こっちに俺も来たんだよ…。…あ、貴女に会えるとは夢にも思ってなかったけど……。」

 

 それでも、こっちに来るという事は元の世界を捨ててしまうのと同じで、あまり向こうに愛着のない諷でさえ寂しさを感じていたのに、輔はどこかさっぱりして見える。

 

 「そうなんだ…。びっくりした…。」

 

 目の前の出来事に辛うじて付いていっている諷にはその一言がやっとだ。

 

 「あ、あの!……ここで会ったのも何かの縁なので、その、…と、友達から、お願いしますっ!」

 

 輔が諷に手を伸ばして頭を下げる。

 あっち側での最後の日のやり直しのようだ、と諷は感じていた。

 嬉しいけれど、恥ずかしくて申し訳ない。

 

 「え、えぇと…。」

 

 こんな時はどんな答えが正解なのか誰にも聞いた事がない。

 あっち側ではごめんなさいと答えた。期待させるのは申し訳なさすぎて。

 でも、今回は……

 

 「……よ、よろしく、お願い、します…?」

 

 諷はためらいながらもその手にそっと触れた。

 ふわんと、温かくて、懐かしいモノに触れた気がして諷は、はっと輔の顔をまじまじと見てしまう。

 そんな輔はどんどんと顔を赤らめていく。

 ゆでダコのようになっていく輔に諷は照れよりも心配になってしまう。

 

 「…あ、あの…大丈夫?」

 

 「大丈夫っす!!つ、つい感激してしまって…」

 

 「そ、そうなのね…。」

 

 いまいち会話が続かず諷は少し途方に暮れそうになる。

 

 『そいつも慣れれば反応も変わるだろ。それよりも!』

 

 シュシュが嬉しそうに諷の手の上で跳ねる。

 

 「今度は何?」

 

 『お嬢、分かったか?魔法の感覚!』

 

 シュシュは嬉しそうにして諷の手の上でくるくると回る。

 諷も分かった。

 輔は諷が探していた諷の“真名”を持っている。

 輔に触れた瞬間に諷の中で魔力の流れがはっきりと噛み合った。

 けれど、輔から手を離してしまった今はまた魔力の流れが曖昧になってしまっている。

 つまり、諷は輔に触れていれば魔法が使えるようになるのだろう…。

 

 「……少し、ね。…でも…」

 

 諷は輔に目を向ける。相変わらず真っ赤でまだどこか感激から抜けきれていない。

 そんな輔に魔法を使いたいから触れてもいいか?などと聞くのはあまりにも不誠実なように思えてしまう。

 まだ諷は輔ほどの想いを抱けていないのだから。

 

 『お嬢、あんま深く考えないでばんばん使えばいいんだよ!そしたら感覚はあっという間に身に付くさ!な!お前もそれでいいだろ?』

 

 シュシュは諷の手から離れて輔の方へと飛んでいく。

 輔はそんなシュシュを肩に乗せて再び諷に向き直る。

 

 「あ、あの、…俺も理由はよく分かってないんだけど、…管理者?みたいな役割あるみたいで…」

 

 聞き慣れない単語が出てきた。守護者達が与えてくれる知識の中には無かった。

 それでも、諷は既に確信している。しているけれど、確認はしなくてはいけない。

 

 「管理者?……何を管理しているの?」

 

 「…そ、それは、…その…あ、貴女の“真名”…です……。」

 

 輔は時々言葉に詰まるものの諷の目を見てはっきりと告げた。

 諷は目の前がくらりとした気分に襲われる。あれほど守護者達に己の“真名”を他人に教えてはいけないと言われていたのに…。それは命を掴まれているのと同義だと教えられている…。

 

 「…音瀬君は私の“真名”を知っているの?」

 

 諷は少し俯いて輔に怯えが見えないように注意しながら尋ねていた。

 

 「いや、…表現が難しいんだけど、…持っているのは分かる、だけど、絶対に俺には触れられないような感じ、なんですよね…。つまり、“真名”そのものは俺には分からないです。」

 

 輔は諷から目を離さないままそう答えた。

 諷は輔の言葉に何か思い付く事でもあったのか顔を上げた。

 

 「それは、…触れない持ち物みたいな感じ?」

 

 「そんな感じです…。」

 

 諷は深く頷くと納得したような顔になった。

 

 「…そうなんだ。…私も似たようなモノ持ってるかも…。」

 

 「守護者の魂の欠片ってヤツですね…。」

 

 輔がそう呟くと諷は少し寂しそうに笑う。

 

 「音瀬君も私が何なのか知ってるって事だね。」

 

 「あ、いや、まぁ、し、知ってはいるけれど、…で、でも、貴女が気になる事とは、そういうのは関係ないっすよ…む、むしろ、貴女が使者だっていうので、何か勘違いされる方が辛いというか……」

 

 輔がしどろもどろになっていくのを諷はじっと見ていて、そして、力が抜けてしまう。

 

 「…そう。…じゃあ、その…変な敬語やめない?…貴女って言われるのもちょっと嫌だな。…一応、友達になった、んだよね?」

 

 諷は無意識ではあるけれど、少し上目遣いで輔を見る。

 

 「へぇあっ!?…あ、そ、そうだな。…えーと…」

 

 輔は突然の上目遣いにたじたじになりながらもどうにか答える。

 

 「私の事は諷で。」

 

 「へっ?!あ、はい、あ、いやー、えーと………ふ、諷………って、あ、いや、いきなり呼び捨てはすみませんっ!」

 

 呼ばれた諷は少しびっくりしたけれど、すぐにおかしくなってくすくす笑ってしまう。

 

 「ふふっ…ちょっとびっくりしたけど、新鮮でいいかも。よろしくね、音瀬君。」

 

 輔は諷が怒らなかった事に安堵した。

 

 「あっ、とお、俺はこっちで輔ってだけで名乗ってるから、俺の事も名前の方でい、いいかな?」

 

 「え?あ、そうなんだ…。……輔、君?」

 

 「っ?!はい!それでっ!」

 

 輔は諷に呼びかけられ、天にも昇る気分になってしまう。

 

 『まったく、輔も早く慣れろよ。』

 

 呆れ返ったシュシュの声がする。

 どうやら諷に倣って名前で呼んでくれる事にしたようだ。

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