2-10.少年の役割
「…………なんだ、これは?」
この半月ですっかりキャンプを張る事に慣れてしまった輔は、自分のテントを出た先に昨日眠る前は無かった大きな繭があるのを目にして1人で呟いた。
トトはまだ隣の簡易テントで眠っているようでいびきが外まで聞こえてきている。
輔は大きな繭に近付きまじまじと観察してみる。
繭の色は白に見えたけれど、朝日に照らされた場所は黄金色に光っている、目を凝らして見ると繭の糸がどうやら半透明の銀色をしているみたいでキラキラ光を反射させている。しかも、ふわふわの綿毛のような物に覆われている。
試しに触ってみると、モフモフとした動物を愛でてる時のような感触があり、驚きと共にずっとモフモフ撫でていたい衝動にかられる。
「うわ~。何だか分かんないがいいな、コレは…。」
暫く無心に撫でていると、手の平大の毛玉がぽわんと跳ねて輔の目の前へと飛び出てきた。思わず手を出すと、その手の上にほわんと着地し、その場でくるっと1回転して輔を見上げてくる。
『声、聞こえる?』
「…喋った…?」
いつだったか元いた世界で白蛇と話した時のように頭に響くような不思議な声で話しかけられ、輔は少し戸惑いながらも毛玉をまじまじと見た。恐らく今回の声の主はこの手の上の毛玉のようだ。
『うんうん。聞こえてるみたいで助かった~。助けて欲しいんだよ。』
「いきなり、そんな事を言われても…。そもそも君は何?」
『ボクは簡単に名乗る名前は持ってないから適当に呼んで。あー、お嬢はシュシュって言ってた。』
ふわふわ毛玉はシュシュと言うらしい。見た目の愛らしさとは違う逆らえないような力を感じる。
「…お嬢って?」
『ボクの作った繭で今は寝てるよ。助けて欲しいのはお嬢を神様のところまで連れてって欲しいって事ね。』
「神様…って事は繭の中で寝てるのって使者か?」
『そうだよ。話が早くて助かるなぁ。』
最近じゃどうやって使者に会い、手掛かりのない彼女まで辿り着くか、しか考えていなかった。
輔は再び繭に触れる。
探している人の方からやって来てくれるとは思わなかった。
…もしかしたら、この繭の中にいるのは彼女かもしれない。その仮説が合っているのかそれが分かるということだ。すぐにでも確かめたい衝動にかられる。
「起こせばいいのか?」
焦る気持ちをどうにか抑えて問いかけた。
『今はまだ…。お前はお嬢の気配を遮断させる事ができるか?なるべく守護者の馬鹿どもには見つけさせたくないんだけど。』
シュシュの言葉に輔は今度は首を傾げてしまう。
使者にとって守護者は自分の身の安全を保つためには絶対に必要だと思っていた。
「なんで?守護者ってのは死んでも使者を守るんだろ?」
輔の疑問にシュシュは嫌そうに体を震わせる。
『あいつらは今回に関してはただの妨害にしかならないとボクは判断した。お嬢がこっちに来てから結界に閉じ込めて殆ど外へと連れて行かないし、誰とも会わせようとしない。これじゃあお嬢はいつまでも本来の役割を果たせない。前々回と同じ結果は困るんだよ。』
「前々回って、確か…猫族だったか?」
輔はアリスの記憶を掘り起こしてそう確認すると、シュシュはプルプルと体を揺らす。
『違う。それは前々々回。前々回はゴブリンだ。…あれは本当に前代未聞の連続だった。仕方ないから強制的にお嬢を神様の所に戻したくらいだしさ。』
「…そうだったのか。今までと様子が違ってたって事は知ってたみたいだけど、詳しく知ってる訳じゃ無さそうだな…。」
輔はアリスの外への興味の低さに苦笑してしまう。
『まぁ、その話はお嬢が起きてボクの声が届くか確認したら話すよ。何度も同じ事言うの面倒だし。…とにかく、お前にやって欲しいのは、お嬢が守護者に見つからないように神様の所に行くこと、そんでできれば…もうひとつ頼みたいことはあるんだけど…。』
「他にもあるのか?…守護者に見つからないってのだけでもかなり難易度高いぞ。『祈りの祠』は向かってる途中だったから多分あと1週間くらいで着くだろうけど…。…使者の魔法でひとっ飛びとかできれば早いんだけど…。」
『…お嬢に大きな魔法を使わせたら守護者どもが気がつくだろう。馬鹿者め。』
シュシュの言いように輔は苦笑いをしてしまう。
「さて、ね。守護者に見つからないって事は気配遮断って事か…。あー、違う、関係切断みたいな感じの方がいいのか…。でもなぁ、魂レベルで繋がってんだっけ?…あ、預かってるって魂だけ結界とかに入れられれば見つからないで済むか?…俺の魔力でそれできんのか?……シュシュは手助けとかしてくれんのか?」
輔は思案しながらシュシュを見た。
『本来なら手出しはできないけど、今回は限定的に許可降りてるから、大丈夫だな。』
「なら、この繭を守護者の魂だけってのに限定できたりはしないのか?」
『そんな発想持った事がないが、まぁ、奴等の魂ってのはボクには見えるからな。…なるほど、それだけ繭に入れればいいのか…。…うん、できなくは無さそうだ。…新たな発見だな。』
シュシュはフムフムと体ごと頷き、モフモフと何やら動き始めた。
なんというか、手の平の上でふわふわの小動物が動く様は、とてもかわいい…。
指先でモフりたいのを堪えてシュシュを見ていると、くるん、くるんと動き回り、最後に何やらピシッとポーズを決めた。
その瞬間、シュシュから細い糸が凄い勢いで出てきて繭の中に吸い込まれていく。
その様子をぽけっと見ていると、シュシュは何やら満足したように輔へと向き直る。
『成功したぞ。…中々良い案だ。…さて、お嬢の所に連れていくが…少し覚悟してほしい。目に魔力を集めておけ。理由もすぐに分かる。』
シュシュはそう言うと輔の返事も聞かずに、輔を繭の中へと引き入れる。
大きさの割りにシュシュは力持ちだな、などと考えている間も無く全てが白い毛並みでふわふわの空間へと出た。
「外から見るより大分広いな…。」
ここが繭の中なのだとすると、思っていたよりも広さがある。どの方向を見ても真っ白なふわふわに包まれている。
『少し空間を歪めているからな。』
「…あれ?シュシュどこ行った?」
声はするのに姿が見えなくなったシュシュを探してキョロキョロと辺りを見渡す。
『そこはボクの体内みたいなものだから、ボクがいたら変だろ?』
「体内の割りにさっきは繭の外にいただろ?」
『外くらいは自由に動くさ。あの繭は分かりやすく見えるようにしただけ。』
「あ、そうなんだ。…にしても使者ってのはどこ……」
どの方向を向いても白くてふわふわしているせいで完全に同化して見えていたけれど、1ヶ所だけ盛り上がっている部分があった。
輔は引き寄せられるようにその場所へと向かった。
そして、はやる気持ちを抑えゆっくり深呼吸してから、その場所を覗きこむ。
「…あぁ…、…やっぱり…貴女だった…。」
そこで眠っているのはずっと焦がれ続けていた彼女だった。
いつまでだって見ていられて、なのに足がすくんで近付けなくて…。
知らない内にこっちの世界へ行ってしまい、輔が何もかもを捨ててでも会いたかった人…。
輔は、震える手を伸ばしかけ、その手が止まる。
次に沸いたのは言い様のない怒り。
「…っ!誰が、こんなモンをっ!」
彼女の首には鎖のようにぐるりと魔法の印が刻まれていた。
シュシュに言われなければ見る事に特化した魔法は使ってはいなかったけれど、目に魔力を意識的に集中させれば誰でも見れば分かってしまう。
これは、契約者と呼ばれる隷属している者の印…。
『守護者どもの仕業だよ。…手首も見てみな。』
言われるままに手首を見てみればこっちにも、しかも両腕に同じような印がある。
「何だってこんなモン付いてるんだよっ!」
輔の怒りの叫びにシュシュは静かな声で返答する。
『…守護者どものエゴだよ。…お嬢は今、上手く魔法が使えない。…それを良い事に奴等は使者であるお嬢を隷属させたんだ。…唯一の救いは奴等が守護者で、お嬢は奴等のそもそもの主だから、酷い事は言えないしできない事かな。…真綿にくるむかのように優しく少しずつ手を、足を、思考を、奪って奴等の都合のいい方へ導こうとしているんだよ。』
「だから、何のために、そいつらはこんな事したんだよ!」
『守護者どもの傍からいなくならないように、だよ。…これが今の守護者どもにとって何よりも優先される事になってしまっている。大事に大事に囲っておきたいんだよ、あいつらは。誰の目にも触れさせず、役割からも切り離し、自分達の為だけの存在にしようとしているんだよ。』
「そんな、馬鹿な事って…。それに、これは…無い…。」
輔は痛ましい顔で眠る彼女を見る。
契約者、それは隷属する者と、させる者、両者を指す言葉だ。
主に当たる方は、隷属している方の魔力を真名無しで使いたい放題になり、有無を言わさず従わせる事ができる。隷属している方に恩恵は無い。
真名を知られる事以上のタブーで、この世界ではそれを行う事は忌避されている。
『お嬢は自分がそんな風にされてるのを知らない。…同意無く奴等はそれをしたんだ。ボクが守護者を見限ったのが分かるだろう?』
輔は深く頷く。
早く彼女からこの忌々しい印を消したいと思う。
「分かるな。…見つからないようにしたいのも頷ける。…これはどうやったら消せる?」
『…契約に割り込むのは神様くらいしかできないよ。でも、神様は現世に直接介入できない。…お嬢が自分でやらなきゃいけない。…でもな、手首のはともかく、首のがな…。あまりにも深くお嬢に喰い込んでるからな…。』
契約は時間が長ければ長いほど影響が強くなってしまう。それだけ深く精神に入り込んでしまうのだ。
「これはいつからあるんだよ。」
『…首のはお嬢が生まれた直後から。…手首のはこっちに戻ってから、だ。』
「は?…生まれた直後?」
彼女の正確な年齢を聞いた事があるわけではないけれど、輔は彼女が自分と同じ年だと確信していた。…つまり、17年。それはあまりにも長すぎる。
『…守護者の1人はそうやってずっと都合のいいようにお嬢を動かしていた。お嬢は自分で決めたつもりだろうが、かなり影響されてるな。』
輔は唇を噛み締めた。…ずっと見ていたのに、今まで1度も気付けなかった。…何もできない事があまりにも悔しい。
「……」
輔が黙り込んでしまうとシュシュも悔しそうに続けた。
『…ボクもお嬢をこんな風にされて、何もできずここまできてしまった。奴はお嬢に毎日毎日、魔法をかけるんだ…。魔法の無い世界でもお嬢自身の力なら少し使えたから、それを利用して、誰もお嬢と必要以上に親しくなれないように…、毎日だぞ!…お前がお嬢に近付けなかったのも当たり前だ。ずっと、邪魔されてたんだからな。』
「待て…。俺がヘタレとかそういうの関係なく邪魔されてたから、話しかけることもできなかった…?」
彼女を遠くから見つめるだけの日々…。いつも、どこに行っても探してしまっていた。
…話しかける事もできないのは自分がただヘタレだからだと思っていた。…けれど、元来から人懐っこいと言われてきた自分が彼女にだけ話しかけられないと言うのは余りにも不自然だったのかもしれない…。
彼女に近付こうとすれば、足が動かなくなるのはヘタレだったわけでなく、それ以上彼女に近付けないように魔法をかけられていたから…?
『そうだ!予定ではお前とお嬢が関わりを強く持つ事でこっちに帰って来るはずだった。それで帰ってくればすぐにでも神様の所に行って使者としての役割を全うする筈だったのに!』
悔しさは消えない、けれど過去を変える術は無い。
彼女と向こうで仲良くなれていれば、と思わなくも無い。
けれど、それよりももっと根本的な疑問が出てしまう。
「…待て、俺は彼女にとって何なんだ?…確かに俺はずっと彼女の近くに行きたいと思ってたが…これは理由があるのか?」
『お前、お嬢の“真名”を持ってるだろ?』
言われた瞬間にぞわりとする。
“真名”は自分の物と入れ替わるのに必要だったアリスの物を知っている。それ以外は知らない。
けれど誰にも言った事のない、自分で使う事もできない、もう1つの大きな力の源のような物が自分にあることは知っている。
「い、いや、…俺は知らない……。」
輔はそれでも他の“真名”には少しも心当たりがない。
『知ってる必要は無い。持っているだけだ。』
「それって…」
輔は自分の中にあるのに触れない力に意識を向ける。
『それが、お嬢の“真名”だよ。』
シュシュの声に輔は途端に理解する。
…あぁ、そうだ、俺はこの力を彼女に渡さなきゃいけない。
それを適切に管理し、彼女の傍にずっと居なければいけない…。
「…“管理する者”」
輔は思わず呟いてしまう。これはいつも自分の“真名”を唱える時に一緒に思い出される言葉だ。今までは意味まで深く考えなかった。
『“真名”に対してその前に付くのは役職みたいなモンだよ。お前は言うなら使者の“真名”を管理する管理者かな。…今までは無かったけどね。…さて、お嬢を起こしてくれるか?』
シュシュの言葉に輔は顔を上げた。




