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2-9.少女の想い


 諷は部屋の窓から一心に外を見ていた。

 

 空には半月があり、柔らかな明かりを落としている。天の川が空にミルクを本当にこぼしてしまったんじゃないかというくらいに散らばって、きっと探せば諷の知っている星座だってあり、その周りには元の場所では見えなかった星まで見えるのだろう。

 それらを見ているとここが元の世界と重なって存在しているという事がほんの少しだけ分かるような気がした。

 今は窓からの景色は見慣れてしまったけれど、森にほのかに灯る木の実や花は見慣れても幻想的だと思える。

 

 けれど諷は空を見たいわけでも、景色を楽しむでもなかった。

 ただ、遠くの1点へ意識が向かう。

 そこに諷の欠片を感じるから…。

 

 前回の満月の日に突然現れたこの感覚は、最初は何なのかさっぱり分からなかった。

 ただ、日を追う毎にこれが何なのか少しずつ分かるようになってきた。

 

 半月経った今はこれが自分の探している“真名”なのではないかと思えて仕方がない。

 でも、諷はこの事を自分を守り慈しんでくれる守護者達には言えないでいた。

 

 理由は、この感覚の位置が移動をしていること。

 どんな形をしているのか不明だけれど、これだけ移動をしているということは、この感覚の原因には持ち主が存在し、生きている可能性が高い。

 すぐにでも会ってみたい気持ちはあるけれど、守護者たる3人がどうするのか分からなかった。恐らく彼等なら諷よりも先にその存在に会いに行き半ば強制的に連れてきて無理矢理にでも従わせようとしてしまう気がしてならなかった。

 

 彼等は現在、過保護が過ぎる…いや、加速している。まるで過保護さで競うかのように諷をよってたかって甘やかすのだ。最近だと諷が自ら歩くだけでどこに行くのか、何をするのか、必要なものは何かと、慌て出したりする。

 お風呂とトイレと眠る時間。それだけが諷が1人になれる時となっていた。…正確には眠る時はシュシュがいるけれど。

 

 諷は未だに守護者以外のこの世界の人に会えていない。

 なぜなら、諷の存在を利用しようという人達から守るため。

 その人達が本当に信頼に値するのか分からないため。

 諷に特定の誰かへ偏った情を持たせないため…。

 守護者達によって諷は大事にこの場所で守られている。

 

 最初の屋敷にいた使用人に見えた人達はディーフェとオベールが出した、式神的な人形みたいなモノたちだった時はその徹底ぶりにめまいを起こしそうになった。

 

 そんな事もあり、諷が特定の誰かに会いたいとか、その誰かが諷の“真名”を持っている、もしくは知っているとなったなら、彼等が何をしてしまうのか分からず、怖くてとてもではないけれど口にすることはできないでいた。

 

 「…ねぇ、シュシュ。私、最近どうしてこっちの世界を選んじゃったんだろう、って思うの…。3人ともちょっと度が過ぎてきてると思わない?」

 

 諷は腕に抱えたふわふわの毛玉であるシュシュをきゅっと抱きしめ、頬を寄せる。

 ふわふわして、温かくて、そして少しお日様の匂いがして、とても安心できる。シュシュは最近唯一のモフモフ癒しになっている。

 こっちに来て良かった事と言えばシュシュをモフモフできるようになった事かもしれない。

 オベールもディーフェも耳と尻尾はモフモフしているけれど、何となく飛び付きずらい。彼女達は絶対に諷を受け入れてくれると分かっているけれど、それをすると後戻りできない深みに嵌まってしまいそうで、どうしても諷の方が一定の距離を保ってしまう。

 

 

 守護者3人の関係もちょっと微妙で諷とずっと一緒にいた道護をオベールもディーフェもあまり良く思っていない節があり、1対2でよく意見が割れる。

 けれど、力関係は道護が上になるようで、2人を突っぱねてしまう。結果2人は不満を持ち、諷への極度の甘やかしに繋がっているように思えるのだからどうにもならない。

 

 

 守護者は使者、つまり諷に魂の一部をを預けている。そのせいで諷との関係が良くなれば良くなるほど、彼等は満たされていき、使える魔力も増えていくそうだ。

 一方で諷はそんな事は起こらない。預かってはいるけれど、そんな実感もない。魔力が桁違いに多くなれるそうだけれど、現在の諷は魔法を扱えない為、桁違いの魔力があったところで意味は無かったりする。

 

 

 「…これって軟禁って言うんじゃなかったっけ?」

 

 諷の向こうでの知識はさほど深くはない。けれど、今の諷を説明しようとするとそれがぴったり当てはまってしまうようでため息しかでない。

 諷がお願いすれば現在大抵の事は叶う。

 服が欲しいと言えば、オベールが張り切ってドレスからこの世界には無いんじゃないの?と聞きたくなるジャージまで次々と魔法で作ってくれてしまう。

 どうやってるのか聞けば、魔法で必要な素材を周辺に集め、それを元にイメージで服を構成するそうだ。服のイメージは道護から向こうのファッション雑誌を渡され、それで学んだと返された。

 料理もこっちに無さそうな物を言っても同じように作ってしまうし、日用品も同様に困らない。

 

 趣向を変えて綺麗な景色が見たいと言えば、転移して連れて行ってもくれる。町中を見たいと言った時はそれは待ってほしいと返されたけれど。

 

 自由はあるし、不便もしていない。外にだって頼めば彼等が総出で付き添って出掛けられる。

 

 けれど、こうじゃないとも思ってしまう。

 

 元の世界では諷は社交的な生活をしていたわけではない。友達と呼べる人もいなかった。

 いじめられていたわけではないけれど、そもすれば存在を忘れられてしまう位には存在感が薄かった。けれどそれを苦と思う事もなかった。

 淡々と日々が過ぎていくのを穏やかに、ぼんやりとしていた。

 そうやって何となく生きていくのだと思っていた。

 

 それがこっちに来て一変した。

 こっち側に足を踏み入れた時に感じた目が覚めていくという確かな感覚。

 体中を巡る温かな何か。

 やらなければならない事が急き立てて、居ても立っても居られなくなった。

 

 そして今、諷にとって大切な何かを持っている誰かに無性に会ってみたい。

 

 「ねぇ、シュシュ。…私、この感覚の持ち主に会ってみたい。きっと会わなきゃいけないって思うの。…でもミチ君もオベールもディーフェもきっと私より先に様子見に行っちゃう。…そうなる前に、私この人に会ってみたいのに…。…どうしたらいいんだろう…。」

 

 諷は1人呟きながら腕の中のシュシュにもう一度顔を寄せる。

 ふわふわ温かな感触に何故か一瞬だけ、元の世界の最後の日に真っ赤な顔で告白してくれた彼を思い出す。

 人生で初めて告白されて、…もしかしたら友達から始まって本当に付き合ったかもしれない。

 今はもうあり得もしない話。元の世界では諷は最初からいないことになってしまったのに…。

 彼も諷を忘れてしまっただろう。少しだけ諷は切なくなった。

 

 彼の名前は確か……音瀬 輔 …

 

 そう思った時、諷は急激な眠気に襲われた。窓辺に立っていたのに、立っていられなくなり膝から崩れ落ちる。けれど、床に倒れる事なく柔らかなモフモフした大きな感触に包まれる。その安心感に諷はそのまま意識を手放した。

 

 『…もう、どうなるかと思ったよ。これでやっと道が繋げるよ。…しばらくはおやすみ…』

 

 意識を手放す瞬間にどこからか声がした気がしたけれど、諷はその声に答える事ができないまま深い眠りに入っていった。

 

 

 

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