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2-8.少年の旅


 

 輔はルジャに借りた寝床で伸びをしていた。

 

 結局、昨日は夜遅くまでルジャと話をしていた為、泊まらせてもらう事になったのだ。

 

 ルジャの棲みかは洞穴ではあったけれど、所々に明かり取り用の竪穴があり、日中はそれなりに明るさが保たれていた。

 奥には泉も湧いてるそうで、トトは朝から喜んでその場所へと行っていた。

 

 輔は昨日ルジャと話し込んだ囲炉裏のある部屋へと来たが、誰もいなかった。

 

 ルジャは一通り話終えると満足したのか寝直すと言って自分の寝床へと引っ込んでしまった。

 白蛇の眠りは長い者が多く、1度眠ると数ヶ月から数年起きて来ない事もざらにあったりする。

 それが普通なため、毎日きちんと朝起きてくる輔にトトは最初とても驚いていた。今は慣れたようだったけれど。

 ルジャが眠っている間のこの場所への出入りは勝手にしろ、と言われたのでこのまま暫く留まってもいいし、旅立っても良かった。

 

 輔としてはすぐにでも旅立つつもりだったが、トトが水場へ行ったのなら、半日は足止めをされる。

 急ぐ旅でもないと言えばそうなのだけれど、輔としては早く彼女に会いたいと思っていた。

 でも、むやみに旅をして会えるものでもない。

 

 昨晩、ルジャに言われた事を輔は思い出していた。

 

 『もし、輔が使者殿と何かしらの繋がりがあるなら、気配を辿れたりするんじゃないか?』

 

 彼女が使者だったのなら、それもアリなのかもしれないが、どうやらその使者は誰かに強固な結界の中にでも入れられてしまっているのか、気配を感じるのは難しい。それさえ無ければすぐにでも行って確かめるのに…。

 

 「守護者か…。」

 

 使者が誰かに捕まって閉じ込められてしまっている可能性も考えたが、そんな事を守護者が許すはずもないと思えた。

 今代の使者には守護者が3人いて、噂では妖獣も従えているというのだ。

 そんな者がタダで誰かに捕まっているというのは少し考え難い。だとしたら、使者がいるのは守護者が張った結界の中だ。守るために結界に入れている、が正解な気がする。

 

 白蛇も魔法に関しては人より優れているけれど、守護者と比べてしまうと劣ってしまう。

 守護者が本気で張った結界の中にいる使者を探すのは困難だ。

 

 ここまで考えて輔はため息を吐き出す。

 そもそも使者が彼女だと決まった訳ではないのだから、使者を探す方法なんて別に考える必要もないのだ。

 しかし、昨日ルジャと話してから輔の中でざわざわとした感覚が続いている。

 使者に会わなければならないという焦りが広がるのだ。

 

 

 「おー、輔起きてたのか?」

 

 ペタペタと足音を立てながらトトが帰ってきた。

 手には魚を3匹持っている。

 

 「ここの泉にも魚はいるんだな…。」

 

 トトを見てどうでもいい感想を呟く。

 

 「そうなんだぞ!驚いたぞ!魚たっくさん泳いでた!」

 

 トトは目をキラキラさせて輔に魚を渡してきた。

 輔はその魚を受け取ると、捌くための準備を始める。トトは輔の近くに座りその様子をじっと見ている。

 

 「なぁ、輔、なんでいつも鱗ガリガリ取るんだ?」

 

 「ガリガリするからだよ。…トトは丸のみだもんな。気にならないのか?」

 

 「気にならなかったな。でも、輔が焼くのは旨い!」

 

 果たして殆ど丸のみしてしまうトトは味など分かるのか疑問ではあったけれど、自分が手をかけたものを喜んでくれるのは嬉しいと思う。

 

 「…それは良かったよ。」

 

 魚を捌き終わり串に刺して焼き始めるとトトは待ちきれなさそうに体を揺すってそれを見ている。

 

 「……トト、食べ終わったら、すぐにでもここを出発しようかと思うんだがいいか?」

 

 魚から目を離してトトはキョトンとした顔をする。

 

 「ルジャ起きて来ないけどいいのか?」

 

 「起きるの待ってたら何年もかかるかもしれないだろ。いるのも出るのも好きにしろって言われたんだから、すぐに旅に出たって問題ないよ。」

 

 「それもそうだな。うん、分かった。次はどこ行くんだ?」

 

 トトはすぐに考えを切り替えて頷く。

 

 「『祈りの祠』って知ってるか?」

 

 「知ってるぞ。使者様が祈る所だ。そうするとふわぁーってなるんだって聞いた!」

 

 トトの表現をかわいらしいなぁ、などと思いながら輔は頷く。

 

 「そうそう。そこに行こうと思ってさ。」

 

 「でも、オレそこに行っても何の意味も無いって聞いたぞ。行っても何も見えないらしいぞ。」

 

 「まぁ、使者しか入れないようになってるらしいからな。…でも、俺は多分そこに行かなきゃならないんだよ。」

 

 「ふぅん。そんな事を昨日はルジャと話してたもんな。…なぁ?もう食べて平気か?」

 

 トトは話の内容よりも魚の方が気になって仕方ないらしい。

 

 「もうちょっと焼いた方がいいと思うぞ。」

 

 そんなトトに輔は苦笑しながら答えた。

 

 

 ※

 

 

 荷物は殆ど触っていないので、旅支度はあっという間にできる。

 

 ルジャの洞穴を抜け出て輔とトトはなるべく早足で森を行く。

 この辺りはまだまだ魔物が多くいるため、むやみな戦闘はなるべくなら避けたいし、ゆっくり歩けばこの森を出る前に日が暮れてしまう。

 

 そうやって進んでいれば、トトが唐突に声を上げる。

 

 「水の匂いだ!なぁ!水の所行こう!」

 

 トトが嬉しそうに跳ねながら輔に提案してくる。

 

 「そんな寄り道してると、今日の夜はこの森の中で過ごす事になるぞ?」

 

 水に対して貪欲なトトに合わせてその都度寄り道していたらいつまで経っても進まない。

 

 「輔強いし、どうにかなるだろ?旨い魚いると思う!な?な?輔、頼むっ!」

 

 「俺頼みかよ…。まだ、だめだ。もう少し進んでおきたいからな。夕方近くなってから川の傍に行くから、それまでは我慢だ。」

 

 「ちぇー、仕方ないかー。」

 

 トトはそう言うと名残惜しそうに遠くを見ていた。多分、その先に水のある場所があるのだろう。

 と、トトが眉間に皺を寄せた。

 

 「……あ、輔、コレやばいヤツ…。…水の匂いの魔物…。」

 

 「は?…それって…っ!」

 

 問い返す暇も無く、輔はトトを抱えて近くの枝まで勢いよく飛び上がる。

 直後2人が立っていた場所に鉄砲水のような水流が撃ち込まれていた。

 撃ち込まれたその場所は、嫌な臭いと共にシューっと音を立て深く抉れてしまっている。

 

 「輔、スイコだ!」

 

 スイコとは定型を持たない水の塊のような魔物の事で、普段は池や川の中などでただ漂っているのだが、単体で水たまりのように擬態していたりもする。それでうっかり触ってしまった魚や動物なんかを引きずり込んで溶解液で養分に変えてしまう。

 水の塊のようなと表現したが、中身はかなり強力な溶解液なのだ。

 

 「スイコって急に攻撃してくるもんだったか?」

 

 サージャ改めアリスの記憶にはスイコから攻撃してくるなんて話は無い。

 スイコは基本的に自発的に動かないとされていて、ただ漂っていたり、擬態しているものは避けさえすれば何も起こらないとも言われている。

 

 「オレだって聞いたことないぞ!でも、あの感じはスイコだ!」

 

 トトがそう叫ぶと同時にジューッという音と嫌な臭いと共に巨大な水の塊が現れた。

 

 「…でかいな。」

 

 輔の呟きが聞こえでもしたのか、スイコは体の一部を細長くし、鞭のようにしならせて輔とトトのいる木へと振り下ろす。

 輔は反射的にトトを抱えてなんとか隣の木へと飛び移る。

 トトは姿を見せたスイコにカタカタと震えている。

 無理もないかもしれない。

 水を棲みかとする河童にしてみれば、間違って触れてしまえばアウトな魔物は避ければいいだけと言っても恐れの対象だ。水の中だと漂うスイコは見えずらく、災害とも言える。

 とはいえそう何度もさっきの攻撃を今のように震えるトトを抱えてかわし続けるのは無理がある。

 

 スイコは動物の形をしている魔物とは違い、体の中にある核を壊せば形を保てなくなり倒せはするのだが、その核は溶解液の中で刀は核に届く前に溶けてしまう。

 

 「…仕方ない、やったことないけど、ぶっつけ本番!」

 

 輔は意を決すると、スイコに向けた腕から竜巻状の風が吹き出るのをイメージし、それをスイコの核目掛けて飛ばしてみる。

 

 竜巻はスイコに当たると体の一部を吹き飛ばし体に穴を開ける事には成功したが、核までは届かない。しかも、すぐにその穴を体の形状を変えて戻してしまう。

 

 「おしいっ!」

 

 輔は叫ぶが、スイコは何もされていないかのように再び、さっきのように一部の形状を鞭のようにして輔達へと振り下ろす。

 避けるのは間に合いそうになかったため、輔は自分とトトの回りから強風が吹くようにイメージした。

 

 咄嗟の判断ではあったが、スイコの伸ばした鞭はその強風で形を保てなくなり、辺りにしぶきとして落ちた。

 輔は成功したことにほっと息をつく。とは言えまだまだ安心はできない。

 

 「トト、お前も自分の回りだけでいいから今みたいに風を起こせたりするか?」

 

 河童だってある程度の魔力がある。トトが自分さえ守ってくれれば輔は格段に動きやすくなる。

 

 「か、風はあんまり得意じゃない。…水なら…。」

 

 「水か…。なら、さっきの鞭みたいな攻撃がきたら、勢いよく水流を当ててみろ。その時に飛沫を浴びないように自分の回りからも外に向けて水を勢いよく出せれば、…多分、平気だろ。」

 

 「そ、そうなのか?」

 

 少し疑うようにトトは輔を見る。

 

 「まぁ、俺は少し離れた所に移動してそこからスイコの体を削って核を壊してみる。…その間トトを庇えなくなるから、トトは頑張って逃げるなり、耐えててほしいって事なんだけど…。」

 

 輔がそう言うと、トトはすくっと立ち上がって輔を見返す。

 どうやら、輔が言いたい事は伝わったようだ。

 

 「ま、任せろ!オレ、逃げ足は早い!」

 

 輔はトトに頷いて見せると、その場からスイコを引き付けるように派手に移動する。

 そうすれば、トトも少しは自分の身を守りやすいだろう。

 同時に自分の中の魔力を最大限まで引き上げていくように集中もする。

 魔法はまだ使いなれていないため加減が難しく、ここに至るまで元アリスの魔力を持て余し気味だったが、スイコに遠慮をする必要はないだろう。

 とは言え、そう何度も高威力の魔法を使えば、自分がへばってしまうのは目に見えている。

 チャンスは多くても2回。それをしくじれば後は逃げの一手になってしまう。

 スイコの特性は厄介で今の感じだと逃げ切れるのかは怪しい。

 

 つまり、2回の間に必ず核を壊さなければいけない。

 

 輔はトトと丁度対面になるくらいまで移動して息を整える。

 スイコには顔も目すら付いていないため、今スイコが何を狙っているのか不明だ。自分のいる位置がスイコにとって正面なのかも分からない。

 それでも、スイコの透けた体の中にある核は今の位置からははっきりと見える。

 この位置からなら外さない。そう確信を持って輔は先程よりも大きな竜巻をスイコ目掛けて放とうとした瞬間、足場にしていた木が前触れ無く倒れ始める。

 バランスを崩しながら放った竜巻はスイコの体をかすって中空へと飛んでいく。

 

 「ちっ!」

 

 輔はすぐさまに倒れていく木より別の木へと飛び移る。

 見ればスイコが死角となる木の根元を溶かしきっていた。

 

 「どこに脳みそあんのか分からないが、考える事はできんのか…?」

 

 輔は再びスイコを観察してみるが、ただの水の塊にしか見えないソレは思考できそうになんて無い。

 それでも輔の今の攻撃に合わせてバランスを崩された事を考えれば、ある程度の思考力があるか、命の危機への勘なのか、そういう類いのものは備わってはいるようだ。

 

 「くそ…」

 

 ならばスイコの見える範囲からの攻撃は再び邪魔される可能性が出てきてしまう。とは言え姿を隠して攻撃したところで、野性の勘みたいなモノで避けているのなら、躱されてしまうかもしれない。

 どこが正面かも分からない敵に輔はどうしたらいいのか移動をしながら思考を巡らす。スイコの隙すら分からない。

 

 「やーいっ!オレはこっちだーっ!!」

 

 不意にトトが叫ぶ声が響き渡る。

 慌ててそちらをみれば、トトが目立つところに出てきて水流をスイコに向かって放つところだった。

 そんなトトにスイコが笑った気がした輔は、木陰から目立たないようにスイコ目掛けて竜巻を放つ。今度は輔の立っている場所を倒されたりはしなかった。

 竜巻はスイコに当たっても勢いを失わず核へと進む。

 輔は危険を承知の上で竜巻が開けた穴へと自分も刀を抜いて突っ込んでいく。そして、そのまま勢いよく核を刀で真っ二つにする。

 時が止まったかのようにスイコの体が一瞬止まりそして、形を保てなくなったかのように地面に広がりながら落ちていく。

 周囲をその溶解液で溶かしながら…。

 

 輔は身体能力は上がっているが、別に空を飛べる訳ではない。核は切れたが、その後の事まではあまり考えていなかった。…つまり、そのまま溶解液へと突っ込みそうになる寸前、

 

 「息止めろー!!!」

 

 トトの叫びに合わせて息を止める。瞬間水に包まれる。一瞬溶解液に入ったかと思ったが、その割にはどこも痛くならない。だからこれがトトが出した水で、その水が溶解液を中に入れないようにしているとすぐに理解できた。

 しばらく息を止めて待っていれば、周囲の溶解液は地面へと消えてしまう。

 そうしてから輔はトトの水からも解放された。周囲は焼け焦げたような、嗅いだこともない嫌な臭いが充満していた。反射的に手で口と鼻を覆うと、ズブズブの地面とまだ残っている溶解液に気を付けながら足早にその場を離れる。

 少し離れて臭いもあまりしなくなってからやっと一息つく。

 

 「トト、ありがとう。助かったよ。」

 

 トトが何もしてくれなければ輔は今頃かなりの重症を負うハメになっていたに違いない。

 

 「へへっ!当たり前の事しただけだ!」

 

 トトは言いながらも胸を張り嬉しさが表情からも滲み出ている。

 

 「…にしても、疲れたな。次に川辺でもあったらそこで今日はキャンプ張るか…。」

 

 「なら、こっちだ!」

 

 張り切って歩き出すトトに苦笑しながらも声をかける。

 

 「もう、スイコは勘弁な。」

 

 「大丈夫!あの水とそっくりな匂いは次からはもう間違えない!」

 

 トトは自信満々でそう答えてくれた。

 

  

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