2-7.少年の訪ね先
輔の宛のあるようで無い旅が始まっていた。
元の世界から持ってきたバックパックも刀もこっちに持ち込む事ができた。
バックパックの中は一通りのキャンプ用品が揃っているし、保存食や救急セットも入っている。
着替えもあっち側の物が入っている。
トトにも確認したけれど、色んな種族がいるこの世界では色々な服装をしている者がいるため、そこまで服装について変に思われたりしないという事だった。
なので輔は黒のTシャツにカーキのマウテンパーカーを羽織り、アウトドア用のパンツ、トレッキングシューズを履いている。ベルトに細工をして刀の鞘も固定した。
背中には大きなバックパックを背負っている。
一方のトトの服装は…河童なだけあって甲羅が体を覆っていて、その下にハーフパンツらしきものを履いている。足元は草履だ。手には釣竿を持ち腰には魚籠がくくりつけられている。
格好はそれでいいのか聞けば大丈夫と返事があった。
荷物はどういう仕組みなのか、全て甲羅の中に収まっている。
旅支度を整えるのに2日程かかったが、輔はその間に自分でも魔法を使えるという事を確認していた。
トトが驚いていたので、魔力は高い方に分類されるようだ。それも白蛇の力だろうけど。
「輔、そろそろ休憩しよう!」
トトが川を見付けてキラキラした目を向けてくる。
「そうだな。」
輔が頷くとトトは大喜びで川の中へバシャバシャと入っていく。
ここ数日の経験からトトが川に入ると数時間出てこない事を学習した輔は、今日の夜営の準備を始めた。
手頃な枝を集めて、そこに手を翳し火を灯す。ちなみに枝は水分を手に持った時に魔法で飛ばしてある。
鍋に手を翳せばそこに水が溜まっていく。それを火にかけてしみじみと輔は呟く。
「…便利だよな、魔法。」
トトに言わせれば、この程度なら殆どの者が使えるらしい。
輔も白蛇の知識からそれは知っていたけれど、実際に自分が使えると楽しいものだ。
輔がそんな風にしていると、近くの藪がガサッと音を鳴らし、巨大な猪型の生き物が出てきた。
「おっ、夕飯に丁度いいな。…ま、少し多いけど。」
猪は輔を見付けると、鼻から息をブフォーと出すと突進してきた。
輔は腰の刀を猪の動きに合わせて鞘から引抜く。
それだけで、刀はいとも簡単に猪の前足を切り離してしまう。
切れ味が恐ろしいと思いながら刀に目をやり、血糊を振り払って鞘にしまう。
猪の方は何が起こったのかよく分からない様子でもがいている。
白蛇が持っていた短刀に持ち替え、猪の首に突き立て止めをさした。
魔法を駆使しながらも猪を解体した後処理をしていると、トトが魚を抱えて帰ってきた。
「なんだ、輔も夕飯狩ってたのか。」
「向こうから食べられに来たんだよ。食べきれないから干し肉にしたよ。今日食べる分だけ焼いてる。」
「肉も旨いよな。オレ今まで魚ばっかだったから新鮮だ!」
そう言うトトは、捕ってきた魚をそのまま1つ丸飲みしていた。
調理された物を食べることは今まであまり無かったようで、輔の雑な料理も旨い旨いとよく食べる。
輔はそんなトトを見て苦笑しながら、魚の調理にも取りかかった。
食事を粗方終えた頃には日も暮れていた。
「明日は目的地だな。えーと、サージャの知り合いの…名前なんだっけ?」
トトがそう言ってきた。
「名前は一応ルジャだな。」
行き先の定まっていない輔ではあったけれど、とりあえず自分の家が祀っている存在がいるなら、最初に挨拶に行くのは筋だろう、とそこへ向かっていた。
どうやら白蛇とは親交があったらしく棲みかも名前も知ってはいた。
…白蛇の記憶ではここ百年近くあの棲みかに引きこもって外へ出ていないせいで、多分というしかないけれど。
次の日、トトが再び川に向かう前に出発し、山道を歩き始める。
「結構山奥だな。…河童族もこんな奥には住まないよ。」
頭に水をかけながらトトがそうぼやく。
「確かにな。…これで記憶と違うところに引っ越されてたら笑うしかない。」
輔も前屈みになっていた腰を伸ばしながら同意する。
「この辺までくると魔物出そうだな。…妖精どもの棲みかも無いみたいだし。」
トトは周囲を見回してため息をつく。
「ま、出るだろうな。」
輔はそれに対して頷いた。
この世界の魔物は、滞った魔素が淀みを作り、そこから湧いてきてしまう、となっている。
実際はよく分かっていないけれど、実体を持ち、高い魔力でもって人等を襲う。
ちなみに輔が倒した猪も分類としては魔物だ。
ただ、魔物の多くは人が足を踏み入れない様な場所に生息しているため、中々遭遇はしない。
この場所はそんな魔物達にいつ遭遇しても不思議ではない場所だった。
こんな辺鄙な場所に目的の白蛇が棲んでいるのだから仕方がないけれど。
「この辺だとは思うんだけど…。」
輔はキョロキョロとしながら、岩場の隙間等を見ていく。
と、不意に何も無いところに突っかかりを感じた。
よく見てみれば結界が施された洞穴がある。
「お、みっけ。トトー目的地だぞ。」
「本当か?…あ、そうだな。この感じ、何か棲んでる。」
「だろ?…おーい、ルジャ聞こえるかー?いたら出てきてくれよー。」
輔は洞穴の奥に向かって呼び掛けた。
暫く待つと、洞穴の奥からひょっこりと白蛇が顔を出した。
「なんじゃ、我は気持ちよく昼寝をだな…………。お前、オトセの子ではないか。いつこっちに来おったんじゃ。」
ルジャは驚いたように輔を見据えた。
「1週間くらい前だ?俺がこっちに来たのもしかして気付いてなかっのか?」
「ふ、ふん。少し昼寝が長かったか…。…お前、オトセの子だが、少々おかしな感じもするの…。……お前、もしかしてサージャと何かあったか?」
「やっぱり、同族だと分かるのか…。そのサージャと位置を入れ換えてみた。」
「………………………あのバカが……」
輔の言葉を聞いて、ルジャは小さく呟き、遠くを見てからため息を吐き出した。
「…仕方ない、のか。…お前達、もうすぐ日も暮れる中へ入れ。」
そう言うとルジャは再び洞穴の奥へと行ってしまう。
輔とトトは顔を見合わせたが、そのままルジャの後を付いて洞穴へと入っていった。
洞穴の奥は入り口とは違って広々としていた。
ルジャも蛇の姿から中性的な人の姿へと変わっていた。
部屋の中央には囲炉裏まである。ルジャが囲炉裏の周りに座るように促すので輔とトトはそこに座った。
輔は土産として持ってきていた干し肉とあっちから持ってきた酒を出し、ルジャへと渡した。
「オトセの者がいつも供えているものだな…。供えた所で我は受けとれんのにの…。1度本当に飲んでみたかったんじゃよ。」
ルジャが酒を見てニヤリと笑いながら、杯を出してきた。
「…お前達は、呑まないか?」
輔とトトは首を横に振った。それを見てルジャはお茶の用意を始めてくれた。
「…さて、お前こっちでは何と名乗る事にしたんじゃ?」
「俺は輔と名乗っている。こっちはトトで、元々サージャの身の回りの世話をしてたみたいなんだ。」
トトは緊張した面持ちで頭をぴょこっと下げた。
「なるほどの。…サージャに最後に会ったのは100年程前じゃったかな?」
「正確には114年前だな。」
輔はこの種族の時間感覚の曖昧さに苦笑いしながら答えた。
「そうだったか。…輔、おかえりと言うべきなんだろうかの…。」
ルジャが目を細めて言うのを聞いて輔は疑問を口にする。
「…俺の魂をあっちに送ったのはルジャだと聞いてたんだけど、実際はどうなの?」
「正確には我ではないな。我よりももっと高次の存在から、伝言するように頼まれただけじゃよ。」
白蛇族は数が少なく、この世界とは違う世界を垣間見る事ができるという特殊な能力を有する。
その中でも他の世界へと声や姿を届ける事ができる者は限られてくるけれど…。
「それって、神様的な?」
「まぁ、そうなんじゃろうな。…17年前、この世界に使者殿が生まれたんじゃがね、…消えてしもうたのよ。…恐らくじゃがあちら側に落ちてしもうたんではないかと思っておっての。…時期を考えてもお前は多分それに関係しているんじゃないかと思うとる。…じゃなきゃそんなお方が我なんぞに伝言するように言ってはこんじゃろうからな。」
「白蛇族の中でも異界と交信できる者って少ないからな…。ルジャが選ばれたのは定期的にあっちの一族と交信してたから、って事か…。」
「それもあるんじゃろうが…輔、お前はあっちで使者殿とは会わなんだか?」
「どうなんだろな…。あっちにいる時は、使者とかの知識は無かったし…。……でも、そうか、……もしかして…いや、そんな事って………。」
輔はここで初めて1つの可能性に思い当たる。
早く会いたいと願って止まない彼女だ。
なぜこんなにも彼女に会いたいと思えているのか。
そもそも輔は既にフラれている。
正樹の言い分ではないけれど、こんなストーカーじみた行為は気持ち悪がられるのは目に見えている。
けれど、輔には根拠の無い自信のようなモノがある。
彼女には輔が必要なのじゃないか、という…。
「何か思い当たる事でもあったかのぅ。」
「…いや、…確信はないからな……。」
輔はルジャの問いかけから目をそらした。
ルジャはそこまで興味も無かったのか、遠くを見るように目を細めた。
「…ふむ。…サージャは向こうで上手くやっとるようじゃよ。…寿命と引き換えなければあっちに行けんのにの…。皆、生き急ぎすぎじゃと思わんか?」
ルジャはため息を吐き出しながらそう呟く。
サージャは何もあっちにタダで行けたわけではない。白蛇の寿命を削って入れ替りの魔法を使っている。
何千年も生きられる体はあっちには持っていけないし、こっちで当然使える魔法もあっちでは殆ど使えなくなるからサージャにはもう寿命なんてどうでも良かったのかもしれない。
一方の輔だって実はサージャが寿命を削った後の体に入った訳だから、元の白蛇だけの寿命よりかなり短くなっている。…と、言ってもまだまだ人間よりは長命になるけれど…。
「…そういや、俺も元の世界を見れたりするんだよな。」
「サージャができた事は大概できるじゃろう?…じゃが、確かサージャはあっちを見るには条件があったじゃろ。」
「んー、確かに。…眠らないとダメっぽいな…。…夢見る感じか…。ルジャは起きてても見れるのか?」
ルジャはどこか誇らしげな顔で答える。
「我は目を細めて意識を集中するだけじゃから、サージャより簡単にできるの。声を届けるには陣を敷くがの。」
「…あ、俺もできるっぽいな、寝れば…。あとは向こうの受け取り手の問題か…。」
サージャの記憶を掘り起こしながら輔も呟いた。
家族と連絡するのは可能そうだ。それは嬉しい発見だ。
「サージャのヤツめ、性別を決めたようじゃのう。…娘になっておるよ。アリスと名乗っとるそうじゃ。」
ルジャはサージャと交信でも始めたみたいだった。
「あれ?アーリーじゃなくて?」
確か、サージャは筒井にアーリーと呼ばれていた。
筒井は多分知らなかったのだろうけど、白蛇に新たな名を与えるという事は、プロポーズを意味してしまう。
しかもサージャはその名を気に入り、こっちの世界を捨てた。…押し掛け女房だ。
けれど、輔もこっちに来た理由は似たようなものなので、その事を悪く言う気はない。
疑問はそういう意味を持っていた名前を名乗っていない事だった。
「それはあっちで違和感のある名みたいじゃの。それに元より娘ならアリスという名だったと抜かしておるぞ。…む?…不思議の何とかという物語があるのか?」
ルジャが輔に訊ねてきた。
「…あるな、不思議の国のアリス……。…あの人結構安直なんだな…。」
輔はちょっと抜けてる印象のある筒井を思い出していた。
きっと、白蛇が不思議な存在に思えていて、可愛いとも思っていたのだろう。
けれど、性別不明…ならば、『不思議の国のアリス』のアリスの名前の最初の2文字を伸ばしてしまえと考えたんじゃないだろうか。
「あ、そんな事よりも俺の家族達って元気にやってんのかな?サー…じゃないのか、アリスとも上手くやれてんのかな?」
名前を変えた白蛇は元の名前で呼ばれるのを嫌う。その為、これからはサージャではなくアリスと呼ばなければならない。
「我の見たところ問題は無さそうじゃよ。…覚悟しておくように言っておったしの。…アリス、もかなり打ち解けとるみたいじゃぞ。」
「そっか。…俺もそのうち自分で様子見れるようにしときたいな。」
「な、なぁ!サージャ名前変わったのか?!」
それまでずっと黙って話を聞いていたトトが急に割り込んできた。
「そうだな。名付けてもらったみたいだ。」
「そうなんだな…。サージャ、番見つけたのか…。」
「サージャじゃなくて今度からはアリスな。…まぁ、一応、番になるのか…。」
正確にはまだ番になれてはいないだろうけど、アリスのしつこさには敵わないだろうから、実質もう番と言っても問題はないだろう、と特にその部分は否定しないでおいた。




