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2-6.少年の旅立ち


 

 2日後、輔は言われた通りあの原っぱへとやって来ていた。

 …家族と共に……。

 ちなみに、輔は80Lの大きなバックパックを背負っている。

 

 この2日、輔の家は大騒ぎだった。

 

 輔が向こう側に行く事そのものを止められはしなかったけれど、正樹と大河は腹に溜まったものがあったのか決闘だ、とか言って真剣まで持ち出す始末で、雅司に大目玉を食らった。

 

 それで、兄弟で腹を割って話してみれば、兄も弟も家族を顧みる事なく、向こう側に行く事ばかり言う輔に腹が立っていたと言われた。

 だから、輔はここまで1人で生きていけるように仕込んでくれた家族を思えば、それを無駄にしないためにも向こう側に行く必要を強く感じた事を打ち明けた。

 

 そして、3人で思ってる事を言い合いながら、山に行こうとなって、3人で最後の山籠りだ、と言いながら1泊してきた。魚を釣って、山菜と一緒に食べて話して、何だかんだと涙が止まらなくなって…。

 

 帰ってくれば、フミを筆頭に結と雅司が家中を大掃除していた。

 このままじゃ白蛇様を迎え入れられない、と兄弟3人も駆り出され大騒ぎしながら家族皆で家を磨きあげる。

 夕飯はもう作れないと、近所にある良いお値段がする特上寿司を出前してもらい、昔話にここでも花が咲き、満たされた気持ちで布団に入った。

 

 そして今日、いつも通りきちんと学校へ行き、1つ1つを噛み締めるように目に焼き付けた。

 友人には改まって礼もした。…説明は家族みたいにできないから、気持ち悪がられたけれど。

 

 そうして思うのは、本当に恵まれた環境にいたな、ということ。

 それでも、彼女に会いたい気持ちにも、向こう側へ行く事の躊躇いも感じなかった事に、実は輔が1番驚いていた。

 

 

 この2日の事を思い返していると、原っぱにガサガサと人が来る音がする。

 

 「…こりゃまた、大勢だな……。…よく見りゃ皆、常連さんじゃん…。」

 

 筒井が輔の家族を見て戸惑いの表情を見せた。

 

 「あら、本当ね。…皆さんご家族だったのね…。」

 

 筒井の後ろから少し遅れてもう1人、ここにあった店の店員だった女の人が現れた。

 

 「私は桂沢 登子です。取り敢えず、筒井君の蛇様に呼ばれたのでこの場にお邪魔させてもらう事になりました。」

 

 登子はいつも店でしていた営業スマイルを浮かべている。

 

 『役者は揃ったの。』

 

 輔には声しか聞こえないが、全員がその声の主、白蛇を見ていた。

 

 「…で、どうすればいいんだ?」

 

 『妾が今から陣を敷く故、ヌシはそれをなぞれば良い。』

 

 輔は、なるほど、と頷きかけてはっとする。

 

 「え、と、手とかでか?」

 

 『…何かこちらのモノは無いのか?』

 

 呆れたように声が響く。

 輔はそんな物を持ってはいない。

 どうしよう、と家族の方を見ると、雅司が厳重に封を施されている何やら立派な箱を地面に置き開こうとしていた。

 輔が、それは何かと聞く前に雅司が恭しい手付きで箱を開けた。

 

 「…輔、来なさい。」

 

 「何だよ、改まって…。」

 

 輔は雅司の雰囲気に圧倒されながらも、怖々と箱の中を覗き込んだ。

 

 そこには、一振りの刀が鞘に入って納められていた。

 ただ見た感じが既に不思議で、何やら赤く淡い輝きを持っている。

 

 「……これって何?」

 

 「聞いて驚け!これは、我が家の家宝の1つ、日緋色金の刀だ。」

 

 「は…?」

 

 ヒヒイロカネとか言ったか?父はボケたのか?

 実際に存在していたのかも怪しい伝説の金属でできた刀がここにあります、と言われても信じようもない。

 だが、雅司は自信たっぷりだ。

 

 「…いやいやいや…ちょっと待て、んな伝説上とか空想のとか、神話ではとか書かれちゃうようなモンがここにあります、とか言われても信じられないんだけど…。」

 

 「だけど、こんな風に輝くモン知らんだろ?…これは我が家の初代様の持ち物だったらしい。…つまり向こう側から持ち込んだ、って事だぞ。」

 

 確かに、向こう側の物ならばこちらに存在していなくても不思議ではないのかもしれない。

 輔はまじまじともう一度刀を見た。

 淡く輝くこの刀は確かにこっちの物には見えない。

 

 「…マジか…。…それが本当なら、これ、こっちじゃ国宝級だぞ。…そんなのがずっとウチに在ったのかよ…。」

 

 「まぁ、門外不出が基本で家を継ぐヤツだけが存在を教えられていたからな。……一緒に伝えられてるのは、万が一ウチの一族が向こう側に行くような事があったら、持っていけ、と言うことだけだ。……つまり、今の事だな。」

 

 「……そうだな。……この刀を使って白蛇様の陣をなぞれ、って事か…。………持っていいのか?」

 

 「もちろんだ。…輔にこれを向こう側に持って行ってもらうために持ってきたんだからな。」

 

 輔は雅司の言葉を聞いてからそっと刀を手に取る。

 見た目よりもかなり軽い。

 

 『フム、日緋色金じゃな。…それで妾の陣をなぞるのじゃよ。』

 

 白蛇様が見えないのになぞれるのか疑問はあったが、地面にうっすらと白い光が何やら図形を描き出していく。

 輔はその線を慎重に刀の鞘で辿る。

 すると、うっすらとしていた光がはっきりとした白い光となっていく。

 

 その幻想的な光景に集まった一同も何も言葉を発することなくただ見つめていた。

 

 白蛇の動きが複雑な図形の真ん中で止まり、輔もその場所へと辿り着くと、一際強く陣が輝いた。

 

 『始まるぞ。…言っておく事があれば言っておくといい。』

 

 白蛇にそう声をかけられ、輔は家族に向き直る。

 

 「…今までありがとう。俺、この家族に生まれて本当に良かったよ。」

 

 そう言うと、結とフミが涙ぐむ。

 

 「輔、体は大事にしなさいよ。無理は禁物だからね。」

 

 「輔兄、フラれたって落ち込むなよ。」

 

 「だな。…あんまり重すぎると逃げられるからな。それは気を付けろよ。」

 

 兄弟の言葉に輔は頷く。

 

 「本当にありがとう。…それじゃ、いってきます!」

 

 その言葉を最後に光はより一層強くなり、そして輔を包み込んだ。

 

 

 

 

 輔はふわりふわりとした浮遊感に目を開ける。

 

 「あれ?ついたのか?」

 

 「まだじゃよ。」

 

 光の中で呟くとそれに答える声が聞こえた。

 

 「まだ、なのか?」

 

 「妾とヌシの情報を入れ換えてるからの。時間はかかる。」

 

 「…そういえば、俺って向こうだと蛇になっちゃうの?」

 

 今更ながら輔は不安になった。

 

 「そうだな。…嫌ならヒトの姿を取れば良いだけじゃ。…妾もあっちではヒトになる。」

 

 「……なぁ、もしかしなくてもお前って女だよな?…俺、男のままがいいんだけど…。」

 

 「あぁ、そう言えば性別が決まっとるんだったか…。我らは生まれ持った性別など存在せぬよ。大概は番が決まった時に相手に合わせるからの。…妾と言っておるのは便宜上じゃよ。」

 

 「そ、そうなんだ。」

 

 蛇で魚類の一部みたいに途中で性別変わるのっていたか?等と考えても無意味なのかもしれない。きっとそういうモノなのだ…。

 

 「ヌシが身に付けた物は知識も技術も忘れぬよ。そこに妾の知識と技術が使えるのじゃ。得じゃろ?」

 

 「それはありがたいな。」

 

 「フム、もうすぐ終わりそうじゃ…。ヌシ“真名”を名乗れ。」

 

 「……何で?」

 

 輔は“真名”が何かを知っている。ただ、元居た世界では誰もそんなモノを持っている様子が無かった。

 だから、今まで家族にも言わないでいた。

 

 「入れ替わるのに互いの“真名”は不可欠だからじゃ。」

 

 「…それって、やっぱり“共有”するって事だろ?」

 

 輔の感覚では、“真名”とは命を共有してしまう感覚に近い。

 

 「ほぅ、知っておるのか。だがな、仕方なかろう?混ぜて取り替えるのじゃから。」

 

 「それも、そうか。…俺がお前に成り代わるんだもんな。…でもさ、それでいいの?」

 

 輔は理由がはっきりとしている。彼女に会う為なら何だってする。…でも、この白蛇は…

 

 「妾はの、ずっと加寿豊の所に行きたかったのじゃから…。」

 

 「んーと、それって、筒井さんか?」

 

 輔は初めて聞いた名前だったが、この白蛇がずっと一緒にいたのは筒井しかいなかった。

 

 「それ以外誰がおるんじゃ?…まぁもう少し前は別の名じゃったが…。」

 

 「え?別の名って?」

 

 「妾が加寿豊を見付けたのはもう数百年も前よ。」

 

 「……輪廻転生的なって事か…?」

 

 「そうなるの。…妾では1人で越えられんかったのよ。…だから、待っておった。…ずっとの。…白蛇の種族はしつこいらしいぞ。…ヌシも似たようなもんじゃろう?」

 

 ここで初めて白蛇がニヤリと笑ったような気がした。

 そして、白蛇の姿がどんどんと少女へと変貌していく。

 輔はその様子を見て驚きの声を上げた。

 

 「おぉー。すげーな。」

 

 「…お前もぼさっとしてると、白蛇の姿になるぞ?」

 

 少女の姿へと変わった事により、白蛇の方は言葉づかいも少し変わっている。

 

 「あ、それは困る。」

 

 輔は自分の足が蛇の尾っぽのようになってきた事に焦って、今までの自分の姿を一生懸命に思い浮かべる。

 すると、変わりかけていた部分が元に戻っていき一息つく。

 その様子を見ていた白蛇がすっと目を細めた。

 

 「…この方法は2度とはできん。…良いか?」

 

 白蛇の問いに輔は迷いなく頷く。

 

 何をすべきなのか今の輔にはもう分かっていた。

 

 白蛇と輔が同時に“真名”を口にしたその時、今までの光が嘘のように引いていく。

 

 くらりとした感覚と共に周囲の風景が現実を伴い始め、今まで見てきていた光景が一変している。

 

 その事に感動する暇も無く、突然勢いよく突き飛ばされた。

 

 転ぶのは免れたけれど、3歩ほど前へつんのめってしまった。

 

 「…って、何す……」

 

 後ろを振り返って輔は黙ってしまう。

 そこには涙を流す子どもの河童がいたから…。

 

 「サージャが、呼ぶから何かと思ったら…。こんなのって酷いよぅ…っ!」

 

 サージャは白蛇がこっちで使っていた通称だ。

 そして、この泣いてる河童はトト。確か年は10くらいで男の子だ。簡単に言ってしまえば白蛇が拾った子どもになる。

 …本音は自分の身の回りの世話係で、そして、この入れ替わりの成功に不可欠な存在だった。あっち側ではこのトトと同じ役目を登子とか言う人が受け持つ。

 

 この入れ替わりのカラクリは、向こうとこっちで同時に結界を張り、それによって同じ場に居た2つの存在を無理矢理混じり合わせ、それぞれの位置を替え、混じった状態を強引に分離させる、という力業だった。

 それだけだと、自分でこの結界から出られないという厄介な事が起こってしまう。

 そこでトト…向こうだと登子の出番となる。

 この2人は、それぞれ押し出す力と引っ張り込む力がある。

 こっちではトトに押し出してもらい、あっちは登子に引っ張り出してもらうのだ。

 それで、この入れ替わりは本当に完成される。

 

 これは白蛇の知識と記憶だ。混乱するかと思ったけれど、案外あっさり理解し、受け入れる事ができた。

 

 「…あー、悪いな…、トト。…あいつはもう戻らない。」

 

 「知ってるよっ!サージャ言ってたもん。あっち側に行くんだって。…そんで、他のヤツが来るって…。」

 

 「そうだな。…俺は輔だ。…よろしくな?」

 

 「オレ、今度からお前の世話する。…サージャの変わりに成れっ!!」

 

 「そう言ってもなぁ…。俺は一応一通りの事はできるんだよな…。」

 

 サージャこと白蛇は、ほぼ身の回りの事はしていなかった。…というよりはできない。それを甲斐甲斐しくフォローしていたのがトトになる。

 

 「み、見捨てる気かっ…。」

 

 トトは再び涙が溢れそうになっている。

 これまで白蛇の傍を居場所としていたみたいだから急に放り出された気分なのかもしれない。

 

 「いやいや、見捨てるとか人聞き悪い…。まぁ、旅は道連れだしな。一緒に来るか?…世話されるよりも仲間っていう方が俺はいいな。」

 

 トトの顔がぱぁっと明るくなった。

 

 「な、仲間!それ、いい!…輔は旅するのか?」

 

 「そのつもりだ。…探している人がいてさ。」

 

 「探し人か。オレも付いていっていいんだな?」

 

 「もちろんだ。それじゃよろしくな、トト。」

 

 輔とトトは握手を交わして笑い合った。

 

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