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2-5.少年の転機なる出会い


 

 あれから進展が望めないままこの1ヶ月、輔は代わり映えのない高校生活を送っていた。

 

 家族に向こう側に行く方法を探すとは宣言したものの、早々に行き詰まった。

 

 それもそうだ。

 家に残っている文献類には向こう側に行く方法なんて記されてはいなかった。記されていれば今まで見付からなかった方がおかしい。

 ただ、向こう側の生活とか環境とか簡単な歴史とか、魔法についてとか、そういう類いならいくつかはあったけれど、あまりに古くて今でも同じなのかは怪しいと思えた。

 

 それをある程度真に受けた家族に輔は1人でも生きていけるように仕込まれた訳だけれど…。

 

 

 「…はぁー……」

 

 輔はため息を吐き出して教室の窓から、かつてコンビニがあり、現在はただの草っ原となった場所を眺めていた。

 既に授業には身が入らない。

 向こう側に行ってしまえば、こちら側の事柄とは無関係になってしまうのだから、学校に来る事がバカらしくもなってくる。

 それでも、きちんと学校に来ているのは家族の為だと思っている。

 向こう側へもし行けなくても、こちら側でちゃんと生きていけるように、と家族は思っているのだろう。

 冷静に考えて、家族は向こう側に行く手段なんてもう見つけられないと考えているのだ。

 

 それでも、輔は諦めきれない。

 彼女の姿を2度と見る事ができない世界なんて…。

 

 

 「…はぁー…」

 

 草っ原から目を逸らそうとした時、その場所に人が来るのが見えた。

 遠目で性別くらいしか分からないその人はなんとなくという感じで草っ原を見ているような気がした。

 瞬間に閃いた。

 

 「あっ!」

 

 突然大きな声を出した事により、教室中の視線が自分に突き刺さる。

 

 「…音瀬、どうした?」

 

 担任でもある国語の教師が呆れた視線を寄越してきた。

 

 「…あ、いや、…腹、減ったなって……。」

 

 咄嗟に言った言葉に自分でもバカな事言っていると思う。

 当然、クラス中が爆笑に包まれて…。…ウケ狙いではなかったんだけど…。

 

 「成長盛りで腹が減るのは分かるが、授業中にわざわざ叫ぶな。」

 

 教師はそう言うと、輔に興味を失ったように手を叩いてクラスの集中を取り戻そうとする。

 何人かは先生の方へ向き直るが、クスクスという笑い声はしばらく続いた。

 

 輔は再びため息をついて、窓の外へと視線を向けた。

 もう、草っ原に人はいなくなったみたいだった。

 

 輔は今日まで家にある文献を漁ってみたり、白蛇様の神棚に毎日祈ってお告げが無いかと試してみたりとしていたが、どれも空振りだった。

 でも、あの場所で働いていた人達に会いに行くのも1つの手ではないかと考え付いた。

 もしかしたら、あの店にいた人達は皆が向こう側に行ったのかもしれない。だけど、残っている人だっているかもしれない。

 

 

 

 思い付いてから学校が終わるのをジレジレした気持ちでやり過ごした。

 

 そして放課後、友人が駅前のゲーセンに誘ってきたが断って、草っ原に駆けてきた。

 

 草っ原に来たはいいが、ここからどうするか、だ。

 当然ながら輔はここにいた人達の連絡先なんて知らない。

 輔の記憶にある店員達は確か彼女を入れて4人。

 彼女と無愛想な男の店員、ちょっとヘラっとしていた男の店員、あとは不思議な雰囲気のお姉さんのような、母に近い年齢かもしれない女の人。

 その中の誰か1人でも覚えていてくれれば何か手掛かりが掴めるかもしれない。

 

 だが、ここからどうするかは決まっていない。

 ここで、彼等の内誰かが懐かしく思ってここに訪れるのを待つか、町を歩き回って探し出すか、どちらかしかできない。

 

 原っぱへと足を踏み入れる。

 むやみに歩き回ってあの人達に会えるとはどうしても思えなかった。

 彼女に繋がっているのは多分この場所だけだ。

 もう1回会いたいと思う。会わなきゃいけないとも思ってしまう。

 捕まえていないと消えてしまいそうな、彼女…。

 本当に消えてしまった、彼女…。

 

 原っぱの中をウロウロと意味も無く歩き回る。どんなにウロウロとしてみても店は現れない。

 

 『…ヌシ、前から思っておったが、憐れじゃな。』

 

 声が頭に響く。

 突然の出来事にキョロキョロと辺りを見渡すが何も周囲に変化はない。

 

 「誰だ?」

 

 『ヌシ、面倒よのぅ。見えぬのか。ヌシの家の者は見えていたのにの。……フム、ヌシ、まじないがかけてあるの。』

 

 「…まじない?」

 

 『見えぬモノに捕らわれぬように、の。』

 

 言われた瞬間に家族の顔が浮かぶ。多分そんなのを掛けたのは家族の誰かだ。…家族の気持ちも少しは分かるので恨む事はしないが、出来ることなら、

 

 「解いてくれないか?」

 

 『それよりも、ヌシ、こちらに来たいのではないか?』

 

 「…お前はどこにいるんだ?…もし、向こう側なら、俺はそこに行きたい。」

 

 答えは決まっている。向こう側に行けるなら、なんだっていい。

 

 『妾がおるのは、ヌシの言う向こう側じゃよ。……ヌシをこちらに招いてもよいぞ?』

 

 甘美な艶を感じさせるその声は頭に響く。

 こんなに簡単にあっさりと誘ってくれるなんて…。

 

 「なら、頼む。俺はそっちに行きたい。」

 

 『帰れぬ道ぞ?…それでも来るか?』

 

 迷いはない。

 

 「行く。」

 

 『……条件がある。…ヌシ、その位置を妾に寄越せ。代わりにヌシに妾の位置をやろう。』

 

 「は?…位置?」

 

 条件に出された事の意味はさっぱり分からない。

 

 『ヌシがそこで捨てるモノ全てを妾へ寄越せと言うとるだけじゃ。』

 

 「俺が捨てるモノ?」

 

 『ヌシの家族や友人、地位や名誉、過去の全てじゃ。ヌシが妾になり、妾がヌシとなる。』

 

 「…そうすると、どうなるんだ?…俺がここでしてきた事は全部お前がした事に置き換わるとかそういう事か?」

 

 『さっきからそう言うとる。…じゃが、こちら側を知っとる者達は記憶が混乱するかもしれんのぅ。…ヌシの家族は特に。』

 

 この声の主が自分になる…。

 それはどういう事を引き起こすのかさっぱり検討がつかない。

 自分の家族や友人が輔を忘れてしまい、この声の主を輔だと思ってしまうという事か。

 …でも、向こう側を知っていると上手く記憶をすり替えられないで、ある日突然、輔と違う者が輔に成り代わってしまうのを目の当たりにしてしまうのか。

 それに、この声はさっきから輔をよく知っているかのように話す。

 

 「…さっきから、お前、俺や俺の家族を知ってるのか?」

 

 『知っておるよ。繋がりなど見ればわかるものよ。…よくここにあった店に来ておったろう?』

 

 輔は、その言葉にはっとする。この店の関係者を探していたのだ。

 

 「お前、ここの店の関係者か?」

 

 『妾は直接関係しとらんよ。…じゃが、妾の可愛い子はこの店におったからの。』

 

 「可愛い子って…?」

 

 彼女の姿が真っ先に思い浮かべられた。

 尚も言葉を募ろうとした時、焦った声が原っぱに響いた。

 

 「アーリー!探したんだぞ!って…ぅわっ!」

 

 振り返ってその声の主を見れば、探していたここにあった店で働いていた青年だった。

 青年は輔を見て仰け反るように驚いている。

 

 「あ…」

 

 どう言おうか困っていると、先に青年の方が話しかけてきた。

 

 「お、お前、確か店によく来てた…。あ、でも忘れてんのか…。…ってか、俺のアーリーに何の用だ?」

 

 少し残念そうな顔をしながらも、青年は輔を見据えていた。

 

 「え、いや、俺、ここにあったJマート覚えてます。…ってか、アーリーって?」

 

 「えっ?!お、覚えてんのっ?!…確か、お前、ことなっちゃん狙ってた…よな?」

 

 驚き過ぎている青年からアーリーなるモノについての返答は無く、聞き覚えの無い名前を言われて若干輔は混乱した。

 

 「…ことなっちゃん??」

 

 「あー、えーと、お前が真っ赤になりながら接客してもらってた子。…残念なんだけど……。」

 

 そういう風に言われれば分かる。この青年は彼女の事を言っている。

 …まさか、名前も知らない彼女の仕事仲間に自分の顔を覚えられているとは思わなかったが…。

 

 「…向こう側に行ったんですよね?…ウチ特殊な家系で家族全員それは知ってます。」

 

 「へー、そうなんだ。そういう家もあんだなぁ。…あ、登子さんとこもそうなのか…。意外とあんのかもなぁ。」

 

 意外とあっさりと青年は何やら納得したようだ。

 もしかしたら、この人なら何か分かるかもしれない。

 

 「それで、俺、向こう側に行きたいんですけど、何か知りません?」

 

 「はっ?!…お前、本気?…ことなっちゃん、お前の事殆ど知んないんじゃ?…流石にそれは…どうかと思うぜ?…こわーい保護者が一緒だしなぁ…。」

 

 「…怖い保護者?」

 

 両親、とかではなく…?

 

 「そ、店長、ね。…あの人、ことなっちゃんの事になると人格まで変えられっからなぁ。」

 

 「…店、長?……って、ま、まさか…」

 

 思い当たる人物がいる。

 ずっと彼女の隣にいて、兄であってほしいと願っていたヤツが…。

 

 「あー、ことなっちゃんいる時は愛想いいけど、それ以外だとまぁ…。…俺以外にもう1人いたっしょ?男が。」

 

 「………兄、とかですよね?」

 

 「血は繋がってないぜ?…ことなっちゃんはどうだか知んねぇけど、…店長はなぁ…まぁ、ちゃんと聞いた事は怖いからないんだけどよ、…あれはなぁ…かなりの執着ってヤツだよ…。お前だってかなり睨まれたろ?」

 

 血の気が逆流していき、力が抜けていくようでいて、それなのに、腹の底で沸々と黒い塊がうずくような、苦味が胸に広がって…苦しくなる。

 思わず胸を掴むと、青年がその様子を見て焦ったようにした。

 

 「あー、えー、…あれだ。でも、付き合うとか、そういうんじゃなくて、…超過保護な保護者?いきすぎな?…みたいなだぞ?…別に、いや、多分、付き合うとか、恋人に、みたいな感じじゃ多分ない、ぜ?……まぁ、ことなっちゃんがその気になったら、多分、…いや、ないか?でもなぁ…?」

 

 男の方は彼女を積極的にどうこう、は無いようだ。

 ならば、まだ、諦める必要もない…。

 

 「…つまり、俺にもまだ、希望はあると、言うことですね…。」

 

 「えっ?!…マジか…。こぇーのばっかだな。…俺はあっちの事はなんも知らないからな?」

 

 青年はかなり引いていて、関わりたくなさそうな顔をしていた。

 

 『おい、妾の事を忘れるな。…可愛い子が何を言おうとヌシをこっちに招いてやる。2日後の満月の夜にこの場所へ来るように妾の可愛い子に伝えろ。』

 

 「え…か、可愛い子って……」

 

 どこからか響く声に目の前にいる青年を見る。

 …どう見ても輔には彼から可愛さは感じられない。

 

 「…今度は何だよ……。」

 

 青年は今にも逃げてしまいそうだ。

 

 『面倒よのぅ。…可愛い子に妾の声は届かんのじゃ。代わりに妾の姿を見ておる。ヌシは声が聞こえて妾が見えんのじゃよ。』

 

 「そ、そうなのか…。あの、あなたは何かこの世界でない存在が見えていたりしますか?」

 

 「は?……何だよ突然…。」

 

 青年は警戒したように輔に向き直る。

 

 「声が聞こえてるんです。さっきから。俺には見えてないんですけど、あなたはそれが見えていて、俺には声が聞こえてるみたいなんです。…心当たりありますか?」

 

 そう聞いた途端、青年に肩を掴まれゆさゆさ振られる。

 

 「お前、アーリーの声が聞こえんのかよ?」

 

 『可愛い子は、妾の事をそう呼ぶのぅ。』

 

 「…は、はい。そうみたいです。」

 

 揺さぶられながら輔が答えると、青年の目が輝いた。

 

 「何か言ってきたのか?な、なぁ、俺とは喋れるようになんのかよ?」

 

 『今は無理じゃ。可愛い子に聞く力はないようじゃ。…じゃが、ヌシの位置を貰えればいくらでも会話もできようぞ。』

 

 見えない声は機嫌良さそうな声を出す。

 

 「…今は無理だって。…でも、まぁ、あなたの望む形かは別にしていずれ会話も可能みたいです。……2日後の満月の夜に、またここに来て貰えませんか?」

 

 青年は自分の肩へと視線をやる。

 …そこに声の主がいるのかもしれないが、輔には何も見えない。

 

 「…嘘じゃ無さそうだな。…アーリーも機嫌良さそうだし…。………分かった2日後の夜にまた来てやる。」

 

 「お願いします。」

 

 青年とその後改めて自己紹介などをして、輔は逸る気持ちを抑えながらも帰宅の途についた。

 

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