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2-4.少女のいきづまり


 

 アランドにきて2週間。

 諷はここでの生活に慣れてはきたが、どうにも甘やかされていた。

 

 ここに来た日、お城のような家に居心地悪く過ごした。

 

 次の日に道護がこれじゃ落ち着けないと、ディーフェとオベールと共にその家を魔法で分解し、再構築?して、ちょっと豪華なログハウス風にしてくれた。

 

 諷は目が飛び出る程驚いたが、守護者が3人揃っているならこれくらいはできるのだそうで、それまで建っていた建物もそうやってディーフェとオベールが用意していた物らしい。

 

 それを呆気なく崩してしまった事に申し訳無さを覚えたが、2人は諷が最優先と言ってのけてしまう。

 

 …現在の諷は道護のような過保護者を増やしたような状態となっていた。

 

 

 

 「ふうちゃん、少し休憩にしましょう!」

 

 オベールが勉強をしていた諷にそう声をかけた。

 

 こっちの世界に来てから諷はこの世界の歴史や常識を覚えるために守護者3人に交代で教えてもらっている。

 

 「はーい。」

 

 諷が答えると嬉しそうに紅茶を淹れてくれる。

 勉強道具は、さっさとディーフェが片付けている。

 

 当たり前のように整えられていくお茶の準備。

 諷はそれをぼんやりと眺めていた。

 

 (……あ、これ、どんどん自立から離れていってる………。)

 

 ふと気が付いてみたが、諷の近くにいるのが嬉しくて仕方がない様子のディーフェとオベールに押されて諷は何も言わずに受け入れてきてしまったが、このままじゃいけない。

 

 「…良くない…これは、良くない!」

 

 諷が勢いよく立ち上がった為、ディーフェとオベールが、驚いて諷を見た。

 

 「こ、紅茶は駄目でしたか?それとも、ケーキがお好みの物ではなかったですか?」

 

 オロオロとし始めたオベールを見て、諷は首を横に振る。

 

 「そうじゃないの。オベール、私はもう少し自立しないといけないと思ってるの。」

 

 「…自立ですか…?」

 

 「…ですが、貴女様はこの世界ではとても重要な方です。」

 

 怪訝な顔のオベールと困惑しているディーフェを前にすると、自分が検討違いの事を言っているような気がしてくる。

 

 「そうなのかもしれないけど…。…でも、今の私は何の役にも立てないんだよ…。」

 

 

 諷にとって、こっちに来て最も誤算だった事がある。

 

 魔力は有り余っているのに、魔法を使えない。

 

 これには守護者の3人も頭を抱えてしまった。

 技術云々以前の問題が立ち塞がっている。

 

 諷にはこちら側の皆が絶対に持っている“真名”が不明、…つまり誰も分からなかった…。

 

 この“真名”は魔法を発動させるためには絶対に必要で、例えば魔法を使いたい時に『〇〇の名の元において~~』みたいに唱えるなり、頭に思い浮かべなければならない。

 

 通常、赤子でも自分の“真名”は知っているそうで、一説には魂そのものに刻まれているモノともされているそうだ。

 

 そして“真名”は他者に知られると、自分の魔力をその他者と共有してしまう状態になってしまい、魔力の少ない人達はそれだけで魔力枯渇を起こし命の危険が出てくる。

 その為、例え家族でも明かさないというのが常識として定着している。

 

 だから、基本的に道護もディーフェもオベールも仮の名前となる。ちなみに道護のこちらでの名乗りはミッチーだ。

 

 だから、前にリューマとリョーマに諷が名乗った『言無 諷』は“真名”のようにも聞こえたらしく、名前をそんなに簡単に名乗るモノじゃないと注意されたのだ。

 

 道護が言うには皆が仮の名前を使うため、家名という考えがある人は少なく、それでも名字を名乗るというのは、身分が高かったり、自分を誇示するためだったりするためにあまりいい印象は持たれないそうだ。

 

 …それならそうと教えておいてくれれば、あの時リョーマとリューマの前でフルネームで挨拶しなかったのに…と道護に言ったら、『まぁ、ふうちゃん自身は本当に重要な人だからいいんだよ』と返されてしまった。

 

 

 そして、問題に戻ると、諷はその誰でも知っている筈の自分の“真名”が分からない。

 その為に有り余っている魔力を使う事ができないでいた。

 

 これで、諷が普通の人であった場合はそこまで大きな問題にはならない。しかし、諷にはこの世界でかなり重要な役目を背負わされている。

 

 諷は、この世界の真ん中と言われている“祈りの祠”へ行き、そこで魔法を使わなければならない。

 当然そこでは諷の“真名”が必要になる。

 

 この世界に諷が17年も不在だった為、本来なら直ぐにでも行かなければならないのだが、行ったところで今の諷には何もできない。

 

 と言うよりも、何もできなかった。

 

 既に1度“祈りの祠”へ行き、諷が“真名”を思い出せるのかは試している。

 

 何もできない諷は今現在、本当に役立たずと化していた。

 

 

 「ふうちゃん、ご自分を卑下はしないで下さい。…確かに魔法は使えませんが、貴女がこの世界にいるだけで安定するモノもあります。」

 

 「そうです。この世界の在り方もすぐに綻ぶようなモノではないです。…前回の使者は200年前です。その前は300年開いていたんですから、それを考えれば余裕はあるはずです。」

 

 ディーフェもオベールもそうは言うけれど、この世界の現状は諷の体感としてはあまり良くない。

 

 ここに戻ってきて数日はよく分からなかったけれど、とにかく諷にはせっつかれているような焦りがあった。

 

 確かにずっとこの世界にいなかったから、こっちの事を知るのは大切かもしれないけれど、それよりも諷が魔法を使えるようにならないと何も始まらない。

 

 かといって、諷の“真名”が分からない以上できることもない。

 

 手は尽くしている。

 

 ディーフェとオベールは諷の近くにいない時はずっと文献を漁っているし、道護も色々な場所へ行って手掛かりを探している。

 諷も瞑想してみたり、記憶が鮮明になる魔法も使ってもらった。

 

 それで分かったのは、ぽっかりと穴が空いたように“真名”だけが抜け落ちているということ。

 

 “真名”を失った原因は、予想の範囲を越えないけれど、“星見の儀式”の最中にあっちへ移動してしまったこと。

 

 “星見の儀式”で諷に何があったのかを渋る道護からやっと聞き出したところ、

 

 諷の“星見”の最中に横から無理矢理に第三者の介入があったそうなのだ。

 それを防ごうとした道護の魔法とぶつかり、ちょうど天からの力も加わっていて、そのまま転移してしまったようなのだ。

 

 その時に無理矢理介入してきた力が、“封印”系のモノで、それを道護が防ごうとしたのだけれど、完全ではなく、中途半端になってしまったそうだ。

 その時に諷を保護するために天の力が諷をあっちに飛ばしたんじゃないか、というのが道護の見解だった。

 

 で、諷の何を封印しようとしたのかと言うと、“言葉”だそうで、諷が施設の前に辿り着いた時に一緒にあった紙切れと言うのが、その“封印”の名残で、それが諷の名前としてあっちで定着してしまった。

 

 つまり諷が今まで自分の名前と認識していた“言無 諷”は実は“言無封”という言葉を封じる呪いだったのだ。

 

 “封”の字が“諷”に置き換わったのは、道護が防ごうとした名残で、言葉を封印されるのはギリギリ防げたけれど、“音”までは変えられ無かったせいだ、と道護が言っていた。

 

 “諷”という字は“そらんずる”とか“ほのめかす”とかそんな意味を持っていたから、言葉を失うような事は無かったんじゃないか、とも言われた。

 

 単純に魔法の無い世界に避難した事で、封印も無効になっただけかもしれないけれど…。

 

 “真名”が失われた事と、この封印の因果関係は不明だけど全くの無関係でもなさそうな事でもあった。

 

 封印を施そうとしたのはゴブリンで、そのゴブリンは自害してしまっていて、どんな封印だったか、何故そんな事をしたのかの詳細はもう知る術がない。

 そのゴブリンの裏も当時から調べているみたいではあったのだけれど、はぐれゴブリンとなっていたようで、群れとの接点も無く、経歴も不明だったそうだ。

 

 だから、というわけではないのかもしれないけれど、守護者3人の過保護はすさまじく、諷は現在1人で庭を歩く事も許されず、屋内で過ごす事が多かった。

 それでも、1人になること以外は大抵何でも叶ってしまうこの環境は居心地も良くもあり、このままではあっという間に何もできないままおばあさんになってしまいそうだった。

 

 諷は何も変えられそうにない現状にため息をつく事しかできずにいたのだった。

 

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