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2-3少年の決意


 

 翌朝、輔は熱も出す事なく目覚めた。

 

 一晩考えて、昨日、彼女と長い事話した事の方が重要な気がしてきていた。

 

 考えてみれば、彼女は輔を知らない。輔がずっと一方的に見てきただけなのだから。

 

 なら、昨日から彼女の意識にも残るようになったのではないだろうか?

 

 突然の告白が多分駄目だったのだ。

 昨日はフラれたけど、もしかしたら、今後もうちょっと話せるようになっていけば、変わるかもしれない。

 

 なら、行動あるのみ。

 

 輔のメンタルは子どもの頃からの修練で結構頑丈にできていた。

 

 「ポジティブこそ正義。」

 

 意味不明な事を部屋で1人呟くと、家族との食卓へと降りた。

 

 「今朝は元気だな。」

 

 正樹が呆れたように輔を見ていた。

 

 「…落ち込んでばかりはいられない。…今日からは、もっと沢山話してみせる。」

 

 「それって向こうにしてみればただの接客って言うんじゃないの?」

 

 大河も呆れている。

 

 「まぁ、元気になったんなら良かったがな。」

 

 そんないつもの会話を交わして、朝食を終え、輔はいつもより早く家を出た。

 

 勿論、彼女に会う為に。

 

 そう、彼女に会う為だ。

 

 そして、コンビニに着いた筈だ。

 

 なのに…

 

 「あ、…そ、そうか、道、間違えたか……」

 

 1度少し戻ってもう1度コンビニまでの道を辿る。

 

 そこに見える景色を受け入れられず、もう1度やり直す。

 

 何度行って戻っても、そこにあのコンビニは現れてはくれなかった。

 

 呆然と立ち尽くす。

 

 昨日まで確かにあった筈のコンビニはそこには無く、何年も放置されたように雑草が好き勝手に伸びるただの空き地が広がっていた。

 

 「…な、なんで……?」

 

 意味が分からなかった。

 

 「朝っぱらから空き地眺めて黄昏てんなよ~。」

 

 友人の声に振り返る。

 

 「ここ、コンビニ昨日まであったよな?」

 

 呆然としたまま友人に問いかける。

 

 「はぁ?そんな便利なモンこの辺無かっただろ?まぁ、確かにここにそんなのがあったら、弁当足りない時とか便利だよな~。」

 

 友人は呑気にそんな事を言う。

 

 「…そんな……。な、なぁ、俺がずっと見てた子、…覚えてるか?」

 

 「は?…何、お前ずっと見てたとかキモくない?…お前、そういうのヤバイと思うよ?」

 

 違う、その反応はずいぶん前に終わったやり取りだ。今更この友人がこの発言に引く必要はない筈だ。

 

 「え…、いや、…そう、じゃなくて…。…なんで?」

 

 「いや、本当、どうした?あ、調子悪いからって今日の授業サボる気だろ?…でも、本気で顔色悪いな?」

 

 友人が顔を覗きこんできて難しい顔をする。

 

 「ちがっ…。あぁ、うん、そうだ。…うん。俺、ちょっと調子悪いわ……。帰るよ…。」

 

 輔は友人から離れフラフラと家へと向かう。

 今朝、家族との会話はちゃんと昨日からの流れで合っていた。

 

 どこから、ズレた?

 

 彼女のいない世界なんて耐えられる筈がない。彼女のいる世界に返してくれ。

 

 輔は家へと向かって駆け出していた。

 

 

 

 学校に行った筈の輔が真っ青な顔で帰ってきた。

 

 「母さん!俺、昨日どうしてたっ?!」

 

 「輔、学校はどうしたの?…昨日は輔、“妖精ちゃん”にフラれて寝込んだじゃない。」

 

 輔の勢いは尋常じゃない。何かが起こった。

 直感でそう悟り嫌な予感が広がる。

 

 「良かった…。母さんは彼女を覚えてるよね?…彼女の働いてた所がただの空き地になってた…。」

 

 「……え?」

 

 輔の発した言葉に一瞬理解が追い付かない。

 

 「…消えた?」

 

 輔を連れて行ってしまうんだと思っていた人達が?

 輔を置いて?

 消えた?

 

 「…あなた!おばあちゃん!大変!」

 

 叫べばすぐに家に残っていた家族が集まる。

 

 「どうしたんだ?…輔、学校は?」

 

 雅司は輔を見て怪訝な顔をする。

 

 「大変です、“妖精ちゃん”達が帰ってしまったみたいなの!」

 

 結の焦りの声に大学へ行く前の正樹がいち早く反応した。

 

 「俺、ちょっと見てくる。」

 

 正樹が家を飛び出して行くのを見て、輔は家族の反応がおかしいと気付いた。

 

 「…な、んで?」

 

 痛々しい輔に結は目を伏せてしまう。

 フミが代わりに声を掛けた。

 

 「…輔、話があるわ。付いてきて。」

 

 促されるまま、輔は奥の書庫へと連れて来られた。

 

 「…輔は向こう側を本当にお伽噺だと思っていたみたいだけど、…真実、向こう側は存在するわ。…そして、“妖精ちゃん”は本当は向こう側の子だったのよ。」

 

 静かに話を始めたフミに輔は目眩を覚える。

 

 「な、に言ってんだよ!…そ、そんなの、あるわけ…」

 

 真剣なフミの目に輔はそれ以上は言葉を続けられない。

 

 「…輔、黙っていたけれど、輔を授かった時と産まれた時に白蛇様からお告げがあったの。」

 

 「…は?…白蛇様って、先祖の?」

 

 この家が祀っている先祖ぐらいはちゃんと輔も理解している。

 

 「正確にはご先祖様のご姉妹ね。…白蛇様は何千年も生きるらしいから、まだ代替わりはされていないわ。」

 

 「…なんの為のお告げだよ?」

 

 「輔の事ね。…輔の魂は向こう側のモノなんですって。事情ができて、どうしてもこちらに寄越さなければならないって、そう仰ったの。…いずれ時期が来たら、向こう側に帰るとも言われたわ。」

 

 「……そんな…馬鹿な話って…」

 

 「そう、普通は突拍子も無い事よ。…でも、お爺さん達の逸話は沢山聞いてきた筈よ。」

 

 「作り話じゃ…」

 

 「本当の事よ。…少し位は盛ってたのかもしれないけど…。…ただ、はっきりしているのは向こう側は存在する、と言うこと。白蛇様も真実いるわ。」

 

 静かにフミは真っ直ぐに輔を見ていた。

 

 「我が家はね、他所と大分違ったでしょう?かなり小さい頃から1人で生きていけるようにあなた達を躾ていたから。」

 

 輔は素直に頷く。

 古い家系って面倒ぐらいにしか思ってはいなかったけれど、やってる事自体は楽しかった。

 

 「…輔は楽しそうにしてたけど、あれは輔がある日突然向こう側に行ってしまった時の為の準備だったのよ。」

 

 「え、じゃぁ、兄貴と大河は…?」

 

 同じことを兄弟で揃って切磋琢磨してきたところがある。

 

 「あの2人は輔に付き合ってたところもあるけど、それなりには楽しんでいたんじゃないかしら…。」

 

 「…そ、う、なんだ。…俺、向こう側に行ける、可能性が、ある。…それじゃ、俺、まだ彼女に会える、かもしれないんだ…。」

 

 輔は、糸のように細い希望が見えた気がした。

 

 「…それは、…そうね…。…“妖精ちゃん”が向こう側の子と私達は分かってたわ。…敢えて輔には言わなかったの。言えばある日突然こんな風に消えてしまうかもしれなかったから…。私達は怯えたのよ。」

 

 フミが顔を伏せて肩を震わすのを見て、輔は自分の短慮に気付き、動揺した。

 

 「…ばあちゃん…。」

 

 「…ごめんなさい、輔。…私達は輔と“妖精ちゃん”の仲の進展が気になって仕方なかったの。…だって、あの方達は輔を向こう側へ連れて行ってしまうと考えていたから…。」

 

 フミは目元を押さえて輔にそう言った。

 家族の涙なんて見た事のない輔はどうしていいのか分からなかった。

 ただ、家族はずっとこんな風に考えてきたのか、と。

 

 「…いつから…?」

 

 「……輔が初めて“妖精ちゃん”に会って倒れた日からよ。…あの日からお告げの真実味がどんどん増していったの。」

 

 「…もしかして、その事知らないの俺だけ?」

 

 「ええ。正樹も大河も知っているわ。…輔が思ったよりも奥手で“妖精ちゃん”に近付けない事がもどかしくもあって、そのままでもいてほしかったの。…だから、昨日私達はとうとうその時が近いんだ、ってそう考えたの。…まさか、“妖精ちゃん”達だけ先にいなくなるなんて事は考えてもいなかったの。」

 

 家族はどれ位苦悩してきたのか…。

 それでも教えておいてほしかったと家族を責めるのは間違っているのだろうか…。

 

 輔は今日までの事を思い出す。

 1人で生きていけるんじゃないかと思えるほどのサバイバルの心得や、狩りのやり方、真剣での戦い方、簡単な服なら自分で繕えるし、草履だって編み方を教えられた。

 それらを小さい時から当たり前に受けてきた。苦手な事もあったけど、みんなやってみれば面白かった。

 

 「…小さい時から、あんな風に1人で生きていけるようにしてたのって、…俺のため?」

 

 フミは頷く。

 

 「…私達は向こう側があるのは知っていてもどんな環境なのかは分かっていないわ。…だから、どんな場所でも対応できるようにはしておいてあげたかったの…。」

 

 家族の温かみの想いが輔にも少しは分かる。…それでも…。

 

 「……不器用だよなぁ…。」

 

 輔は泣き笑いのような顔で呟く。

 家族は輔にこっちにいてほしいクセに、ちゃんと向こう側でも生きていけるようにもしてくれていたのだ。

 

 「…ばあちゃん、俺、向こう側に行く方法探すよ。」

 

 「…そうね。…応援しているわ。」

 

 フミの目尻には涙が滲んでいた。

 

 

 奥の書庫から出て居間へ行くと正樹が帰ってきていた。

 

 「見てきたよ。確かにあの店は跡形も無かった。…それと、それを覚えている人も近所にいなかったよ。」

 

 家に帰って来る前の友人を見てもしかしてそうなのかもしれない、とは思っていた。

 

 「…そうか。…ウチの皆が覚えてるのってやっぱりご先祖のお陰なのかな?」

 

 輔は居間に祀っている白蛇様の神棚を見上げる。

 

 「…多分、関係あるんだろうな。…輔はもう、知ってるのか?」

 

 その問いに頷く。

 

 「輔、すまないな。」

 

 それまで黙っていた父が輔に向けて頭を下げていた。

 

 「…家族がお前に黙っていたのは、俺が止めてたからだ。…責めるなら俺だけにしておきなさい。」

 

 「父さん…確かに責めたい気持ちはあるけど、それよりも俺は感謝してるよ。…でも、…だからこそ俺は向こう側に行く方法を探すよ。」

 

 輔の真っ直ぐな目を見て雅司は苦笑を浮かべた。

 

 「…そうか。…我が家は白蛇様の加護が強いせいか、代々しつこいくらいに一途過ぎるところがあるからな…。」

 

 「はぁ、本当にね。一途って聞こえはいいけど、下手すれば現代じゃ犯罪にもなりかねないよ…。」

 

 正樹も苦笑いしていた。どうやら思い当たる事でもあるのかもしれない。

 

 輔が正樹を疑いの目で見ていると、正樹が嫌そうな顔になった。

 

 「…何、関係ないみたいな顔してんだよ。お前の事だろが。…フラれたクセに女々しく世界軸まで越えようとしてるストーカーはお前だろ!」

 

 「なっ!そ、そんな…俺は、確かに…いや、でもさっ!多分、彼女は、俺を知らなかったからだしっ!」

 

 輔は興奮してるせいか言ってることが滅茶苦茶になっている。それを正樹が冷たい目で見る。

 

 「冷静に考えろよ。輔はフラれた、それが大前提なんだよ。…それに向こう側行ったって絶対に会えるって保障どこにもないだろ。…もし奇跡が起きて再会できたとしても、貴女を追いかけて世界まで越えました、とか重すぎんだよ。…お前今度こそ本当に気持ち悪がられるぞ。」

 

 「ぐっ……」

 

 あまりにもズバズバ言われているが、それが正論なのだから輔も二の句が続かない。

 

 苦悶の表情を浮かべた輔に助け船を出したのは結だった。

 

 「正樹、少し言い過ぎよ。…輔、向こう側に行く手段を考えながらも冷静に本当にどうしたいのかを考えなさい。…どう騒いでもすぐに行ける所ではないんだから。…今はこの話はおしまい。…輔、学校をサボるのはダメよ。今日は2限目からきちんと行きなさい。」

 

 「…はい。………いってきます。」

 

 輔はノロノロと居間から出て行った。

 

 「いってらっしゃい。」

 

 輔の後ろ姿に結は優しく声をかけた。今日も帰って来ますようにと願いながら。

 

 「…俺も行くわ。」

 

 正樹は不機嫌な顔のまま出て行った。

 

 「正樹のヤツも素直じゃないな。」

 

 雅司が苦笑いしながら言うが、結は目を伏せる。

 

 「仕方がないわよ。…もっと先だと思いたかったんだもの。…こうなってしまうと輔はもう止められないでしょう?本当にこの家の人間の執着ぶりには嫌気が差すわ。」

 

 この夫婦、雅司が粘りに粘って、誰とも付き合うつもりのなかった結を口説き落とした経緯があったりする…。

 

 「ゆ、結さん、子どもの前であまり昔の話を蒸し返さないでね…。」

 

 「当たり前でしょう?…全く。」

 

 結はため息を吐いた。

 

 輔は、ちゃんと“妖精ちゃん”と知り合った上で、ある程度の関係を持ち、それで、付いて行く、という流れになると家族は思っていたのだ。

 

 まだまだ一方的、どころか、昨日フラれたと人生どん底状態だったのに、それでも向こう側まで追いかけたい、とは重症もいいところだ。

 

 結は初めて“妖精ちゃん”に同情の念が生まれたのだった。

 

 

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