2-1.少年の嘆き
しばらく諷は出てこないかも……。
輔は1人公園に取り残されてガックリと項垂れていた。
さっきまで彼女が座っていたベンチに座る。
なんだかまだ少し彼女の温もりが残っているような気がして嬉しく思う反面、その彼女に今しがたフラれた事を思い出すと、少しでもそんな事を思った自分を恥じる気持ちで頭がおかしくなりそうだった。
世紀の大告白に破れた。
そんな気分。イヤ、事実なんだけど。
(友達になる事も断られた…。あー、でも名前教えてくれた。)
言無 諷。
鈴が鳴るような耳心地の良い声で告げられた名前。
(でも、あの子本当はそんな名前じゃない気がする……)
名前を教えてもらえて物凄く嬉しかったけれど、あれ?違うよね?って直後に思った。
でも、彼女が嘘をつくとは思いたくない。
付き合って欲しいとお願いした直後に段々と赤くなっていった彼女は物凄く可愛くて、それを見た瞬間に天にも昇る気持ちになったのに…。
その赤い顔のまま言われた『ごめんなさい』は理解できなかった。藁にもすがる思いで友達でもって言ったのに…。
「…わぁっー!!」
意味もなく叫んでしまう。
近くを通りがかった犬の散歩をしていたおばさんにびくっと危ないものを見るような視線を向けられた。ただ、今はそんな事も気にならない。
「うぅっ…」
頭を抱えて呻いてしまう。
彼女との出会い…(一方的だったけども!)は、実は随分昔まで遡る。
小学5年の時、今座ってるこのベンチに彼女が座っていたのを遠くから見付けたのが最初だ。
ガキンチョだった俺は彼女を見た瞬間、雷でも落ちたかのような強い衝撃を受けた。
あまりにも強い衝撃過ぎて、呆然とその場から動けなくなった。
話しかける所か近付けさえしなかった。
気付けば彼女はいなくなっていて、あまりの衝撃にフラフラと帰ったのを覚えている。
その衝撃の意味に気付けないまま、次に会ったのは(これも一方的にだけど…)中学に入学した直後だった。
その時もこのベンチに彼女は座っていて、どこか物憂げな目をしていた。
俺は最初に見た時と同じような衝撃を受けて動けなくなってしまった。
彼女の居るところだけ世界から切り取られてしまったかのように静かで、今にも消えてしまいそうだった。
自分が息を吐き出してしまったら消えてしまいそうで、泣きたくなった。
それで、やっぱり一瞬目を逸らした隙に消えてしまった。
そう、それで、呆けたまま家に帰ったら、家族にからかわれたんだった。
そういえば、自分と同じような制服を着ていたから、その後必死で校内を探し回ったけれど、見付ける事ができなかった。
でも、それからは、彼女をこのベンチで見掛ける事が増えた。
見掛ける事が増えただけで相変わらず近付く勇気は持てなかった。
段々と彼女がそこのベンチに座っている日は水曜が多いことにも気付いた。
同時に彼女がいつも何を待ってるのかも知ってしまった。
いつも、…いつも同じすごく年上に見えるヤツを待ってた。
遠くに見えるとぴょこんと跳ねてソイツの所に行ってしまう。
それがもう苦しくて仕方なかった。だから、親と言うには若いソイツの事は兄なんだ、と思うことにした。
そう思わないと辛くなる…。
この頃にはもうちゃんと彼女への恋心は自覚していた。
だからと言って近くに行くことはできなかった。
遠くからの片想い。
向こうはこっちを少しも知らない。もし、こんなにも遠くからずっと見ていた事がバレたら嫌われるじゃ済まないかもしれない。
こんなのただのストーカーだ。…この頃知った1番衝撃的な単語だった……。
ずっと見てました、なんて事がバレたら生きていけない…。
そんな彼女は中学卒業と同時くらいに見掛けなくなってしまった。
時間を変え、曜日を変えてもベンチに座っていない。
気持ち悪い位に公園に通いつめた。
本当に彼女は消えてしまったのかもしれない。
もしかしたら、物凄く遠い高校とかに入ってしまったんだろうかと思った。
でも、高2になる寸前、近所のコンビニなんだか小さい商店なんだかよく分からない店で働いてるのを見て固まった。
久しぶりに見た彼女は相変わらずどこか儚気なのに、キラキラと眩しいくらいに輝いて見えて、遠くからなのにそのギャップみたいなのに胸を撃ち抜かれた。
店の外から店員さんを見つめる男……。
マジでヤバイところまで来た、と家に帰ってから頭を抱えた。
結局の所、中学の時と変わらず近付く事もできずに、…つまり店の中に入る事もできずにボッーと突っ立ってるおかしなヤツになってしまったワケだ!
もう、本当にいつかバレて通報される…。
再会できたのは嬉しいし、働いてる場所を特定できたのも嬉しかった。
学校の最寄りの店だし、何で今まで気付かなかったんだろう…。何度かあの店にも買い物にも行ったことあるけど、彼女がいるのを見付けた事はなかった。
当然と言えば当然の流れで次の日から店の前に通いつめた。
朝に帰りに、おかしなヤツに見られないように、店の前はなるべくゆっくり歩いて彼女がいるかいないかを確かめる。
結構な頻度で朝からいることを知ってからは、彼女の姿を見れた日は1日幸せで、見れないと悲しくなった。
けれど、それで1つ分かったのは、彼女の出勤の時間と頻度から高校には行ってない可能性が高いって事だ。…それか、時間に余裕のある定時制かも…。
とにかく彼女の出勤は週に5日もある。あの店は朝は7時からで夜は21時まで。
夜遅いとか心配だったから、朝見かけない日は夜に様子を見に行ってた。
夜に居たことは無かったから、その点はほっとした。
…家の場所を突き止めたりはしてないから、これくらいはセーフだと思いたい。
でも、こんなことをしてれば、友人にはバレる。
ある日、友人に外からばかりじゃヘタレにも程がある!と腕を引っ張られて店へと連れていかれた。
そこで初めて彼女の声を聞いた。
『いらっしゃいませ~』と。
その鈴の音の様な可愛らしい声に昇天するかと思うくらい幸せで、同じ空間の空気を吸ってしまえたと思ったら頭に血が上ってくるのが分かって失神しかけた…。
そんな俺が何かを買える訳もなく、店の外に出てから友人に、重症過ぎると、呆れられた。
そんなの俺が1番分かってる…。多分、俺おかしいんだろうな…。
でも、これがきっかけで友人となら店に入れるようになった。店の商品棚に隠れて彼女の可愛い声を聞くのが至福になった。
だから、まぁ、友人には感謝をしている。
が、人間って欲が深いなと思う。俺も類に漏れず、少し彼女の声を聞くだけじゃ満足できなくなってしまった。
もう少し近付いてもいいんじゃないだろうか?
そして、とうとう彼女にレジ対応をしてもらった。近くで、彼女が俺に話しかける!嬉しすぎて手が震えてしまった。…しかも、お釣り手渡しでもらっちゃった…。
手は触れなかったけど…。
その日は1日中気持ち悪い位に俺は機嫌が良かったと、後から友人に言われた…。
友人が、彼女は、確かに可愛いけど、物凄く影が薄いどこにでもいそうな子にしか見えないと言ってきたので俺は物凄く怒った。失礼な、と。
彼女がどれ位に尊いのか語ったら、ドン引きされた。
酷い。
それからは、店で買い物をよくした。そうしたら、彼女に知ってもらう事ができるかもしれない。
彼女の名前は相変わらず知らないけれど、彼女はいつも眩しくてキラキラしてて、それなのに儚くて、声は可愛いし、色は白いし、笑顔はいつでも尊かった。
名札が無い事は不思議だったけど、俺よりも不埒なヤツがいたら大変だから、彼女の為にはとても良かったと思う。と真面目に友人に溢したら、お前以上のヤツがいたら、ソイツは既に捕まってるんじゃね?と言われた。…俺、そんなギリギリの行動してますか?……泣きたい……。
こんなだから、やっと彼女のレジに1人で行けるようになったし、不審な動きもしなくなってきたと思った。
でも、本当に人間ってどうしようもなく欲張りなのな。
見てるだけで幸せだったのに、声を聞きたくなって、それがもっと近くに行きたくなって、今日、久しぶりに彼女がこのベンチに座ってるのを見付けて、運命だ!と思ってしまった。
勢い余りすぎて告白してしまった…。
穴があったら一生そこにいたい…。
およそ7年…。
ずっとずっと一方的に見て、想い続けてたなんて、あんまりにも気持ち悪いだろ…。
そりゃ、フラれもする…。
……でも、多分、まだ当分は諦められないんだろうなぁ………。




