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21.少女の旅立ち


 

 道護は、店を急遽閉店させた。もう店を開ける事はない。

 

 そして、そこに登子と筒井を呼び出していた。

 

 「まぁ、覚悟はできてましたけどね。本当に急ですね…。」

 

 筒井がレジ台に寄りかかりながらそう言った。

 

 「私はもう少し早いかと思ってたけど。」

 

 登子がそんな筒井に応じながらコーヒーを飲む。椅子をイートインのところから持ってきていた。

 

 諷は落ち着き払っている2人にきょとんとしてしまう。

 

 「え?あれ?2人共、知ってる、の?」

 

 「知ってる、って例えばこの店閉めるって事なら、覚悟しとけって言われてたよ。」

 

 筒井が諷に答える。

 

 「あら?そんな大層な蛇をいつも纏わりつかせといて何も分からないのね…。」

 

 登子が呆れたように筒井を見る。

 

 「え?は?え?…と、登子さん、コイツ見えるんすか?」

 

 筒井は驚いて今にも目が飛び出てきそうだ。

 

 「見えるに決まってるじゃない。ここで働いてたクセに本当に気付かなかったの?」

 

 「へ?」

 

 「登子さん、コイツの場合は蛇が余計な情報を遮断してますから。」

 

 道護が苦笑して登子へそう言った。

 諷は驚いたままだった。

 会話の流れ的に筒井はあまりよく分かっていないみたいだけど、登子は何か察しているように見える。

 

 「ふふ、諷ちゃん驚きすぎじゃない?ここで働いてるっていうのは少なくてもあっち側の存在を知っているって事よ?」

 

 「そ、そうなんですか?なんだか分からないで見えてるだけだと思ってました。」

 

 「いや、俺は見えるだけっすよ?あっち側の存在とか意味不明っす。」

 

 諷と筒井の反応に登子は呆れたように道護を見た。

 

 「…全く何も教えてあげてないのね。」

 

 「…一応、2人は向こうを認識できるってふうちゃんには説明してますけど、登子さん、やたら詳しいですね…。」

 

 道護も登子が知っている事が意外だったようだ。

 

 「だって、私の旦那は向こう側の人だったんだもの。詳しくもなるわよ。」

 

 何でもないことのようにさらりと言うけれど、かなりとんでもない事を言っている。

 

 「……それは俺も今知りましたよ?」

 

 道護も驚きすぎたせいか、一人称が諷の前で使っているものと変わっている事に気付いていない。

 ただ、幸いな事に諷も驚きすぎてその事には気付いていない。

 

 「あら?言ってなかったかしら?」

 

 登子は別にとぼけているわけではないようだが、道護が頷くのを見て本当に言ってなかったのだと気付いたようだった。

 

 「うちの旦那は向こうからこっちに迷いこんだのよ。ま、半分は私のせいなんだけどね。」

 

 首をすくめて登子は言う。

 

 「登子さんのせい?」

 

 諷が首を傾げて訊ねていた。

 

 「そう。…私も昔は筒井君みたいに向こうが見えすぎちゃっててね。…それで…まぁ、好きになっちゃったのよね…。向こうの人を。」

 

 「マジっすか…」

 

 筒井が驚いた声をあげる。向こうの存在に惹かれるとか信じられないのかもしれない。

 

 「そうなのよ。…まぁ、向こうもこっちが見えてたみたいで…。…それで、ここみたいに向こうもこっちも重なって存在する場所っていうのが私の地元にもあったの。…そこで会ってたんだけど、触れ合えないのがもどかしくてね…。ちょっと出来心でこっちに引っ張れないかな、って、色々と試してるうちに本当にあの人こっちに来れちゃって…。」

 

 「帰れなくなった、と?」

 

 道護が確認すると、登子は頷く。

 

 「そう。元からこっちの世界と相性も良かったみたいで、もう向こうに戻る気はないみたい。…だから、って訳でも無いんだけど、オーナーと店長見た時に気付いたのよね。あ、向こうの人だって。…最初ここに来てドワーフ見習いの子が見えた時はやっぱり、とも思ったのよね。…旦那に里帰りさせてあげられるんじゃないか、って思って働き始めたのが本当の事ね。…ただ、その旦那の方が全く興味を持たなくて…。ここにも絶対に来ないのよね。」

 

 「向こうに戻っても、こっちにまた来れる保証はないですからね。」

 

 道護がそう言うと、登子は道護を見返す。

 

 「でも、オーナーは行き来してるでしょう?」

 

 道護は仕方がないと言うように口を開く。

 

 「制約はありますけどね…。…登子さんの旦那さんは元々向こうの存在。帰りたいのはこっち。それが1度向こうへ完全に戻れば、再びこっちで存在を固定できなくなる可能性は充分にあり得ます。オーナーはこっちにいる時でも向こうと細く繋がっていましたし、僕の場合は特殊な条件がついてましたから…。」

 

 「お姫様を守るため、ね。」

 

 登子さんは諷を見ていた。

 

 「え?…それは、違うんじゃないかな…。」

 

 諷は戸惑ってそう答えた。

 

 「まぁ、言い方は違うのかもしれないけど、うちの旦那が諷ちゃんを遠くから見かけてそう呟いたから。…それに、店長と諷ちゃんを見てればお姫様と従者そのものでしょう?」

 

 反論の余地は無さそうだ。日頃からの道護の過保護ぶりを考えれば、確かにそう見えるのかもしれない。

 

 「…そういうつもりはないですよ。」

 

 道護は反論するが、登子はこの話題にはさほど興味も無いのかその反論を流してしまう。

 

 「それよりも、2人共向こうに帰る事にしたのよね。…それでこのお店も消えてしまう、と。」

 

 「そういう事です。…話が早くて助かります。…それで今日までのお給料を渡しておかないといけないので、呼びました。」

 

 そう言うと、道護は筒井と登子に封筒を渡す。

 

 「ちょ、ちょっと待ってくださいよ、店、消えるって消滅でもするんすか?」


 筒井は目を丸くして道護を見ていた。

 

 「そうだよ。バイトなら他を探しておいてほしいって言っておいただろう?」

 

 「そりゃ、聞いてますよ。…でも、なんで…こんなん急すぎっすよね。俺、ここ以外でやっていく自信無いんすけど。それに、今までの話だと、店とかだけじゃなくて、先輩も消えちまうって事っすか?」

 

 「…確信はないんだけどね、多分存在が消えると思うんだ。」

 

 「そんな…、じ、じゃ、今までの先輩と関わってきた出来事って、どうなるんすか?」

 

 筒井は呆然とした様子になっていた。店長呼びよりも昔馴染みの呼び方に戻っていた。

 諷には筒井が今にも泣いているように見えた。

 

 「不自然がない程度に別の事に置き換わる可能性があると思ってる。…ただ、筒井や登子さんは向こう側と縁が深いから、覚えていられるかもしれない、とは思ってるよ。…そうなった時の為の説明でもあるからね…。筒井、お前には蛇もいるし、大丈夫だよ。」

 

 「アーリーはいくらなんでも、先輩にはもう返せないっすよ。…アーリーは消えないですよね?」

 

 「アーリー?」

 

 諷が首を傾げていた。他の2人も同じように目をぱちくりさせていた。

 

 「コイツの名前っすよ。…まぁ、不思議なヤツなんでアーリー。」

 

 何故、不思議なヤツでアーリーなのかはさっぱり分からなかったが、筒井は必死な顔なので聞かない事にした。

 

 「…彼女の許可は取ったのか?」

 

 道護が少し気の毒そうに筒井に問うが、筒井は首を傾げる。

 

 「え?彼女って誰っすか?」

 

 「ふふ、筒井君の肩にいるじゃない。」

 

 登子がおかしそうに微笑む。

 

 「えっ?!アーリー女の子なんすか?」

 

 「そうよ?知らなかったの?」

 

 驚く筒井にからかうような登子。心なしか蛇が機嫌を損ねたような気がする。

 

 「いや、知らないっつーか、そんな気はしてましたけど、自信はなくて…。」

 

 「…まぁ、その蛇は女…の子、だ。…そいつは筒井に完全に懐いてるし、それは、僕達に関係なくだから…。筒井から剥がそうとするだけで報復が怖いよ。」

 

 「それなら、良かったっす。…アーリーと話せたりできないんすかね?」

 

 「……まぁ、今、出来てないなら無理なのかもしれないな…。」

 

 「そうなんすね…。」

 

 筒井は肩にいる白蛇を残念そうに見つめていた。

 道護はそんな筒井に首をすくめると、店内を見渡してから2人に向き直る。

 

 「…それで聞いておきたい事は他にはないか?…多分そろそろ時間切れになる。」

 

 「私はもうないわ。…諷ちゃん、自分の信じた物が一番大切だからね。諷ちゃんはぼぅっとしてるけど、芯はしっかりしてるから、大丈夫だとは思うけど……でも、抱えきれなくなったら近くにいる人達に素直に甘えていいのよ?…それと、自分の体は大事にね、元気でやっていくのよ。」

 

 登子は隣にいた諷と目を合わせて優しく諭すようにそう言った。

 諷も頷く。

 

 「登子さん、今までありがとうございました。」

 

 そんな諷を登子は優しく撫でてくれた。諷は照れ臭さよりもその温かさに感動していた。

 

 「お、俺はまだ覚悟ができません!」

 

 「この際、お前の覚悟はもう期待してない。ま、この先も適当に頑張れ。」

 

 道護はどうやら筒井への説明はもう省くことにしてしまったようだ。

 

 「先輩、ひどいっす!…でも、先輩の事はあんまり心配してないっす。ことなっちゃん、知らないと思うけど、先輩、物凄く暴走しやすいっすから、ちゃんと手綱は握っといて下さいね。」

 

 「え?あぁ、うん。なんとなく分かる。筒井さんもありがとうございました。」

 

 諷は筒井と登子に向かってペコリとお辞儀した。

 道護も改まった態度で登子を見た。

 

 「登子さん、あやしい僕らに付き合ってくれてありがとうございました。」

 

 「私の都合もあったんだから、気にしないで。お姫様との距離はほどほどにね。」

 

 道護は登子に苦笑だけ返して筒井を見た。

 

 「筒井、今までありがとうな。…俺はお前が嫌いではなかったよ。」

 

 「先輩…。」

 

 筒井は感極まって涙を流しはじめた。

 

 「それじゃ、さようなら。」

 

 登子と筒井の存在が急速に薄れていく。

 一瞬白い靄のような眩い光に包まれていった。

 

 

 あぁ、この瞬間にも涙を流さなかった。

 

 諷はどこか遠い出来事のようにその光景を目に焼き付けた。

 

 

 そしてーー

 

 

 周囲が急速に現実を伴い始め、気が付くと空き地に諷と道護は立っていた。

 

 諷は胸いっぱいに深呼吸をする。懐かしく、優しい空気が体を満たした。

 

 周囲を見渡して、諷は首を傾げる。

 

 「…ミチくん、お店は?」

 

 アランド側の店はログハウス風の外観をしていたけれど、そんな建物は見当たらない。

 

 「両方に存在してたからね。今の移動で消えちゃったね。…ここもスポットじゃなくなってるし…。…もしかしたらまだしばらくは不安定かもしれないけど、よっぽどの事が無ければもうここからは行き来できないだろうね…。」

 

 さっぱりとしてしまった諷とは違い、道護はどこか寂しそうに見えた。

 道護は諷とは違い、実は向こうとの繋がりが完全に途絶えてしまうのは辛かったのかもしれない。

 

 「登子さんの旦那さんが迷いこんだ場所みたいなところは他にもあったりするの?」

 

 「あるよ。…ただ、探すのは大変かな。」

 

 大変であろうといずれそういった場所を探すのはいいかもしれない。向こうが近いということが道護の慰めになるのなら、だけど。

 

 「ふうちゃん、お帰りなさいませ。」

 

 少し感傷に浸っていると穏やかな顔をしたディーフェとオベールがそこにいた。

 

 「ディーフェさんとオベールさん。」

 

 諷がそう呼び掛けると、嬉しそうにしながらもどこか困ったような顔を2人揃ってした。

 

 「さん付けはいらないですよ。」

 

 ディーフェがそう言うが、諷は首を横に振る。

 諷の常識では殆ど面識の無い年上の人達を突然呼び捨てになんてしない。

 それに、きっとこの2人はこれからも諷と居ようとしてくる。ずっと傍にいてくれる相手にはそれなりの敬意を示したい。

 

 「私が付けたいの。」

 

 諷がそう言えば2人共素直に頷いた。

 

 「分かりました。」

 

 「あと、敬語も嫌。普通に喋ってほしい。」

 

 「…努力します。」

 

 すぐには無理なのかもしれないと諷は今の言葉遣いは見逃して、笑顔を2人に向けた。

 

 「2人ともただいま。そして、これからよろしくね。」

 

 「…はいっ!」

 

 2人は感極まった様子で思い切り頷く。

 

 諷はそんな2人を見ながら、ここ、この世界こそが本当に帰る場所だったんだと強く思った。

 

 

 ここで第1章は終わりです。


 2章は、ちょっとまだ異世界の話はあまりないかも…。

 第2主人公みたいなのが中心になります。

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