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20.少女の決断


 

 諷は結局仕事上がり後、例の不思議な光る粒を使って外へと出てきていた。

 

 1人で。シュシュは近くにいるのかも知れないけれど、外に出た途端に見えなくなってしまった。

 因みに道護には言っていない。出たのは勝手知ったるコランド側だ。

 この世界で命に関わるような出来事は起きた事がないし、1人で考えたかったから。

 

 とは言っても、と諷は思う。

 

 行きたいところが思い付かない。

 

 育った施設は無くなってしまったし、通っていた学校にもさほど思い入れもない。

 ちょっと仲良かった子達はいたけれど、流石に中学を卒業してから会っていない。みんなは高校、もしくは専門学校へ進学している。

 中学卒業と同時に働きに出た諷とはもう違う世界にいる。

 同じ施設に居た子達からは少し距離を置かれていたし、進んで会いに行こうという気力は沸かない。

 

 誰に会いたい訳でも、どこに行きたい訳でもない。

 

 知ってはいたけれど改めて考えてみると諷はコランドとの関係がとても希薄なのだと実感する。

 

 何も知らないアランドの方が遥かに諷の居場所だと感じた。

 

 諷は結局近くの公園に来ていた。小さい頃はここでよく時間を潰したりしていたけれど、特に遊んだという記憶もない。

 ただその頃と同じようにぼんやりとベンチに座る。

 あまり人の来る方でないこの公園は静かで考え事にちょうどいい。

 

 これだと自分がどうしたいのか、なんて聞かれずとも答えが出ているようなものだ。

 

 コランドに未練がない。

 

 それが諷の紛れもない答えだ。

 

 そう結論が出てしまった直後に目の前に人影があることに気付いて顔を上げる。

 そこにはいつも店に来てくれる男子高校生がいた。

 

 「あ、あのっ!コ、コンビニの、…で、すよね?」

 

 「え?まぁ、はい。」

 

 勢いよく話しかけられ諷も反射的に答えていた。

 話しかけてきた彼はとても赤い顔をしておどおどとしているので、諷もつられて落ち着かなくなる。

 

 「お、俺っ!は、音瀬 輔ですっ!お、お付き合い、してくださいっ!!」

 

 唐突に手を差し出され頭を下げられる。

 諷は突然の事に目をぱちくりとさせてしまうが、意味が分からないほどお馬鹿ではない。

 

 つまり、目の前のこの音瀬と名乗った彼に告白されたのだ。

 生まれて初めての出来事で、意味を理解してくれば、諷も顔が赤くなっていく。

 誰かにそんな風に想ってもらえてるなんて考えたこともなかった。

 

 嬉しい気持ちが込み上げるが、同時に諷はコランド…こちらの世界を去る事を今決めたばかりだ。それを思い出して申し訳なくなる。

 

 「……ご、ごめんなさい…。今はそういう事は、考えられなくて…。」

 

 諷がそうどうにか答えると、音瀬が顔をばっと上げた。

 

 「それなら!それなら、考えられるようになるまで、俺待ちます!…それまでは、どうか、とっ友達でも、いいので……」

 

 「それは…」

 

 困った。

 コンビニで働いてる諷に真っ赤な顔で挨拶をしてくる、…今現在目の前で真っ赤にもなっている彼は悪い人では無いように思える。

 

 多分、こんな風になっていなければすぐには無理でも少しずつなら好きにもなれたかもしれない。

 

 でも、諷の答えはもう決まってしまっている。

 変な期待を持たせるのは残酷だと思えた。

 

 「…ごめんなさい。」

 

 それしか言えなかった。

 申し訳ない気持ちでいっぱいではあるけれど、彼1人では今の諷は引き留められない。

 

 「…そ、そんな…。」

 

 「ごめんなさい…。」

 

 諷はいたたまれなくて、頭を1度下げて彼の前から走り去ろうとするが、後ろから声がかかる。

 

 「せめて、…せめて…名前を教えてもらってもいいですか?」

 

 名前も知らないのに彼は諷に告白してくれたのだ。

 店では道護が従業員の個人情報保護だ、とか言って名札はつけない方針になっているのだから、仕方がない。

 

 彼の勇気に想いで答えられないのなら名前くらいは伝えてもいい気もした。

 

 「言無 諷です。」

 

 それだけ伝えると彼の顔が一瞬だけ輝く。

 諷はもう1度頭を下げると今度こそ店へ向かって走っていた。

 

 

 走って帰りついて扉を開けると、当たり前のように道護がいた。

 走ったせいで息が上がっていたけれど、道護はその事には触れてこなかった。

 

 「ふうちゃん、おかえり。」

 

 その顔を見て諷は察する。

 多分、道護は分かってるんだ。諷が何を見てこようとしたのか。

 

 「…ミ、ミチくん、私、アランドに行く。」

 

 諷は自分の気持ちが揺れないように努めながらまっすぐに道護を見据えてそう伝えた。

 

 「…そう。ま、そうなっちゃうよね…。」

 

 道護は諷がその答えを出すのはとっくに気付いていたのだろう。

 

 「でも、ふうちゃん、覚悟は必要だよ?もうこっちには戻れなくなるよ。」

 

 何度か聞いた気もするけれど深くは聞けなかった事を道護が口にする。

 

 「それは、どうして?」

 

 「このスポットはふうちゃんがこっちに来た時に開いたんだよ。言わばふうちゃんの為だけの帰り道だね。それを僕が利用してただけ。そして、ふうちゃんが完全に向こうを選べばここは塞がる。塞がれば流石に僕もカーリー、オーナーね、もこっちには来れなくなる。だから、覚悟はいい?」

 

 そんな気はしていた。2つの世界の住人が行き来できてしまうのはやっぱりおかしかったのだ。

 諷は1度目を閉じ、コランドでの事を思い返す。最後に告白してくれた彼の顔がよぎるけれど、…それでも気持ちは揺れていない。

 目を開き真っ直ぐに道護に向き合う。

 

 「…うん。」

 

 「…分かった。今夜向こうに行こうか。」

  

 思いの外早い。もう少し時間を置くのかと思っていた。

 驚いた顔をしていたのかもしれない、道護が苦笑して付け加える。

 

 「ふうちゃん、完全にどっちに行くって決めちゃったでしょ?…この場所が今急激にアランド側に寄りはじめてるよ。…今晩ぐらいまでは持つけど、明日は完全にコランドからは消えちゃうね。」

 

 そう言われて気になるのは…

 

 「お店、どうなっちゃうの?」

 

 「無くなるよ。…多分だけど、こっちからは存在していた事が消えてしまう。…皆の記憶からも…。それでも、いい?」

 

 ここで嫌だと言っても多分この変化は止まらない気がした。

 

 「……うん。それだけ私がこっちにいるのが不自然って事なんだね。」

 

 少し寂しい。辛い事も多かったけれど、嬉しい事だって確かにあった。

 諷が確かにここまで育った世界だ。

 そこから拒絶されているというのは、納得と同時に少しの寂しさがある。

 

 「それはっ、……そんな事はない、はずだよ…。」

 

 道護が焦ったように諷を見たけれど、言葉が続くことはなかった。

 多分、道護が思っていたより諷は穏やかな顔をしていたんだと思った。

 

 「ミチくん、心配ないよ。…私、ずっとこの世界で疎外感を感じてたから。やっとその理由が分かって安心したんだよ。…実はミチくんもずっとそうだったんじゃないの?」

 

 ふと、諷は道護もそうなんじゃないかと思い至った。

 

 「…僕はふうちゃんが居たから、そこまでじゃないんだ…。どこに居ても僕は…守護者は使者を守るのが勤めだから。」

 

 役目。

 きっとこれは諷が考えているよりも重たいものなのかもしれない。

 

 「うん。今までありがとう。…これからも頼りにしてます。」

 

 諷がそう微笑むと道護もほっとしたように柔らかく笑った。

 

 

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