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2,とあるコンビニ



 



 このコンビニはかなりマイナーだ。地元では他で見かけた事がない。ジャンピングとかいうふざけているのかと思うような名前でもある。通称Jマート。おそらく地元の人達はここをコンビニだとはあまり思っていない。なぜならコンビニだ、というわりに、営業時間は7時から21時まで。有名なコンビニの最初の頃の営業時間よりもはるかに短いのではないだろうか。駅からも遠く、少し歩けば畑に行き当たってしまう不便な立地の為、夜20時を過ぎればほとんど人気がなくなる。だから21時閉店でもあまり問題はないのだそうだ。

 ちなみに時給は830円。この辺りの最低賃金だ。


 言無 諷は、ここで週5日、8時間バイトしている。歳は17。花の女子高生ライフ真っ只中と言いたいが、諷は高校に進学はしなかった。進学できるだけの学力はあった。でも、諷はそれを選ばず、最初は住み込み可能な民宿で働いていた。

 だが、そこではうまくいかず、3ヶ月した頃に出ていってほしいと頼まれてしまった。諷はそれに反論せず受け入れた。諷の育った施設の人達はとても怒っていたけれど、理由を告げられると一様に口が重くなってしまう。告げられた理由に施設の人達は少なくても覚えがあるから。それを理由に施設を去った職員だっていた。


 諷の周りは昔から不可思議な事が起こる。


 それだけ。

 民宿は客商売。しかもお客さんは泊まっていく。諷が働くまでは景色のいい静かな民宿だった。でも、諷が働きはじめると、風も吹いてないのに暖簾がゆらゆらはためいたり、窓がガタガタ軋んだり、誰も触っていないコップが急に倒れたり、誰もいないはずの場所に影が現れたりとキリがないほどだった。静かさと景色の良さが売りの民宿は、不可思議な現象を目の当たりにしたお客さんが書いたネットの感想クチコミにより、一気に怖いもの見たさの肝試しスポットになってしまった。

 諷が解雇されてしまった決め手は、最近色々な所に出向いてそこでの体験をレポートしたネット動画を上げているそこそこ有名な人の予約を受けたからだ。

 これ以上肝試しスポットにされてはたまらない。それが民宿側から諷に言い渡された解雇理由。

 実際、諷が辞めてからはそういった不可思議な現象は起こらなくなった。 件のネット動画投稿者も不可思議な現象が不発だったため、静かで景色が良くていい宿だったという民宿紹介として動画を上げていた。

 民宿はかつての姿に戻ってきているようで、諷は解雇されたのも忘れて少し安心したものだ。



 諷は生まれてすぐに養護施設の玄関に置き去りにされていた。一緒に置いてあったのは、言無諷とだけ書かれた紙1枚。あと、不思議なビー玉1つ。紙に書かれていた言無諷がそのまま諷の名前になった。ただ、それが本当に名前を意味していたのかは誰も分からない。なぜなら苗字であったなら相当珍しいであろうこの“ことなし”では諷の家族も親類も見付けられなかったからだ。


 だから諷は施設で育った。何不自由なくではなかったかもしれないが、諷にとってはそれが当たり前だった。施設には沢山の子ども達がいつでもいたし、職員だって時に優しく時に厳しく、そして皆を等しく可愛がって愛情をくれた。だから、寂しくは無かった。諷の周りで起こる不可思議な現象は誰かを傷付けたりするものではなかったから、最初は怖がっててもそのうち皆も慣れて、あー、またかーとなる事の方が多かった。ただ、それが原因で諷はどこにも養子に行くことはなかったけれど。


 諷がこのコンビニで働く事になったのは、単に皆から店長と呼ばれているここのオーナーが諷と同じ施設出身で、特に諷の事を妹のように可愛がっていたからだ。民宿をやめる時に施設の人と一緒に諷を迎えに来て、行き先がない諷の身元保証人のようなものになり、住む所と働く場所を提供してくれた。諷には元の施設に戻るという選択肢はなかった。元の施設は建物の老朽化が進んでいたため、諷が民宿就職したのとほぼ同時に新しく他の場所に移っていた。その際に他の施設とも合併して、諷のよく知る職員も何人かその時に離職したから、新しい施設は諷の全く知らない場所になっている。

 その場所に行くのを諷は躊躇った。原因も理由も知らないし、諷はちっとも怖いと思った事がない、でも何故か起きてしまう不可思議な現象。それを抱えたまま新しい施設に行けばきっとまた迷惑をかけてしまう。諷は施設が新しくなると聞いたから、就職を選んだのに意味がなくなってしまう。それに、いつだって養護施設は子どもが次から次へとやってきて定員オーバーだから、就職に失敗したからと言って諷の戻れるような空きはない。

 だからこそ最初の就職の時に道護がウチで働かないか?と聞いて来たときは大反対だった大人達が今回は何も言わずにそれがいいと送り出したのだから。


 諷はコンビニから徒歩5分ほどのこじんまりとした古いアパートの2階で一人暮らしをしていた。ここのアパートの大家さんも昔、どこかの施設にいた事があったらしく諷の事情を知って家賃も少し安くしてくれていた。そのアパートに住むための保証人も道護だ。


 オーナーであるのに働いてる皆が店長と呼んでいる風野道護は、24才。諷の7つ年上。

 道護が諷のいる施設に来たのは道護が7つの時。諷とほとんど同時期だったという。そのせいなのか分からないが、道護は何かと諷の世話をしてきた。諷も誰よりも懐いていた。だから道護が高校卒業で施設から出て行く時、諷はとても泣いた。道護はその時、とても困った顔をして諷が泣き止むまでずっと頭を撫でてくれた。

 道護は遠い親戚が経営していたコンビニに就職という名の後継者として迎え入れられ、現在オーナーをしている。オーナーになったのに店長と呼ばれるのは、まだ昔のオーナーがいた時、誰かがそう呼びはじめたらしい。そして現在もそのまま完全に定着していた。元のオーナーはコンビニ全てを道護に任せてすでに隠居している。


 ただ、このコンビニは、普通ではない。

 いや、諷にとってこのコンビニはついこの前までは本当に普通のコンビニだった。多少営業時間が短くても、お客さんがあまり来ることがなくても…。

 

 それが一変してしまったのは、2週間ほど前だった。

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