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19.少女の迷い


 諷は自室としてあてがわれている部屋で目を覚ました。

 

 昨晩はあまりにも突拍子もないことを言われ、諷は道護の前から何も言わないで自室へと引きこもり、ベッドの上で考えをぐるぐると巡らし、いつの間にか眠ってしまった。

 起き上がる気力も出ないままぼんやりとそのまま天井をみつめてしまう。

 

 昨日道護は使者やら守護者やらの説明を諷にした。

 確か使者は物凄い魔力を持っていて、世界の“理”とやらを決められるんだそうだ。それは怖いと思った。純粋にそんな力を気ままに振るわれたら何もかも滅茶苦茶だ。そんなふざけた存在がいて、しかもそれが諷なのだと道護は言った。

 

 「そういえば、今日シフトに入ってたな…。」

 

 言われた事からの現実逃避だとしても、仕事の事を考えた方が今は少し楽だ。

 のろのろと起き上がり、時計を見る。

 

 「……っ?!」

 

 諷は時計を見て今度は声にならない悲鳴をあげていた。時間は9時少しだけ前。諷は今日は7時からシフトに入っている。

 慌てて部屋から飛び出すが、そこに道護はいない。店の防犯カメラを見れば、諷の代わりに道護が映っていた。

 手早く身支度を整えて15分後には店に降り立つことができた。

 

 「ふうちゃん、おはよう。」

 

 いつもと変わらない道護が諷に向かってそう言った。

 

 「…起こしてくれれば良かったのに…。」

 

 恨みがましく諷がそう言っても道護の態度は変わらない。

 

 「まぁ、昨日の今日だし、ね。わざわざ起こさなくてもいいかな、ってね。」

 

 「そういうところが甘やかしすぎだって言われるところだと思うんだけど。」

 

 昔から道護が諷には甘いと周りから言われてきた身としては、実感を伴う瞬間でもある。

 でも、それも昨日の話を聞いた上で見方を変えてしまえば、意味合いも少し変わってきてしまう気がした。

 

 「僕がしたくてふうちゃんの代わりをしたわけだから、そこまででもないんだけどね。」

 

 道護は苦笑していた。その顔から諷は目を反らしていた。

 

 「…ねぇ、ミチくんはさ……」

 

 そうやってずっと私をおもりしてきて、それで本当に良かったの?

 

 そう続けようとして言葉が続けられなかった。もし、逃れられない運命だから仕方無く諷の側にいてくれたのだとしたら…それをさも当たり前のように受けてきた諷自身は申し訳ないじゃすまない。

 

 「何?」

 

 常と変わらない穏やかな道護の顔を見て諷はため息をついていた。

 

 「…あんまり私を甘やかす必要はないよ。」

 

 それだけ諷が呟いた時、入り口の電子音が鳴る。いつものように反射的にいらっしゃいませーと声を出せば、日常が帰ってきたように思えた。

 今は昨日の事をあまり深く考えたくない。

 

 

 

 諷はあれから仕事に没頭するように店内の掃除やら商品の整理やらをしていた。お客もまばらでともすればあれこれと思考が引っ張られてしまう。

 道護は用事があるとか言って外へ出ていってしまっていた。アランド側の店は休みにしてあるそうで唐突に現れる見慣れないお客に驚くこともない。

 まるで、諷にアランドの事は考えなくてもいいというような日常に昨日の事なにか夢の出来事のようだった。

 

 商品を1つずつどかしながら棚の拭き掃除に没頭していると、いつもの軽快な電子音が響き、諷はいらっしゃいませーと気のない声を出して、レジの方へと向かう。と、そこには前オーナーがいた。

 

 「あ…」

 

 「よう、元気か?」

 

 「はい、まぁ、元気ではありますけど…。」

 

 諷が歯切れ悪く答えればオーナーは苦笑いを浮かべる。

 

 「あっち行ったんだってな。道護の奴にこってり叱られたよ。」

 

 それは簡単に想像できてしまう。同時に申し訳なく感じてしまう。

 

 「そ、うだったんですね…。ごめんなさい。」

 

 「いやいや、謝る必要はねぇよ。オレが勝手にした事だしな。…で、あっちに行ってみた感想は?」

 

 手を振りながらも見透かされたような目を向けられ、諷は正直に答える。

 

 「…なんだかとても懐かしいような気分でした。…よく分からないけど、体に温かい何かが巡っていくような、そんな感じです。」

 

 「そりゃ、魔力だろうなぁ。長いこと離れてても分かるもんなんだな。」

 

 感心したようにオーナーは頷いていた。

 

 「で、帰ってきて聞いたんだろ?」

 

 「…まだ、信じられないですけど、一応は…。」

 

 「こっちで普通に生きてたのに、実はあっちの重要人物だ、って言われても実感なんて湧かんだろ。…道護の奴も最初はふうちゃん連れて帰ろうとしてたんだが、中々戻れる手段が確立出来なくてな。帰れるようになった頃にはあっちよりもこっちの方がふうちゃんの為になる、に変わっちまってたからな。」

 

 「…でも、ミチくんはそれで良かったのかな…。」

 

 「さぁな。…だだ、まぁ、…ふうちゃんさえ居ればそれでいいっていう考え方は昔からだからな。」

 

 そう言いながら、オーナーはレジカウンターに小銭を置いてからドリップコーヒーの紙コップにコーヒーを淹れはじめる。

 

 「…そう言えば、オーナーはどうしてこっちに来れるんですか?」

 

 諷はレジカウンターの内側に回り込んで、コーヒーの会計をしながら聞いていた。

 

 「ああ、ふうちゃんにもやっただろ。あれをずっと飲んでるんだ。あれはさ、ここから離れてもここにいるのと変わらない効果があるんだよ。…イメージとしては細い糸でこのスポットと常に繋がってる状態だな。」

 

 「…だとしても、どうして見えるの?」

 

 確かアランドの人はアランドの物しか認識できない筈だ。

 

 「それこそ、道護だよ。」

 

 諷は意味が分からなくて首をかしげてしまう。

 

 「守護者ってのは莫大な魔力を持ってるってのは聞いたか?」

 

 諷は頷いた。

 

 「その魔力を使って俺にコランドを認識できるようになる魔法をかけたんだ。…あいつは魔法を構築する時のイメージもしっかりしてるから、かなり繊細な魔法も創り出しちまう。」

 

 「魔法を創る…。それって普通にできることなの?」

 

 「魔法ってのは、自分のイメージの具現化みたいなとこがあるからな。細かくイメージできりゃ、繊細だったり複雑なのも、それこそ自分で新しい魔法を創る事もできるさ。…理屈じゃな。大抵は無理だ。どんなに細かくイメージできても魔力がついてかない。…みんな当たり前に魔法が使えるって言っても部屋を明るくするぐらいの魔力量だよ。物に魔法を付与できる者だって1つの里に1人いるかいないかだ。」

 

 「え、と…じゃぁ例えばテレポーテーションみたいな場所を移動するような魔法は?」

 

 「それこそ伝説級だよ。妖獣とかならまだ分かるが、そんなのホイホイ使える奴はそれこそ契約者か守護者くらいだ。」

 

 「契約者?」

 

 聞き慣れない言葉がまた出てきた。最近こんなのばかりだ。

 けれど聞き返した諷にオーナーは頭をガシガシとかいてそっぽを向いて続ける。

 

 「あー、余計なこと言っちまったな…。…ま、んな事より、オレが言いたいのは、道護は守護者なだけあって魔力量は通常の奴の何十倍もある。ガキの頃から賢いしな。」

 

 明らかに話を反らされたけれど、確かに聞きたいのは道護の事の方だった。

 

 「…ミチくん、確かオーナーの親戚だったんですよね…。…でも、もしかして…」

 

 「まぁ、親戚ではないな。」

 

 「やっぱり…。」

 

 「親戚って事にしといた方が道護がここに働きに来るのに違和感が無かったんだとさ。やっぱり施設出た最初の働き口がコンビニってのは施設の方でも色々と思うことがあるらしくてな。…まぁ、本当の事を言っちまえば、オレの雇い主が道護なんだがな。」

 

 「え、と…それは…いつから…?」

 

 親戚でないのは薄々気付いていたけれど、道護の方がオーナーの雇い主とまでは思ってもいなかった。

 

 「道護の奴が10歳の時からだ。」

 

 「…10歳って…」

 

 「まだまだガキんちょだったよ。…だが、まぁ賢かった。…オレは当時、旅しながら魔物を狩って生活してたんだが…ヘマして大怪我してな。もう終わりを覚悟したんだよ。そこにやって来たのが道護だよ。…オレがへばってた場所が今のここだよ。」

 

 オーナーはそう言って店の床を指差した。

 

 「その頃、こっちのこの場所は小さな物置小屋があったんだが、持ち主が不思議な事が起きるってんで気味悪がって手放したがってたんだよ。ま、そんな場所だったんだが、道護にはここがなんなのか分かってた。」

 

 「…スポット、だっけ?あっちとこっちが繋がってるところ。」

 

 「そうだな。オレはそこでぶっ倒れてたのを道護に助けられて、しかも雇われた。最初にしたのはこの場所を買うことだな。かなり買い叩いたんだが、持ち主は喜んで手放したよ。あ、金を用意したのも道護な。」

 

 「ミチくん、10歳だったんだよね?」

 

 そんな子どもがどうやって土地を買うほどのお金を稼いだのか?

 

 「ま、そうだな。ただまぁ道護は規格外で、あっちの物をこっちの金に換金できたからなぁ。オレは言われた通り動いてきただけだ。こっちで道護が動きやすいようにとか、あっちと道護の連絡役とか材料調達とかな。」

 

 「…もう何でもありなんだね…。」

 

 諷は呆れてしまうしかない。そんな冗談みたいな存在だとは思ってもいなかったけれど。

 

 「それも全部、いつかふうちゃんが何を選んでも対応できるようにするための準備だよ。」

 

 「……」

 

 そう言われてしまうと諷は黙るしかない。何もまだ諷の中では決まっていないのだ。

 

 「この前言った事は、オレじゃなくたって道護だって分かってる筈なんだが…。…はぁ、これ言うと多分道護の奴がまた凄い怒るんだろうけど、言わなきゃなんねぇと思うから言うけどよ。」

 

 オーナーは自分を勢いずけるようにそう独り言を呟き諷を真っ直ぐと見てきた。

 

 「ふうちゃんは元々こっちの存在じゃねぇだろ。しかも魔力は桁違いだしな。今の状態は不自然なんだよ。どっちからも弾かれてる何て言い方はしたが、こっちの世界にとっちゃふうちゃんは異物だ。色々と綻びがでちまうから弾き出したいんだろうよ。でも、ふうちゃん自身はまだどっちつかずでどっちも選んでないだろ?そのせいであっちにも完全には帰れねぇ。…道護は嫌がってるかもしんねぇが、ふうちゃんはあっちに帰るのが自然なんだよ。」

 

 「…そんな気はしてたよ。…ちょっとの間だけだったけど、向こうに行った時に、あー、ここが本当に帰る場所なんだって思った。…でも……」

 

 1つ引っ掛かって動けないでいた。

 

 「道護が反対するところにゃ行きたくないか?」

 

 「……多分…そういう事なんだと思う。…ミチ君は何でも答えてはくれるけど、向こうの話をするの苦しそうだし…。」

 

 「向こうに行ってもそれは続きそうで嫌だ、ってことか。」

 

 「…そう、なのかな…。」

 

 「道護はどっちの準備もしてきたからな。心配するほど何も変わらんと思うぞ。…それより、ここだとふうちゃんも道護の奴も料理できんだろ?あっちだと毎日旨い料理をディーフェとオベールで作ってくれるぞ。あの2人もずっとふうちゃんが帰ってくるのを待ってるしな。」

 

 ディーフェとオベール。そういえば諷に会えたことをあの2人はとても喜んでいたように思う。

 

 「…あの2人ももしかして…」

 

 その先が言葉にうまくできなかったが、オーナーが頷く。

 

 「ま、守護者だな。…もうずっと会えるかどうかも分からんふうちゃんを待ってたんだ。」

 

 「…守護者……。」

 

 それだけ呟いて諷は言葉を続けられず黙ってしまう。

 昨日、今日聞いただけの話だけれど、あまりにも重たいと思ってしまう。

 黙りこくってしまった諷を見てオーナーは頭をガリガリと掻いていた。

 

 「……まぁ、あんまり悩ませる為に言った訳じゃねぇんだが…。…ふうちゃん、元の世界の方も行ってきて考えてみたらいいんじゃねぇか?…道護がどうとかじゃなく、ふうちゃん自信が何を思うか、だと思うぞ。」


 

 諷はその言葉を上の空で聞いていた。

 

 


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