11.少女のお馴染みのバイト…のはず その②
店にはイートインコーナーで楽しそうにお喋りをするおばあさんだけになった。
アランド側は妖精が飛んでいたり、耳が頭のてっぺんについている人がいたりするようではあるが、諷は彼等には今は認識されないので気にしない事にして、ファストフード棚に置く唐揚げを作る事にした。
有名コンビニよりはるかに品数は少ないが一応唐揚げとコロッケとポテトフライを並べてある。ファストフードとは違うのかもしれないが、ソフトクリームを作る機械もある。
諷は唐揚げをトレーに載せてファストフード棚へしまうと次はポテトを揚げはじめる。
ポテトを揚げ終わり、紙の容器に移してファストフード棚を振り向くと、唐揚げが半分以上透けていた。
今までもやけに減るのが早いとは思っていたが、ずっと気のせいだと思っていた。
諷が道護の方を見ると、透けて見える道護ににこりと笑いかけられた。それを見て諷は確信犯め、と心の中で毒づいてみる。
昔から道護は時々こうやってかわいい?いたずらをすることがあったな、と思う。
それによく考えてみれば、いつもはここまではっきりと物が減ってるとは思わないし、今日はいつもよりたくさん唐揚げを作っておいてほしいとも言われていた。
最初からこうする予定だったんだろうな、と諷にだって分かる。それに何は共あれ、これで謎が1つ解明した。登子さんや筒井さんからも商品が減っているような気がするという話を聞いた事がある。それは気のせいではなくて、真実こうやってアランドに商品が移っていったという事なんだろう。とは言っても、この現象を2人に教える訳にはいかないのだから、謎は謎のままではあるけれど。
諷は一言物申したい気分になるが、今何を言っても、他の人達から独り言を言ってるように見えてしまうと思うと少し頬を膨らませるくらいしか道護へ抗議を示せない。
ため息をつきつつ、次はコロッケを用意するべく道護から視線を外す。と、不意にすぐ傍に気配を感じて目を向ければ、透けて見える道護に頭を優しく撫でられる。直接触られる感覚と違い、ふんわりとした温かさだけを感じるこの状態に諷は軽く混乱を起こす。よく分からないが、普段よりも遥かに近くに道護を感じるし、物凄く遠くにも感じる。それがとてももどかしいし、恥ずかしくもある。
「ミ、て、店長…」
驚くあまりに諷は思わず小さな声ではあるが声を出してしまう。
道護はそんな諷を穏やかな顔で見つつ首を傾げてくる。
諷はいたたまれなくなり、透けてる道護から距離を取って睨んでみる。
店の入口の電子音が鳴り、諷は入口の方を向いていつも通りいらっしゃいませーと声を出す。
入ってきたのは地元の高校の制服を着た男の子。入ってきた途端、固まっているように見えるが何かあったのかな、と諷が首を傾げると、急に男の子はばっと店の奥へと行ってしまった。
急激な動きを諷が不思議に思う前に道護から話しかけられた。
「ふうちゃん、コロッケの続きを揚げてもらっていい?少し多目に。」
いつの間にこっち側にしたのか、道護は透けてはいなかった。
「分かった。でも、あっち側はいいの?」
道護がコランド側にいるということは、アランド側が無人になるようなものなんじゃないかと思い聞くが、道護に気にした様子はない。
「ちょっとの間くらい平気だよ。」
「さっきみたいに何の前触れもなく唐揚げ半分も持っていくのやめてほしいなって思ったんだけど。」
諷はここぞとばかりに文句を言いながらも、コロッケを揚げる準備をしていく。
「ごめんね。でも、向こうで注文が入って間に合わない時はこうやって拝借したりしてたから、今までの疑問が少し解消されたでしょ?」
「口で説明してくれれば分かるのに…。」
「ちょっと驚かせたくなっちゃって…。」
「なんだかなぁ…。」
そんな風に話をしていると、さっきの男子校生がレジに来たみたいで、道護が対応をする。
諷はちょうど揚げ終わったコロッケをフライヤーから上げたところだった。
「あ、あの!その、コロッケもください。」
お客さんである男子校生がそう言ったのが聞こえたので、諷は振り返って道護に分かったと頷いて見せた。何故か道護は少し難しい顔をしていたが、特に何かを言うこともなく、諷が用意したコロッケを受け取ってお客さんに渡す。
そのお客さんを、ありがとうございましたーといつも通り送り出すと、道護は途端にアランド側に移って諷の揚げたコロッケのいくつかの上に手をかざす。それだけで、そこにあったコロッケ5個のうち3個が透けていってしまう。
諷はわざわざ商品に触らなければ移動させられないが、道護はどうやら違うらしい。諷ももう少し理解がすすめばできるようになるのだろうか、と思いながら、コロッケの乗ったトレーをファストフード棚にしまった。
それから諷は、お客さんが来ると対応し、それ以外はいつも通り店の中を掃除したり、商品を前に出してみたり、賞味期限をチェックして過ごした。時々売り場でアランド側のお客さんを間近で見て容貌にびくっとする事はあったが、向こうからは見えてないと思うと少し落ち着いて観察できた。
そんなこんなしている内に14時になり、午後番の筒井が来た。
「はよー。」
「あ、おはようございます。」
挨拶をすると、筒井は片手を上げて事務所へ入っていく。そして、しばらくすると準備をして出てきた。
「ことなっちゃん、何かあった?」
筒井はファストフード棚の中に入っている商品の消費期限表を確認しながら聞いてくる。
「今日は特に何もなかったです。」
「お客はどんな感じ?」
「いつも通りですよ。あんまり繁盛してるとは言えないんじゃないかなぁ。」
とは言ったものの、アランド側はひっきりなしに何かがいたように思う。今までよく潰れないなぁと思っていたけれど、あまりコランドでの商売に重きを置いてないのかもしれない。
「あー、まぁ、暇なら楽だから俺はいいけど。」
「また、そんな事言ってるし……」
諷は言葉が続かず、思わず筒井の左肩を凝視してしまっていた。
何故なら、筒井の肩にはとぐろを巻いている白蛇が透けた状態でこちらを睨んでいたから…。
「ん?どうかした……って、まさか……見えてる?」
自分の左肩を凝視されている事に気付いた筒井が勘づいたように恐る恐る訊ねてきた。
何が、とは言わないが、この状況ではその台詞が指し示しているコトは1つだろう…。
諷は首を縦に1つ振る。
途端に筒井の顔が青ざめていく。
「あ~!なんでっ?!この間までそんな事なかったよね?!…て、店長に何て言えば…。」
筒井の慌てように諷は冷静さを取り戻していた。それにしても、変な事を言っている。
「…店長と何の関係があるの?」
諷の疑問に対して筒井はがばっと諷の方を向く。
「ことなっちゃんは、あの店長の馬鹿みたいな過保護ぶりに気付いて無いわけ?!」
「馬鹿みたいな、はちょっと言い過ぎな気もするけど、過保護な所はあるかな、と思ってるよ。」
とは言うものの、それだって道護が諷の身元保証人なのだからある程度は当然のような気もしていた。
「あ~!やっぱり気付いて無い。…いい?ことなっちゃんの事になるとあの店長…」
「あ、筒井君おはよう。」
いつの間に来たのか道護がにこにこと笑いながら筒井の言葉を遮るように挨拶をする。
「…おはようございます。笑顔が怖いです。先に言います。俺のせいじゃないです!!」
「大丈夫、そんなの分かってるから。ここは店で筒井君も仕事が始まってるからあんまり騒がしくしないの。」
道護がたしなめるようにそう声をかければ筒井は素直に頭を下げる。
「はい。すんません。」
道護は諷を見て声をかけた。
「ふうちゃんはもう上がって大丈夫だよ。」
「あれ?まだ14時だよ。私、今日は15時までだったような?」
「いつもより1時間早くから手伝ってくれたでしょ?だから、上がりだよ。」
「あ、そうか。分かった。上がります。お疲れ様です。」
諷は2人にぺこりとお辞儀をして今日のバイトを切り上げた。




