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10.少女のお馴染みのバイト…のはず


 今日の諷は朝からバイトだ。

 

 本来のシフトは諷1人だけだったはずなのだが、まだ慣れないよね、と言われて道護も朝から店に出てきてくれている。

 

 慣れてないも何も諷はこの店で1年は働いている。だから自分がやることは変わらない。勿 論、道護が言う慣れないとはその事じゃない。それは分かっているが…。


 

 「…ミ、店長ごめんね、なんか…。本当は休みなのに …。」

 

 「ふうちゃんが気にすることないよ。どっちにしてもアランド側で仕事するつもりだったし。今日はリューマだから時間通りに来ないだろうからね…。」

 

 「えっ?…もしかして、休んだ事なかったりする?」

 

 諷ははっとする。コンビニに見えない店ではあるが、曲がりなりにもコンビニなので、365日毎日営業している。そこにバイトが3人しかいない。アランド側は2人だ。1つしか店舗はなくても実質2店舗回しているような状態なのに働いてる人数が少ない。少なすぎる…。どうしても皆の都合がつかなかったり、不測の事態が起きれば代わりに店に立つのは勿論オーナーである道護だ。しかも普通に道護もシフトに組み込まれている。

 

 「流石にそれはないけど、…あー、でも、そうだね、1 日1回以上は様子見に来るから…。」

 

 「…それ、休みがないって事だよ?」

 

 「まぁ、人をたくさん雇うお金も無いし、…ここの特質上あんまり多くの人を関わらせたくないってのもあるんだよね…。…あ、でも、アランド側は、しょっちゅう休みにするし、営業時間もコランドよりも短くしてるんだよ。」

 

 「そ、そうなの?」

 

  考えてみればあの妖精達がいる世界にコンビニなんて不釣り合いな店は他に存在していないように思える。なら、何も諷の持っている常識のコンビニである必要もないのだろう。

 

 「そうだよ。アランドで売るものも厳選してるしね。…それじゃまず、きた荷物の中からアランドで売る物を分けていくからふうちゃんも手伝ってね。」

 

 道護は朝の便で来たお弁当の入っているコンテナを指差している。

 

 「え、あ、うん。…どうするの?」

 

 「ふうちゃんの片寄りをアランドにしてもらって、僕が言った物を触って棚に並べてくれればいいよ。あ、コランド寄りの物に触っても後で戻せばいいから気楽にね。ま、でも2度手間にならようになるべくはアランド状態でコランドの物に触らないように気を付けてね。

 

 「分かった。」

 

 諷は目を閉じてゆっくりとシュシュの事を考える。そして目を開くと、目の前でシュシュが嬉しそうにきゅるると鳴きながら一回転して、諷の肩に乗る。と言っても重さを感じないから多分肩に乗っているように見える位置の空中に浮いているのかもしれない。諷は指先でそんなシュシュを撫でると、道護に言われるままにパンやおにぎり、お弁当を棚に並べていく。

 

 「…ねぇ、単純な疑問が出てきたんだけど、アランドってビニール製品ってあるの?」

 

 ふと、これらについているビニールやプラスチックの処理は大丈夫なのか考えてしまう。今、ビニールやプラスチックのゴミの問題はけっこう話題になっているし。

 

 「ん?ないよ。」


 「パンもおにぎりも…ほとんどビニールついてるけどいいの?」

 

 未知の場所の環境汚染とかになったらそれは嫌だな、と思ってしまった。

 

 「大丈夫だよ。アランドはゴミを燃やす習慣がなくて、みんな分解魔法かけるから。」

 

 「分解魔法?」

 

 聞き慣れない単語に諷は首を傾げる。

 

 「聞いたまんまだよ。いらない物は元素まで分解しちゃうんだ。間違えてかけないように大事なものは分解魔法が効かない魔法が基本的にかけてあるんだ。それも持ち主なら簡単に解除できるようになってるから、ゴミ問題は起きないね。」

 

 「それって凄いね。コランドで使えればたくさんの問題が一気に解決だよ…。」

 

 「確かにね。…ここだけの話、うちの店はゴミがほとんど出ないんだよ。全くないのも怪しいから少しは残すけど、ほとんどは分解しちゃうんだよ。光熱費も魔法で補える部分が多いから最低限に調整してあるんだよ。時々他の事業所からどうやってるんだ?って聞かれたり、不法な方法使ってるんじゃないかって怪しまれるから少し面倒ではあるんだけどね。」

 

 「それは…なんかズルいね…。」

 

 「支出は減らさないと、あんまり儲けが多くならないでしょ?ここはスポットなんだから、利用できるものはとことん利用するだよ。怪しんで来る人達には暗示魔法だって使うしね。」

 

 なんだか悪い笑顔で道護が言うから諷は少し呆れてしまった。炭酸水の話といい、普通ではないところでお金は儲けていそうだ…。そういえば昔から何かの悪戯を思い付いたりした時にもこんな笑顔を見せていたな、と思い出す。

 

 「…そこまでいくとやりすぎなんじゃないの?」

 

 「何言ってるの?コランド側にアランドが知られたら大騒ぎだよ?まぁ、その逆もだけどね。」

  

 「それもそうだね…。」

 

 

 諷が商品を並べ終えた頃、店の自動ドアの開く軽快な電子音が聞こえてきた。

 

 反射的に「いらっしゃいませー」と諷は声を出す。

 パタパタと慌てた様子の女の人は部屋の中で着るような服装にカーディガンを羽織っているだけだ。多分寝坊でもして慌てて朝ごはんやお弁当の中身でも探しに来た人なんだろう。

 諷はすぐにそのお客さんに対応できるようにレジの前まで移動した。

 少しすると先程のお客さんが慌てた様子でレジに来たので、諷はなるべく手早く対応していく。いつの間にか道護も隣に来て諷が打ち終わった商品を袋に詰めていく。

 接客が終わってお客さんにありがとうございました、と言うと、道護が諷に向き直る。

 

 「ふうちゃん、今普通にレジしてたけど、疑問に思ったことない?」

 

 「え?」

 

 諷は道護からの問いかけの意味が分からず首を傾げた。接客までの一連の動作を思い出してみたが、いつもと違うことなんて無かったように思えた。

 

 「何も。いつもと同じだっけど…。」

 

 「そう?まぁ、僕が言いたいのは、接客前なんだけど、ふうちゃんはさっきまでアランド側に片寄ってたはずでしょ?」

 

 「あれ?そう言えば、そうだね。確かあのビー玉を持ってれば、ちょっとの事じゃ戻らないんだよね?」

 

 店に降りる時は持っててね、と言われたので今日もポケットに例のビー玉は入っている。

 

 「そうだよ。でもそれだけじゃ、この2店舗同時経営みたいな状態は不便だからね。入口を入った時に鳴るあの音ともビー玉は連動するようになってるんだよ。」

 

 「どういう事?連動って事はあのベルが鳴ると意識を集中しなくてもコランドに寄るって事?」

 

 「正解。コランドだと電子音が合図に、アランドだとベルの音、それと連動してビー玉を持っている人の存在がそれぞれの世界に片寄るようになってるからね。」

 

 「いやいやいや、ちょっと待ってよ。それってどうなの?…例えばだけど、両者が同時にお店に来てたりとかしてたら、どうなっちゃう訳?」

 

 「ふうちゃんはあの入口の音、入る時と出る時は違う音が鳴るって気付いてる?」

 

 「それは気付いてるけど…。防犯の為とかって思ってたよ。」

 

 「それもあるけど、ビー玉と連動させる為なんだよ。」

 

 道護の説明だとこうだった。

 まずビー玉は、自分でどちらの存在に寄りたいかを任意で変えられる。これは念じるだけでも可能だから変なセリフを呟く必要もない。

 それと同時に店内の入り口の音とも連動していて、電子音、ベルの音でそれぞれの世界軸側に傾くようになっている。

 これは今いる客に合わせる為だそうだが、同時に両者が店に存在する場合も状況的には多い。その場合は、出ていく音がどちらからもしない。この時は中立に存在するようになる。どちらのお客からも認識される。それじゃ、レジを打つ時はどうするんだ?という事になるが、この店には一種の催眠効果が掛かっていて、例えばビー玉を持っている人が、アランドで接客をしている間、コランド側の人間はビー玉を持っている人に対して何かを聞こうとか、レジに行こうという気は失せるんだとか。

 この状態になれるのは、アランド、コランドの存在を知り、尚且つビー玉を持っている事が条件になる。

 今までは道護一人だけが対象だったのが、今は諷にも適用される。

 ここで働いてる登子や筒井、リューマとリョーマは登録?されているらしく、人数のカウントには入らないらしい。

 なんだか都合のいい魔法だが、これは前のオーナーがこういう風に商売をしようと決めた時に試行錯誤の上で編み出したものなんだそうだ。

 つまり魔法は本人の技量や魔力量にも寄るが、ある程度は自分の意思と工夫で改変でき、物に対して効果を付与する事も可能ということだ。

 

 諷はさっき説明された事を頭の中で整理しつつ、コランド側のレジにいた。

 道護はアランド側にいる。

 諷から道護は存在感を物凄く薄くしたような感じで見えている。が、今までだってこんな状況は何度もあったらしい。アランドを認識できなければ気付きもしなかった状態。

 道護は今、緑の肌の小さな人と話をしている。多分、見た目から言ってあれがゴブリンとかいうのだろうな、と思うがそのゴブリンも今は幽霊のように透けて見える。

 入口にあるベルの音にビー玉が反応しないように今はしてある。だから諷はあのゴブリンには気付かれにくくなっている。意識を集中されてしまえば、今の諷から見えているようにあちらからも諷は透けて見えてしまう可能性はあるそうだが、気のせいぐらいで終わるようになっているのだとか。

 

 

 「あの、お会計いいですか?」

 

 諷ははっとして前を向く。そこにはいつの間に来たのか、毎日大体同じ時間に来るおばあさん2人が立っていた。レジ台にはいつの間にかコーヒー牛乳と大福が乗っている。

 

 「あ、…すみません。いらっしゃいませ。」

 

 諷はそう言うと商品をレジに通しながら対応をしていく。

 この人達はいつもここで買った商品をそのままイートインコーナーで食べていくので、買ったという証明に店のシールを貼る。

 1人が終わるともう1人のおばあさんが、パックのお茶とマフィンをレジ台に置く。

 諷は同じ対応をして、商品を渡した。

 

 「あのね、余計なお世話かな、と思ったんだけど…」

 

 商品を渡したおばあさんが唐突に諷に話しかけてきた。

 

 「…あんまり、この世ならざるモノを見続けるのはよくないよ。」

 

 「え?」

 

 もしかして、この人もあのゴブリンが見えていたりするのだろうか?などと考えながらも何と答えていいのか分からずにいると、おばあさんは続ける。

 

 「ああいう、もやはどこにでもあるけど、気にしないのが一番なのよ。…嘘か本当か知らないけど、引き込まれてしまうとも言うでしょう?」

 

 心底心配してくれているのが分かり諷は曖昧な笑みを浮かべてしまう。それにこの人は何かを感じることはできてもちゃんと見えてはいないのも分かった。

 

 「は、はい…。…気を付けます…。」

 

 気を付けるも何も諷は完全にその引き込まれた状態に近い気がするが、それをこの人に言っても何にもならないので無難に答えると、その人はにこりと笑ってイートインコーナーへと行った。

 

 

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