1,少女の日常
初投稿作品となります。
更新は不定期になります。
「いらっしゃいませー」
自動ドアが開いた時に鳴る軽快な電子音にほとんど反射で挨拶をする。それにつられるように店の奥からも同じように「いらっしゃいませー」と声が上がる。
どこにでもありそうなコンビニの中の風景。…でも、諷は入ってきたお客を見てびくっと固まる。こんな事は今に始まった事じゃない。けれどやはり慣れはしない。
入ってきたお客は、全身緑色。服、と言っていいのか分からない腰ミノ。口は少し突き出ていてなんとなくくちばしっぽい。目はぎょろぎょろと動いて…頭はなんだか平べったい。とにかく遭遇したこっちの恐怖をあおってくる。…どこからどう見てもあの有名な…河童だ。
…それにしたってアニメとかに出てくるみたいにもう少し可愛らしくてもいいんじゃないかと思う。
その河童はさも当たり前のように店内を歩き回る。諷はレジカウンターの中、振り返った姿勢のままでその動きを目で追ってしまう。固まったままの店員である諷に目もくれず、スナック菓子のコーナーで河童は立ち止まり、何やら物色をはじめる。しばらく棚の奥の方までゴソゴソ商品を動かしていた河童はレジカウンターの中で未だに固まったままの諷を唐突にギョロリと見てきたので、諷はぎゃっと言いそうになる声を辛うじて飲み込む。そんな状態の諷に向かって河童はペタペタと音を鳴らしながら距離を縮め、レジカウンターの向こう側に立った。
「おい、そこの人間!」
「ひゃっ…ひゃいっ!」
諷は反射的に答えるが、その声は裏返ってしまっていた。
「あの!つーんとする感じの食い物はどこいった!」
「ひっ?」
諷に構わずしゃべる河童の言っている言葉は分かるのだが、意味が分からず間抜けな声を出してしまう。
「だ、か、ら、あの食うとつーんとする、でもうまいヤツ!どこだ!」
「え?えと…?」
2度言われ、諷はどうにか意味まで理解はしたが、河童が何の事を言っているのか分からない。泣きそうになっていると、さっとここのオーナーである道護が入ってきた。
「いらっしゃいませ。お客様の言うそのお菓子、販売の期間が終わっちゃったんですよー。」
「なんだって!」
「前に言っといたじゃないですかー。期間限定のお菓子だから気をつけて、って。」
「あー!そうだった!…ないのか…。」
言われた河童は怒るのかと思いきや急に気落ちしたように肩を落として本当に残念そうな表情になった。見た目が怖い人…人ではないけれど…がものすごく気落ちしてる様は見ているこちらもなんだかとても切ないような気がしてきてしまうんだな、と諷はぼんやりと他人事のように思ってしまった。
そんな河童に道護が続けた。
「代わりになるかは分からないんですが、新しい味が出たんですよ。これも期間限定だから気をつけてほしいんですけどね。」
そう言う道護の手にはすでにポテチのサワークリーム味とホットチリ味が用意されていた。それを見て河童の顔がぱっと明るくなる。
「何!新しい味だと!よし、両方もらっていくぞ!」
「そうですか。ありがとうございます。」
そう言うと道護はレジカウンターに両方のポテチを置き、本人は回り込んでカウンターの中に入ってくる。手早く商品のバーコードを読み取り、さも当たり前のように河童に言う。
「2点で358円になります。」
言われた河童も腰から下げていた布袋をゴソゴソとして、ちゃんと358円をレジカウンターに置いた。それを道護が受け取りレジにしまい、ポテチ2つを袋に入れると、河童に渡しながら、ありがとうございます、とにこやかに声をかけた。河童はそれに頷いて嬉しそうにしながら店から出ていった。
一連のやり取りをぽけっと見守っていた諷に道護は気遣わしげに声をかけた。
「ふうちゃん、大丈夫?」
「…あ、うん。ちょっと油断してて、びっくりしたけど、大丈夫。」
こう言えてしまう諷はもしかしたらもう大丈夫じゃないのかもしれない。
「そう?さっきの人は河童のカカさん。結構来てくれる事が多いのと新商品とか、少し刺激の強めなお菓子が好きかな。特にわさび味が好きなんだけど、今はないからね。」
道護はお昼ご飯の話をするかのような軽い調子でそう言ってくる。
「あ、なるほど。つーんとするって言うのはわさび味の事ね。見た目が怖いのに勢いよく言われるから本当に何の事言ってるのか分からなかったよ…。わさびなら河童でも知ってそうな単語なのに…。」
とか答えられるようになってしまった諷もやはりどこかズレてきている。
「まぁ、そうだよね。でも、カカさんはどこで会ってもあんな風に勢いよく話すから、簡単な単語忘れたりしやすいみたいなんだよね。だからって河童が皆があんな感じじゃないからね?のんびり話す人もいるからね。」
「…1つ疑問があるんだけど、彼等は人じゃないのに、人、なの?」
疑問はそこなのか、と思うかもしれない。でも、諷はその段階はもう過ぎてしまっていた。
「だってお客さんを1体とかって言うのは何か失礼な感じしない?」
「まぁ、そうだけど…。こう、違和感が、ね。…河童が布の袋から普通のお金出すのもギャグにしか見えないし。」
「だって、ちゃんとお金払ってもらわないとウチの店すぐに潰れちゃうよ。」
「いや、そういう事じゃなくてね…。」
2人のどこかズレた会話は、自動ドアの軽快な電子音に中断された。反射的に2人はほぼ同時に「いらっしゃいませー」と言っていた。
入ってきたのは地元の高校生男子2人組。そのうち1人と諷は目が合った。店員としては愛想よくしなくてはダメだろうと、会釈をしてみた。するとその男子校生にぱっと目を反らされてしまう。愛想よくしようとしたけれど、向こうにはそれは必要なかったかな、と諷が思って隣にまだいた道護を見ると、少し難しそうな顔をしていた。諷は気になって声をかける。
「どうかした?」
聞かれた道護はちょっとびっくりした顔をした。
「いや、お客さんが来てくれるのはいいんだけどね、やっぱり色んな人達からよろしくと、言われて預かってるこっちとしてはね、心配にもなるわけなんだよ。」
とよく分からない返答をされる。その事に首を傾げていると、先程の2人組がレジへとお菓子と飲み物を持ってやって来た。諷は、いらっしゃいませーと慣れた手つきで会計を進めていく。やっぱり河童なんかよりもずっと人間相手の方が気が楽だ。なんだか目は合わないし、それなのにチラチラ見られている気もするけれど、河童のあのギョロ目よりはるかにこっちの方がいい。そんな事を考えながらレジをしていく諷は、自然と笑顔になっていて、ありがとうございますっ、と袋を差し出すと、なぜだかさっき会釈をした男子校生の顔が赤くなっているような気がした。
「あ、ありがとうっ!」
となぜかお客さんである男子校生に言われて諷が目をぱちくりさせている間に、急いでいたのかその彼は走って店から出ていってしまった。隣から何故か小さなため息が聞こえた気がした。




