5 安寿 匠の呟き
5 安寿 匠の呟き。
久しぶりに実家に帰ってきたら、妹が記憶喪失になったとお母様に聞かされた。
黒沢家と白鳥家の御曹司が遊びにきているとのことだったので、挨拶に伺った。
そしたら、莉奈の様子が以前とは、かなり違っていた。
最近の妹は、どこか冷めた目でとげとげしい威圧的なオーラを放っている子だった。それが、小学校に入る前のような穏やかなオーラになっていた。勇気様方が居るからか、緊張はしているようだったけど、とげとげしい威圧感はなくなっていた。
ロス行きを拒んでいるようだったので、アシストしたつもりだったのだけど、夕食時、呼びに行ったらベットで転げ回ってのたまっていた。...不可解だ。
持病だ、生理現象だ、あげくは、にょ...尿意だとか言い出す始末。女の子が気軽に口にしてはならない言葉だ...。お母様の過酷な教養指導で追い詰められているのだろうか。
社交ダンスなら、教えてやれる。僕が教わった先生は目茶目茶厳しくて僕でさえ耐えれなかったくらいだった。今の彼女には過酷だろうから、僕が代わって教えてやろう。
かなり、ソフトに手加減したつもりだったのに彼女は瀕死の状態・・・基礎体力が足らないな。鍛えてやらねば、とアメとムチ法則を実行しようとしたら、エミリに止められた。何故だ。
次の日、案の定、練習をさぼったのでちょっとお仕置きしてやろうと、見つけた莉奈に忍びより、声を掛けた。
涎をたらさんばかりにゆるんでいた顔からみるみる血の気が無くなって、目が泳ぎまくっている。
以前の氷の表情とは、大違いだ。
子猫を神と見立てて、おままごとをしていたようだ。そうだ、この子は大人びて見えても、まだ、9歳だ。
遊び相手を探していたのだろう。
「か、神が降臨したのです!」
なかなか難しい言葉を知ってるな。
「甘嚙みです!甘神です!」
うんうん似ているし間違うよね。
「ツンとデレの法則を解くには、痛みを伴うのです。」
?ツン?デレ?ツンデレ?彼女はツンデレの事を言っているのか?9歳の子が?...不可解だ。
ちょっと何を言ってるかわからなかったが、たばかってやったら、あっさり引っ掛かり
「私の神が奪われた!なんたる暴挙!なんたる冒涜!」
と奮起している。
表情が豊かで反応が面白い。
おままごとに一躍買ってやろうと、悪役を買って出た。
莉奈は目を輝かせた。可愛い。齢9歳、遊び相手がほしいのだ。
しかし、それを母に見られた...。くぅ。恥ずかしい。黒歴史だ。闇歴史だ。
恥ずかしさを紛らすように、練習に専念すると、彼女は2度ほど意識を失いかけた。持久力のなさに基礎体力を付けさせようと、庭をジョギングさせたら、裏口から脱出を試みたので、ひっ捕らえ、
「うさぎは好きかい?」
と、たずねた。
すると彼女は、ぱーっと目を輝かせて、首を縦に何度も振った。
猫が好きな彼女のことだ、絶対好きだろう。
「じゃあ、うさぎ跳びで、この噴水の周りを十周回ってね。」
と、にっこりと微笑んだら、驚愕の表情を浮かべ、項垂れながら「邪神め、忌まわしき邪神め...。」とブツブツ呟きながら跳びだした。先ほどのおままごとがよほどお気に召したとみえる。
しかし、一周もしてないのに芝生の上に干乾びたので、花壇に水やりをしていた鈴木からホースを譲り受け、芝生と共に潤してやったら、飛び起き涙目でうさぎ跳びを再開した。水浴びがよほど気持ち良かったのだろう。
その様子を見た鈴木が青ざめ、慌ててエミリを呼びに家に走っていった。
歳なんだから無茶しちゃいかんよ?
その後、呼ばれたエミリが「お嬢様を殺す気ですか!!」と激怒し、再び芝生と仲良くなってる彼女を担ぎつれかえった。ちょっと、なんだかスッキリしたのは内緒だ。
うん?そう言えば昔、莉奈が小学受験の時、ダンスの特訓を担って庭でホース片手に追っかけっこしたら、「きゃあ。きゃあ。」言って逃げ回って喜んでいたな。子供は水浴びでテンションあがるよな。
あれ?それくらいからか、莉奈が僕の後を追いかけてこなくなったのは...。うーん解せぬ!
「きゃあ。」
とエミリの悲鳴を聞きつけて莉奈の部屋に入ると、一人娘を溺愛している父が海外から取り寄せたピンクの天蓋がビリビリに引き裂かれていた。
頭痛がした。
「天啓だ。天啓だ。」
と、のたまう妹。猫神教かなにかに洗脳されているのかもしれない。
家には天啓より恐ろしい存在がいるというのに。
しかし、みごとに天啓を隠し誤魔化し事無きを得た妹、素晴らしい。将来は是非僕の片腕となって、手腕を発揮してもらいたい。
只、同情すべきは、鈴木だ。あの時あの場所でアレに合わなけば、痛恨の一撃を受けずに良かったものを...。僕は何も悪くはないのだが、何故だが心が痛い。
次の日。
挙動不審の妹を見た。
周りをキョロキョロ見回して、とある部屋の中に入っていった。
その部屋は、日本人ならではの、いわゆる異神教合同部屋で、母はキリスト教、父は仏教と、お互いに交わらぬ信仰だったがため部屋を分割し、窓際にステントグラスが施されイエスキリストが祀られており、ドア近く側に畳が4畳半ほど段差を付けて施されて仏壇が祀られているという、なんともシュールな光景がひろがる部屋であった。
いや、もうね。部屋を別々にすれば良かったんじゃない?との突っ込みは僕が何度もしてきたので省きます。
母曰く、部屋の掃除や、水替え花替えやらをするとき、別々の部屋にすると背徳感が生じ居たたまれないらしい。
この家唯一、畳が設置されている部屋で、お茶の作法を練習するときにも使われている。
ドアの隙間から、コッソリ覗くと、膝を折り口の前で両手を握り合わせ、キリスト像に拝む、妹がいた。
拝むというより、懺悔でもしてそうな真剣な表情だった。
その後、靴を脱ぎ畳に上がると正座をし、仏壇に拝んだ。
そして、おもむろに、仏壇の前の方に置かれている賽銭箱を模倣した箱の蓋を開けゴソゴソしはじめ、銀色に輝く硬貨を嬉しそうに取り出した。あの大きさはおそらく五百円硬貨だろう。
それを、ワンピースのポケットに納め、
「たたみーー!!」
と、畳の上に大の字に寝そべってゴロゴロ転がった。
「ふー。日本人はやっぱり畳よね。」
幸せそうに目をつむり深呼吸して満喫している。
「そうだね。裸足でくつろげるのがいいよね。」
妹が目をつぶってくつろいでいる間に、コッソリ入って畳に座って言った。
「ひっ!!いつの間に?」
飛び起きてあからさまに怯えている妹。
「い、いつから...?」
目がグルグル回ってる。
「うーん。賽銭箱をゴソゴソしはじめた頃からかなぁ?いや、これからする悪い事に懺悔してた頃だったかなぁ?」
目の前で、正座をして座っていた僕に土下座を始めた。
「ひぃ!ごめんなさい!ごめんなさい!」
「訳が知りたいなぁ。まあ、その賽銭箱は、ついお札ばかりで買い物してしまうお父様が帰って来たときに小銭入れに貯まったお金を入れている箱なので、特に誰も管理していないけど...。」
「ルー様のおやつを買うお金が無くって...。」
「??おこずかい貰ってるだろ?」
「え??」
「貰ってないの?」
「記憶がないから...。少なくとも”私”になってからは貰っていないです。」
「まじか!うーん、以前の莉奈はおこずかい帳つけないと次月のこずかいがもらえないようになってたから、つけてたと思うよ。部屋に残ってるはずだから、探してごらん。」
「はい。」
「お母様が忘れてた可能性も高い。自己申告だから。」
「なんですと!お兄様ありがとう!!やっとお宝に手が届くかもしれません。」
僕の手を取り、感謝をのべると立ち上がりでていこうとする。
僕はその腕を掴んだ。
「その前に、ポケットの物は置いていこうね?」
「!!」
妹は、しまったー!という顔をし、「おほほほ!いやだわ。私としたことが!」と笑って五百円玉を僕に差し出した。受け取ろうとすると、なかなか離さなかったが、気のせいだろう。