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走馬灯って本当にあるんだと思った。
歩道橋にプットオンされているはずの足が宙に浮かんでいるのだ。
強力に階段下の地面に引き付られる感覚。
引力ハンパネー
この時ばかりは地球の引力に物申したい!もちっと頑張らないで!
人間の脳ってのは本当すごい!生命危機回避に高速回転している。ぜひこの高速回転を現役時代に活用させたかった...。
しかし、脳内を廻るのは聞くも涙、語るも涙のお粗末な情報ばかり...。うん。ろくな人生じゃなかったな...。
私、死ぬのかな...。この速度でアスファルトの地面とお友達になるのはほぼ決定事項だもんな...。
痛そうだなあ。痛いのは嫌だ。何も30歳の誕生日に死ななくてもいいんじゃないの?
確か誰かにぶつかられて歩道橋の階段を踏み外したんだ。あの後頭部、あのロングコート、見覚えがある。 だって、私が雅也にクリスマスプレゼントに買ってあげたコートなんだもの...。
なんで?どうして?雅也が...。わかってる。他に好きな人ができたのだ。数週間前に出張でいないはずの雅也が他の若い可愛い女性と仲睦まじく歩いていたのを陰ながら目撃済みだもの...。
言ってくれれば私だって...。もういい、男なんてそんなもんだ。今までだってろくな奴いなかったじゃないか...。特にイケメン優男!あれらは私の天敵なのだ!今度生まれ変わったら絶対奴らには関わらない!絶対にだ!!
ドサッと重いものが落ちた音が聞こえたと同時に私の意識が途切れた...。
誰かが呼んでる気が...。
目の前には見覚えのない天蓋があった。
なにこれ?ピンク?痛い痛いな...。30歳にもなってこれは痛い!
「お嬢様!!お目覚めになられたのですね??おお!神様!!奥様を呼んでまいります!!」
わけが分からずキョトンとしている私の姿を見たメイド服を着た女性が目に涙を浮かべながら私の手を取りポンポンとなだめるように叩いて、あわてて私の部屋を出て行った。
え?私、歩道橋から突き落とされて死んだんじゃなかったの?
痛み?後頭部に少し鈍痛が残っている感じ?...あれ?こんなロングヘアじゃなかったはず...。
嫌な予感がして体を起こすと足が短い、手が小さい、そしてなによりピンクのフリフリレースの子供用パジャマを着ているのだ!こんな服見たこともない!
これが有名な異世界転生???異世界憑依??
さっきの人、私の事お嬢様とか呼んでたよね?このドピンクの天蓋からして中世ヨーロッパ?
(/ω\)イヤン ヨーロッパ行っちゃう??そしてイケメン白馬の王子様と運命の出会いとかやっちゃう?
...。妙なテンションになりつつある私の思考を深呼吸で抑えながら、いや違うでしょ?イケメンには関わらないって決めたばかりだったでしょうが!
と自分の理性を奮い立たせるために頭をブンブン振り回していたら、バーンと部屋の扉が開き、これまたピンクのイノシシのようなものが飛び込んできて私に抱き着いた。
「アンジェリーナ!気が付いたのね!良かったわ!!」
ムギュウときつく抱きしめられて、私は慌てた。
「うー!うー!」
い...息が...豊かな胸の脂肪が私の鼻と口を容赦なく塞いでいるのだ。
折角付いた気がまた遠くなるから...。...助けて。
「奥様!奥様!お嬢様が苦しんでいます!少し力をお緩めくださいませ!!」
メイドさんナイスアシスト!貴女は命の恩人だ!!
「あら、やだ。つい感情が高ぶって...ごめんなさい。」
放してもらってコホコホとせき込んだ。そう何度も殺されたら堪らない。
どことなく残念臭が漂ってきた気がしながらも取り敢えず状況を把握せねばなるまい。
「アンジェリーナというのは私の名前ですか?」
ひとしきり新鮮な空気を肺に送って呼吸を整えた私は目の前のナイスバディな白人の女性に尋ねた。
「え...もしかして頭打ったショックで記憶喪失になってしまったんですか?」
「そ...そんな...。」
メイドさんがオロオロし始め、奥様らしき方はショックのあまりふらついた。
「奥様!お気を確かに!!」
メイドさんは慌てて奥様を抱きかかえ近くのソファーに寝かせた。
「お、お医者様をお呼びしてきます!!」
メイドさんは部屋を出て行った。
ポツンとまた一人部屋に取り残された私。正しくは気を失った母らしき女性と二人だが...。
ベットから降りて体を確かめる。細身だがきちんと動く、歩ける。身長は推定140センチくらいか。
10歳くらいだろうか。あ、鏡がある。自分を映してみる。
「!」
ハーフ?白人っぽいけど金髪巻き毛、目は二重で大きく黒に近いブラウン。顔立ちは整っておりフランス人形の様だった。なにこれ?どっかでみたことある顔なんだけど!
取り敢えず、悩むのは後回しにして、倒れた女性の様子を見にソファに近づくと軽い寝息が聞こえてきた...。寝てるだけじゃねーか!!
がっくりと肩が落ちたところで、扉が開きメイドさんがお医者さんを連れてきた。
つかつかと私の隣に歩み寄ったドクターは、定期的に規則正しい寝息を立てている母をみて眉間に皺を寄せ手で押さえてため息を軽くついた。
そして隣の私の方を見て、
「お嬢様のほうが重症そうですな...。」
と、つぶやいた。
「痛みはありませんか?」
「後頭部に少し。」
「どれどれ?ふむ、たん瘤ができておりますな。瘤が出来ているということは内部に損傷の可能性は低いと思われますが、記憶がないとのこと、後日病院で精密検査をお勧めします。」
精密検査ということは中世じゃないんだ。残念無念!
「とりあえず、自分の名前と状況が知りたいんですが。」
私はドクターとメイドさんに聞いた。
「貴女の名前は、安寿莉奈さんです。」
「え?」
「安寿莉奈様でアンジェリーナと奥様はお呼びなのです...。どうしても洋名になさりたかった様で...」
「...。」
ま...まさかの日本名!...。まぎらわしいわ!!そういえば、聞こえてくる言葉も話している言葉も日本語じゃねーか!!