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OUT side  作者: 渡部アル
1/2

Z区



——パンッ


 渇いた銃声が潰れた雑居ビルにこだまする。腐敗臭と埃が染み付いたコンクリートの臭いが雨によってより、増幅されて感じる。

 

 足元に無造作に転がったできたての男の死体。


「仕方ねぇよな、お前がこんな上等なパンを持って歩いてるのが悪い。殺されたくなきゃ、すぐに食っちまうか、しっかり隠しとかねぇと」


 埃まみれの床に転がったパンを拾って表面を払って腰にぶら下げた布袋に入れる。他に金目の物や食糧がないか血まみれになった男の死体を蹴り転がして確認する。


「 ⋯⋯ ま、ここにいるヤツがロクなもん持ってるはずねぇか」


 このパンも誰かしらが持ってたモンをこいつが殺して奪ったってとこだろう。


「弱肉強食だ、恨むなよオッサン」


 フッと不敵に笑ってその場を後にする。


⋯⋯ ⋯⋯


「本日、特別隔離地区、通称『Z区』に五人の死刑囚が廃棄されました。これにより、死刑執行とされます。元死刑囚の名前は榊原 ⋯⋯ ⋯⋯ 」


「今年は多いねー死刑執行。もう十人超えたんじゃない?」


 女子高生がハンバーガー片手に街の大型モニターを見上げる。


「でもパパが言ってたよ、この法律ができたお陰で犯罪者が減ったって」


「あーそれアタシもきいたー。昔は首吊って殺してたけど、そんなんより『Z区』の中に入れられる方が怖いんだってー」


「えー!首吊ってたのー?そっちの方が怖くない?」


「ねー、アタシもそう思う」


「中ってどうなってんだろ、一回見てみたいかも」


「確かに気になるー、youtuberとか潜入してくれないかなー?」


「あ、それ絶対観る!」


⋯⋯ ⋯⋯


 別の雑居ビル。四階建ての最上階にあるここは、以前、バーだったようだ。酒の類は持って行かれたか、飲み干されたからの瓶が転がるだけだが、それでもほのかに香るアルコールが鼻の奥を刺激する。店の中にはカウンターとボロボロのソファーがそのまま放置されていた。

 入り口のドアを四回ノックして鍵を開けるとソファーに力無く座り込む一人の少女がいた。


「ほら食え」


 腰から布袋を外すと少女の前に投げ捨てた。少女は少し悲しそうな表情を浮かべ、布袋に手を伸ばす。


「 ⋯⋯ また奪ったの?」


 か細く、今にも消え入りそうな声。


「ちげーよ、貰ったんだ。ほら水もあるから飲め」


「 ⋯⋯うん、ありがと」


 嘘だとわかっている。ここではそうしなければ生きていくことはできない。

 少女は布袋からパンを取り出し齧り付こうとしたが、思い留まり見上げて言う。


「キミは、食べないの?」


 心配そうな表情。オレを気遣っているんだろう。


「オレの分はもう食った。お前と違ってオレは体がデカイからな。お前の三倍は食ったから安心しろ」


 これも嘘。ここ数日ロクに食べていない。


「 ⋯⋯そっか」


 この嘘も見抜かれているのだろう。しかし、無理に差し出してきたりはしない。どうせオレが受け取らないことを知っているから。


 少女はパクッと小さな口で齧り付く。


「——ッゲホ!ゲホッゲホッ」


「おいおい、いくら腹減ってるからってそんなに慌てて食うなよ。誰も獲りゃしねえって」


「 ⋯⋯ご、ごめんなさい」


 違う、そうじゃない。こいつもここ数日何も食べていなかった。そこに突然食べ物を入れて体がビックリしているのだ。


「ほら、水飲めよ。ゆっくりだぞ?」


 ペットボトルの蓋を開け差し出す。


「 ⋯⋯ありがとう」


 少女はペットボトルを受け取り、言われた通りにゆっくりと水を飲む。

 ふーっと小さく息を吐いて落ち着いたようだ。

 次はゆっくりと、少しずつパンを口に含み咀嚼し、飲み込む。すぐにまた一口。相当腹が減ってたはずだ。


「オレがいない間、何もなかったか?」


 少女は口に含んだパンを飲み込んでから返答する。


「女の人、来た」


 パンを両手で持ちながら、そのパンから目を離さずに言う。


「女? どんなヤツだ」


「隠れてたから、ちゃんと見えなかったけど、金髪で髪の長い人だった」


 金髪で長い髪の女 ⋯⋯そしてここに尋ねてくるとなると一人しか思い当たらない。


「そうか、そいつは敵じゃない」


「そう⋯⋯なの?」


「あぁ、そうだ」


 ここに居るヤツは全員敵だと思え、男はお前を犯し、女はお前を売る。そう教えたのはオレだ。


「まぁそれはいい、邪魔して悪かったな。ゆっくり食べろ」



 コクリとうなづき、再びパンを食べ始めた。


 アイツが来たってことは何かウマイ情報を手に入れたってことか。会いに行くか。


「オレはまた出掛けるが、留守番できるか?」


 また、パンを食べる口を止める。


「また、しばらく帰ってこないの?」


 不安そうな表情。今にも泣き出しそうな、でもどこか諦めたような。


「ちょっと話ししてくるだけだ。すぐ帰るよ」


 それを聞いて少女の表情が少し柔らぐのがわかった。

 ドアノブに手をかける。後ろから少女の声がする。


「ん、わかった。気をつけて、ね?」


「オレを誰だと思ってんだよ、それよりオレが出たらまたすぐ鍵掛けとけよ」


 そう言って、オレはバーの扉を閉めた。



 

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