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「お久しぶりです。元気にしていましたか?」
この教会に入ったとたん、神父が声をかけてきた。
「お久しぶりです。そちらこそ、未だに現役でがんばっていて。ご苦労様です」
僕は神父のところまで近づきながら挨拶する。
「もう、三十年になりますね。あれから、どうですか」
この町でエリーとジョン以外に僕のことを気にかけてくれるのはこの神父くらいだ。この神父とはとある事情により、彼が神父という職業についてからの顔見知りである。
「どうもないですよ。僕はあれから一人身ですよ。僕は、彼女以外考えられないんですから」
僕は神父が立つ場所に一番近い長椅子に、ドサリと座った。
「シオンさん……ですか」
「はい。僕は長年連れ添った彼女以外もう愛する事は無いでしょう」
「そういえば、ウィルさん。あなたの研究で造ったというホムンクルスも、彼女と同じシオンという名前でしたね」
「あぁ、そうです。僕は彼女の遺伝子を使ってホムンクルスを造ったんです」
「なぜ、彼女と同じ名前を?」
「あれ、僕がつけたんじゃ無くて自分でつけたんですよ。たぶん、遺伝子の中に何かあったんでしょう。彼女の記憶かなにかが」
僕はそう解釈している。でなければ、あの時にシオンが彼女の名前を出すとは思えない。
「そうですか。それなら、安心しました」
神父は踵を返して十字架を見上げながらつぶやく。
「彼女は、いい人でした。私に神の道を教えてくれて、そして人生の喜びも教えてくれた」
神父は、昔の彼女を思い浮かべているのだろう。
「まぁ、普通の神官とは違い、長い人生を生き続けましたからね」
僕も、彼女の笑顔を思い出す。
「私は今でも忘れませんよ。彼女が亡くなった時のあなたの嘆きを。あなたは本当に彼女の事を愛していたのですね」
「さっきっからいってるじゃないですか。僕は、彼女以外考えられないって」
僕がそういうと、神父はまたこちらを振り返って告げる。
「――だからこそ、あなたは彼女の遺伝子を研究に使ったのではないんですか?」
「――っ!?」
言葉に詰まる。返答する事が出来ない。
「あなたは、彼女の幻影を追い続けているのではないのでしょうか。彼女は、姿形は同じでも、仕草や趣味が同じでも、別の生命体です。あなたは、それを理解しているのですか」
「……まぁ、分かっていたつもりでいたよ。僕だって」
そしてまた僕は、彼女の姿を思い出す。
「僕だって、彼女の遺伝子を使えば彼女と同じ姿で生まれてくる事くらい、分かっていたんですよ。でも。止められなかった。どうしても」
神父は僕の隣に腰を下ろした。
「あなたは、これからどうするおつもりですか?」
神父は問う。僕の道を。
「僕が今日ここにきた理由は、決断するためなんです」
「? なにをですか?」
「シオンを再び練成させるか否かです」
「それは、どういうことですか」
「ホムンクルスとして生まれたシオンは、消える前に、僕に好きだと告白して消えました。僕はその答えに応じるか否か。その二つのどちらかを選ぶかどうかを僕は彼女に問われているのです」
「告白して消えた……。という事は、シオンさんはウィルさんに恋愛感情を持ってしまったのですね」
「はい。僕はそれに答えるかどうか、悩んでいるのです」
僕は答えを出す事を躊躇している。彼女を選ぶのか。シオンを選ぶのかを。そのどちらも大切だから。
「答えるかどうかは、ウィルさん自身で決めることです。でも、シオンさんはあなたを好きだと言って消えた。シオンさんは一人の女性として、あなたを好いたのです。ホムンクルスとしてではなく」
神父の言葉は僕の心の奥底に響いてくる。
神父は再び立ち上がり、言葉を続ける。
「ウィルさん。次にあなたが新しく完全体のホムンクルスとして造り出すとして、同じような事が起きたら――あなたはどうします?」
神父は僕を見つめる。
「それは――」
僕は答えられない。
「人々が生命を造り出す事は禁忌と言われています。でも、あなたがそれをものともせずホムンクルスを造り出すと言うのなら――。僕が言えるのはここまでです。ウィルさんのほうが、人生経験は長いのです。あとは、ご自分でお考えください」
神父は、そのまま執務室に去っていった。
僕は、その場に取り残された。
そして、立ち上がった――。