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気がつくと、冬も終わりかけの二月になっていた。もうシオンちゃんとの付き合いも半年になる。今日は水曜日で先週は魔導師さんが来たので今日はシオンちゃんが来る番である。
シオンちゃんが来る前に作業を終わらせておいたのだが、やはり今年も渡せるのだろうか。というより今日はシオンちゃんが来るからなおさら渡す機会が無い。どうしようかな。
チリンチリン――
たぶんシオンちゃんである。ドアのほうを見ると、やはりシオンちゃんだった。
「やぁ、シオンちゃん。おはよー。ってもうそんな時間じゃないか」
時は既に昼を越えている。シオンちゃんはクスクスと笑いながらいつもの商品代が入っている封筒をカウンターの上に出した。
「はいよー。今日はおまけしてシオンちゃんのおやつを増やしておいたよ」
そう言いつついつもの商品が入っている袋を渡す。シオンちゃんはそんなことしなくてもいいのにというような顔をしていた。
「大丈夫だって、たまに量を増やしたって太らないって」
あたしはそうやっておどけてみた。それだけで、シオンちゃんは笑ってくれる。こんな素晴らしい笑顔をそんな簡単に見せてしまってはもったいないなぁとあたしは思う。
そんな感じで、あたし達は他愛の無い会話をして笑い合っていた。
「で、時にシオンちゃん」
あたしは会話に使用していた不要な伝票の裏紙の四枚目を取り出すと同時に切り出した。シオンちゃんは不思議そうな顔をする。
「そういえばどうなのよ。魔導師さんとは」
そう言い切るとシオンちゃんは驚いた顔をした。そして文字を書くタイミングがワンテンポずれて返事を書いた。
『いやいや、何も無いよ』
その書くタイミングをずらしてしまったのが致命的だった。シオンちゃんは筆談でしか会話する事が出来ないので、文字を書くのには慣れているのだ。それなのに、今のシオンちゃんの字は動揺が隠しきれていない文字のブレが生じていた。
「えー、だって魔導師さんはわざわざあなたみたいな女性型のホムンクルスを造ったんだよー。なんかあるでしょー」
シオンちゃんは困った顔をする。あたしは更に追い討ちをかけるように続ける。
「魔導師さんといい雰囲気になった事は無いの?」
『いい雰囲気とは?』
「いやだから、なんかドキッとするような状況とか……。恋愛小説とか読んでるんだからわかるでしょ」
『まぁ、何が言いたいかは分かるけれど……。でも、実際どういう感情なのかは私には解らないの』
「む。解らないと来たか。そうかそうか」
まだ半年の命ではその感情を理解するのには難しいのか。
「じゃあ、あなたは前に小説みたいな恋をしてみたいと言っていたよね?」
『うん。言ったよ』
「ならば教えてあげる! あなたは魔導師さんが大好きなの!」
ドビシッと効果音が付きそうな勢いで、あたしはシオンちゃんに人差し指を突きつけた。シオンちゃんはその行動に対して非常に驚いていた。
「ほら、その焦りよう。その焦りが何よりもの証拠よ!」
文字を書くペース、文字のブレ、表情、何もかもがシオンちゃんが動揺していることをはっきり示していた。
『もういいです』
シオンちゃんは紙にそう書いて立ち上がり、荷物を持って店の出入り口へと急いだ。
「あ、ちょっとまてぇい! 逃げる気か!」
シオンちゃんはあたしの言葉を無視して立ち去ろうとする。
「明日はバレンタインデーだ! シオンちゃんも知ってるだろ。忘れるなよー!」
あたしがそう叫ぶとシオンちゃんは一瞬だけピタリと立ち止まり、すぐに店を立ち去った。
シオンちゃんが去った後、あたしはカウンターの椅子に深く座り込んだ。
「はぁ……。何やってるんだか。あの娘に渡しちゃうなんて……。そこまでおせっかいじゃなくてもいいじゃん。……あたしの馬鹿」
あたしは魔導師さんにあげるために自分で作り、キチンと包装したバレンタインチョコを彼女の袋の中に入れたのを、少し後悔した。