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チリンチリン――
俺が雑貨屋のドアを開けると、ドアについている鈴が鳴った。ここは幼なじみのエリーが住んでいる家である。よく店番をしている事が多いので、俺はここでエリーと話すことが多い。
「あ、いらっしゃいませ――なんだジョンか」
エリーは俺と確認するとカウンターの椅子にぽすりと座りなおし、カウンターに置いていた小物を掴んだ。
「おい。なんだってなんだよ。なんだって。こうして暇しているだろうと思って来てあげたんだろー」
俺は店の中に入りながらエリーに文句を言う。エリーは椅子に深く座りながら先ほど掴んだ何かをいじっていた。
「まー、シオンちゃんか魔導師さんだったらよかったなーって思ってさ」
「いやいや、ウィルさんが来るのって水曜だろ。今日じゃないだろ。で、なにやってるの?」
カウンターまで近づき、彼女が遊んでいるものを確認する。
「いやぁ、ルービックキューブ。昨日そこの棚の奥でね」
そういって彼女は俺の右側を指差す。振り向くとごちゃごちゃに商品が押し込まれている棚があった。
「整理してる時になんか見つけちゃったからさ。なんとなくハマってるとこ」
「あれで整理したのか……?」
混沌と化している商品棚の前ではそういうしかなかった。
「いやー。こんなの見つけちゃったからさー。なんか片付けるの面倒になっちゃってさ」
「それで結局整理を放棄か……」
毎度の事だが、ため息が出てしまう。エリーがこの店を整理しようとして成功した例は一度も無い。
俺が整理を手伝った事が何回かあるが、結局俺一人でやった記憶しかない。
「あー。なかなか元に戻せないなー。ムカついてくるんだけど。これ」
とうとうルービックキューブも放棄した。昔から飽きっぽいところがあるんだよな。
「ちょっと貸してみな」
俺はエリーがカウンターの上に放棄したルービックキューブを取った。
「できるの?」
「いや、わからない」
そういいつつ俺は黙々とルービックキューブをいじりだす。エリーは椅子ごとこっちを向いて俺がチャレンジする所をじっくりと見つめる。
「……ちょっとまって」
「ん? なに?」
「そんなにまじまじと見つめられると困るんですけど……」
「あー、気にしなくてもいいじゃん。別にやましい気持ちなんて無いんだし」
――そんなに普通に否定されると微妙に嫌な気持ちなんだが。
「まぁ、いいや。仕方ないから店の整理でもしますか」
そういってエリーは椅子から立ち上がる。ルービックキューブをいじる俺の横を通り過ぎて棚の整理を始めた。
二人とも黙々と自分の作業を始める。それが数十分間続き、なかなか成功しないルービックキューブに俺は飽き始めてきた。
「そういえばさ」
そんな時、エリーが声をかけてきた。
「魔導師さん。ウィルさんの事。どう思う?」
深刻そうなトーンで彼女はそう聞いてきた。
――唐突によく分からない質問をしてくるな。
「一体どういうことだ? エリーらしくも無い」
「いや、あの事件でさ、魔導師さん……町の人に嫌われてるじゃん。そこんところ、どうなんだろうね」
――あの事件。
数年前に発生したこの町を襲った事件。ウィルさんの研究で造った動物型のホムンクルスが不慮の事故により暴走し、魔物化してしまいこの町を襲ったのだ。死者数名・負傷者数十名という大惨事になった。その被害者の中にエリーの父親もいたのだ。
彼がこの町にいた数十年間、彼はこの町のためになる事を沢山した。天候を安定させる魔力結界。魔物が入って来れない魔力結界。魔力を原動力にして動く隣町との交通手段。そのほかにもいろんなことをやっていた。その矢先にこの事件である。
「まぁ、ウィルさんとしては色々と不便になったんじゃないかな。この店以外にこの町で行ける所なんて無いだろうし」
「そうだよね。でも、何とかしてあげたいなーって思う時って無い?」
魔物が入って来れない結界のおかげでこの町は魔物に対抗する武力を持たなくて済んでいたのがこの事件の大きな痛手となっていた。
結果その魔物はウィルさんが退治して消滅させたのだが、この事件により悪い印象を与えてしまった。
――あの人は悪魔と契約しているのよ。
――あの人、異端者だったしね。
――研究と言って、人体実験をしてるらしいわ。
町の人はある事無い事ばかり騒ぎ立て、ウィルさんを嫌った。俺はその事件があったころ、まだ幼かったので事件そのものは覚えていない。ただ、両親に町の離れにあるウィルさんの館には近づいてはいけないという事を聞かされた覚えはある。
「それは、もちろんあるさ。でもなんで今それを聞くんだ?」
「魔導師さん、シオンちゃん造ったでしょ。今またそれで騒がれてるけれど、実際凄い事じゃない。今まで出来なかった事を実現してるんだよ」
確かにそうである。町を襲ったホムンクルスと同じような人型のホムンクルスを造ったのだ。騒がれないわけ無いが、実際それを造る事だけでもかなりの労力を必要とするはずだ。それは評価されてもいいはずだ。それなのに。
「たぶん。怖いんだよ。以前のような事が起きるのが」
「だって、魔導師さんだって何年もかけて研究してるんだよ。みんな、もう暴走する事なんてないと思わないのかな」
「一度感じた恐怖は簡単には取り除く事が出来ない。たぶんそういうことなんじゃないかな」
振り向くと、いつの間にか、エリーの手が止まっている。
「ひどいよね。あたしたちには、なんにもできないのかな。いつも。いつも考えては何も出来ないっていう答えに当たっちゃうんだ」
エリーは半分泣き出しそうな声で喋る。
「俺たちには何も出来ない。確かにその通りだ。俺らはまだ子供だし、それにどんなに説得したところでも魔物に襲われる恐怖を植えつけられた人にはなかなか通じないだろう」
「魔導師さん、それでよく引っ越さないね。なんでなんだろう」
「たぶん、ウィルさんはこの町が好きだから。この町との関係を元に戻したいんだよ。ほら、ウィルさん昔は世界中を旅してたって言ってたじゃん。その末にこの町に着たんだ。この町には結構な思い入れがあるんじゃない? 俺はそう思うよ」
俺の手の中でルービックキューブがカチリと音をたてて完成した。