C-2:Separation
さらに月日は過ぎた。俺の記憶は相変わらず戻る気配を見せなかった。
思い返してみれば不審な事だってある。
なぜ退院出来ないのか。
病人の俺が言うのも何だが、たかだか記憶喪失である。最初のうちは入院も必要だろうなとは思ったが、ここまで一日も家に帰らせてもらえないとなると何かおかしい。
なぜ両親は見舞いに来ないのか。
入院してかれこれ半年は過ぎた。ここまで初日しか来てないとは、これいかに。学会と言えどさすがに帰国しているはずだし、父親はあの調子だから俺を勘当するつもりなのかも知れないが、母親はどうだ。まぁ、夫に何やかんや言われてるのかも知れんけど。
そして、なぜ麗菜は毎日来るのか。
前述、入院してからはや半年。寒さはもう肌寒いどころの話ではない。
来てくれること自体はありがたい。
だが麗菜は受験のはずだ。
俺はこの有様だから大学受験どうのこうのなんて考えていなかった。しかし麗菜は自分が病気を患っているわけでもないのに本当に毎日見舞いに来る。
病室で勉強道具を開く様子もない。
俺達の通う高校はそれなりの進学校と聞いているから、そんなマネを教師が見過ごすこともないだろうし、麗菜が「勉強しなくても優秀なんだぜっ」的な人間だったらまだ分かるが、話していればそんなのはさらにあり得ないだろう。
「なぁ麗菜」
俺は聞いてみることにした。
「何?」
その日も病室には俺と麗菜の二人だけ。相変わらず麗菜が勉強する気配はない。というか病室で携帯いじるなよ、携帯。
「勉強、本当にやらなくて良いのか」
「やってなくないわよ。勉強なんてそれなりにしてる。アンタこそ最――」
「俺はもうどうだって良いんだ」
「どうだって、って……」
「そりゃこうなる前は俺も勉強に燃えていたかも知れないが――」
「それはないわ」
「だからんなこた良いんだってば! いいか、よく聞けよ。麗菜、お前だって大学に進学したいはずだろう」
「そうね」
「うん、とりあえず携帯から目を離そうか……で、大学進学したいはずの高校三年が、今頃こんなことやってて良いのかって」
俺が一呼吸おいてやっても麗菜はまだ携帯から顔を上げようとしない。気のせいだろうか、麗菜の頬がいつしかのように紅潮しているように見えるのは。
「ねぇ将也」
「せめて自分から話しかける時くらい顔、上げろよな」
「上げたら喋れなくなっちゃう」
「は?」
何だよ、そこにカンペでもあんのか?
「アンタはさ、私に何て言われたい?」
「何の話だよ」
「世界はね、あんなにも沢山の宝石で満ち満ちているのに、私は大海に隠されたたった一つの真珠を探さなきゃいけないのよ」
「…………」
「その真珠の、本当の秘密を知ってるのも私だけ。真珠を探す人は数いれど、真実に迫れるのは私しかいないの。だから、探すしかないのよ。探してやるしか――」
いつの間にか、夕日に照らされる浅蒼色の携帯のディスプレイに向けられた視線の、その元の瞳からは雫がこぼ零れ落ちていた。
「なぁ、一体何が言いたい――」
「その真珠はね、私のことを一番よく知ってるはずだったの。他の、誰よりも。けど、今は知らないの、どんなに泣いても喚いても叫んでも、私の存在はその中にはないの。私と過ごした今までも、これからも。だから、やっぱり私が取り戻すしかないの、」
私と貴方の、追憶を――