C-1:Only one desire
「具合、どう?」
あれから数週間。
「大丈夫」
少しずつ記憶を取り戻しているような気持ちではあったが、実感はなかった。
両親は何をしているのか入院初日以来一度も来る気配がなく、もしかしたら飽きられたのかとも思ったが麗菜によれば学会で海外出張に行ったのだということなので、別に何ともなかった。
その麗菜である。
連休も明けたというのに相変わらず毎日見舞いに来てくれる唯一のお方で、担任は来ないのかと訊いたところ、
「爆発したわ」
とか何とかワケの分からんことを言い出したという伝説の持ち主。
「そう。良かった」
他の三人が来てくれたのは連休中だけで、最近は見かけていない。
「他の三人、元気にしてるか」
また久住さんの微笑みが見たいな、などとは口にしない。一度コイツの前で口を滑らせたことがあった。その時はホント死ぬかと思った。いやマジで、記憶どころか存在まで消えるところだったぜ。
「うん。大丈夫よ心配しなくても。ヤツらはヤツらで宜しくやってるわ」
「宜しくって、お前ら一緒にいるんじゃないのか?」
「だってみんなクラス違うもん。一緒だったのは一年の時だけ」
「そうだったんか」
道理で母さんも「クラスメイト」とは言わなかったわけだ。
「あ、ちなみに私達は一緒よ。三年間ね」
「マジかよ」
「マジもマジも大マジよ。誰の策略だか知んないけどさ」
「お前、勉強大丈夫なのか」
「っ、記憶失くしてる分際で猪口才-ナマイキ-な……」
おっと、言ってはならないことを言ってしまったか。
制裁を軽く覚悟したが、麗菜はちょっと顔をしかめただけですぐに元に戻った。
「……まぁ良いわ。それを言うならアンタこそ大丈夫なのか、よ。まったく、記憶失くしてもセンターは消えないのよ?」
「センター?」
センター、センターって何だ……あ、もしかしてアレか……
「そっ、センター試験。私達もう三年生なのよ、自覚持ちなさいよ」
「そ、そんなこと言われても、」
「良いの良いの言い訳は聞かないの。分かったらとっとと思い出しなさい」
麗菜はポカスカと俺の頭を叩いてくる。こんなにガサツな言葉だが、それでも俺は気が紛れた。俺は麗菜に助けられていたのだ。
「分かったよ」
だから俺は、そう答えたのさ。
やれやれ。