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「あのー、大丈夫ですか?」
「アニー。そんなドブ川から上がったスナフキン、放っておきなさい。触ったら変な病気移されるわよ」
そんな会話を交わす姉妹を他所に、おーいヘイレン、メアリーは哀れな青年の頬をぺちぺち。しばらく様子を見た後、やれやれと首を左右へ振りながら我が家へ引っ込む。
「駄目だこりゃ。ま、脈や呼吸に異常は無えし、放っときゃその内起きるだろ」
「あれ、姉さんの知り合い?今の内に洗濯機へ放り込んできたら」
鼻を抓みながらの辛辣発言に、お相変わらずだなお前は、長女はケラケラ。
「ありゃ芸術科の知人さ。珍しく意気投合してな、偶にこのテントを使わせてやっている訳」
「あんなのと二人きり?」苦虫を噛み潰した表情。「聞かなきゃ良かったわ。すっごく厭な気分……」
「ルーシーお姉ちゃん、大丈夫?」
「ええ。そうだわ姉さん、さっきの話の続き」
頭痛を覚え始めた妹の気を逸らすため、おうよ、努めて明朗に快諾。
「さて、何処まで話したかね……そうそう、心配するな。まずこの現象は誕生したての乳児、しかも約一日しか起こらない。且つ規則性こそ無いが、確認出来た限り発生はここ百年間で十回程度だ」
チラ。
「従ってお前達や、周りの大人達が知らなくても無理は無い」
視線を向けられた事実に気付かず、ううん?病弱な末妹は首を捻る。
「三十人って事は、被害者は複数の病院にいたの?」
「ああ、自宅出産含めて、な。共通項は死亡当時、全員同じ星にいたって事だけだ」
「うーん……って事は引力の影響、とか?ほら、満月や新月だとお産が重くなるとか、殺人や交通事故が多くなるって聞くし」
「だからって多過ぎるわ。まだ伝染病だって方が信憑性がある」
「しかし仮にウイルス性なら、被害が一日で収束するのは妙な話だろう?」
「なら人為的な……テロ、とか?」
少し前に読んだバイオハザード物の漫画を思い出し、呟くアニー。発言にフン、鼻を鳴らす女子大生。
「ま、さっきの二つよりは良い線かもな。だが規模が大き過ぎるし、各病院に協力者を配置しない限り不可能だ。トドメに言うと、過去一度も犯行声明は出されていない」
「でもそんな大事なら、既に偉い先生方が山と仮説の論文書いていそうね」
ツッコミに、そりゃそうさ、この大学だけでも百本近く出てる、とメアリー。
「やっぱり。ならよっぽど目新しい切り口でもない限り、卒論とは認められないんじゃない?」
「そいつは問題無い。私が興味あるのは『逆』だからな」
?顔の妹達へ、人差し指で頭上を示す長女。
「資料同士をよくよく分析すれば分かるんだが、この現象の致死率は必ずしも百パーセントではない―――もしも彼等が生き残った要因が分かれば、世紀を跨ぐ大発見だとは思わないか?」
そう言って痩せぎすな顎に手を当て、若き研究者は胡坐を組み替える。
「まぁ、確かに……」
「対処法が見つかれば、もう赤ちゃん達は死なずに済むもんね」
「それに、な。私はこう思うんだよ」
前置きしたメアリーは狭き牙城で視線を遠くへ、己が灰色の脳内へと向けた。
「生の初っ端から大勢の死を踏み越えた者達には何か、特別な使命があるんじゃないか―――私には、そんな気がしてならないんだよ」




