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 やっと開いた精神の入口を抉じ開け、さあ精々撹乱してやろうと意気込んだ時だ。その奇妙な、唸りとも唄とも付かない音が聞こえてきたのは。


「――――」「っ!!?」「手前、どっから入ってきやがった!?」


 足音どころか気配すら無く、そいつは玄関口に現れていた。

 ラブレを覆う人工の闇よりも深い漆黒のローブと、顎まで被ったフード。隠された口から漏れ出る、断続的な低音の旋律。そして、


「―――これは望む形ではない」「何?」「うん?」「えっ?」「どう言う意味だよ?」


 聴覚を介さず直接脳へと送られた、バリトンの不可解な一言。長い生涯初の感覚だが、何故かお兄ちゃんにだけは聞こえなかったようだ。

「今何か言ったの、あの人?」

 メッセージを一言一句精確に伝えると、彼も僕等同様首を捻った。

「意図はよく分からないけれど」チラッ。「どうも僕と同じく、“龍家”の人達にも彼の声は聞こえていなかったみたいだね。この違いは一体……」

 僕には偶々としか思えないが、お兄ちゃんは何故かそこに引っ掛かったようだ。

 突然現れた闖入者に、一早く動いたのは眼前の男だ。僕等に冷たい殺視線を寄越した後、早速尋問(排除)に向かう。積極的なボスに従い、白黒共も正三角形に囲むように動く。

「おい。お前も『ホーム』の人間か?」

「私達相手に単身とは、大変結構な度胸ですね」

「てか、そのクソダセえフード脱げよ。顔が見えない奴を嬲り殺しても面白くねえ」

 カチャッ、肩に青龍刀を乗せる。

「何なら俺が取ってやろうか?その代わり、下に付いてる首ごと刎ね飛ばしちまうだろうけどな!」

 ブラック過ぎるジョークにも男(?)は不動だ。こちらの言葉が通じていないのか、相変わらず小声の唄は止まず。周囲を吹き荒れる殺気の嵐も何処吹く風だ。

 すると奴の両腕が緩慢に胸元へと上がった。その裾から現れたのは―――手の甲はおろか、爪先に至るまで青碧色の鱗に覆われていた。龍族、のそれではない。上手くは言えないが、生えている構造が自体が異質な。

 異形の両掌を半ば重ねるように広げた瞬間、彼を中心に不可視の衝撃が走る。が、襲われたのは僕等ではなく、


「ぐっ!?」「鬼圧身グゥイヤーシェン、だと……!?」


 鬼圧身、金縛りの術か。重傷人の弁護士を含め、“龍家”の面々は揃って床へ伏せる。効果は覿面でガタンッ!ガチャッ!奴等の獲物(蛇以外)も次々と落ちた。

(チャンスだ、今なら逃げられる!だけど)

 お兄ちゃんの肩越しに、手を組み替える怪人を窺う。

(こいつの目的は何だ?“シルバーフォックス”の寄越した助っ人、でもないようだし)

 大体あのがめつい女狐が、ボランティアで何かしてくれるとは思えない。別口と考えた方が自然だろう。

「(小声で)これが最後の好機かもしれない。皆、逃げるよ。ミト君も早く!」

 未練がましげな重傷人に声を掛ける。しかし普段の軽薄さが嘘のように、“黄”は頑迷に頭を振った。

「先に行っててくれ!母さん、今行くからな!!」

 意気込んだ宣言に、崩れ落ちながらも術に抵抗する異母姉の膝上で、意識朦朧となった彼女は首を左右へ。渾身のメッセージを無視し、ミトは傷口を押さえて駆け出した。ところが、


「ここで君等を死なせる訳にはいかない」「っなっ!?」


 周囲が光に包まれた瞬間、フッ。全身を浮遊感が支配した。反射的に中学生への腕力を強くし、離れないようしがみ付く。これは、転送魔術か?

 大人達の驚愕をバックにドサッ!硬い床へ強かに臀部を打ち付け、僕とした事があられもない悲鳴を出してしまった。

「いたた……大丈夫、ジョシュア?」

「う、うん。平気」

 ううー、ジンジンする。あの変態ローブ野郎め、今度会ったら覚えとけよ!

 三人も各々無事着地し、僕等同様周囲を見回した。この見覚えのある自動ドアに、白い大理石のエントランス……まさかここって、


 チン、ガラガラ。「さーてと!風呂上がりのコーヒー牛乳も飲んだし、今日も就寝前の太極拳に勤し―――あれ、桜ちゃん?」にまにま。「用事、意外と早かったね。あ、そうだ一緒にどう?美容にも良いんだよ、これ」


 満面の笑みでポージングを取るジョウン。安堵感から一気に脱力しつつ、こっちは死にかけていたのに、もう……呆れた飼い主は早速治療を命じた。




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