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「黒龍から妙な餓鬼がいると聞いてはいたが―――矢張りお前だったか、紫」
そうへの字に口を歪めたのは、左手一本で裏切者を拘束する冴えない男だった。
黒い短髪に、同色のサングラス。一見三十代だが御他聞に漏れず、寧ろ僕と変わらない年齢の筈だ。
着用するカンフー服は上がカーキ、下は漆黒。腰の黄金の小刀が裾からチラリと覗き、妖しくも燦然とした輝きを放っている。尤も、所有者の底無しに不気味な黒の眼と比べれば至って無害だが。
「知り合いですか?」
「例の狂眼だ。先代黄龍を殺った、な」
上から目線の台詞に、左右に控える三龍が揃って頷く。たかが迎えに全員集合とはまぁ、素晴らしい兄妹愛だことで。
「私を騙したのか、兄長!?」
鎖骨の上からホールドされた弁護士が唸る。その視線が尻を押さえたドジな息子に向くのを見、当然だ、黄龍は鼻を鳴らした。
「何故」
「何故だと?先に騙したのはお前だ。あの陰惨で巧妙な詐術に比べれば、俺の嘘など児戯に等しい。そうだろう?」
一頻り嗤った後、戯れに気道を絞める。上がった呻きが面白いのか、耳を朱に染まる獲物の頬へ当て、更に一段圧迫を強める。
「おい、止めろ!!」
尾を突き上げてミトが激怒するも、加害者は無視。と、宇宙最凶最悪の暗殺者にしては細い腕を掴む白長い指。
「止めんか、兄長。月を殺す気か」
「まさか。唯の仕置きに決まっているだろう」
若干力を緩め、口をぱくぱくさせて酸素を求める獲物をさも可笑しげに観察。
「俺達に黙って都を抜け出した罰さ。お前も爪の一枚位剥いどけよ。かなりお冠だったじゃないか」
「巫山戯るな!!」
「フン、可愛げの無い女だ。―――で、お前が例の野良猫か」
今にも咽喉元に飛び掛かりかねない若者に向けられる、絶対零度の殺意。
「まあ、訊くまでもないがな」
冷笑。
「良い趣味だな、青龍。こんな若い情夫、一体何処で拾ってきやがったんだ、ええ?」
「!?やっぱり手前が、母さんの……!!」
激怒から現した鋭い爪を床に立て、前屈みで臨戦態勢に入る。しかしそんな異貌の姿にも、敵は眉一つ動かさなかった。
「子供が産めないお前を哀れんで、こいつはさぞや優しく抱いてくれるんだろう?痕が首筋に一つきりだったものな。見た目に因らず紳士的な男じゃないか」
「「……え?」」
仲良く固まった家族を横目に部屋を見回し、奴等が出現したトリックを捜索。程無く外れた天井の羽目板を発見、結構古典的な方法だった。
「そんな事よりおい、今日はアダム・ベーレンスの野郎はいねえのか?」
抜き身の青龍刀を肩に乗せ、白龍が室内を見渡す。
「あと、あのヘラヘラ面の魔術師。んだよあいつ等、俺様にビビッて逃げ出したか?」
兄弟のナメ切った態度には慣れっこらしく、禿女が口端を微かに上げる。
「おや、覚えが良い。会議の傍から忘れていくお前にしては」
「聞こえてるぜ、黒龍。相変わらず可愛げの無え女だな」
「それは無性の私に対する当て付けですか?」
自虐的な冷笑に、言ってねえだろんな事、唾を飛ばし否定する低能。
「おい、喧嘩なら帰ってからにしろ」
「へーへー。ところで奴等がいねえなら、今夜の俺のターゲットはどいつだ?」
不躾にジロジロ。
「あんたか、髭親父?この中ならまだ強そうだし、んじゃ早速」
ガキィッン!刃物同士がぶつかり合い、複数の火花が飛び散る。「―――彼は私の獲物。横取りは不許可です」
背筋が凍り付くような微笑を浮かべ、蛇矛を退けた黒龍が警告を飛ばす。力づくの制止に、あぁ?日常茶飯事らしく、然して気分を害した風でもない。
「何時決まったんだよそいつは?」
「昨日の朝餉の席じゃ、鳥頭め」
「合議の場での反対が無かった以上、手出しは不可。それが“龍家”の掟、でしょう兄長?」
ああ、如何にも面倒臭げなボス。返事を聞き、白龍は血を吸い損ねた青龍刀を納め、唇を尖らせた。
「だったらどいつを殺りゃあいいんだよ?こちとらカチコミ掛けるってんで、今朝からずっとウズウズしてたんだぞ!あー、誰でもいいから殺し」
「黙れ」
純粋殺意の低音ボイスに、さしもの馬鹿も本能的に口を噤む。
「今日は宣戦布告だけだと言った筈だ」
「!!?」
「へーへー。分かってますって」
渋々の承諾を合図に、良く似た美男美女の化物共は各々ポーズを取り、或いは取らされ、揃ってこちらを向いた。
「少々面子が足りないようだが、まぁいい―――『Dr.スカーレット』に連なる者共。現時点を以って俺達“龍家”は、貴様等全員の抹殺を宣言する」




