3
来た道を引き返し、再びガーデン入口へ。だが、生垣の前に家族の姿は無い。トイレは先程船着場で済ませている。とすると、
「おーい、桜ー!」
隣の林檎の樹々の間を覗き込んで呼ぶも、返事は無い。拐かされたか?疑念が過ぎった時、左側から当人の声がした。
「ジョシュア、こっちよ!」「ああ、そっちにいたのか。何してるの?」
駆け寄った先では、田舎には珍しい行列が形成されていた。その中程に並ぶ彼女の隣に立ち、オバサン達の行き先を背伸びして観察する。どうも終点は百メートル程先、ログハウス風の小洒落た洋菓子屋のようだ。
「へえ、そいつが弟か?」
すぐ前にいた茶髪の若い男が振り返り、薄茶色の目で僕を見やる。
「はい。こう見えてしっかり者なんですよ。ね、ジョシュア?」
「そんな事無いよ。あ、でも桜お姉ちゃんって結構ボーッとしてるから、ボディガードは必要かも」
大袈裟に胸を張ってみせると、へえ、仲良いんだな、彼は片眉を上げた。
「俺も一人弟がいるが、遠くで暮らしてるから殆ど話した事無いんだ。ま、あいつは年中引っ張りだこだから、俺なんかがいても邪魔なだけだろうけどな」
「ふーん」
言いつつさり気無く見上げ、ぼんやりした両眼から記憶を覗いた。……あらま。誰かに似ていると思ったらこいつ、副聖王の兄か。僕同様妙な目を持っているみたいだが生憎、こちらは制御可能なタイプではないらしい。御愁傷様。
「お、そろそろ開店みたいだぞ」
「ところで何で並んでるの?」声を潜め、「肝心の聞き込みは」
「大丈夫、そっちはもう終わったわ」
そう返し、前方をこっそり指差す。
「一段落した所で、この人に声を掛けられたの。それで、何故かは分からないけど、この店目当ての旅行者だと間違われて一緒に……」
「ふーん」
ま、この対人恐怖症持ちののんびり娘の事だ。誘拐でなくて正直ホッとした。
「それで肝心の目撃証言なんだけど、生憎どちらも夕闇時の犯行で、詳しい人相は分からなかったそうよ。おまけに実際見た子達が軒並み枯れたせいで、大人の男性って事以外よく分からなかったわ」
「ああ。なら仕方ないね」
果たして植物にどの程度区別が付くかは不明だが、そこはそれ。一冬跨いでしまった僕等の落ち度だ。
「あと、これも重要かどうか分からないけれど……」
自信無さげに呟いて膝を曲げ、僕の耳元へ唇を寄せる。
「―――子供達は二人共、『最低』って言った直後に殺されたみたいよ」
「それが犯人のスイッチって訳だね」
「多分」
混乱した直後に列が動き出し、僕等は先導者に呼ばれて前へと歩を進めた。